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‐後宮の亀仙女‐ "完全記憶力"を持つ下働きが、若き攝政さまに見込まれて後宮で怪異事件解決する!  作者: あきはる
第一章

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第十三話 神廟の死神(一酸化炭素中毒)

後日、宣言通り摂政が宮を訪ねてきた。


「翠玄、いるか。宮の様子はあらかた片付いたようだな」


摂政は門を入ってくるなり、庭先をぐるりと見渡しながら、感心したように呟く。

翠玄は自信満々に頷いた。


この頃になると、宮の様子も大分落ち着いてきた。


草木の生え放題だった庭先は、二人で芝刈りに奮闘してあらかた片付いた。邪魔な草木がなくなれば、そこはいくつか池とそれを結ぶ曲水があらことがわかり、そばに松や樹木を植栽していた様子があった。


水を引いて、樹木の手入れをしてやれば、ここも少しは趣のある庭になるだろう。



「はい、殿下に賜ったこの宮は、とても片付けがいのある宮でしたので」


「はは、苦労をかけたようで悪いな」


摂政は苦笑いをする。


「とんでもありません。ところで、本日はいかがいたしました?」



「ああ、様子見がてら訪ねてみたのもあるが、もう一つ土産話を持ってきたのだ。聞いてくれるか?」



そう言って、摂政様は中庭の端に腰掛けて話し始めた。

内容はこうだ。



先日、南部郊外の街である奇怪な事件が起こった


ある寺の僧侶が四人、修行のために山岳部の山寺を訪れていた。

夜になって寝床を探して歩いていたところ、ちょうど道の端に古びた小さな神廟のような小屋を見つけた。僧侶たちはその小屋で一夜を明かそうとしたらしい。


だが奇怪なことに、翌朝になって近隣に住む村人たちが、祈祷のためにその神廟を訪れると、中にいた僧侶四人全員が、そこで眠るように息を引き取っていたのだという。


彼らは揃って目立った外傷はなく、争った形跡もない。また出入り口は全て閉ざされていて、外部から何者かが侵入した形跡も無かった。



「まるで神廟に宿った死神か、妖か何かが、彼らの魂を抜き取ったようだ、と。村人たちは恐ろしがって、麓の偉い僧侶に頼んで祈祷を施してもらったそうな」


摂政は表情を暗くして、意味深に締め括った。


「なるほど。確かに、一晩で四人全員が揃って命を落とすのは、少々奇怪ではありますね」


翠玄は腕を組んで少し考え込んだ。


「しかし、死神や妖の仕業というのは、些か早計ではないでしょうか」


「というと?」


摂政は首を傾げた。


「現場の状況について、もう少し詳しく教えていただけませんか? 例えば、僧侶たちの持ち物や、神廟の中の様子などです」


「ああ、僧侶たちは少ない食料と、出先でも暖を取るための炭の燃料を所持していたそうだ。実際に僧侶たちが横たわっているその中心部には、『煤球(メイ・チウ)』と呼ばれる燃料が焚かれていたらしい」


「煤球……?」


その言葉を聞いて、翠玄はハッと閃いた。


「なるほど、どうやら真相が掴めてきましたよ」



煤球とは別名を"練炭(れんたん)"という。練炭は木炭の粉末と、その他いくつかの燃料を混ぜ合わせて固め、蓮根状の穴を開けた円筒形の固形燃料である。炭よりも少ない量で長時間燃焼するため、暖炉の湯沸かしや煮炊きなどによく用いられる。



「練炭は日持ちが良く安価で便利なのですが、取り扱いには注意が必要です。あれは、密閉した室内で使用すると、有毒な瘴気を発生させることをご存知でしょうか」


「有毒な……瘴気?」


摂政様は目を見開いた。


「はい。通常の母屋や広い屋敷の台所などで使う分には、外からの換気を十分に行うことで安全に使用できます。しかし今回のように、狭く密閉した環境下で長時間使用すると、人間を死に至らしめるほどの有毒な気体を発生させるのです」


「まさか、では亡くなった僧侶たちはその瘴気にあたって命を落としたというのか?」


「……おそらく」


翠玄は書庫で読んだ知識を思い起こしながら続けた。


「私が書庫で調べた情報によると、その瘴気は一見無味無臭で、吸い込んでも通常の大気と変わらないように感じるそうです。しかし長時間吸引することで、次第に強い眠気を生じます。そして、そのまま意識を失ってしまうと……死に至るという恐ろしいものです」


「そ、そんな恐ろしいものがあるとは知らなかった」


摂政様は驚愕の表情を浮かべた。


「でも確かに、そう考えれば僧侶たちが眠るように息を引き取っていたのも頷けるな」


「はい。おそらく僧侶たちは、練炭を炊いたまま就寝してしまった。そして、密室した空間に有害な瘴気が充満したことで命を落としたのではないでしょうか?」


摂政は頷いた。


「よいことを聞いたな。実は昨今、民の間で煤球を使用した家屋での不審死が相次いでいたのだ。煤球は平民や、ここ後宮でも広く流通しているものだ。それで原因を調査していたところだったのだ」


(なんだ、そういうことだったのか)


翠玄は納得する。その横で、摂政はおもむろに立ち上がった。


「毒物を排出する危険性を知らずに使っている者も多いだろう。すぐにでも役人を使わせて、注意喚起を行うよう伝えるよ」




このように、一見すると呪いや怪異に思われる現象が、実は科学的に解明されている事案は少なくない。正しい知識を身につけることで、こうした危険を未然に防ぐことができるのだ。



「私の話を聞いただけで、真相を読み解いてしまうとは……まるでお前は仙人のような博識だな」


「はは、からかわないでください」


翠玄は謙遜した。


「からかってなどいないさ。今後も期待しているよ」



そう言って、摂政様は宮を去っていった。


この一件以来、後宮内ではある噂がたった。新しく後宮に入った才人の娘は、なんと怪事件の概要を聞いただけで、その真相を突き止めてしまうという。







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