第15話 初配信の翌朝
ーー配信の翌日
「ふわぁぁぁぁぁ……」
なんでだろう……。
昨日の配信が終わってから一晩経ったのに、まだ少しドキドキする。
それに――。
心なしか、身体が温かいような……。
「ん?」
僕はそこで違和感を覚えた。
いや。
これ、気のせいじゃない。
「これ……物理的に暖かくない!?」
慌てて右を振り返る。
すると――。
「すぅ……すぅ……」
お姉ちゃんが、僕のすぐ隣で気持ちよさそうに眠っていた。
「お姉ちゃん!?」
僕はお姉ちゃんの身体をユサユサと揺らす。
「んぅ……」
ゆっくりと目を開けたお姉ちゃんは、僕を見ると眠そうに笑った。
「千尋、おはよう……」
「おはよ……って、そうじゃなくて!!」
一拍。
「なんで僕のベッドで寝てるの!?」
「寂しくてつい♪」
「つい、で人のベッドに入ってこないでよ!!」
「いいじゃん!」
そう言いながら、お姉ちゃんは身体を起こす。
「お陰で快眠だよー」
「僕は湯たんぽでも快眠枕でもないよ!?」
「ダブルベッドだから狭くないでしょ?」
お母さんがニコニコしながらドアを開ける。
「大きいと思ったけどそういうこと!?」
「なら、毎日千尋と寝れるね!」
「お姉ちゃんは僕のベッドで寝るの禁止!」
「それよりも朝ごはん出来てるから、早く食べちゃいなさい」
「はーい」
そう言って、お姉ちゃんは部屋から出ていく。
「今日は僕のベッドで寝ないでよ!?」
だが――。
お姉ちゃんから返事はなかった。
「もう!」
僕はベッドから出て、着替えを始める。
「今日はどれがいいかな……」
クローゼットを開け、並んでいる服を眺める。
学校に行かなくなってからというもの、朝は物凄く気が楽になった。
制服を着なくてもいい。
学校へ向かう時間を気にする必要もない。
何より――。
あの人たちと、顔を合わせなくていい。
「…………」
今は停学中だから、学校へ行ったとしても会うことはないと思う。
だけど。
停学が明けたら――。
また、虐められるに違いない。
そう考えるだけで、さっきまで軽かった気持ちが少しだけ沈んだ。
「……やめよ」
今は考えたって仕方がない。
僕は首を横に振ると、クローゼットへ視線を戻した。
「今日は……これにしようかな」
選んだのは、去年の誕生日にお姉ちゃんから貰った、白を基調に青のラインが入ったセーラー調のブラウス。
「たまには……いいよね?」
そう呟きながら、僕はクローゼットからスカートを取り出す。
普段、家にいる時でもスカートを履くことは滅多にない。
別に嫌いというわけじゃないけれど、なんとなく恥ずかしくて避けていた。
だけど今日は――。
このブラウスには、これが1番似合う気がした。
「…………」
僕はブラウスとスカートを交互に見る。
昨日だったら、もう少し悩んでいたかもしれない。
でも。
『かわいい!』
『声めっちゃ好き!』
昨日のコメントが、ふと頭に浮かんだ。
「……うん」
僕は小さく頷く。
「今日はこれにしよ」
僕は急いで着替え、階段を降りる。
「いひろ遅いよー!」
「……食べるか喋るかどっちかにしたほうがいいよ?」
「そうよ! 行儀の悪い!!」
お母さんは呆れた表情でお姉ちゃんを見つめる。
「んぐ……」
お姉ちゃんは慌てて口の中のものを飲み込む。
「だって千尋が遅いから――」
そこまで言ったところで。
お姉ちゃんの視線が、僕の服装へ向いた。
「…………」
「な、なに?」
「千尋」
「なに?」
「その服……」
「…………」
やっぱり変だったかな。
普段はほとんど履かないスカートまで履いてきたせいで、急に恥ずかしくなってくる。
「……変?」
「かわいい!!」
「わっ!?」
お姉ちゃんが勢いよく椅子から立ち上がった。
「それ去年私があげたやつだよね!?」
「う、うん」
「スカートまで合わせてる!」
「たまには……いいかなって」
「いい! すっごくいい!!」
「ちょっ、お姉ちゃん近い!!」
「写真撮っていい!?」
「朝ごはん食べて!!」
「真由」
「はい」
お母さんの一言で、お姉ちゃんは大人しく椅子へ戻った。
「お母さん強い……」
「千尋も朝ごはん冷めるわよ?」
そう言いながらお母さんは椅子を優しく叩く。
「いただきます」
今日の朝食は、イギリス風の朝食ーー
カリカリに焼かれたベーコンに、ポーチドエッグとトマトがお皿を彩っている。
「美味しい……」
朝食に舌鼓を打っているとーー
「それにしても千尋とても似合っているわよー!」
カシャ! カシャ!
「お母さんずるーい!」
「何が?」
「私には朝ごはん食べなさいって言ったのに!」
「私はちゃんと食べ終わってるもの」
「そういう問題!?」
「そういう問題よ」
「ちょっと待って!」
僕は慌ててスカートの裾を押さえる。
「なんで勝手に撮ってるの!?」
「だって、かわいかったから」
「撮る前に聞いてよ!」
「千尋ー! こっち向いてー!」
「お姉ちゃんまでスマホ出さないで!!」
カシャ!
「あっ!」
「撮れた♪」
「消して!」
「やだ!」
「お姉ちゃん!!」
「真由、後で私にも送って」
「お母さん!?」
朝からなんなの、この家族……。
僕はため息をつきながら、ポーチドエッグにフォークを入れる。
とろりと黄身が流れ出した。
「……美味しい」
まあ。
かわいいって言ってもらえるのは――。
「…………」
嫌じゃ、ないけど。
その後、朝食を食べ終え、食後の紅茶を楽しむ。
テレビでは、きな臭いニュースが報道されている。
「そういえば千尋?」
「どうしたの?」
お母さんがニコニコしながらスマホを僕に見せてくる。
「昨日の配信、トレンドに入ってるわよ?」
「えっ!?」
僕はお母さんのスマホを受け取り、キラキラッターを見る。
「…………」
そこには。
『白雪ゆの』
見覚えしかない名前が、しっかりとトレンド欄に表示されていた。
「…………なんで?」
「なんでって、昨日配信したからじゃない?」
「初配信しただけだよ!?」
「でも同接2000人超えてたじゃん」
お姉ちゃんが紅茶を飲みながら、当たり前のように言う。
「それはお姉ちゃんの宣伝のおかげでしょ!?」
「最初はねー」
「……最初は?」
なんだろう。
ものすごく嫌な言い方だった。
「ほら、ここ見て」
お母さんが画面を指差す。
『新人VTuberの白雪ゆのちゃん、めちゃくちゃかわいい』
「…………」
誰かの投稿だった。
いいねの数は――。
「…………」
僕はそっとスマホを伏せた。
「千尋?」
「見なかったことにしていい?」
「ダメよ」
「だよね……」
もう一度キラキラッターを見つめる。
間違いなく見間違いではない。
「そういえば、千尋のスマホの通知すごいことになってたよ」
お姉ちゃんがテレビを見ながら言う。
「嘘!?」
僕は慌てて2階へ行き、僕のスマホを見る。
「………嘘でしょ」
チャンネル登録者が、昨日の時点で2300人だったのが、1万人近くまで増えている。
「これって夢!?」
僕は両頬をつねるが、夢ではなかった。
「てことは……」
キラキラッターのフォロワー数もすごいことになっている。
「リアルタイムで数字が増えている……」
通知欄はずっと「〇〇さんからフォローされました」という文字がもの凄い速さで流れている。
「これどうすればいいの!?」
……なんだろう。
多分キラキラッターで炎上した人たちもこんな感じなのかな
そんなことを思いつつ通知を確認していると、見覚えのあるアイコンが並んでいた。
「これってクラスLINEだよね……?」
僕は恐る恐る通知を開く。
未読――。
326件。
「…………」
見なかったことにしよう。
そう思って、そっと画面を閉じようとする。
だけど。
『千尋くん』
通知に表示された自分の名前を見て、指が止まった。
「…………え?」
嫌な予感しかしない。
僕は覚悟を決めて、クラスLINEを開いた。
『昨日の百合花先生のVTuber見た人いる?』
『見たー!』
『白雪ゆのちゃんでしょ?』
『めっちゃかわいかったよねー!』
『というか、あれ千尋くんじゃない?』
「.........」
僕の思考が完全に止まった。
『やっぱそう思った!?』
『私も最初の挨拶で気づいたwww』
『声そのままだったよね』
『ちょっと高くしてたけど絶対千尋くん』
『喋り方も千尋くんだった』
『ツッコミ方も千尋くんwww』
「なんで分かるの!?」
思わずスマホに向かって叫ぶ。
いや。
待って。
まだ声が似ているだけならーー。
『でも、百合花先生の家族って言ってたよね?』
『小学生の頃から同じ学校だけど、千尋くんのお姉ちゃんが百合花先生だよー』
『そうなの!?』
『うん。何なら絵描いてもらったことあるよ』
『羨ましいんだけど!』
『マジか』
『じゃあ……』
『声が千尋くん』
『百合花先生の家族』
『百合花先生が千尋くんのお姉ちゃん』
『…………』
『答え出たじゃん』
「出さないでよ!!」
思わず叫ぶ。
いや。
まだだ。
まだ何かあるはず。
僕じゃない可能性が――。
『でも千尋って男だろ?』
「そう!!」
僕は思わずスマホを指差した。
そうだよ!
もっと言って!
『さすがに別人じゃね?』
「そうだよ!!」
『いや、千尋くんだよ』
「なんで!?」
『絶対千尋くん』
『うん』
『女子は大体気づいてると思う』
『むしろ男子なんで気づかないの?』
『いや分からんて』
『毎日聞いてる声じゃん』
『女子勢こわ』
『失礼な』
「…………」
ダメだ。
女子のみんなが強すぎる。
さらにメッセージを遡る。
『ていうか普通にかわいかったよね』
『分かるー』
『ゆのちゃんのモデルめっちゃ似合ってた』
『声もVTuber向きだと思う』
『学校でも千尋くんかわいいと思ってたけど』
『それな』
「…………」
僕の指が止まった。
『学校でも千尋くんかわいいと思ってたけど』
その言葉を、もう1度読む。
「…………」
女みたい。
気持ち悪い。
学校で何度も言われてきた言葉が、頭をよぎる。
だから。
みんなも同じように思っているんだと思っていた。
口に出さないだけで。
僕のことを変だと思っているんじゃないかって。
でも――。
『前から思ってたけど普通にかわいいよね』
『うん』
『制服より昨日みたいな服の方が似合いそう』
『分かる』
「…………」
胸の奥が、少しだけ温かくなる。
『学校に戻ってきたら千尋ちゃんのこと質問攻めにしないでねー?』
明日香さんから、みんなに注意するメッセージが送られてくる。
『それは約束できないな』
『明日香さんが真っ先に質問攻めしそうなんだが?』
『失礼ね!?』
『いや絶対聞くだろ』
『昨日の配信リアタイしてたんでしょ?』
『してたけど!?』
『ほら』
『何がほらなのよ!』
『明日香さん昨日から白雪ゆのの話になると反応早いよね』
『…………』
『あ』
『図星だ』
『違うから!!』
『怪しい』
『怪しいな』
『千尋ちゃんとは昔から仲いいだけだから!』
『へー』
『ほー』
『なるほどねー』
『何よその反応!?』
「…………」
なんだろう。
いつの間にか僕の話から、明日香さんが弄られる流れになっている。
……助かった。
『とにかく!』
『千尋ちゃんが学校に戻ってきても、いきなり囲んだりしないこと!』
『ただでさえ今学校休んでるんだから!』
『はーい』
『了解』
『質問は1人1個まで?』
『質問する前提やめて!?』
『じゃあ2個』
『増やすな!!』
「ふふっ……」
思わず笑いが漏れた。
学校のことを考えるだけで。
さっきまで、あんなに気持ちが沈んでいたのに。
今は少しだけ――。
違って見える。
もちろん。
怖くなくなったわけじゃない。
あの人たちが停学から戻ってくることを考えれば、今でも学校へ行きたいとは思えない。
だけど。
少なくとも――。
「……みんなが、嫌だったわけじゃないんだ」
それだけは。
今日、初めて分かった気がした。




