第29話 『真似された制度』
半袋の証明から、二週間。
ラグナ村の名は、南部に静かに広がっていた。
「本当に持ちこたえたらしい」
「施しに頼らなかったとか」
「制度だと?」
噂は、形を変えて伝わる。
そしてある日、三台の荷馬車が村に入ってきた。
見慣れぬ紋章。
近隣の中規模領地――ローヴェル領。
エリシアは集会小屋の前で迎える。
馬車から降りてきたのは、整った身なりの女性。
灰色の外套、鋭い眼差し。
「アデル・フォン・ローヴェル」
名乗りは簡潔だった。
「あなたが、例外の悪役令嬢ですか」
皮肉は含まれていない。
事実確認のような口調。
「エリシア・ヴァルドールです」
静かな応答。
アデルの後ろには、書記と兵士が控えている。
「制度を視察に来ました」
「視察?」
「南部は揺れています」
短い説明。
「模倣が始まっています」
エリシアの胸がざわつく。
「……模倣?」
「あなたの村の制度を、他村が真似ています」
嫌な予感。
「備蓄制限、労働時間固定、施し管理」
アデルは続ける。
「だが」
間。
「失敗しました」
空気が重くなる。
「どういう意味ですか」
「備蓄を過信し、種籾を吐き出した村があります」
ナディアが舌打ちする。
「馬鹿か」
「焦りです」
アデルは淡々と言う。
「あなたの成功が、希望になりすぎた」
希望。
それが暴走する。
「制度は、手順が命です」
エリシアは静かに言う。
「順序を間違えれば壊れます」
「その通り」
アデルは頷く。
「だが、模倣者はそこを理解しない」
彼女は一歩近づく。
「あなたは、責任をどう取るのですか」
鋭い問い。
村人たちが息を呑む。
「私は強制していません」
「影響は与えました」
否定できない。
例外は波になる。
波は制御できない。
「だから視察に来ました」
アデルは続ける。
「再現可能かどうか、見極めるために」
ミレイアが横から口を挟む。
「監査も兼ねています」
アデルがちらりと見る。
「王都も動いている」
エリシアは板を指す。
「制度は万能ではありません」
「分かっています」
「全員は救えません」
「それも分かっています」
アデルは一瞬だけ目を細める。
「では、なぜ広めるのですか」
「広めていません」
「止めてもいない」
沈黙。
アデルは集会小屋へ入る。
板を見る。
南――停止。
中央――維持。
北――維持。
半袋。
「……切り捨てたのですね」
「はい」
「私も切り捨てます」
さらりと言う。
「弱い村から崩れる」
冷たい現実。
「だがあなたは」
アデルは振り向く。
「弱い村を守ろうとしている」
「守れる範囲で」
「範囲はどこまでですか」
核心。
エリシアは答えられない。
南部全体か。
ラグナだけか。
「……まだ、決めていません」
正直な言葉。
アデルは小さく息を吐く。
「だから危険だ」
断言。
「理想は波及する」
「理想ではありません」
「なら何です」
エリシアは静かに言う。
「責任です」
沈黙。
アデルの瞳がわずかに揺れる。
「制度は優しさではなく、責任」
エリシアは続ける。
「広がるなら、設計が必要です」
アデルはしばらく板を見つめる。
「連盟を作る気ですか」
核心を突く。
村人たちがざわつく。
まだ誰にも言っていない構想。
「……考えています」
静かな告白。
アデルは笑わない。
ただ言う。
「甘い」
「はい」
「だが」
間。
「面白い」
ローヴェル領は中規模。
備蓄もある。
市場とも繋がっている。
「連盟を作るなら、覚悟がいる」
「承知しています」
「失敗すれば、南部は一斉崩壊」
「はい」
ナディアが低く言う。
「嬢、でかすぎねぇか」
エリシアは空を見上げる。
干ばつは、まだ本番ではない。
だが模倣は始まった。
失敗は起きた。
例外は、もう一村の問題ではない。
「止めることもできます」
アデルが言う。
「制度は未完成だと宣言する」
「……」
「それで波は止まる」
沈黙。
レオンが小屋の入り口に立っている。
まだ完全ではない身体。
「止めねぇでください」
かすれた声。
全員が振り向く。
「俺は賭けた」
板を見る。
「半袋でも、生き残れた」
拳を握る。
「他も、やれるならやればいい」
母が心配そうに支える。
エリシアはゆっくり頷く。
「止めません」
アデルは静かに言う。
「なら、覚悟を」
「はい」
「私は様子を見る」
それは敵でも味方でもない立場。
だが関わる。
視察団が引き上げる。
夕暮れ。
村に静寂が戻る。
ミレイアが低く言う。
「波は止まりません」
「はい」
「市場も動き始めています」
遠くで馬が走る音。
王都からの伝令だ。
エリシアは板を見つめる。
南――停止。
半袋――証明。
だが、次は。
制度は広がる。
歪みながら。
干ばつより先に、市場が荒れ始める。
戦いは、村を越えた。




