第四十一話 皇后の流産
ある日、後宮内に悲報が駆け巡った。懐妊中だった皇后が、突然破水されたとのことだった。先日、六ヶ月の安定期に入った直後のことだった。
生まれた御子は通常の体重の半分程度しかない未熟児で、生まれてまもなく亡くなられた。出血を伴う難産だったにも関わらず、皇后の命が助かったことは幸いであった。
「待望のお子様だったのに。皇后様の胸中を思うと、いたたまれませんわ」
「懐妊当初よりお加減が優れないと伺っていましたが、近頃は体調も良くなって、公の場にお出ましになることも多かったですのに」
「しばらくは、後宮内は喪に服して、一切の催事や行事を取りやめるとのことです」
後宮内を歩いているだけで、いたるところで噂話をしているのが耳に入ってきた。
翠玄自身も、胸が張り裂けそうな思いであった。妊娠初期から、皇后のお加減については見聞きしていた。待望のお子であり、体調不良にも関わらず気丈に振る舞われていた。先日やっと安定期までこぎつけたというのに。
皇后の身の回りで不審な出来事や異常は無かったと聞いている。それでも、皇后はかなり気を落とされてしまわれているようだった。しばらくは公の場に顔を出すこともないだろう。翠玄としても今、自分にできることはないと言い聞かせる他なかった。
* * *
数日後、突然摂政が翠玄の住まう宮を尋ねてきた。
「皇后のお子様の件、翠玄の耳にも入っているか」
摂政はこんな日でも飄々と現れる。
「はい。私もお力が足りず、悔しい思いでいっぱいです」
翠玄は、皇后様が解任された当初から、度々体調のことで助言を行ったりしてきた。
悪阻に効果的な食材を紹介したり、皇后様が所望した故郷の料理を再現したりした。
「私の知識は所詮、書庫に記載している知識をご紹介しているに過ぎません。
しかし、その知識は完全ではない。時にこうして例外や不足の事態が発生することもあるのです。」
翠玄の知識を持ってしても救えないことは存在する。ただ単に知識だけを積み重ねたのだけではたりない。実際の現場では、経験がものを言うのだ。そこには抜け道が起こってしまう。
「気を落とすことはない。こればかりは仕方がないよ。
おまえは、おまえなりによくやってくれた。」
「はい。」
言いながら、翠玄は肩を落とした。
「しかし、失意に浸るのもまだ早いかも知れぬぞ」
「?」
「これは内密な話なのだが、最近、賢妃・芙蓉様に懐妊の兆しがあったらしい」
「それは本当でございますか?」
翠玄は寝耳に水だった。
「ああ、まだ判明して日が浅いため、伏せられているがな。皇后の件は残念だったが、まだ希望は潰えていないということだ」
「それは喜ばしいことです。
しかし、当の皇帝様のお気持ちを思うと、少し複雑な気分にもなりますね」
後宮は欲望の渦巻くところだ。もし、一人が次期皇帝となる子を成せば、それは一国を掌握する存在となるのだ。今回の皇后の流産の件にしてもしかり、人一人の誕生によって、この国の政治は大きく左右される。
「これはなんだか、後宮に波乱の予感がいたしますね」
「そうだな。このまま行けば正妃である皇后に代わり、芙蓉妃が政治の実権を握ることになる可能性がある。慎重に探らなければいけない。皇后の時のように、芙蓉妃を陥れる輩に足元をすくわれぬよう、今回も十分に注意していかねばならないな」
「そうですね」
翠玄は改めて気を引き締めた。




