第12話
夜景をバックに時が止まったような気がした。
ん?なんて?
なんか凄く嬉しい事を言った気がしする。
「やっぱり私達って身分が違い過ぎると思うのよね。
あなたも婚約嫌がってたからいいでしょ?」
リリーナは僕が何か言う前に次々喋り続ける。
「婚約解消はこちらに問題があったって事にするから安心して。
あなたの家には迷惑かけないわ。
あと、アンヌさんとシンシアちゃんの事も心配しなくていいわ。
お父様には言っておくから。
あとはそうね……
学園卒業するまでは黙っていましょう。
その方があなたに言いよって来る人間もいないでしょ」
そこまで一息に言い切ったリリーナが僕の顔を覗き込む。
その目は微かに潤んでいた。
「どうしたの?
他に何か心配事あるの?
何かあるなら言ってね。
あなたのいいようにするから。
まあ、別に今じゃなくてもいいわ。
何か不都合がある度に言ってくれたら対応するから」
リリーナは少し離れてから、何かを飲み込むかのように大きく深呼吸をして大空を見上げる。
「でも最後に一個だけ、本当に一個だけお願いを聞いて」
両目をギュッと瞑ったあとに再びこっちを見た。
「行きの馬車でしてくれなかったキスをして。
ちゃんとここに」
リリーナは唇に人差し指を当てる。
僕は両手をゆっくりリリーナの方へ伸ばす。
リリーナは両手を後ろに回して両目を瞑る。
でも馬車の時と何かが違う。
あの時の様な完璧な角度ではなく、瞼が微かに震えている。
リリーナはずっと何かを堪えている。
僕の両手は首元に伸びてカーディガンの第一ボタンを外した。
「え!?」
リリーナは驚いて両目を見開くけど僕は気にせず第二ボタンを外す。
「ちょっと待って!
さすがにそこまではダメ!
いくら人がいないからって屋外だなんて」
リリーナが両手で僕の両手を押さえるけど、そのまま第三ボタンを外した。
「ダメ!
お願いだからやめて!」
リリーナが本気で抵抗して来たが、僕は無理矢理カーディガンの残りのボタンを一気に引きちぎる。
「お願い。
見ないで……」
リリーナは涙を流して顔を背ける。
カーディガンの下は昨日と同じコーデ。
だけどお腹の部分だけ痛々しい刀傷で大きく文字が刻まれている。
『リリーナ・コドラはケルベロスの玩具』
「これは一体……」
「なんでも無いの。
本当に何でも無いから」
それが嘘だと涙で崩れた顔が物語っている。
「誰にやられた?」
「大丈夫。
これ以上の事はされて無いから」
「ケルベロスって?」
「本当に何でも無いの」
「昨日の晩何があった?」
「何も無いわ。
本当に何も無いの」
リリーナは頑なに喋ろうとしない。
でもその痛々しい表情から必死に堪えている事が痛い程分かる。
「婚約解消の理由はそれ?」
「そういう訳じゃないけど、あなたもこんな傷のついた女の子嫌でしょ?」
僕は黙ってリリーナを見る。
「腹黒どころの話じゃないわね。
本当に笑えるわね」
リリーナは力なく笑ってみせる。
だけどいつもの作り笑いが上手くいっていない。
「ねえ、なんか言ってよ。
そんな顔しないでよ」
僕は今自分がどんな顔してるかわからない。
遥か昔に置いてきたであろう感情が湧き上がって来る。
この感情の名前が僕には思い出せない。
だけど僕はリリーナを抱きしめる。
「なんでよ!
いつもみたい嫌だって言ってよ!」
特殊な魔力で傷の再生を妨げている。
かなり痛みもあるはずだ。
この痛みがずっと続くというのか?
この傷を背負い続けないといけないのか?
着たい服も着れないというのか?
「腹黒な子は嫌なんでしょ!
わがままな子は嫌なんでしょ!
私には嫌な所がいっぱいあるんでしょ!
言ってよ!
どうして言ってくれないの!」
これからリリーナには沢山の出会いがあって、本当に好きな人が出来るはずだ。
その人の事を想い、恋焦がれる事も出来ないと言うのか?
そんな事があっていいはずが無い。
例えこれが強い者が正しいこの世界の理不尽だとしても僕は許さない。
「リリーナ。
大丈夫。
その悲しみも痛みも苦しみも全て夢だよ」
僕は持てる全ての力を使ってリリーナの治療を試みる。
傷にまとわりつく魔力はこべり付いて剥がれようとしない。
だが舐めるなよ。
僕は認められない物は絶対に認めない。
『美学その9
他人の不幸は蜜の味
身内の不幸は排除する』
僕は悪党だ。
悪党は自分勝手だ。
僕の美学の妨げになる物は全て排除する。
僕は魔力を更に流し込む。
「ハァハァハァ……
んぅ!」
リリーナは長時間体内に流し込んだ僕の魔力によって熱が出て来ている。
リリーナの体が火照り甘い吐息甘い声が漏れる。
「もう少しだけ我慢してね」
「んっ!!」
一気にリリーナにこべり付いていた魔力を打ち消して傷を塞ぐ。
もちろん傷跡一つ残さない。
「ハァハァ……
え?どうして?」
痛みが無くなった事に気付いたリリーナが僕から少し離れてお腹を確認する。
あれだけ深く刻まれていた傷跡は全てなくなっていた。
「嘘……
ヒカゲが――」
「誰にも内緒だよ。
これは夢だから。
朝、目が覚めたら全て終わってるから」
「一体どうや――」
『おやすみ』
言霊によって眠りに落ちたリリーナを優しく受け止める。
辛い事など何も無かったかのように穏やかな寝息を立てている。
「ソラ。
何かわかった?」
「だいたいの事はわかったよ」
僕の影に戻って来たソラが答える。
「わかってる事全部教えてくれないかな?」
「うん。
カプッ!」
ソラは影から出て来て後ろから僕の首筋に齧り付く。
血液を通してソラの集めて来た情報が入ってくる。
「ありがとう」
吸血を終えたソラが口元を拭う。
「主。
凄い憎しみ。
途轍もない憎悪の味がした」
「憎悪?
そうか憎悪か……」
思い出した。
前世のあの場所に全て置いて来たと思っていたのに、まだ残っていたんだ。
「私も行く?」
「きっと悪党の極上の血が飲める。
でもごめんね。
僕一人で行かせて」
「いいよ。
どうせ主の血の方が美味しい」
「リリーナをお願い出来る?」
「わかった」
「血吸ったらダメだよ」
「不味そうだからいらない」
「そうか。
やっぱりリリーナの血は不味いか。
あとスミレに伝えて欲しい」
「なにを?」
「君達の作ったナイトメア・ルミナスを私物化して悪いけど、今回の黒幕を調べて欲しい」
「わかった」
ソラにリリーナを預けて別れた。
さて、行くとしよう。
僕の身内に悪夢を見せた悪党の元へ。
それ以上の悪夢へ誘う為に。
魔力によってナイトメアスタイルを纏う。
両手に持った仮面と帽子を装着……
いや、今宵はいらないや。
さあケルベロス。
地獄の番犬だかなんだか知らないけど、教えてやるよ。
悪党に手を出すのにはそれ相応の覚悟がいるって事を。
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