2章VII(sideA) 『幸運』
「行きます!」
「勝負をする前に1つ賭けをしようか。沙那ちゃん」
「は、はい。なんでしょう?」
沙那が攻撃を仕掛けようとすると、白石会長が一旦それを静止して、賭けを沙那に持ちかけた。
「この勝負、私が勝ったら、今日の夜ご飯のデザートちょうだい?」
「そ、そのくらいのことならいいですよ。まず、負けるつもりがありません」
どうやら白石会長はデザートが食べたいらしい。何か賭かってた方がやる気が出るとかそんな感じかなぁ。
「やった〜賭け成立。じゃあ初めよっか」
「はい!行きます!」
沙那と白石会長との魔法バトルが始まった。開幕、沙那がいきなり距離を詰めて白石会長に近づくけど…。
「幸運の導き〜」
白石会長が何か魔法の技のようなものを口にした。物理系なら沙那には聞かないけど一体どんな…
「が…っ!ぐ…」
バタンと音を立てて突然沙那が地面に突っ伏した。
「にゃ!?」「浦川沙那!」「さ、沙那!?」
沙那は倒れたまま動く様子は無い。え、何が起こってるの?こんな簡単に…そしてあっさりと…?
「勝負ありかな〜。これでデザートゲット〜ラッキー。でも、沙那ちゃんには死んでほしくないな。命の恩人だし〜」
「うっ…」
「あ、生き返った。ラッキーだね」
「沙那!大丈夫!?体に何が…」
姫野先生にもあれだけ善戦をしていたであろう沙那がこんな意図も容易く、赤子の手をひねるかのように倒されると、尊敬というよりも恐怖の念を会長に抱いてしまう。
「マジックリングだっけ?この魔法グッズを使うまでもなかったか〜。使ってみたかったんだけど」
「会長!浦川沙那に一体何を……っていや、そんな馬鹿な!」
葵ちゃんが会長に問いかけるけど、おそらくこの感じは答えを読み取ったんだろう。
「ふふ、君は『心読』だっけ。読み取ったのかな?その通り。今沙那ちゃんは、たまたま急に血液内に血栓が出来て、たまたま急性心筋梗塞が起こっただけ。私はなーんもしてない」
「そ、そんなインチキにゃ!そもそも『幸運』って自分が操作出来るようなものじゃ…」
「うーん。その考え方がまず間違ってる。運命は操作できるんだよ」
「え…?」
運命が操作できる…?この人は一体何を…。
「シンクロニシティって知ってるかな?例えば、今日夜ご飯にカレーが食べたいな〜と思いながら家に帰るとあら不思議、家で用意されてた夜ご飯はカレーでした!ってやつ」
「経験はありますけど…それは偶然で…、しかも外れる時だってある。成功体験だけが印象に残ってるだけじゃ…」
「そう、根本的にこの例は単なる偶然。しかし、この脳内の事象と現実の事象が重なる現象。これをシンクロニシティと呼ぶ。私の魔法『幸運』はこのシンクロニシティを最大限活用することが出来る魔法なの」
シンクロニシティを活用…脳内で思ったことが現実の世界とリンクするってそんな馬鹿な…。
「そんな魔法…だって姫野先生の『服従』なんかより数段…」
「ううん。『服従』の魔法とは明確に違うよ。2点違うところがある」
『服従』と『幸福』の魔法の2点の違い…?
「まず1つ。『幸運』は私にとって利益があることしか起こらない。今の戦い、最初の賭けが無かったら私は何も沙那ちゃんに出来なかった。だって、ただ無意味に沙那ちゃんを殺すことは私にとってなんの利益も産み出さないからね。デザートが貰えるっていう私の利益が発生して始めて『幸運』が訪れるの」
「なるほど、だから最初にあの賭けを持ち込んだんですか」
「正当防衛っていう利益を生み出してもいいんだけどね。ただ、それだと相手からの攻撃を認識しないといけない。不意打ちとかされたらおしまいだし、相手が仕掛けてこなければこっちは何も出来ない」
どちらかと言えばカウンター的な性能が高そうな魔法だ…。まぁそうか、ゲームとかでも基本運は相手の技を避けるとかそういう時に発揮されるようなステータスのような気がする。
「そして2つ目、それは起こる事象が偶然でなければならないこと」
「偶然ですか…?」
葵ちゃんが口を挟む。
「そう、簡単に言えば人の意思が介入してたら無理ってことかな。人を操って特定の行動をさせるとか、それは確率の範疇を超えてるよね」
「確かにそれは明確に違うにゃんね。あのせんせが使ってた魔法を使うな!みたいな命令が出来ないのは大きいにゃん」
動物対象の操作ができないというのはかなり大きなハンデを背負っていそう。あくまでも起こりうる可能性があることっていうのは凄く魔法に制限をかけているなぁ…。
「まぁいいや。せんせー、私が泊まれる部屋ってあるの?」
「え、えっとですね。残念ながら無いので白石さんは私と相部屋になるんですけど…」
「えーーー?まぁしょうがないかぁ。小鳥遊先生は悪くないしね〜」
小鳥遊先生のワープに巻き込まれたとはいえ、授業時間中に廊下をほっつき歩いていた生徒会長にも多少なりとも問題はある。これも仕方ない譲歩だとは思う。
「というよりも、この合宿に参加するつもりなら、きちんと初日の課題である「マジックリングの起動」を出来るようになって貰いますけど…」
「こうでしょ?」
「うわぁ眩しい!」
生徒会長が腕を軽く捻ると彼女の体が激しい光で覆われる。これは小鳥遊先生がマジックリングを起動させた時の光と同じだ…。
生徒会長の衣服は全身が純白で覆われたワンピースになっており、まるでパーティーに参加した少女の着るドレスみたいになってる。動きにくそうだけど。
「んー、動きにくいんだけど、私の魔法って別にたくさん動くわけじゃないし、可愛いし許容かな〜」
「は、はぁ。さすが生徒会長だけあってこういう物の使い方には長けているようですね…。というわけで、本日の課題はこのようにマジックリングを起動させることです。浦川さんと白石さんは既に起動させることが出来ているので、難しい人はこの2人に教えて貰ってください」
「分かったにゃ!リングに魔力を流し込むようにして……何も起きないんにゃけど…」
「軽々とやっている人達がいるせいで僕達にも簡単に出来るかと思いましたが、意外と難しいですねこれ。リングに集める力が弱くても強くてもダメ、適切な加減を目指さなければ…」
うわぁ、やっぱこれ使うの大変なんだ。じゃあ私も頑張ったら出来たりしないかな。
「七瀬さんはこちらへ。私と一緒に室内へ行きましょう。流石に少し冷えるでしょう」
「は、はい!」
小鳥遊先生に呼ばれて私は森の中を進む。どうやら島の中央に見えるでっかい建物が今日泊まるらしい建物のようだ。でも、みんながこんなに頑張ってるのに私が魔法使えないからってこんなに特別みたいなのいいのかな…。
「気負わなくていいですよ、七瀬さん。前も言った通り私は魔法を使えなかった少女と共に学園生活を過ごしたことがありますが、何も特別な感情は抱いたことがありません。ただ、一緒に明るく過ごしてくれるだけで友達として嬉しいものなんですよ」
「そ、そういうもんですよね…。あはは」
心の声が顔に出てしまってたのか、小鳥遊先生が私を慰めてくれる。
「だから、昨日みたいに笑ってください。多分それが皆さんのために…」
「え!?」
何が起きた…いや、何も起きなかったからこそ私の目の前の出来事が全く理解できない。
私の目の前に居たはずの体が急に姿を消したのだ。
こんな現象は人智を超えている。おそらく魔法…だが、こんな魔法は…『交換』も違う。だとしたら別の体が私の目の前に現れるはずで…。
「先生!!」
呼びかけるも応答がない。とりあえずみんなの所に…。
「……来た道どっちだろう…?」
まずい迷子だ!!!帰るための道が分からない!
「『瞬間移動』の魔法で先に行ったとかなのかなぁ。でも話している途中でそんなことある?とりあえず目印で分かりやすい建物に向かおう…」
そう決断して私は目の前にそびえ立つ建物へ歩くことにした。




