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「現地視察?まさか、もう動画を見たとかか」
「そうじゃないみたい。ただ、一度代表者と『友好的な』話をしたいと言って聞かないのよ」
俺は阪上という男を詳しくは知らない。ただ、ポピュリストという綿貫の評が正確なら、あまり良い意図ではないだろう。
「イルシアの存在を無理矢理公表するとか、そんなことは言ってないよな?」
「それは理解したと思う。『準備期間はあった方がいいな』って、そこは納得してた。ただ、すぐ動かないことのバーターで、現地視察を要求してきた。何をしようとしているかは、私にも少し分からない」
「一度C市市役所に寄っていいか。俺も阪上市長と話をしたい」
「分かった。私と片桐さんじゃ、彼は手に負えない。それじゃ、15時半頃に来て」
電話が切れると、状況を察したのかノアが『面倒なことになったみたいね』と呟いた。
「ああ。阪上市長がイルシアの代表者に会いたがっているらしい。多分ゴイル宰相が対応することになると思うが」
『そのサカガミっての、話を聞く限りろくなヤツじゃないみたいね。ゴイル閣下はともかく、ガラルド辺りとは絶対にもめるわよ』
「イルシアだけじゃなく、東園集落の面々とももめそうだな。町内会長の畑山とかは、明らかに阪上にいい印象は持ってない」
畑山がファンタジーランド計画に強硬に反対していたのを、俺は知っている。理由は違うが、イルシアに野次馬や観光客が押し寄せる事態を恐れているのは、ゴイルも畑山も同じだ。
『で、これからそいつの所に行くってわけね』
「ああ。キレるなよ」
『……この世界の規則が、暴力にすごく厳しいのは分かってきたから。ただ、いざとなったら止めて。あたし、そんなに気の長い方じゃないし』
「分かってるさ」
魔法による攻撃は、ラヴァリの件でもそうだったように日本の法律では裁きにくい。魔法の存在自体が認知されていないから、行為と結果の因果関係が証明できないのだ。
ただ、そうであってもその「結果」が重大なものであれば、こちらが完全にお咎めなしとはならないだろう。ノアは坂本に魔法を使い骨折させたようだが、それも実はかなり危ない橋を渡っている。
ノアも大分この世界の生活には慣れてきたし、無闇矢鱈に魔法で脅すこともしなくなった。それでも、阪上が好ましくない人物と判断すれば、愛国心から我を失う可能性はゼロじゃない。
俺は一瞬だけ後部座席のシーステイアを見た。彼女は熟睡していて、目覚める気配はない。
……その手があったか。
「ノア、ちょっと話がある。阪上市長と会ってからの計画だ」
俺はノアにプランを話し始めた。阪上との交渉が一回で終わるとは思えない。しかし、出し抜くことはできる。
鍵を握るのは、シーステイアだ。
*
C市市役所の3階のエレベーターホールには、既に片桐と睦月が待っていた。
「市長はこちらです。……今日は、3人なんですね」
「少し、用事があったもので」
市長室のソファーで待つこと2分ほど、奥から半袖のワイシャツ姿の男が現れた。……阪上市長だ。
髪はオールバックで、ポマードでテカついている。身長は俺と同じくらい、何かスポーツをやっていたようで引き締まった体付きだ。
40代前半と聞いていたが、随分若く見える。30代前半でも通ると言えば通るだろう。
阪上は俺の顔を見るなり、見るからに作り笑顔で白い歯を見せてきた。
「ああ!あなたが町田さんですか!お初にお目にかかります、市長の阪上です。
こちらのお二人のお嬢さんは?」
「ノア・アルシエルといイまス。彼女ハ、シーステイア。この国の言葉ハ、まダ分かりマせン」『こちらの言葉は分かりますか?』
阪上はきょとんとしている。どうやら念話は通じないらしい。
「失礼しマした。私たちハ、イルシア王国という所かラきましタ」
「お、おお!あなたがイルシアの人ですか、いやあ、お目にかかれて光栄です!!」
そのまま阪上はノアの手を握ろうとする。彼女は訝しげにすっとそれを避けた。
『何よこいつ』
『親愛の情を示そうとしたらしいな、悪手だが』
俺はシムル語でそう伝えると、阪上には「文化の違いなので、ご気分を悪くなさらないでください」と言っておいた。阪上が再び作り笑顔を浮かべる。
「いやあ、失礼失礼!!ささ、どうぞこちらへ」
俺たち3人と、阪上、片桐、睦月の3人が向かい合って座る。笑っているのは阪上だけで、空気はのっけから険悪だ。
「イルシアの代表者と会いたい、ということですが」
「ハハハ、やはり友好関係を築くには、まずはそこからということですからな!地域住民、及びイルシアの人々の生活が優先ということは分かってます。公表も、時期が来たらということで考えています」
その割にはドローンを飛ばしたり、随分せこいことをする。嫌みの一つも言おうと思ったが、一応ここは耐えることにした。
「で、会って何を話すと?」
「それはもちろん、共存共栄の方策ですよ。我が市とイルシアはウィンウィンの関係を築ける。そのために何が必要かを話し合うつもりです」
「一応申し上げておきますが、国が先に動いています。市としては、その辺りの調整も必要なのでは?」
「もちろん!最初の会合は非公式、キックオフミーティングです。その辺りは無論、邪魔をするつもりはないですよ」
阪上はずっと笑顔だが、どうにも言葉が薄っぺらい。表情が抜け落ちている片桐を見る限り、この言葉を信用するわけにはいかないようだ。
シーステイアをチラリと見ると、無言でフルフルと首を振った。やはり本心は別か。
俺は軽く咳払いをして阪上を見る。
「会合の様子を撮影し、無断でネットにアップするようなことがあれば、どのようなことになるかは分かりますね?」
「……ハハ、そんなことをするわけがないじゃないですか」
ノアが阪上を睨み付けた。その視線に奴はたじろぐ。
「ひっ!?」
「イルシアの人々は誇り高い。約束を反故にするようなら、一戦交えてでも誇りを守ろうとするでしょう。
あなたも聞いているでしょうが、彼女は魔法使いです。その気になれば、この庁舎を両断だってできる」
ゴクリ、と阪上が唾を飲み込み、初めて笑みが消えた。
「……私を脅すのか」
「あなたが片桐副市長にやっているのよりは、随分紳士的だと思いますが。要は、約束はしっかり守って欲しいということです。
それに、ドローンの件でこちらとしてはC市に不信感がある。代表者であるゴイル氏も、それは共有しています。会いたい、といってすぐに会えるとは思わない方がいい」
片桐が阪上の方を向いた。
「なので、私と山下君で彼らに協力できることがないかを模索中です。しばらくは、お待ち頂いた方がいいかと」
「……分かった。今日はもういい」
急に不機嫌そうな顔になると、阪上は奥の執務室へと消えていった。
『何よあいつ。自分の意見が通らないと早々と引き揚げた』
「まあ、ある程度は想定内だな。それよりシーステイア、分かったことは」
コクンとシーステイアが頷く。
『この世界のことはよく分かりませんが、とりあえずさっきの男が全く諦めていないのは間違いないです。誰かを雇うつもりみたいですね』
「誰かを雇う、か」
ぽかんとしている片桐に気付き、俺は苦笑する。シーステイアは念話を使っていないから、何を話しているか理解できないのだ。
「ちょっと、場所を変えましょう。一階の喫茶店でいいですか」




