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『何か、落ち着かないですね』
シーステイアは服をじろじろ見ている。ノアのものを着させたのだが、サイズはそれほど問題なかったようだ。
『慣れれば楽よ。というか、下着も皆の分を買った方がいいんじゃない?』
「そうだな、考えておくが……サイズを調べないとなんともな」
俺はアクアのハンドルを切りながら答える。
一度家に戻り、それなりに不自然でないようにシーステイアの身なりを整えた。幸い、母親のシェイダほど耳は目立たなかったので、キャップを改めて買う必要性はないようだった。
にしても、ノアとシーステイアの見かけが明らかに少女のそれなだけに、仮に職務質問されたらかなり面倒なことにはなりそうだった。シーステイアもエルフの血が混じっているからか、成長は相応に遅いという。車での移動にしたのは正解だったな。
「とりあえず、まだラヴァリは警視庁らしい。誰かが身柄を引き受けたということもないそうだ。まあ、ラヴァリの言葉を分かる人間は俺たちぐらいのものだから、当然だが」
『柳田はシムル語を喋れないみたいね』
「みたいだな。もし喋れたら、先に面会してたはずだ。その意味じゃこちらにアドバンテージがある」
『あどばん……?』
「ああ、すまん。有利だってことだ」
信号で停まると、ノアが『ちょっとスマホ貸して』と言ってきた。この10日間で、少しはこちらの機器にも慣れたらしい。
自宅にいる間、日本の勉強も兼ねてノアはスマホをよく見るようになった。文字はさっぱり読めないが、それでも動画はかなり面白がっているようだ。
「ん?」
『ほら、例の『イルシアチャンネル』。配信始まったって、さっきマユミさんから連絡があったでしょ?』
「おお、そうだったな」
助手席のノアにスマホを手渡す。賑やかなBGMと共に、ノアが「こんニちハ!」と日本語で喋る声が聞こえた。
『……何ですか、これは!?ノアが、こんな小さな板の中にいて、動いている!??』
「あー、君には説明してなかったな。対政府のための情報戦略の一環だ。君にも出てもらうことがあるかもな」
運転しながらで画面は見ていないが、たどたどしいながらも頑張ってノアが諸々説明しているのがよく伝わった。問題は、これがどこまで視聴者に受けているかだ。
『んー……自分がこうやって動いてるのを見ると、変な感じね』
「俺はテレビに出たことはないが、いつも堂々としている綿貫はやはり大したものだな。本当に、普段と全然変わらない」
また信号に捕まったので、チラリと動画の再生数を見る。まだアップされたばかりだから、人目に付くのはこれからだろう。
……5万再生??
「……こいつはすごいな」
『え、何がすごいの?』
「アップから1時間足らずでこれは相当だぞ。確か、ツイッターやティックトック、インスタグラムにもイルシアのアカウントを作っていたとは聞いていたが」
ノアが空を飛んで王宮周辺を撮影した動画だけではなく、その後の食レポ動画もかなり見られている。コメントはちらりとしか見れなかったが、「特撮??」「リアル魔法少女キター!!」というのが多いようだ。
『そんなに反響あるのね……何か、怖くなったわ』
「篠塚社長、やはり凄腕なんだな。イルシアについては、『新しい特撮番組のPRっぽく見せてみた』とは言ってたが」
『とくさつ?……まあいいわ。とりあえず、順調ってことね』
「一応な。次の撮影の打ち合わせは今晩、オンラインでやるらしい。睦月にも入ってもらうつもりだ」
ノアの表情が渋くなった。
『今朝も聞いたけど、大丈夫なの?C市の連中、特にサカガミって奴かなり問題ありみたいだけど』
「……そこは、片桐を信じるしかないな」
片桐からは今のところ追加の連絡はない。「便りのないのはよい便り」であればいいが。
*
「失礼します」
一礼すると、岩倉警視監は「どうぞ」と座るよう促した。
「ラヴァリの状況は、どんな様子ですか」
「今のところ特に変化は。言葉が通じない以外は、至って大人しいものです」
「勾留期間は、やはり延長ですか」
岩倉警視監が少しだけ険しい表情になった。
「それが、妙なんですよ。検察が延長申請をしてこない」
「……え?」
「曲がりなりにも警察官2人に重傷を負わせていますからね。普通なら勾留期限ギリギリまで引っ張って、身元の確認を急がせるはずです。このまま行けば不起訴は確実ですが、逆に言えば身元が分かれば起訴相当の案件でしょう。
にもかかわらず、検察がそうしてこないのはおかしい。何か、意図的なものを感じます」
……柳田だ。恐らく検察に何らかの圧力をかけ、早めにラヴァリを釈放しようとしている。
そして、身柄を拘束した上でラヴァリを処分する。そういうシナリオだろう。
「ラヴァリには戸籍も何もない。身元引受人として、誰か手を挙げていますか」
「玉田弘という人物が、先日。外国人犯罪者の人権保護をやっているNPOの代表者らしいですが、ラヴァリとの面識もないので保留としています」
「私が身元引受人となっていいですか?一介の無職ですが、彼とは会話もできるし、事情も把握しています」
「こちらとしてもそちらの方が望ましいです。国家機密案件であるのは重々把握しています。国家の安全保障を考えると、あなた方の方がまだ信頼が置ける。民自党の浅尾副総理の関係者ですから」
俺は安堵した。浅尾は味方というより敵対者となりつつあるが、岩倉警視監の俺に対する認識が「浅尾の関係者」というのはありがたい勘違いだ。
「ありがとうございます。それでは、明日然るべき時間にまた伺います」
「ええ。それでは、面会の方へ」




