2
テーブルの上は雑然としていて、真鍮のケトルとマグカップ、地図、トランシーバーと書類が散乱していた。
「偵察部隊からの報告で、自主避難している人たちがいるダウンタウンのビル内に、どうやらワーム培養装置があるらしい。が、薬品が切れて卵を死滅させられないようだ。俺たちはそいつの破壊と、ワームに侵された人間の処分――」
同じ人間を“処分”しなくてはならない。一度ワームに脳を侵されれば、そのワームは脳と同化してしまうため、宿主を殺さないとワームも駆除できない。軍に入った以上は、すべての情を捨てなくてはならない。ワームに侵されたのが子供や老人でも、たとえ仲間や肉親でも処分しなくてはならないからだ。
ジェフはテーブルで書類を探し始めた。何枚かがほこりっぽい地面に落ちる。
「…あとは、ワームに侵される前の人間をパラライザーで麻痺させて保護、それにエイリアンを見つけたら射殺。以上なんだが、お前さんの射撃傾向は――」
ジェフはようやく一枚の書類を手に取る。
「ああ、あったあった。俺のガキのころにはインターネットが使えたおかげで、何でもコンピューター一台で済んだがな。…そうか、速射向きだったな。じゃあ、こいつを使うといい」
ジェフはコンテナからホルダー入りの拳銃を渡した。人間には銃弾が効くが、エイリアンの透明な防護服はワームでも食い破れないどころか、銃弾も通さない。軍が開発したレーザー銃しか、エイリアンを倒せない。
普通の銃とレーザー銃の二丁を持っていると、咄嗟のときに間違う可能性があり、基本的に人間に対してもレーザー銃を使う。弾を充填するのではなくエネルギーを少しずつ消費するため、弾よりも多く撃つことができる上に、予備のマガジンも軽い。
「こいつは近距離なら、昔の32口径のオートマチックと同じ威力だ。マガジンからのチャージが速くて速射に向いてる。ただしレーザーといえど距離をあけると威力が落ちるから、できるだけ対象を引きつけて慎重に撃て。ランプが緑のうちはいいが、赤になるとエネルギー切れだから、マガジンを取り替えろ」
ジェフはホルダーの小さなポケットに、マガジンの予備を入れた。
それと別の長い棒状の物を渡す。警察官が持つ警棒に似ている。
「こいつはパラライザーだ。訓練でやったと思うが、寄生前のやつを麻痺させるとき、目以外のどこでもいいからこの先端を体に当てろ。もしくは、ワームに侵されたもの二体同時に襲ってきたときに使え」
ワームの知能は低く、動く物にしか反応しない。パラライザーで麻痺させた人間は、しばらく仮死状態のように動かなくなるため、ワームに寄生されることはなく、寄生された人間に襲われることもない。
「ただし、エイリアンにはあの厄介な防護服があるからな。レーザー銃は効くがパラライザーは効かん。焦って間違えるなよ」
ファルコン、ダイアン、ナイトも自分の武器を取るとジープに向かう。武器以外にトランシーバーを持ち、爆弾や無線機も積む。ダイアンが、左の手のひらを上にしてFBに向けた。
ダイアンの手を凝視したままなFBに、ダイアンはクスッと笑う。
「これよ」
ダイアンは土色のジャケットのポケットから小型のライトを出した。大きさが煙草の箱ほどのそれは、スイッチを入れると強烈な光を放った。ダイアンの手のひらにある物が、シャボン玉のように光を反射する。その輝く光の範囲で、ハンドタオルほどの大きさの薄い物だとわかる。
「あ…防護マスク」
エイリアンが服の上から着ている、透明の防護服。ワームに食い破られず、普通の銃弾も通さない上に、通気性がよく、自然光では見えにくく軽い。地球では作れない物質だ。倒したエイリアンから回収し、それを利用している。なにぶん数が不足しているため、とにかく感染されやすい口や鼻や耳だけは覆えるように、マスクとしてリサイクルされている。主に国家の要人や、軍関係に配布される。
マスクは、現在の地球の微弱な太陽光では判別しづらく、強い光を当てて初めて反射する。エイリアンが地球に粒子フィルターをかけた理由は「培養装置を設置している場所を空爆されないため」「人工衛星やネットワークの妨害」および、「防護服を見えにくくするため」だ。エイリアンは色素が薄いため、地球上の太陽光線が強すぎるのではという説もある。
全員、マスクを装着し、幌をかけたジープに乗り込む。
運転席にジェフ、助手席にはファルコン。後部座席のジェフの真後ろにはFB、隣にはダイアン、ナイトが座る。
「FB、訓練で射撃は嫌というほどやっただろうが、実践で初めて、訓練はありがたかったと思うぞ」
何のことだろうとミラーを見つめるFBに、ジェフもミラーを見上げて話を続ける。
「訓練では機械が仕込まれた標的や、バーチャルグラフィックを撃つだろ? あいつらは襲いかかってこない。実際は人間だけでなく、犬やネズミや鳥なんかが襲ってくるぞ」
ワームが寄生するのは人間だけでなく、脳を持つ動物ならば何でもだ。ワームはその場にいる動物で、一番大きい宿主を選ぶ。
「ニューヨークのセントラルパークに行ってみろ。鳩の群れにつつき殺されるぞ」
FBにも経験が無いわけではなかった。訓練生時代、実際に軍の補佐としての実習があった。マサチューセッツ州ボストンの動物園で、ワームに侵された動物たちを駆除する任務だ。動物は動きが素早く、重い生き物、飛ぶ生き物もいて厄介だった。
助手席からファルコンが首をめぐらせた。
「このジープの幌や軍服は簡単に食い破られないが、油断してると知らない間に穴が開いてた、なんてことになるから気をつけろ。ワームだけでなく、野良犬や野良猫、ネズミにゴキブリまでな」
体長が1/3インチのワームは、自分より大きな生き物ならば何にでも寄生する。人体の穴から侵入するが、布や皮膚も食い破って侵入する。
「この防護マスクは大丈夫だが、首から下は気をつけろ。コールガールの前でも、ベルトを緩めるときには周囲に気をつけるんだな。なんせ、穴という穴にヤツは入る」
ハンドルを握りながらジェフは“ハハッ”と笑う。
「下品な話はやめてよ、ファルコン」
返事に窮するような話に、ダイアンがブレーキをかけてくれる。が、ファルコンは悪びれる様子もない。
「なあに、軍隊にいりゃ、こういう話の一つや二つは聞くさ。若手の洗礼みたいなもんさ」
なあ、とファルコンはナイトに同意を求めるが、ナイトはひとことも話さない。こういった話は苦手なのだろうか。ファルコンも返事が返らないことを承知のうえだ。口数が少ないからとコミュニケーションを取らないのではなく、大切な部隊の一員だと認識している、という証だ。
ジープはビル群の前に止まる。1世紀昔はモーター・シティとして栄えたこの街も、次第に廃れて治安が悪くなり、今はワームによる暴動でどこも機能していない。小さなビルは早くも崩れかけていて、高層ビルも窓ガラスが割れている。人の気配がない廃墟は、まるで遺跡のような佇まいだ。
ジェフは運転席から後ろを振り返る。
「あれから、偵察部隊からの無線が来ない」
培養装置の数は非常に多く、偵察部隊は卵を駆除できる殺虫剤を携帯しているが、途中で足りなくなる。連絡が無い場合、殺虫剤が足りず卵が孵化し、運悪く体内に侵入されたというケースも珍しくない。
「やられたか…希望を持つなら、パラライズしているかだ」
ワームに侵された群れから助かるには、相手を全滅させるかパラライズさせるか。あるいは、自分にパラライザーを当て、仮死状態にするか。だが、仮死状態から目覚めた後、周囲の状況が変わってなければ危ない。仮死状態になるほどのショックのため、何度もパラライザーを体に当てるのも危険だ。そのため、自分自身にパラライザーを使うのは、最後の手段だ。
五人はジープを降りると銃を構え、エントランスまで走った。
「俺とナイトで西の階段を上がる。ファルコンとダイアンとFBは東の階段を行け。培養装置のあるフロアは不明だ。数が多ければ応援を要請する」
“GO!”の合図で二手に別れた。非常階段は音が響く。早速、上の方から物音が聞こえる。壁に何かをぶつけている音、駆けおりる足音。
「あの暴れようじゃ、ワームにやられたヤツだな。ダイアン、FB、援護を頼む!」
階段を駆け上がるファルコンに、ダイアンとFBも続いた。扉近くに表示されている数字が大きくなるにつれ、上からの足音も近づいてくる。
壁に何かぶつかる音。パラパラと聞こえるのは、壊れた物の破片だろうか。そんな音まで聞こえるということは――
“近い”、ファルコンがつぶやいた瞬間、キャスターつきの椅子が派手な音を立てながら転がり落ちて来て、踊場で止まった。背もたれはグラグラで、座面からスプリングが飛び出し、キャスターは二個しか残っていない。
三人が踊場から銃口を向けた。