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世界を生き抜く悪党の美学  作者: 横切カラス
4章 悪党は自分の都合しか考えない
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第11話

親善大使滞在最後の夜。


日が落ちてから大粒の雨が降り続いていた。

今日は暗殺者の襲撃も無い。


時計がてっぺんになろうとした頃、僕はレインの部屋へと向かう。


部屋の前ではガイアが警備していた。


「こんばんは」


「こんばんは。

ヒカゲ様、どうされましたか?」


「ちょっとレインに話があるんだ」


「こんな時間にですか?

明日ではいけないのでしょうか?」


「明日なんて無いつもりでしょ?」


僕の言葉にガイアの言葉が詰まる。

構わず僕は続ける。


「でも明日は来るよ。

いや、来させてみせる。

その為に僕は来たんだ」


ガイアは僕を通していい物か悩んでいた。

すると中からレインの声が聞こえて来た。


「ガイア。

通してくれて構いません」


「わかりました」


ガイアが扉を開けて中に入れてくれた。

中では高級そうなネグリジェ姿のレインが迎えてくれた。


「こんばんはヒカゲさん。

こんなはしたない格好で申し訳ありません」


「とっても似合ってるよ」


「ありがとうございます」


レインは少し恥ずかしそうな表情をして、僕を椅子へと促す。


「何かお飲み物でも用意しますね」


「いやいいよ。

ブドウジュース持って来たから。

これアークム領産なんだ」


「そうなんですね。

ではお言葉に甘えて頂きます」


僕は持って来たコップにジュースを注ぐ。

それをレインは美味しそうに飲んだ。


「美味しいですね」


「でしょ。

僕もヒナタも昔から飲んでて大好きなんだ」


「なるほど。

思い出の味ですね」


「まあね。

それにしても普通に飲むんだね」


「ええ、これぐらい見えなくでも飲めますよ」


「違うよ。

毒が入ってないかとか気にしないのかと思ってね」


「面白い事言いますね。

ヒカゲさんが毒を盛るなんて考えてもいませんでした。

でも睡眠薬が入ってて、眠らされた後襲われる可能性はありますね」


レインは冗談っぽく僕を見て返す。


「襲ってもいいの?」


「ウフフ。

そんな事したら国際問題ですよ」


「君の盲目の事を脅しのネタにしたら、泣き寝入りしてくれる?」


「まあ、恐ろしい。

そうなったらそうですね……

今晩の私は黙ってヒカゲさんのおもちゃですね」


「じゃあそういう事で」


僕は立ち上がってレインに近づいていく


「え!?」


レインは驚きを隠せずに短く声を上げた。


「大丈夫。

僕に任せて」


「いや、その……

一つだけお願いしてもいいですか?」


レインがしおらしく俯く。


「なに?」


「私初めてなので優しくして頂けますか?」


「そうだね。

死ぬ前に思いっきり優しくしてあげるね」


「どうしてそれを!?」


レインは再び驚きの声をあげた。

僕は思わず笑ってしまった。


「アハハハ。

ごめんごめん。

冗談だよ冗談」


僕は元の席に座ってブドウジュースを飲む。


「やっぱりこのジュースおいしいや。

もう一杯いる?」


まだキョトンとしているレインのコップにブドウジュースのおかわりを注ぐ。


「いつまでボーっとしているの?」


「いや、えーと……

どこからどこまでが冗談なのですか?」


「君を襲うってまでが冗談。

でも死ぬ前ってのは本気。

だって死ぬ気なんでしょ?」


「えーと……」


まだ混乱しているレインなど気にせずに続ける。


「でも今夜も暗殺者は来ない。

だからと言って自ら死を選ばせるつもりも無いよ」


「だからさっきドアの前であんな事言ったのですね。

いつから気付いていたのですか?」


やっと落ち着いて来たレインが静かに尋ねる。


「屋敷に来た時。

5日間の割には荷物が少な過ぎだ。

そこで思ったんだ。

君は5日間もここにいる気が無いって。

でも予想に反して滞在時間が伸びた。

その理由は暗殺者が殺しに来なかったからだ。

だから慌てて3日目に日用品を買い足したんだ」


「良く見てますね」


「でも、それもどう考えたって今晩の分までだった。

だから今晩暗殺者に殺されなかったら、自ら死ぬつもりだって思ったんだ。

どう?正解?」


「はい。

大正解です」


レインは悲しそうな顔をして答える。


「私がなんで死を選ぶか分かりますか?」


「それはわからないね」


「国の未来の為です」


レインは降り続いて強い意志の込もった声で言い切った。


「我が国は今、このホロン王国との和平を望む穏健派と戦争による侵略を望む革命派で二分されています。

ちょっと前までは穏健派の方が圧倒的に優勢でした。

でも先日ホロン王国で起きたドーントレスの事件が大きく流れを変えました。

ホロン王国内でも侵略を望む組織が動いている事実を革命派が大きく取り上げて、侵略される前に侵略すべきと唱えたのです」


「でも圧倒的優勢なら、そんな小さな事で変わらないでしょ?」


「私達穏健派もそう思っていました。

でも、私達は知らなかったんです。

実は穏健派の中にも隠れ革命派が多数いた事を。

そして残りの穏健派の中にも、旗色のいい方に移ろうと考えている中立派も多数いる事を」


「それで一気に不利な状況に変わってしまったんだ」


レインは残念そうに頷く。


「そうです。

もはや革命派がいつ暴走するかわからない緊迫した状況です。

そんな時、兼ねてより進めていたホロン王国との文化交流が実現出来る事になりました。

そして、私が親善大使としてホロン王国に出向く事になりました。

革命派は私をホロン王国内で暗殺して戦争の火種にしようと考えたんです。

そこで、私達はそれを逆に利用しようと思ったんです」


「利用って?」


「私が暗殺されたらホロン王国は親善大使を殺した国として革命派が動き出します。

そして、ここぞとばかりに隠れ革命派も出て来るはずです。

でも、私達は暗殺者に依頼したのが革命派だと確かな証拠を握っています。

それを持って革命派を一網打尽にします」


「そんなに上手くいくの?」


「それだけでは無理かも知れません。

だけど、それを皮切りに革命派の手荒さが露見すれば民衆達の心が革命派から離れるはずです。

そうすれば必ず穏健派のみんなが平和の道を切り拓いてくれます」


「それで君は死ぬ事を選んだんだ」


「はい。

わかってくれましたか?」


「全然」


僕の答えに驚く事無くレインは微笑む。


「アンヌと一緒ですね。

彼女も最後まで納得はしてくれませんでした」


「だろうね。

アンヌが納得するとは到底思えない」


「ええ。

でも、これが国を動かす者の決断なんです。

ヒカゲさんにも難しいかも知れませんね」


くだらない。

実にくだらない。


自ら死ぬ事が答えだなんて愚か者の答え以外何者でもない。


「難しいね。

僕が分かるのはレインが国の事情に巻き込むって事だけだよ」


「もちろんホロン王国を巻き込む事はわかっています。

だからホロン国王にも話は通して――」


「違うよ。

そこじゃない」


「アークム男爵にも話は――」


「違う違う。

そんな事どうでもいい」


「今日同行したガイアも――」


「ヒナタとシンシア、そしてアンヌが悲しむだろ?」


「え?」


レインは全く予想していなかったであろ名前に目を丸くする。


「両親はまだいい。

言っても大人だし、今まで政治的な判断もいろいろ迫られて来たんだと思う。

でも僕の姉妹はね、みんな優しくていい子なんだよ。

そんな3人が仲良くなった君が死んで悲しまないわけ無いだろ?」


「そんな、個人的な感情なんて気にしていられない状況なんです」


「なんで?

国なんて所詮個人の集まりだよ」


「それはそうかも知れませんが……」


「君が死のうが戦争が起きようが僕はどうでもいい。

だけど、僕の姉妹が悲しむなら話は別だ。

どうせ死ぬ気ならなんでヒナタ達と仲良くなった?

暗殺される気ならさっさとされたらよかったんだ。

どうせ、いつ死んだって無駄な死には変わらないんだから」


「私が死んでも無駄だと言うんですか?」


レインの言葉に少し憤りの感情が乗る。


きっと自分の死が大きな物を生み出すと信じてやまないんだろう。

それがただの勘違いだと知らずに。


「そうだよ。

無駄さ。

そしてそれがわからない君も、君の周りの人達もただの愚か者だよ」


「ヒカゲさん。

今の言葉は許せません。

私の周りの人達は平和を守る為に苦渋の選択を――」


「君の死によって実現した平和なんて、誰か他の人の死で簡単に崩れるよ」


「まさか、そんな事は――」


「君は自分をそんなに特別な人間だと思ってるの?」


僕はレインを睨んで黙らせる。


「人間は簡単に死ねるんだよ。

だから本能的に恐れるんだ。

その恐れが人の心を動かす。

でもそれはその一瞬でしかない。

人間は忘れるんだよ。

更に新しい事に上書きされるんだ。

そして君の死は無駄になる」


「でも、このままだと国は荒れて戦争が起きてしまう」


「なら君が死んで今回は戦争が回避出来たとしよう。

じゃあ次に同じ事になったら次は誰が死ぬんだい?」


「そんな事にはさせません!」


「どうやって?

君はもう死んでるんだよ。

一度人の死によって手に入れた事実が次の死を選択させるよ。

それは相手側も同じ。

そしてお互い死体を積み重ね合う愚かな戦いが始まる」


レインは言葉に詰まる。

だけど譲れない物の為に言葉を絞り出した。


「なら、どうしろと言うのですか?」


「生きて闘うしか無いんだよ。

それがどんなに過酷で残酷で理不尽でも」


「もし上手くいかなかったら?」


「やり直したらいい」


「そんな余裕があるとは限りません」


「なら君が死んでも上手くいかなかったら?

他の誰かがやり直すんでしょ?

なんで君が生きた時の失敗は考えるのに、死んだ時の失敗は考えないの?」


僕の質問の答えは返って来ない。


それは当たり前だ。

レインは自分が死んだ後の事など考えてるようで考えてないのだから。


「君はね、無意識に生きて闘う事を放棄してるんだ。

僕もその気持ち分かるよ。

だって生きる事は死ぬ事より何倍も難しい。

この世は窮屈で生きにくい。

自分の理想を阻む物ばかりある。

でも自分の理想を実現出来るのは自分しかいない。

他人に委ねた時点でそれは理想では無く、空想に変わるんだ」


「私が生きていれば理想は叶うのでしょうか?」


レインの心は揺らいでいる。

一度は死ぬつもりだったけど、生きて闘い続けるか迷っている。


もうひと押し背中を押して欲しいのだろう。

だけど……


「それは分からない」


「叶うとは言ってくれないのですね」


きっと叶うって言ってあげれば、生きる道を選ぶのだろう。

だけど、ダメだ。

他人である僕の言葉一つで変わってしまう決断なんて、またすぐに変わってしまう。


「僕が言えるのは、君が死んだらその理想は絶対に叶わない。

必ず戦争は起きると言う事だけだ」


「なんでそう言い切れるのですか?」


ここだ。

ここで僕はレインほ死と言う逃げ道を無くさないといけない。


それが例えどんな残酷な方法だとしても。

それが悪党のやり方だから。


「言い切れるよ。

君が死の選択をするのなら、その前に僕が君を殺すから」


「なっ!?」


レインは驚きのあまり言葉を失った。

この隙に僕はたたみかける。


「次はガイアかな?

その次は君のお母さんにしよう。

その次は……誰でもいいや。

戦争が起きるまで殺し続ける。

必ず戦争を起こしてみせる」


「そんな事出来る訳が……」


「僕はやるよ。

生きて何度でもやり直す」


僕は殺気を放つ。

部屋の空気が一気にピリついた。


扉の外でガイアが身構えるほどに。


「そんな事に何の意味があるのですか?

それこそヒナタさん達が悲しむ事になります」


「意味ならある」


「一体どんな意味があると言うのですか?」


「僕がこう言えば君は死ねない」


「!?」


「僕は本気だよ」


レインの目に涙が浮かぶ。

その表情には悲しみと辛さが滲み出ている。


「酷い事を言うのですね」


「僕の姉妹が悲しむ事を僕は許さない。

その為だったらどんなに君に嫌われようと、憎まれようと構わない」


僕とレインの間を長い沈黙が支配する。

瞬きをしたレインの目から一筋の涙が流れる。


そして意を決してレインは再び言葉を絞り出した。


「ヒカゲさん。

そろそろお開きにしませんか?」


レインは悲しくて辛そうながらも精一杯の笑顔を作った。


「そろそろ寝ようと思います。

明日みなさんにお見送りされるのに、くまの出来た顔でさよならしたくありませんので」


「おやすみ。

また明日」


「ええ。

おやすみなさい。

また明日」


僕はレインの部屋を出て自室に向かう。


「生きて闘い続けるしか無いか……」


土砂降りだった雨も止み雲の隙間から綺麗な月が顔を出す窓の外を眺めながら思わず口から出てしまった。


自分がどうしようもない悪党だと自覚したのも、確かこんな雨上がりの月が綺麗な夜だった。


僕はどうしても真っ当な人間にはなれない。

それをあの日思い知った。


それでも僕は生き続ける。

例え自分が悪党だと分かっていても。

例えこの世に必要ない存在だと分かっていたとしても。


……とりあえず明日は来るだろう。

明日何事も無かったかのようにレインは旅立つ。

ヒナタもシンシアは何も知らないままお別れが出来る。


それでいい。

何も知らないまま笑顔のお別れすれば。


ヒナタは立派な領主になる。

その時シンシアもアンヌも隣にいてくれるはずだ。


領主になればきっと政治的に辛くて悲しい決断をしないといけない事もあるだろう。


だからと言って無駄な悲しみを背負う必要なんて無い。


例えこの先、正攻法ではどうしようも無い事が起きても僕が排除してみせる。

それがこの世の理から外れる方法で、全ての人から後ろ指を刺されようとも。


だって僕は悪党だから。


さあ明日だ。

あとは悪党として最後の仕上げをするだけだ。

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