2章X(sideA) 『月』
「……………暇」
ひまひまひまひまひまひまぁ!!!!!!あぁぁぁ!何もやることがなくて頭が狂いそう!
「なんなの?このホテル、何も暇つぶしの要素がないじゃん。ちょっとくらい漫画とか置いといてくれてもバチは当たらなくない??」
小鳥遊先生が消滅し、仕方なくホテルで待つことにしてから数時間が経つ。ロビーの時計を見ると、もう時間は午後5時を回っている。夕暮れの時間だ。
「先生は来ないし!みんなも来ないし!ホテルの人はみんなが来るまで部屋は待ってね。って言ってくるし!なんなのもう!」
本当に暇すぎて発狂しそう。てかしてる。そろそろもう5時だしもうみんな来てもいいでしょ??
そうやって足をバタバタしてると、ロビーの入口の自動ドアが開いた。
「みんな!!……?」
私が歓喜の舞をしながら近づこうとするけど、みんなは私に見向きもせず、焦った様子でドタドタとホテルに駆け込んでくる。
「え、ちょっ。どうしたのみんなそんな焦って…うわ!」
急いでいる集団の真ん中にいたのは、沙那に抱えられている1人の少女だった。私達と同い年くらいの年齢で、髪は銀色の綺麗な髪をしている。けれど、体はボロボロだった。所々に傷があり出血をしており、何か動物に攻撃されたような跡もある。それに、水や食料を口にしていないのだろうか、唇や爪の辺りに脱水症状の形跡も見られた。
「あ、あすみ。ちょうど良かった。この子を少し預けていい?私はホテルで救護できる人が居ないか探してくる」
「う、うん。いいけど…」
勢いに負けて私は沙那の頼みを承諾しちゃった。しかしこの子は一体誰…?何者…?
「その子は僕たちがこのホテルに来るまでの過程、森を歩いてる中で倒れているところを見つけたんだ。それを保護した」
「そ、そうなんだ…。こんな酷い傷を負って可哀想に…。一体なんでこんな所にいたんだろう」
私の心を読んだ葵ちゃんが私の心の中の問いに返答する。それでも、こんな辺鄙な島にこの子がいる理由は流石に分からないらしい。
「みんな、道を開けて。小鳥遊先生が急病の人が出た時ように回復ポーションをホテルの人に預けてたみたい。これを使おう」
沙那がフロントの方からなにか液体を持って駆け寄ってきた。多分私達がなにか怪我の類をした時用のものなんだろうけど、それを使うことに反対する人はいなかった。
「こ、これで目を覚ますにゃんかね…?」
「多分。このポーションは即効性があるはずだから、すぐに目を覚ますと思うんだけど…」
沙那が手に持つ液体を少女に全て飲ませると同時に
「うぅ……」
少女が声を発した。どうやらポーションは成功だったらしい。
「大丈夫かにゃ?なにか痛い所とかは…」
「ここは…?貴方たちは誰でしょうか?」
少女が問いかけてくる。彼女は混乱しているようで自分の体を触りながら状況を把握してるみたい。
「私たちは魔法少女学園に通う学生だよ、君がなんか倒れていて死にかけていたから、みんなで回復させた所って感じ」
私が少女に返答する。
「死にかけていた…そうでしたか。………なぜ貴女方は私をお助けになったのですか?」
「え……何故僕たちが貴方を助けたかって…。そりゃ死にそうになっている人を見かけたら助けるべきなんじゃ…」
「果たしてそれは本当にそうでしょうか。その助けるべきというのは助ける側のエゴなのではないでしょうか。私は1度も助けてほしいだなんて一言も申し上げておりませんが」
え、いや、この子何を言ってるんだ…?瀕死の子を助けることがエゴ…?そんなことあるわけ…。
「な、なんなんだ君は一体。自分で言うのもどうかと思うけど、僕達は君の命の恩人だ。開口一番喧嘩腰とは一体どういうつもりで…」
「ですから、そういう所です。人が人を助ける理由とは何か。それは助けることで支配・被支配の関係を確立させたいという人間の深層的な欲求によるもの。本当に汚らわしく存じます。なぜ人間はそこまで生に注目するのでしょうか」
「な…なんてことを言うんにゃ!」
「生とは全ての生物に当てはまる訳では無い。この世に降り立った瞬間生き地獄によって苦しむもの、なんなら、精子だって全ての精子が生命としてこの世に誕生する訳では無い。ではこの世界の本質とは何か。それこそが死。死こそがこの世界の本質なのですよ」
意味が…この子の言っている意味がわからない…。いや、意味を理解することを脳が拒んでいるという方が正しいと思う。
「死が本質…?そんなわけない。全ての生物は生きている時が1番美しい。そして誰かが死んじゃうってことはとても悲しいことなの!」
体が勝手に少女への反論を連ねる。これ以上この子の思想を聞きたくない。
「貴方…、というより貴方々…。私の妹みたいな考え方を持っているのですね。心底うんざりです。せっかく死によって救済を迎えるところでしたのに、生き返ったのであれば仕方ありません。妹を探しに行くという本来の目的を遂行するとしましょうか」
少女がむくりと腰を上げてこの場を去ろうとする。
「ちょっと待ちなさいよ。あんた」
「なんでしょう?」
しかし、それを沙那が目の前に立ちはだかって静止する。これは…それにこの子の発言はおそらく沙那の思想とは全くの正反対のもの。まずいな…。
「誰だか知らないけれど、助けておいてもらって、感謝の言葉のひとつもないの?こっちは自分達のためのポーションを使ってまで怪我してたあなたを助けたんだよ?」
「その行動が迷惑だという話です。結局感謝を求めるために人助けをしているのですか?であれば、やはりそれは助ける側のエゴであり、真に被救助者の生還を求めている訳ではござらないのでしょう」
「そういう話をしているんじゃない。人間とは、互いに互いを支え合いながら生きていくもの。そうでしょう?」
「互いを支えるというのが見返りを求めるということなのであれば少々片腹痛いことではありますね」
沙那と少女の言い争いはデッドヒートを迎える。もうこのままだと沙那が理性を失っちゃう…!
「はぁ…。分かった。じゃあそんなに死にたいなら死ねばいい!お前の心臓を握り潰してやる!!!」
「沙那!!」
まずい!沙那がやっぱり少女に向かって飛びかかる。『透過』を使って彼女の体の中へ潜り込み、心臓を握りつぶす気だ。
「殺意…。死は救済と申し上げましたが、殺意は実に美しくない。生物が自然に死へと向かっていくのが誉とされているだけであって、他人から強制的に作られた死は全く持って本質では無い。同様にして他人から強制的に作られた生だなんて以ての外」
「黙れ!!今救済してやるよ!!!」
このままじゃ合宿早々沙那が人殺しになっちゃう!いや、入学式早々に人殺しになっちゃいそうな感じではあったけれど…。
「幻惑なる月」
「うっ!眩しい!」
沙那が完全にゼロ距離まで距離を詰めた瞬間だった。少女が何か言葉を発すると、少女の周りが眩しげ、そして妖しげな光で覆われた。私たちは咄嗟に目をつぶってしまう。
「な、一体なんにゃ!」
光が止み、目を開けると、少女と沙那が一定の間合いを持って動きを止めていた。
バタン!
「さ、沙那!」
突如沙那が膝から崩れ落ち、大きな音を立て床に座り込んでしまう。
「浦川沙那、大丈夫か………うっ、これは一体…」
「葵ちゃん!?大丈夫??」
沙那に近づこうとした葵ちゃんも何か立ちくらみのようなものを起こして椅子へもたれかかってしまう。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!」
「さ、沙那ちゃん!!?」
突如大きな声を出して泣き叫び始めた沙那に大して白石会長が思わず駆け寄って沙那の体を支える。私も驚いたけど、葵ちゃんも心配だ。
「葵ちゃん、一体どうしたの?」
「うっ…、浦川沙那の、心の声が。棘となってダメージを。くっ…」
「わ、分からないけど、苦しいなら休んでて」
心の声が棘となって…って所はよく分からないけど、多分『心読』の影響だ。それで葵ちゃんはダメージを負っている。
「嫌だぁぁぁ!ママ!パパなんで!いや…あぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「沙那ちゃん、大丈夫。落ち着いて、一旦深呼吸しよう。ね?」
沙那が大きな声を上げて暴走している。涙の量はもう既にコップ一杯分を優に越していて、冷や汗やスカートから染み出ている尿から推測するに身体中の水分という水分があらゆる所から放出されている。
「わ、私も沙那っちのことで手伝えることがあれば手伝うにゃ。と、とりあえず水を持ってくるにゃん。このままだと脱水を起こしちゃうにゃん」
たまちゃんがフロントの方へ走っていった。そして、葵ちゃんを優しく椅子に座らせ、私は問いかける。
「お、おい!お前!一体沙那に何をした!!」
声は震えるけど、勇敢に立ち向かう。
「あぁ、これこそが本質。人間は皆どこかで死にたがっているもの。その原因を人間は理性で閉じ込めてしまっている。それは自然では無い。本質とはさもこうあるべきなのです…」
「ま、また訳の分からないことを!沙那は苦しんでるじゃないか!これの何が本質だって言うんだ!」
「私は何も幻想を見せている訳ではないのですよ。心の奥底に閉じ込めてしまった悲しみの感情を最大限外に出して差し上げているのです。さぁ、どうです?私に生を説いたにしては、無様に泣き叫んでいますが。貴方は今もそれでも生きたいと果たして本当に心から思えるのですか?」
「あぁぁぁぁ。ぐぅ、ごぇぇぇ!いやぁ!!!」
外道だ。こいつには…人の心がない。会話が通じない。会話が通じない恐怖というものを私は今初めて感じている。
「あぁ、そんなに苦しんでいて悲しそうなことです。私もあなたのそんなに苦しい姿は見たくありません。今こそ救済が必要と言えるべき時なのです。さぁ、死にたいでしょう?私があなたに救いを差し上げます。月光の救済」
「ま、また!眩しい!」
少女がまた妖しげな光を放つ。
「うが、がっ!ががぎぎぎぎぎ!!」
「さ、沙那!」
おかしな音を立てる沙那の方を見ると、そこには自分で自分の首を締めている沙那の姿があった。およそ、自分の首を締めているとは思えないほどの力で腕は首を絞めあげていき、沙那の呼吸が弱まっていく様子が見て取れる。
「沙那ちゃん沙那ちゃん!!それはまずいってぇぇ!!!いたたたた!!!力強い!痛い痛い!」
白石会長が何とかそれを静止しようと沙那の首と手の間に自分の腕をねじ込ませて止めようとしてるけど、沙那の首を絞めあげる力の強さは変わらず、このままだと会長の腕の骨ごと破壊してしまいそうな程だ。
「お、おい!!何してるんだ!止めさせろ!」
私はもう我慢ができなくなった。自分を抑えきれず一発殴るために少女の元へ距離を詰める。
「ですから、それが良くないのだと何度も申し上げているでしょう。彼女はあんなにも死にたがっていたのに。玉兎の操り人形」
「またか!」
また周囲が妖光に包まれる。今度は一体何を…。
いや、何も起きていない?少なくとも私の体には。ならこのまま一発…!!
「ぐふっ!!!」
そんな私の試みは背後から加わった謎の衝撃によって頓挫する。
「葵ちゃん!!??なんで!」
目の前に転んだ私が顔を上げると、そこには私を殴ったであろう葵ちゃんの姿が目に入ってきた。しかし、その目は何にも焦点があっておらず、ただ遠くの一点を見つめているかのようである。
それに、その状態に陥ってるのは何も葵ちゃんだけでない。そばで傍観していた他のクラスメイトもみんな目が虚ろの状態だ。正常なのは私と白石会長しかこの場に居ない。
「くそ!今度は一体なんだって!」
葵ちゃん率いる軍勢はその原因となっているであろう少女を守るかのように包囲しており、私程度じゃ全く太刀打ちが出来なくなってしまっている。
「操ってるのか…。卑怯な…」
「歯向かうのがいけないのです。皆本質を受け入れれば幸せになれるというのに」
どうする…?この操られている魔法少女の群れを突破するのは私みたいな無能力者じゃ絶対に無理だ。おそらくあの少女は精神操作系の魔法を使う魔法少女。まさか、精神操作系がこんなに厄介だったとは…。
「あぁぁぁぁぁ!!ガガガガ!!!」
ボキッ!
「痛い痛い!沙那ちゃん!骨折れるって!!もうヒビは確実に入ってる!!幸運の導き!沙那ちゃんの洗脳が解けてくれたら嬉しいなぁ〜〜〜〜………無理?無理かぁ」
白石会長の方も会長が限界を迎えそうだ。この盤面どうする…?もはや詰みなのでは?
「どうです?貴方ももう諦めがつきましたか?さぁ。一緒に向かいましょう?本質の世界へと」
「あぁ…」
そうだ。この状況。魔法が使えない私なんかじゃどうにも出来ない。魔法が使えていれば私にもどうにか出来たんだろうけど、なんで魔法が使えないんだろう。なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで…
「円環逆転!」
「はっ…!」
魔法が使えないからなんだ!考えること!それが私の強みなんだろう!私はなんでそんな悲観的になってたんだ!!うおおお!!!
「あすみっち!大丈夫かにゃ!?」
「たまちゃん!!」
たまちゃんがこちらに向かって走ってくる!まさかさっき私が洗脳されかけてたのを解いてくれたのはたまちゃん…??
「円環逆転!会長!これで多分沙那っちは落ち着くと思うにゃん。少し休んでて欲しいにゃ」
「環ちゃん。助かるよ、いたたた。私は腕の応急処置でもしようかな」
こちらに向かってくる途中で、どうやら沙那にかかっていた洗脳も解いたらしい。沙那の悲鳴とも取れる泣き声は止み、体力が残っていないであろう沙那はそのまま気を失っている。でも息はあるから死んではいなそうだ。会長はおそらく骨が折れたであろう腕を処置するためにこの場から離れていった。
「たまちゃん!その姿って…」
「ふふーん。そうにゃん。可愛いにゃんか〜?マジックリングで変身したにゃん」
か、可愛いというかなんというか愛らしいというか…。マジックリングで変身したらしいたまちゃんの姿は衣服こそ普通の白を基調としたセーラー服のようではあるものの、至る所にはもっこもこのさわり心地の良さそうな毛皮のようなものが着いている。おまけに両手には着ぐるみかのような肉球の着いた手袋をはめており、とても可愛らしい姿だ。
「ふむ…。せっかく本質に戻してあげた方々を再び現実という名の地獄へ引き戻してしまうとはなんという罪な方なのでしょうか。全くどうやってそのような芸当をなさったのか…」
「冥土土産に教えてやるにゃ。私のマジックリングで強化された『反射』は、およそ『逆転』という能力に進化してるにゃ!円環逆転は、その人が持っている感情を、円環状に定義されている感情のうち、正反対の場所にいる感情へ『逆転』させる技にゃ。苦しみや鬱、悲しみの反対にいる感情は興奮、元気、幸せにゃ!」
なるほど、ラッセルの感情円環モデルにおいて反対の部分に位置する感情へ感情を『逆転』させたということか。それは凄い。
「でも、それならなんでこの技を早く使わなかったの?」
「にゃ…。実は私はここに来るまでの砂浜での練習で一度もマジックリングを起動出来なかったにゃん。でも、この状況だから火事場の馬鹿力的な感じでマジックリングを起動できたにゃんね。そして、自分を使って魔法を行使して実験してみたら、感情を変えられることに気づいたから、使ってみたって感じにゃん」
「す、すげぇ〜〜」
たまちゃん、天才かよ。まず土壇場でマジックリングを起動できることも凄いし、そんで起動した後ちゃんといろんなことを試して、魔法の中身まで確認してることがすごいわ。
「お話は済みましたか?なるほど感情の『逆転』という異能ですか。もちろん感情に留まらないのでしょう。しかし、この操り人形達の感情は無。この方々の洗脳は解けないのでは?」
「なら、原因であるお前をぶっ飛ばせばいいだけにゃんね!あすみっち行くよ!こっから文字通り『逆転』にゃん!」
「うん!」
さぁ!たまちゃんと一緒に応戦する!ここからが本番だ!




