第十一話 失踪者の捜索
この日、翠玄は宮殿を出て、町外れの住宅街を訪れていた。
宮廷の官吏達は多くの場合、科挙の試験に合格して各地方から抜擢される。彼らは遠い祖国を離れて、宮廷近くの街にあるこうした簡素な長屋に家を構える者が多かった。
この日、翠玄は男装して町にくり出していた。
曲がりなりにも後宮に仕える翠玄が、身のままで出歩くのは不審に思われる。胡相に付き添って町外れの長屋を訪れると、住宅地の一角に、失踪した盧宋という役人が住んでいた家があった。
中に入ると、薄暗い部屋の一間には、布団や食器類が置きっぱなしになっていた。そこにはまるで未だ誰かが住んでいるような生活感が漂っていた。
「確かに、荷物や生活品がそのままであることを鑑みると、失踪以前に家を出ていく意思があったとは考えにくいですね」
翠玄は部屋の中を物色し始めた。
盧宋という役人は、まだ若く数年前に宮廷入りを果たした新人だったそうだ。勤務態度もよく、真面目で他の役人ともうまくやっていた。また、まだ若いこともあり、妻を娶っていなかったようだ。
質素な居間にあがり、そこにあった押し入れの戸を開くと、中に数冊の書籍が置かれているのが目に入った。中を開いてみると、翠玄はその書物に見覚えがあった。
「おや? ここにある書籍は、全て礼部の書庫に所蔵されていたもののようですよ」
書籍は数冊あった。過去の偉人の伝記や歴史書、役人の心得など、どれも、一見とめのない内容に思える。翠玄はこのあたりの書籍は読破済みだったので、内容は一通り覚えていた。
「この役人は、とても真面目で勤勉な方だったようですね」
翠玄のように、あの古めかしい書庫に通う者などめったにいない。こうして失踪する直前まで本を借りていたことを見るに、彼はとても勉強熱心なことが窺えた。
「確かに、彼は寡黙であったが、聡明で賢い人柄だったようだな」
胡相が頷く。
翠玄達は、その後一通り長屋内を偵察したが、これと言って手がかりは見つからなかった。
「家の様子はなんとなくわかりました。手がかりは無いようですね。
ただ、一つだけ気になることがあるので、私は一度宮廷へ戻ります」
翠玄が気になったのは、彼が礼部の書庫で借りていた書籍についてだった。
彼が他にも頻繁に礼部の書庫を利用していたのであれば、司書の管理する借用履歴に、記録が残っているはずだと思った。
* * *
宮廷に戻ってから、二人は早速礼部の書庫を訪れた。そして、盧宋がこれまでに借用した書籍の履歴を調べる。
履歴には、直近で残っているものだけでも、盧宋という名前で借りられた本が無数にあった。翠玄ほどではないが、この役人も相当な愛読者だったのだろう。
「借りている本は、ほとんどがさっき家に置いてあったような歴史書や伝記が多いですね。
…ん? 胡相さま、ここを見てください」
翠玄が指さした先には、彼がいつも借りている書籍とは系統の異なる書籍名の借用履歴がが書かれていた。
『妃嬪付き侍女の仕事と心得』
『宮廷四夫人:淑妃』
『女心と恋愛の手引』
「まるで、盧宋は誰か宮中の侍女に熱を上げていたようだ」
横にいた胡相が口を挟む。
そう、確かに盧宋はある時期に限って、今まで借りていた本の系統とは明らかに異なる本を借りていたことが分かったのだ。
「『妃嬪付き侍女の仕事と心得』ですか。
対象が絞れてきましたね」
翠玄は何かを閃いた笑みを浮かべた。




