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第1話「呪いのキス」

 

 神様は、きっと悪趣味だ。


 人間を作るついでに、暇潰しで私を作った。


 杖を適当に振って、「はい完成」。


 ……それが私。


 だから誰にも愛されない。


 そういう存在なのだと思っていた。


 けれど。


 私にも愛する人ができた。


 ――できたというより、再会した。


 何度目かも分からない再会。


 これでようやく、「遊びで作られた存在」という烙印(らくいん)を剝がせる。


 そう思った。


 でも神様は、最後まで意地悪だった。


 私に与えたのは希望じゃない。


 呪いだった。




 6月。


 学校帰りの夕方。


 梅雨の雨が、静かに降り続いていた。


 私は窓辺に立ち、雨筋をぼんやり眺めていた。


 その時だった。


「出して……!


 桜谷さくらたにさん、お願いだから出して……!」


 かすれた声が背後から聞こえる。


 振り返る。


 ベッドの下から、鈍い音が響いた。


 ドン。


 ドン、ドン。


 重たいマットレスが内側から持ち上がる。


 でも、開かない。


 両手足は縛ってある。


「手品を見せる」と嘘をついて。


 雨音に紛れ、すすり泣きだけが部屋に残る。


 ……愛おしい。


 同じクラスの君野吉郎きみのよしろうくん。


 私の初恋。


 今も変わらない、大切な人。


 彼に思い出してもらうためには、必要なことだった。


「閉所恐怖症なんだ……お願い……」


 私は返事をしない。


 シーツを整え、枕を直す。


 叫び声にも、板を叩く音にも、もう慣れてしまった。


 眼鏡を外す。


 三つ編みをほどく。


 黒髪が肩から腰へ流れ落ちた。


 ベッドへ横になり、静かに目を閉じる。


 ここだけは、私だけの世界。


 幼い頃の君野くんは、私だけの王子様だった。


 一緒に公園で遊び、部屋でトランプをして、このベッドの下へ隠れた。


 秘密基地みたいだった。


 あの日。


 泣いていた私へ、雑草の花束を差し出してくれた。


『この花、君に似合うと思って』


 どんな薔薇より綺麗だった。


 あの笑顔だけは、今も消えない。


「……大好きよ」


「……まだ、出してくれないの……?」


 君野くんの声は、もう弱々しかった。


 閉じ込めてから、1時間近く。


 恐怖と混乱で、限界だったのだろう。


 私はようやくベッドをどかした。


 中から現れた彼は汗でぐっしょり濡れ、肩で息をしている。


「大丈夫。落ち着いて」


 頬へそっと触れる。


 怯えきった瞳が、私だけを映した。


 紙パックのリンゴジュースを差し出す。


 君野くんは震える手で受け取り、ストローをくわえた。


 少しずつ、呼吸が落ち着いていく。


 その様子を、私はじっと見つめた。


 初めて。


 眼鏡のない私と、彼の目が合う。


 ……かわいい。


「お願い……もう解放して……」


 私は答えない。


 代わりに、彼の額へそっと唇を寄せた。


 彼の肩が小さく震える。


 それでも、逃げなかった。


「私の方を見てる君野くんの顔……好き」


「……やめて」


「うん。ちゃんと壊れてきてるもの」


 私は微笑んだ。


「でもね」


 彼の頬を撫でる。


「私が何をしても、君野くんは明日の朝には、私のことを忘れてる」


「……え?」


「私がキスをすると、あなたの記憶から、私だけが消えるの」


 それが、神様が私に与えた能力。


 愛を知らない私への、残酷な呪い。


「明日も、私たちは恋人同士」


 そう言って、私は彼の唇へ触れた。


 彼は抵抗しなかった。


 雨音だけが、静かに部屋を満たしている。


 ――これは、私が愛した少年を、何度も壊し、何度もやり直す物語。


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