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ディア・ニィ・レギルス

「ディア・ニィ・ルギエス?」

『はい。恐らくディアさんのフルネームなのではないかと。それでなんですが、私はこれまで傍受した通信の内容からルギエスという言葉が、この星系、もしくは国家を表す言葉だと推測しています』

「なるほど。そのルギエスというのが名前に入ってるディアは、この星系一帯を支配する一族に属していると考えて間違いないってことか」

『はい。本来士官候補生には荷が重い、極めて重要な外交上の折衝になりますが……』

「まあ、やるしかないだろう。幸い、やんちゃだけど物の分別はしっかりわきまえてる感じだ。悪い子じゃない」

『そうですね。私はゲストルームの準備をしますので、涼穂さんと合流してからこちらへ案内してください』

「了解」


 それからすぐ、士官学校の制服に着替えた涼穂が格納庫に入って来た。



 ✤✤✤



 その頃、ハツはというとゲストルームの準備に大忙しだった。


 VIPの接待にも利用される練習艦には、ゲストルームが備わっている。とはいえ広さも調度品もビジネスホテルのツインルーム並みであって、決して豪華な部屋ではない。まあ、当然で、血税で建造された軍艦の中に豪華客船のスイートルームのような部屋があろうものなら監査部と国民に叩かれる。


 ディアとセーナを迎え入れる為、ハツはてきぱきとベッドメイキングを施し、備品のチェックを行う。


 24世紀の宇宙艦艇といえど、ベッドやトイレといったものは素材の進歩こそあれ、形状的には数世紀前から大して変化していない。日常生活に関わるものは、どんなに時代が進んでも、シンプルなものが使いやすいのである。


 バスローブやタオル、液体石鹸や洗髪料、歯ブラシ(虫歯菌は撲滅されているが、食事の後の歯ブラシはエチケットである)などは、一般的なものが予め備品として用意されているが、新造艦でゲストルームを使うのも初めてだった事から、備品は全て用具室で箱に梱包されたままだった。


 ハツはそれらを開封して所定の場所に配置していく。


 ベッドには一切しわ無くしかれたシーツ。ちりひとつない室内。マニュアルではこれで部屋の準備は完了だ。


 無機質で無個性。されど完璧に。地球なら議員だろうが提督だろうがこれで迎え入れる。乗る側だって軍艦にもてなしを期待しちゃいない。個人の趣味もあるが、VR空間に生きるのが当たり前の24世紀の人間は、リアルの部屋にあまり頓着しない。むしろAR投影の邪魔になる為、情報量の多い環境は敬遠される。


 だが、今回お迎えるのが、24世紀の地球人でないというのが問題だった。


「AR技術が未発達なようですし、今後こちらの文明と交流することになるならば、内装で舐められない程度にグレードアップした方がいいかもしれませんね」


 客船の内装を見るに、この世界の人々の美的感覚はどうやら地球において19~20世紀前後にあるようだ。縁を飾る装飾や、温かみのある木目のデザインの中で生きていた人間にとって、この部屋はさぞ殺風景に映るだろう。


「ARを使うには、スマートギアの装着が不可欠ですからね。今は仕方ありません。花でも飾っておくことにしましょう」


 ハツはゲストルームにあるナノクラフターで生花、それに花器と剣山を生成すると、ライブラリにあるデータから、数世紀前の華道の大家が作成した生け花を再現(丸パクリ)してデスクに飾りつけた。因みに知的財産権は遥か昔に消失してる作品の為、無問題である。


「おもてなしについては、昔のホテルや旅客船に倣うとしましょう」


 生け花を飾り終えると、紙印刷された地球連邦宇宙軍の冊子、土産用のハツヒメの模型、旧式の電気ケトル、ティーパックにカップ。それに種子島名物の芋大福を次々と生成する。


 相手が24世紀の地球人なら、冊子もお土産も全てデータで受け取って、必要な時にナノクラフターを使って自分で生成する。飲食物についてもそうだ。しかし、今回この部屋を使うのは、24世紀の地球人ではなく、言葉も通じない別世界の住人である。ナノクラフターの使い方を説明するのも難しい事から、予め用意が必要だと判断した結果だ。


「清掃よし、備品よし、飾り付けよし!」


 最後に指さし確認を行った直後、彩晴から声がかかった。


『もう着くけど、部屋はどうだ?』

「OKです。おふたりを部屋に案内してください」

『了解』


 ハツはゲストルームの前で彼女達を出迎えると、その手で折れ戸のドアを開く。


 折れ戸のドアが採用されているのは、開閉スペースをコンパクトにまとめること。構造がシンプルで気密性も確保しやすいこと。外部と内部で気圧差が生じたときも開閉しやすいといった利点からである。


 宇宙船のドアというとシュッと開く自動ドアを想像するかもしれないが、24世紀の宇宙船や軍艦でも自動化されたドアは少数で、居住区にある大抵のドアは手動で開けるタイプである。これには明確な理由があって、自動ドアは誤作動や故障で閉じ込められる恐れがあるからだ。


 1秒でも早く艦から脱出しなければならない危機的状況で、機械は幾度も人類を裏切ってきた。ある意味最新鋭の軍艦に似つかわしくないともいえる原始的な仕様は、伊達や酔狂ではなく、人類が過去に経験した事故から学んだ上で採用されているのだ。


 鍵についても同様の理由で、ゲストルームのドアの内側に着けられているのは、カードキーだの生態認証だのといった電子ロックではなく、つまみを回すサムターン式の鍵とドアチェーンだ。


 因みに、鍵がついているのは立ち入りが制限されるような重要区画と、ゲストルームのみで、クルー用の個室にはそもそも鍵が付いていない。


「こちらへ」


 彩晴に代わってエスコートを受け持った涼穂。


 ディアとセーナに手振りで入室を促す。言葉は通じなくても、この部屋を使え。という意味は察することができるだろう。この間、彩晴は荷物持ちだ。


 ディアとセーナが部屋に入ると、セーナから預かっていたカバンを涼穂に引き渡す。後は部屋の前で待機である。


『俺、ここにいなきゃ駄目?』

「駄目です」

「駄目」


 ディアとセーナがここで裏切るとは思えないが、万が一に備えるということで歩哨に立つ。


 ゲストルームに入ったディアとセーナだが、地味な内装に不快感を示す様子はなく、むしろ謝意を示すように礼をした。


 やんちゃなディアだが、何故かハツの前では大人しい印象である。


 涼穂が明かりの点け方や、トイレやシャワーの使い方を説明する。どれも使い方は難しくないので説明が終わるのはすぐだ。


 ディアもセーナもきっと疲れているだろう。ハツとしても今日はもうこれ以上何をする事も無く、休んでもらうつもりだ。


 ハツが気を利かせて、デスクに備え付けられたモニターの一部を客船が見えるように設定する。


 客船はハツヒメにアンカーを打ち込まれて曳航中だ。速度が出せないので、近くのコロニーまで半日かかる予定である。


 今は乗客のほとんどを麻酔で眠っているので、客船の中は静かなものだ。意識のある者も、死体だらけの船内で何をどうする事も出来ず、部屋に籠っている。


 こうして、ハツは一礼して、涼穂はフレンドリーに手を振ってゲストルームを後にした。



 ✤✤✤



「うにゃあ! 疲れたのじゃあ!」


 帝国帝姉、ディア・ニィ・レギルスがベッドにダイブしたのはハツと涼穂が退室して3秒後の事だった。

あまりにも書けなくて、応援してとかブクマくれなんて言いません。

ただ、読んでくれてありがとう。それだけです。

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