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049・賑わいの宿屋

 宿屋前の車道に、馬車は停まった。


 僕とティアさんは、開いた扉から歩道に降りて、


(ふぅ……)


 思わず、息が漏れる。


 見慣れた宿屋を目にして、ようやく帰ってこれたという安心感があった。


 ふと、隣を見る。


 黒髪のお姉さんも、同じ表情だ。


(あ……)


 目が合う。


 クスッ


 お互い、笑ってしまった。


 そんな僕らに、馬車内に1人残っていたシュレイラさんが声をかけてくる。


「2人とも、今日はお疲れさんだったね」


「あ、うん」


「ええ」


「ま、色々あったからね。今夜はゆっくり休むんだよ」


 そんな気遣いの言葉。


 僕らは頷く。


「うん」


「ええ、そうします」


 それから僕は、


「シュレイラさんも、今日はありがとう」


 と、お礼を伝えた。


 僕の言葉に、赤毛のお姉さんは少し驚く。


 すぐに苦笑して、


「礼は要らないよ。アタシはただ、アンタらを女王アイツん所に案内しただけさ」


 と、肩を竦めた。


(……うん)


 彼女らしい答え。


 本当に面倒見のいい姐御さんだ。


 僕も微笑んでしまう。


 黒髪のお姉さんは、そんな僕らを眺める。


 それから、


「シュレイラ」


「ん?」


「1つ、頼みがあるのですが」


「頼み?」


 突然の言葉に、僕らは驚いた。


 黒髪のお姉さんは頷き、その手の『氷雪の魔法大剣』を見る。


 ガシャン


 軽く揺らして、


「頂いたこの剣の性能を、きちんと把握しておきたいのです。どこか、試せる場所を知りませんか?」


 と、問いかけた。


(あ……なるほど)


 その意味を、僕も理解する。


 彼女の手にあるのは、『魔法剣』だ。 


 普通の剣なら、素振りでも何でもできる。


 試すのは簡単だ。


 だけど『魔法剣』は、その魔法を使えば広範囲に影響を与えることもある。


 例えば、


(シュレイラさんの魔法の炎みたいに……)


 森一帯を焼く火力。


 そんな凄まじい魔法の力を、その辺の草原などでは試せない。


 だからこそ、王都周辺の地理や情報に詳しい赤毛の女冒険者に、ティアさんも訊ねたのだろう。


 聞かれた彼女も、


「ああ……なるほどね」


 と、納得した顔だ。


 少しの間、考えて、


「そうだね、良さそうな場所に心当たりがあるよ」


「本当ですか?」


「ああ。明日、アタシが案内してやるよ」


「え……」


「行き方の説明が面倒だし、その魔法剣の性能にアタシも興味があるからさ。――駄目かい?」


「…………」


 チラッ


 黒髪のお姉さんは、なぜか僕を見る。


(……?)


 僕は、小首をかしげた。


 ティアさんは、嘆息する。


「いえ、構いません」


「そうかい」


「はい」


「じゃあ、明日の朝、迎えに来るよ」


 と、彼女は笑った。


 僕らも、


「ありがとう」


「お願いします」


 と、頷いた。


 明日の約束を交わしたあと、別れの挨拶をし、彼女の馬車は動き出した。


 ゴトゴト


 道を進み、やがて遠くの曲がり角で見えなくなる。


 しばらく、その場で見送り、


「僕らも帰ろっか」


「はい」


 僕の言葉に、ティアさんも微笑む。


 そうして僕ら2人は、目の前の宿屋の中へと入ったんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「あ――」


 宿屋に入ると、受付の従業員が驚いた顔をした。


(ん?)


 パタパタ


 彼は足音を響かせ、そのまま奥へ行ってしまう。


 何だろう?


 キョトンとしていると、村の人たちと一緒に戻ってくる。


 そして、


「おお、ククリ、ティア!」


「2人とも、無事だったか」


「お帰りよぉ」


「えがった、えがった」


 みんな、そんなことを言い出した。


 え……?


(無事って、何?)


 僕は、ポカンとしてしまう。


 隣の黒髪のお姉さんも驚いた表情で、思わず顔を見合わせてしまう。


 ゾロゾロ


 そんな僕らの前に、村のみんなが集まってくる。 


 いや、その中には、宿の従業員や女将さんもいて、宿屋の1階ロビーは大混雑だ。 


(……何これ?)


 唖然としていると、村人たちが言う。


「そりゃ、あのシュレイラ・バルムントに、突然、2人が連れてかれたんだど?」


「皆、心配するべ」


「んだんだ」


「んで……どこに行っただ?」


「どんな話したんだべ?」


「ほれ、言え言え」


 皆、口々に言う。


 全員、興味津々の表情だ。


 あ……うん。


(これ、言わないと部屋に帰れない奴だ)


 と、僕は悟る。


 ティアさんは、困ったように僕を見る。


 う~ん?


(さすがに勇者に関する話は、言う訳にはいかないよね)


 僕は、少し考える。


 それから、言う。


「えっとね、実はこの間、雪羽虫の時に参加した調査隊の件で、女王・・様に会ってきたんだ」


「……は?」


 全員、目が点になった。


 誰かが言う。


「女王様?」


「この国のけ……?」


「うん」


「な、何でまた、そんなえれぇことに!?」


「く、詳しく話せ」


「そだそだ」


 みんなが騒ぐ。


 僕は両手を広げ、皆を落ち着ける。


 それから、


「あの時、森の奥に『氷雪の巨人』が出たのは知ってるでしょ?」


「ああ」


「聞いたど」


「うん。でね、シュレイラさんが戦ったんだけど、相手が強くて、少し危ない場面もあってね」


「ほう……」


「それで?」


「ん、それでね、その時にティアさんが彼女を助けたんだよ」


「何だと?」


「ティアが?」


「あのシュレイラ・バルムントを?」


 皆、彼女を見る。


 見られた黒髪のお姉さんは、ギョッとした顔だ。


 困ったように僕を見る。


 僕は苦笑。


 村の皆を見て、


「ほら、赤猿を倒した時の『魔刃』って剣技でさ」


「おお、赤猿ん時の」


「そうかぁ」


「やるなぁ、ティア」


 みんな、感心したように彼女を見ている。


 本人は、


「あの……はい」


 と、僕に話を合わせてくれる。


 生真面目なお姉さんなので、多少、ぎこちないのは仕方ない。


 僕は続ける。


「でね、この国の女王様とシュレイラさんは友人で」


「ほう?」


「そうなんか」


「うん。それでね、調査隊での貢献と友人の窮地を救ったことに感激されて、今回、直々にお褒めと感謝の言葉を頂いたんだ」


「おお、そりゃ凄か」


「こりゃ、一生の自慢だべ」


「んだな」


「村の誇りだぁ」


「うんうん、だよね」


 最後に、僕も頷く。


 みんな、どうやら納得してくれたみたい。


(ん、よかった)


 そのまま僕は、ご褒美で『氷雪の魔法大剣』や『魔法弓』も下賜されたことを伝えた。


 それに、みんな、また驚く。


 2つの武器をまじまじ見る。


 まぁ、数百万とか数千万しそうな魔法武具なんて、滅多に見れないものね。


 ちなみに、大剣の方。


 ティアさんは1人で持ってるけど、村人は2人がかりでも持てなかった。


(え、そんなに重い?)


 僕も驚く。


 村の人は、


「こりゃ、150ギログはあるべ」


「たまげたなぁ」


「ティアは本当、力持ちだぁ」


 と、改めて感心。


 黒髪のお姉さんは、


「そうですか……?」


 と、不思議そうだ。


 ……さすが、勇者だったお姉さんだ。


 感心しつつ、


(あ、そうだ)


 と、思い出した。


 僕はみんなに、


「あの、明日なんだけど、僕とティアさん、この剣の性能を試しに出かける予定なんだ」


 と、伝えた。


 村の皆は頷いて


「おお、そうなんか」


「別に、ええべ」


「んだな。ま、気ぃつけてけ」


「んで、どこ行くんだ?」


「わかんない。明日の朝、シュレイラさんが迎えに来てくれるって」


「……は?」


「シュレイラ?」


「おい、ククリ。おめ、それ、3人で行くだか?」


「え、うん」


 驚くみんなに、僕は頷く。


 途端、


 ジト~ッ


 全員、凄い顔で僕を見てくる。


(え、何?)


 僕は困惑。


 ティアさんも不思議そうな表情だ。


 小首をかしげ、長い黒髪がサラリと肩からこぼれる。


 と、その時、


 ガシッ


 突然、村人の1人の腕が僕の首に回された。


(ぐえ?)


 驚く僕に、別の村人が言う。


「おめ、浮気か?」


「え……?」


「美人2人とお出かけって……本気け?」


「しかも、浮気相手がシュレイラ・バルムントって……」


「ティア、おるべ」


「ハーレムか?」


「両手に花か?」


「こん年上キラーめ」


「嫁、泣かすな、おめぇ」


 なんて、責められる。


 いやいや、


(そんなんじゃないって……)


 困った僕は、ティアさんに助けを求める視線を送る。


 けど、彼女は、


「え……私が……ククリ君のハーレム……?」


 と、呟いている。


 僕の視線に気づくと、

  

「……ぁ」


 ポッ


 黒髪のお姉さんは、その頬を赤く染めた。


(…………)


 周りで見ていた宿の人たちも、僕を見ながらヒソヒソ話している。


 風評被害。


 僕は若干、遠い目だ。


 やがて1時間ほど、弁明、説明に費やし、ようやく解放される。


 宿の自室に戻り、


 ポフッ


 僕は、即、ベッドに突っ伏した。


 …………。


 …………。


 …………。 


 うん……今日は、大変な1日でした……。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 翌日、シュレイラさんは約束通り、宿屋まで例の高級馬車で迎えに来てくれた。


 まだ太陽が出たばかり。


 早朝と呼べる時間だ。


 なのに、宿屋の1階ロビーには、村の皆や宿の従業員たちも、王国の英雄を一目見ようと集まっている。


(さすがだね……)


 その人気に、改めて驚くよ。


 彼女は村の皆に、


「じゃあ、今日は2人を借りてくよ」


 と、気さくに笑った。


 みんな、緊張、恐縮した様子で、


「へ、へい」


「ご自由に!」


「遠慮なくっ」


「煮るなり焼くなり、お好きにどうぞ」


「2人んこと、よろしくだべ」


 と、頭を下げる。


 そんな村の皆の反応に、赤毛のお姉さんは少し苦笑していた。


(いや、まぁね)


 僕ら、田舎の村人ですから。


 都会の有名人を前にした気持ち、よくわかる。


(でも、彼女の人柄とかわかったら、みんなも気軽に話せるんじゃないかな?)


 とは思う。


 そういう魅力の姐御さんだから。


 ともあれ、僕ら3人は馬車に乗り込み、皆に見送られながら宿屋の前を出発したんだ。


 …………。


 やがて、馬車は王都アークレイの城門を出る。


 街道を南西へ。


 ゴトゴト


 窓の外は、草原と青空の景色。


(うん、いい天気)


 ぼんやり眺めていると、


「それで、今日はどこへ行くのですか?」


 と、隣の座席から声がした。


(あ……)


 僕は、振り返る。


 視線の先では、ティアさんが『氷雪の魔法大剣』を大切そうに抱えながら、赤毛の美女を見つめていた。


 赤毛の美女は、


「ああ、まだ言ってなかったね」


 と、呟いた。


 僕らは「はい」「うん」と頷く。


 彼女は、窓の外を見る。


「ここから半日ほどかね。南の方に遺跡があるんだよ」


「遺跡……?」


「ですか?」


 僕とティアさんは、目を丸くする。


 彼女は、結ばれた赤い髪を揺らして頷く。


 僕らを振り返り、


「700年ぐらい前の古代遺跡さ。人里離れてるし、建物も頑丈で、魔法を試すにはちょうどいい場所だよ」


 と、楽しそうに笑った。

単位補足


1ギログ=1キログラム


になります。

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