2章IX(sideB) 『太陽』
「はぁ…はぁ…」
強制行使で『瞬間移動』を使わされるとかなり体力を消耗してしまうらしい。身体の息切れが凄い。
「ここは……学園の校庭か。ここに強制的に移動させられたって感じね…」
矢野輔という人物、まさか魔法が使えたとは…。魔法研究の第一人者というだけある。おそらくこの世界で魔法を最も熟知しているのはあの人だろう。
「んぅ……」
「姫野さん!目を覚ましましたか」
気を失っていた様子の姫野さんも無事意識を取り戻した様子だ。姫野さんは辺りを見回している。そういえば、この人はいつから気を失っていたのだろう。おそらく魔法バトルに負けて眠らされてたような感じだとは思うんだけど…。
「あの〜ここはどこですか〜?」
「…………え?」
姫野さんの口から放たれたのは予想の斜め上を言った言葉だった。ここはどこって…学園なんだけど…。それにその腑抜けた喋り方…。
「ど、どこって学園ですけど…」
「学園〜?ていうか、そもそもあなた誰〜?」
「はぁ??」
頭でもおかしくなったのかこの人。冗談にしては意味がわからなすぎる。
「私は小鳥遊結愛ですよ。頭でも打ったんですか?」
「結愛ちゃんね〜聞いたことないなぁ。私とどこかであったりしたことあるの〜?」
「え、ちょっと待って正気…?」
姫野さんがこんな悪ふざけをつまんなくなるレベルまで引き伸ばすとは思えない。記憶操作の類…、ありうる。だって事実私の記憶は何者かによって操作され、魔法少女の消滅についての記憶が消されていた。それが矢野輔によるものなのだとすれば、あるいは…。
ひとまず状況を確かめるために私は1つの問いを行う。
「姫野さん。その首から下げてるものはなんですか?」
「指輪だねー。2つある、なんでこんなの首から下げてるんだろう私。ていうかもう1つは誰の〜?」
「嘘……でしょ?」
疑念は確信へと変わる。姫野さんがそんな所で冗談を言うとは思えない。彼女は確実に記憶を失っている。それに早乙女紗夜のことまでも…。
一体どう行った記憶が抜けている?彼女自身に関する記憶は残っているようだし、何かに関連する部分の記憶だけ消去されているとかだろうか。
「ひ、姫野さん。とりあえず保健室に行きましょう。そこで落ち着いて話がしたいです」
「そこのお2人さんちょっと話があんだけどええか?」
「!?」
後ろから陽気な声がして振り返ると、校門のそばにひとりの人間が立っていた。見た目は少年のようだが、胴体の体つきを見る限り性別は女性だろう。オレンジ色でギザギザしたくせっ毛を持つ髪が風によってなびいている。
「あ、貴方は…?誰でしょうか」
「俺っち?あぁ〜道に迷っちまってさ。姉貴を探してんだけど、見つからなくて。見たことねぇか?」
「お、お姉さんですか?とは言われましても、私貴方のお姉さんにあったことも無いですし、特徴とかが分からないと答えようがないのでは」
なんとも無茶な要求だ。初対面の人のお姉さんがどこにいるかなんて知りようがない。
「ん〜まぁそれもそうか。姿とかが分かるような物もねぇしな〜。なんせもう何十年も会ってねぇ」
何十年…?どういうこと?今目の前にいるのはどう考えても小学校低学年生くらいの小さな体。数十年も生きてるようには見えない。
「何十年って…。あなた何歳なんですか」
「俺っち?あぁ〜何歳なんだろうな。もう歳なんて数えたことねぇや」
魔法か…?年齢に関係する魔法なんてこの世界にはたくさんある。その中の1種を持ってるという感じだろう。
ともすると、この人のお姉さんってかなり老けているか、最悪の場合もうこの世にはいないんじゃ…。
「お姉さんを探していると言ってましたけど、そんな何十年も会ってないとかでしたら、見つからないんじゃ…。それに最悪の場合だって…」
「あ?どういう事だてめぇ。俺っちの姉貴がそんなタマだと思ってんのか?せっかくこの辺に来てるっつーから、迎えに来てやったってのによ。気分わりぃわ」
「あ、いや…た、確かに今のは口が過ぎたかもしれません」
確かに今の発言は良くなかったかもしれない。見ず知らずの初対面の人に身内の生死について説くなんて常識的にはありえないことだ。
「なんつーか、お前らって生物の死に対する感想がどうもお気楽過ぎないか?俺っちがこの辺に来て思った感想はまずそれだ。周りを見てみろよ、あの木の下では蟻が、そこの花畑では蝶が、1秒、また1秒と命を落としている。お前らはそれに対して慈悲深い心を持ったことがあるか?」
「い、いや…それは…」
ま、不味い。もしかして何か地雷を踏んでしまったか…?確かに身の回りではいろんな生物が生命を終えることだってあるだろうけど、そんなこと一々気にしてる人なんているわけ…。
「ないんだよな?何も感じないんだろう?こんなに命が失われているというのに、お前らは何も思わない。さらにそれを異常とも思わない。どうかしてるぜ」
「それは違うと思うよ〜」
「あ??」
「姫野さん!?」
これまで静観していた姫野さんが口を挟んでくる。
「もちろん、身の回りではいろんな生物が死んでいると思う。でも、それでいちいち悲しんでいたら、自分が疲れちゃうんじゃないかなー?そうしたら、本当に自分が大切にしてるものを失った時、泣けなくなっちゃうと思う。だから、これは当然の事だと思うな〜」
「はぁ?てめぇが言ってるのは命に貴賎があるって事だぜ?」
「あるよ。命に貴賎はある。自分が知らない人と自分が大切にしている人だったら、絶対に自分が大切にしている人の命の方が大事。なんなら、自分自身の命よりも他人の命の方が大事だと思っている人だっているんじゃないかな〜?でも、私はそれでいいと思うの。全人類を平等に愛すよりも、たった1人に自分の持つ愛を全て注ぎ込む。こっちの方が自分が元気を貰えると思うんだ〜」
姫野さん…そんなことを思っていたんだ…。じゃあ尚更、尚更13年前の出来事が悔やまれてしまう。今は記憶が無いからこんな冷静でいられるんだろうけど…。
「詭弁だな。あぁ虫唾が走る。まさか道を聞こうとしただけで、こんな腸が煮えくり返る出来事に遭遇するなんてな。お前ら、イラつくわ。そんなに命を軽視するなら良いよな?お前ら一旦、死んどくか」
「な!?」
ギリギリと歯ぎしりした目の前の少女は怒りが抑えきれなかったのか、私たちに殺意を向けてくる。
「太陽の裁き」
「……は?」
目の前の状況に思わず目を疑う。太陽が…太陽が落ちてきている…?いや違う、この世界を照らしている太陽はちゃんと私の後ろにいる。じゃあこれは……?まさか、これがあの子の魔法だって言うの??
暑い!!もう普段の2倍以上の暑さ!気温は60℃くらいになっている!周囲の明るさも普段の二倍程度、このままだと私たちどころかこの世界ごとめちゃくちゃに…!
「太陽とは全ての生命の原型!しかし、それを拒む者には制裁を!死んで灰になれ!!!!」
「ま、まずい!テレ…」
「対象、偽物の太陽、消えろ」
「え…?」
姫野さんがボソッと呟く。え、消えろって…。そんなのあり??
「あ、あれ?なんで消えちまったんだ?」
頭上にあった大きな擬似太陽が消滅する。は…?姫野さんってこんなこと出来たの…?
「ひ、姫野さん。なんであれが消せるんですか?だって姫野さんって物体が物理的に出来ることまでしか干渉出来ないんじゃ…」
「うわ〜めっちゃ私の魔法について知ってるじゃん。なんで?でも、それなら分かるでしょ。あれ、現実世界で物理的に作られたものじゃないじゃん」
「…え??」
「いやだから〜。魔法で新しく急にこの世に産み出されたものは、魔法で消せなかったらおかしくない?私の魔法って生成系の魔法全部消せるからちょー最強なんだけど?もしかして結愛ちゃんの前で生成系の魔法少女と戦ったことってなかったの?」
嘘……?そうなの?いや確かに道理は通っている。魔法によって作られたものならば、現実世界の物理ではその場生成とその場消滅が対になって出来るようになってるはずだ。
『時間遡行』『分解』『瞬間移動』『速度変化』『魔法無効』『透過』『心読』『反射』…確かに何かをこの世に新しく生み出す魔法と姫野さんが戦ってるのを見るのは初めてかもしれない。
「ちっ、なんだかよく分からねえが、そこのピンク髪のお前の異能と俺っちの異能じゃ相性が悪ぃらしいな。仕方ねぇ、手は引くぜ。もう関わるなよ」
「な、待ちなさい!……あぁ、どっか行っちゃった…」
逃げ足が早い事だ。向こうから勝負を仕掛けてきたんじゃん…という話ではあるが、ちゃんと撤退するのは懸命かもしれない。
というか…魔法、取られてなかったんだ。記憶が消されちゃってるくらいだから、魔法も取られちゃってるもんだとてっきり思っていたのだけれど…。矢野は一体何を考えているのだろう…。
「どうしたの〜?こっちジロジロと見てさ」
「あ、いやごめんなさい。ちょっと考え事を…」
「まぁいいけど。結愛ちゃんだっけ?話があるんでしょ〜?保健室行こうよ〜」
「は、はい。じゃあ姫野さんは…」
「ねぇそれ」
「え?」
ジトっとした目で姫野さんがこちらを見つめてくる。なんでしょう…?
「状況は大体把握したよ。私、記憶ないんだよね?結愛ちゃんは私のことめちゃくちゃ知ってるのに、私は全然結愛ちゃんのこと知らないのおかしいもん。でもさ、私と結愛ちゃんってそんな仲悪かったの?私のことは愛莉って呼んでいいって」
「あ、そんなこと…。分かりましたよ愛莉さん」
確かにずっと姫野さんのことは姫野さんと昔から呼んでいて、呼び方を変えるとかいう発想も無かった。たまにムカつくけど、この昔みたいな姫野さんだったら、仲悪いってわけじゃないし、呼び捨てでもいいか。
「さんも無しでいいからね〜。そんじゃ行こっか」
✦︎
「うーん、何か記憶喪失系の病気って感じでもないですね…。小鳥遊さんの予想通り、何か魔法を行使されてるって考えるのがいいかもしれません」
「やっぱりそうですか…」
保健室に行き、養護教諭の桜瑞稀先生に愛莉の診察をしてもらう。だけど、やっぱり病気って感じではないらしい。
「いや〜。記憶喪失って面白いね〜。本当に何も思い出せないけど、私のことを知ってる人がこんなに沢山いるなんて」
「もう、笑い事じゃないんですよ」
実際愛莉の記憶が無いとちょっと困る。特に浦川沙那、あいつだ。あいつがこの状態の愛莉を見たら一体どう思うか…。
「どうしましょう、私そろそろ合宿の監督の方に戻らないといけないんですが」
「え〜?合宿〜いいな、私も行きたーい」
「ダメです。こんなよく分かんない状況に陥ってる人を連れていく訳には行きません」
本音は浦川沙那に会わせたくないってだけなんだけどね。
「まぁ合宿の方は後回しでいいんじゃないか?小耳に挟んだが、どうやら合宿の方に白石も飛ばされてしまったらしいじゃないか。生徒会長がいるなら指揮も取ってくれるだろうし大丈夫だろ。あの島のホテルの管理人には私から伝えておこう」
「うーん、それなら私は今日1日愛莉の世話をしようかなぁ」
まぁ一日くらいなら…?生徒だけでも多分大丈夫だよね…?
「やった〜、そんじゃ早速結愛ちゃんのお家行こっか〜」
「え!?私の家に来るんですか?」
「そりゃそうでしょ〜結愛ちゃん私の家分かるの?」
「いや知らないですけど…それなら調べれば…」
職員室とかスマホの類を漁れば多分家の住所くらいは…。
「ダルい!ダルいって〜!いいから結愛ちゃんの家行くよ!」
「え、えぇーー」
何故か私が愛莉に引っ張られながら自分の家へと向かうことになってしまった。愛莉、これおそらく成人段階の記憶全て消されてしまっているのだろうな。おそらく精神年齢としては10歳程度、それに学園で過ごした人間との記憶は消えているが、魔法の使い方は覚えている。そういった所だろうか…。
そして、どうか…どうか島にいる生徒たちに何も起きませんように……。




