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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件について  作者: 藤原湖南
第10話「近衛騎士団副団長・シーステイアとC市市長・阪上龍一郎」
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「現地視察?まさか、もう動画を見たとかか」


「そうじゃないみたい。ただ、一度代表者と『友好的な』話をしたいと言って聞かないのよ」


俺は阪上という男を詳しくは知らない。ただ、ポピュリストという綿貫の評が正確なら、あまり良い意図ではないだろう。


「イルシアの存在を無理矢理公表するとか、そんなことは言ってないよな?」


「それは理解したと思う。『準備期間はあった方がいいな』って、そこは納得してた。ただ、すぐ動かないことのバーターで、現地視察を要求してきた。何をしようとしているかは、私にも少し分からない」


「一度C市市役所に寄っていいか。俺も阪上市長と話をしたい」


「分かった。私と片桐さんじゃ、彼は手に負えない。それじゃ、15時半頃に来て」


電話が切れると、状況を察したのかノアが『面倒なことになったみたいね』と呟いた。


「ああ。阪上市長がイルシアの代表者に会いたがっているらしい。多分ゴイル宰相が対応することになると思うが」


『そのサカガミっての、話を聞く限りろくなヤツじゃないみたいね。ゴイル閣下はともかく、ガラルド辺りとは絶対にもめるわよ』


「イルシアだけじゃなく、東園集落の面々とももめそうだな。町内会長の畑山とかは、明らかに阪上にいい印象は持ってない」


畑山がファンタジーランド計画に強硬に反対していたのを、俺は知っている。理由は違うが、イルシアに野次馬や観光客が押し寄せる事態を恐れているのは、ゴイルも畑山も同じだ。


『で、これからそいつの所に行くってわけね』


「ああ。キレるなよ」


『……この世界の規則が、暴力にすごく厳しいのは分かってきたから。ただ、いざとなったら止めて。あたし、そんなに気の長い方じゃないし』


「分かってるさ」


魔法による攻撃は、ラヴァリの件でもそうだったように日本の法律では裁きにくい。魔法の存在自体が認知されていないから、行為と結果の因果関係が証明できないのだ。

ただ、そうであってもその「結果」が重大なものであれば、こちらが完全にお咎めなしとはならないだろう。ノアは坂本に魔法を使い骨折させたようだが、それも実はかなり危ない橋を渡っている。


ノアも大分この世界の生活には慣れてきたし、無闇矢鱈に魔法で脅すこともしなくなった。それでも、阪上が好ましくない人物と判断すれば、愛国心から我を失う可能性はゼロじゃない。


俺は一瞬だけ後部座席のシーステイアを見た。彼女は熟睡していて、目覚める気配はない。



……その手があったか。



「ノア、ちょっと話がある。阪上市長と会ってからの計画だ」


俺はノアにプランを話し始めた。阪上との交渉が一回で終わるとは思えない。しかし、出し抜くことはできる。



鍵を握るのは、シーステイアだ。




C市市役所の3階のエレベーターホールには、既に片桐と睦月が待っていた。


「市長はこちらです。……今日は、3人なんですね」


「少し、用事があったもので」


市長室のソファーで待つこと2分ほど、奥から半袖のワイシャツ姿の男が現れた。……阪上市長だ。


髪はオールバックで、ポマードでテカついている。身長は俺と同じくらい、何かスポーツをやっていたようで引き締まった体付きだ。

40代前半と聞いていたが、随分若く見える。30代前半でも通ると言えば通るだろう。


阪上は俺の顔を見るなり、見るからに作り笑顔で白い歯を見せてきた。


「ああ!あなたが町田さんですか!お初にお目にかかります、市長の阪上です。

こちらのお二人のお嬢さんは?」


「ノア・アルシエルといイまス。彼女ハ、シーステイア。この国の言葉ハ、まダ分かりマせン」『こちらの言葉は分かりますか?』


阪上はきょとんとしている。どうやら念話は通じないらしい。


「失礼しマした。私たちハ、イルシア王国という所かラきましタ」


「お、おお!あなたがイルシアの人ですか、いやあ、お目にかかれて光栄です!!」


そのまま阪上はノアの手を握ろうとする。彼女は訝しげにすっとそれを避けた。


『何よこいつ』


『親愛の情を示そうとしたらしいな、悪手だが』


俺はシムル語でそう伝えると、阪上には「文化の違いなので、ご気分を悪くなさらないでください」と言っておいた。阪上が再び作り笑顔を浮かべる。


「いやあ、失礼失礼!!ささ、どうぞこちらへ」


俺たち3人と、阪上、片桐、睦月の3人が向かい合って座る。笑っているのは阪上だけで、空気はのっけから険悪だ。


「イルシアの代表者と会いたい、ということですが」


「ハハハ、やはり友好関係を築くには、まずはそこからということですからな!地域住民、及びイルシアの人々の生活が優先ということは分かってます。公表も、時期が来たらということで考えています」


その割にはドローンを飛ばしたり、随分せこいことをする。嫌みの一つも言おうと思ったが、一応ここは耐えることにした。


「で、会って何を話すと?」


「それはもちろん、共存共栄の方策ですよ。我が市とイルシアはウィンウィンの関係を築ける。そのために何が必要かを話し合うつもりです」


「一応申し上げておきますが、国が先に動いています。市としては、その辺りの調整も必要なのでは?」


「もちろん!最初の会合は非公式、キックオフミーティングです。その辺りは無論、邪魔をするつもりはないですよ」


阪上はずっと笑顔だが、どうにも言葉が薄っぺらい。表情が抜け落ちている片桐を見る限り、この言葉を信用するわけにはいかないようだ。


シーステイアをチラリと見ると、無言でフルフルと首を振った。やはり本心は別か。


俺は軽く咳払いをして阪上を見る。


「会合の様子を撮影し、無断でネットにアップするようなことがあれば、どのようなことになるかは分かりますね?」


「……ハハ、そんなことをするわけがないじゃないですか」


ノアが阪上を睨み付けた。その視線に奴はたじろぐ。


「ひっ!?」


「イルシアの人々は誇り高い。約束を反故にするようなら、一戦交えてでも誇りを守ろうとするでしょう。

あなたも聞いているでしょうが、彼女は魔法使いです。その気になれば、この庁舎を両断だってできる」


ゴクリ、と阪上が唾を飲み込み、初めて笑みが消えた。


「……私を脅すのか」


「あなたが片桐副市長にやっているのよりは、随分紳士的だと思いますが。要は、約束はしっかり守って欲しいということです。

それに、ドローンの件でこちらとしてはC市に不信感がある。代表者であるゴイル氏も、それは共有しています。会いたい、といってすぐに会えるとは思わない方がいい」


片桐が阪上の方を向いた。


「なので、私と山下君で彼らに協力できることがないかを模索中です。しばらくは、お待ち頂いた方がいいかと」


「……分かった。今日はもういい」


急に不機嫌そうな顔になると、阪上は奥の執務室へと消えていった。


『何よあいつ。自分の意見が通らないと早々と引き揚げた』


「まあ、ある程度は想定内だな。それよりシーステイア、分かったことは」


コクンとシーステイアが頷く。


『この世界のことはよく分かりませんが、とりあえずさっきの男が全く諦めていないのは間違いないです。誰かを雇うつもりみたいですね』


「誰かを雇う、か」


ぽかんとしている片桐に気付き、俺は苦笑する。シーステイアは念話を使っていないから、何を話しているか理解できないのだ。


「ちょっと、場所を変えましょう。一階の喫茶店でいいですか」



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