傷~再生の軌跡~
8月上旬、愛美が学校の登校日を迎える為、駅で葵と芽衣に見送られ、再び東京を離れた。
時を同じく、学校が主催する受験生を対象とした夏期講習も終わり、葵たちは結構な量の「課題」に追われながらも夏休みらしい夏休みを満喫していた。
そしてお盆休みと有休を利用して3人で神戸を訪れた。
復興を遂げ、生まれ変わった街並みを、けれど当時の思い出と照らし合わせ、修平が懐かしみながら歩いた。
陽が傾きかけた街並みを進み、かつて自宅が在った、今は更地になってる場所に立ち、間取りを思い出して過去の記憶に思いを馳せた。
物悲し気な背中に、かける言葉が見つからず、2人で見守っていた。
修平が記憶を手繰り寄せ、かつてリビングが在った辺りに立って成長に合わせ兄弟の身長を刻んだ柱があった場所に手をかざした。
「ここら辺に、俺たち兄弟の成長を刻んだ柱があったんだ」
「うん・・・・・」
修平の回想の邪魔にならないように、2人控えめに頷いた。
「・・・・高校卒業後、東京に発つ日の朝も、久々に神戸に戻ってきたあの日も、2人で身長を刻んだ、その儀式が、あれで最後なんて思いもしなかった・・・・」
溜息と涙の混じった声音に、たまらず真緒が寄り添った。
あの日、深く考えず自分の下した選択に修平は今も苦しんでいた。
後悔と苦しみの只中に居る修平の手を2人、何も言わず両脇から、きつく握った。
修平が寄り添う2人の気持ちに応えるように、その手をしっかり握り返した。
「そろそろホテルに戻るか・・・・・」
翌日も3人、神戸を観光した。
前日同様、修平が懐かしい情景に思いを馳せながら先頭を歩いた。
そして、とある小学校前で立ち止まった。
「あの日、俺は交通機関も殆ど機能してない中で、色んな人の協力を得て何とか神戸の街に入った!でも余りの変わりように愕然としたよ、俺の実家も含めて、この辺一帯が火事で焼け落ちていた」
真緒も当時テレビで見た凄惨な映像を思い出し目を伏せた。
「正直絶望しかなかったけど必死で家族の姿を探したよ、無事なら俺の家族は此処に避難してる筈だったからな・・・・・でも俺は此処で家族には会えなかった・・・・途方に暮れてたら美幸も途方に暮れた疲れ切った様子で声をかけてきたんだ、人を探してるって」
「ここで、お母さんと会ったんだね・・・・でも何で東京育ちのお母さんが神戸に居たの?」
「当時遠距離恋愛中だった彼氏が神戸に居たとかで連絡の取れない彼氏の無事を確かめたくて家族の猛反対を振り切って来たらしい・・・・」
辛い思い出と大事な思い出が混合する体育館から、ゆっくり視線を外した。
「美幸はボランティアとして忙しそうにしながらも、時間を見つけては彼氏の安否を確認しようと必死の様子だった・・・・でも遺体安置所だけは行こうとしなかった、俺も行けなかったけど」
遺体安置所のキーワードに葵も真緒も目を伏せた。
「でも、いくら他の避難所を見て回っても家族には会えなかった・・・・・毎日、今日こそ会えるかもしれない、明日こそ無事に生き延びた家族を見つけ出してやるって・・・・・でも、会えない日々を重ねて、もう、現実から逃げきれないんじゃないかって、二度と会えない事が曲げようのない現実なら、俺は、もう逃げていないで3人に会いに行ってやるべきなんじゃないかって・・・・」
修平の辛すぎる過去を言葉もなく、2人、静かに受け止めた。
「覚悟を美幸に打ち明けたら私も行くって・・・・安置所はあの時、何ヵ所もあったけど3箇所目の安置所で、俺は探してる人の名前を見つけて、見つけたくなかった気持ちと、でも、名前を見つける事が出来て、やっと3人に会えるんだってどこかでホッとした気持ちも有って、それでも顔を見てやる勇気が無くて半日、安置所の入り口で動けずにいたら、美幸が「立ち会うわ」って」
とても苦く、けれど美幸の温もりも蘇る懐かしい記憶を涙ながらに打ち明けた。
「嫌じゃなかったら私も立ち会うからって・・・・・言われて、やっと覚悟を決めて俺は3人に会う事が出来た・・・・3人に会ったことで気持ちにも区切りがついたのも事実だし・・・・って言っても、当時は気持ちに区切りがついた!なんて冷静な感覚は無くて天涯孤独になった事実の中、一秒一秒、生きていく奇跡を積み重ねていくのが本当に大変だったけど・・・・それも美幸が居てくれたから出来た事だ・・・・一人じゃなかったから、翌日、更に何カ所か安置所を回って、美幸もやっと探してる彼氏の名前を見つけて・・・・・」
「お母さんが、そんな経験してたなんて知らなかった」
「その後、別々に東京に戻ったんだ、先に美幸が東京に戻って行って、縁があって東京で再会出来たら、その時はお茶でもしようって・・・・でも、東京で会う事は無かった、次に美幸に会ったのは翌年の追悼式典の時だった・・・・昨日今日歩いてきたコースは、式典の後で美幸と通ったコースだったんだ、その時、当時語れなかった事なんかもお互い色々語り合って一緒に東京に戻って、その時初めて連絡先を交換したんだ」
「そうだったのね」
「頻繁に会うようになって割とすぐ美幸は両親に俺を紹介してくれて、両親は天涯孤独になった俺を温かく受け入れてくれた、なのに俺は美幸を・・・・・あんな良い御両親から美幸を奪った!俺が葵との約束を破ったから、美幸が今日、一つ年を重ねる事が出来なかったのは俺の所為なんだ」
「奥さん、今日誕生日だったの?」
2人、一瞬沈黙して頷いた。
「・・・・やめよう!その話、お父さんの所為じゃないから」
大きく首を振り修平を遮った。
「確かに私と千尋を映画館に連れてく約束は破った・・・・・でも映画が終わって直に出てれば事故は起きなかった、あの時ジュースを飲み過ぎて映画館出る前にトイレに立ち寄った所為で一本電車に乗り遅れて、それで千尋を焦らせた、私がトイレに行ってなければ電車に乗り遅れたりしなかった!千尋に無理な横断なんてさせなかった、そもそもインフルエンザで学校が休みの時に、映画の最終日だから絶対観たい!なんて我儘言ったりしなければ良かった」
幼かった自分の発言を葵は度々後悔していた。
「誰かの所為って言うなら我儘言った・・・・オレンジジュース飲み過ぎた私の所為だよ!でも私たちが後悔し続けても、お母さんは喜ばないし、帰っても来ない、映画館はまだ無理かもしれないけどオレンジジュースは、もう飲めるようにならないと駄目だよね」
言って、道端の自販機のオレンジジュースをジッと見つめた。
「お爺ちゃんもお婆ちゃんも、あの事故の事をお父さんの所為なんて一言も言ってない、変わらず良くしてくれてる、だから、もうやめよう」
言って、自販機に硬貨を投入してオレンジジュースのボタンを意を決し押した。
取り出し口に落ちてきた、小さなペットボトルに入ったオレンジジュースを拾い上げ蓋を開けた。
それでも口を付ける事が出来なかった。
色んな思いが脳裏を巡りオレンジジュースを握りしめていた。
「無理して飲まなくても良いんじゃない?」
真緒が心配そうに止めに入った。
「いえ、大丈夫です」
言って、思い切って口に含んで飲み込んだ。
あの時飲んだオレンジジュースと何ら変わったところのないオレンジの味が口中に広がった。
「大丈夫・・・・・」
苦い記憶に直結するオレンジジュースを恐々と、それでも飲み干した。
苦い記憶はすぐに引き寄せられたが、それだけで済んだ。
辛すぎる記憶に過剰に防衛反応が働くことも無く問題なく飲み干せた。
もう一度自分に言い聞かせるように呟いた。
「大丈夫」
「・・・・よし、帰ろう」
長い沈黙の後、発せられた修平の言葉に、2人頷いて、修平に続いて歩き始めた。
東京に戻ってきた3人は後日、美幸の墓前に居た。
墓前に静かに手を合わせ、トラウマが邪魔して、ずっと飲めずにいたオレンジジュースをまた飲めるようになった事を心の中で語りかけた。
修平も墓石に静かに水をかけ手を合わせ報告した。
(この間、神戸の街に行って来たぞ、俺が長く生活してきた頃とは、美幸と出会った頃とは街並みも変わっていたよ、でも神戸で2人で誓い合った日の事をしっかり思い出した、残された俺達は強く生きようって約束、これからも守っていくから心配するな)
長く手を合わせ黙祷を捧げる2人の横で真緒も遠慮しながら静かに手を合わせた。
「そういえば、ずっと謎に思ってた事が有ったんだ」
修平が思い出したように葵を振り返った。
「初めて愛美ちゃんと一緒に帰ってきた日・・・・・どこ行ってたんだ?最初から愛美ちゃんに会うために家を出たわけではなかったんだろう?」
「あー・・・・うん、愛美と知り合ったのはあの日が初めてだったし、あの日ね、お母さんが作ってくれた鞄のボタンが取れてる事に気づいて、お気に入りの鞄だったから衝動的に探しに出ていたんだよね、天気の様子なんて全然考えてなくて絶対に探さなきゃって事しか頭に無くて、今考えると精神的にやっぱり普通じゃ無かったと思う」
当時を回顧し、葵は全く考え無しの自分の行動にある種の恐怖のような物を覚えた。
同時に修平も、そんな状態の葵を残し仕事に行ってた事にゾッとするものを覚えた。
「傘も持たず探しに飛び出して、でも当たり前だけどボタンは見つけられなくて途方に暮れていたら気付いたら雨が降り出していて通り掛かった愛美が傘の中に入れてくれて家に連れてってくれて、色々良くしてくれて、同じ中学の同級生って判って友達になろうって・・・・・」
「愛美ちゃんには、本当に感謝しかないよ・・・・」
「うん、私も愛美には本当に感謝してる、あの瞬間、考え無しに家を飛び出した自分にはゾッとするけど、逆に飛び出してなければ、あの日、愛美には会えなかった・・・・お母さんが引き会わせてくれたのかなって時々思うよ」
それぞれ美幸に報告する事を報告してお寺を後にしようとした時、美幸の両親が下から上がってきた。
「お義父さん、お義母さん、結局またご無沙汰してしまい申し訳ありません」
修平が気まずそうに謝った。
「いえいえ、こちらこそ・・・・・真緒さんと上手くやってるようで安心したわ、葵ちゃん、ちょっと見ない間に大きくなったわね」
「うん、真緒さんと同じぐらいになったよ、ホラ・・・・」
葵が真緒の横に立って並んで見せた。
「うん、美幸も、高校生辺りから急に伸びたのよ、ねぇお父さん」
「ああ」
懐かしそうに目を細め、娘の面影を孫に重ねた。
「悪かったわね、引き留めて、帰るところだったんでしょ?気を付けて帰ってね、またね」




