1章幕間3
2088年1月1日、めでたい元日の日に私はなんでこんな……
「くっさ…流石に牢獄って感じ……あんまり長居はしたくないな…」
私は牢獄を歩いていた。でも、別に捕まったわけじゃない。私は牢屋の外側を歩いている。今日は囚人に会いに行く用事があるのだ。
「牢獄って迷路みたいで本当に複雑…牢屋の番号127は……あ、突き当たりか」
私は目標地点となる牢屋の目の前にたどり着く。そして、中にいた一人の人間に声をかけた。
「姫野さん。生きてますか?返事をしてください」
「…………………?」
若干の沈黙の後、牢屋の中の人間は返事をする。とはいえ、言葉ではない。音での返事だ。
牢屋の中の人間は薄汚い風貌で、長い髪はベトベト。腕と足は常に手錠や枷によって縛られており、身動きは取れていない状態で、糞尿は床へ垂れ流しとなっている。さらに、口には猿轡が着けられており、そこから出せる空気の擦れた音でのみ返事ができる。ろくに食事も取ってないんだろうか、かなり痩せこけている。ただ、首からはチェーンに繋がれた指輪2個を絶対に離さないと言う意思が感じられる程、執念深く身につけていた。
「私は今日あなたに用事があってきたんです。とりあえず入りますね」
「....…………」
姫野さんは無言だ。もしかして私が誰か気づいてない?確かに13年も経って私も身長が伸びて大人っぽくはなったけど、この赤髪を見れば思い出してくれると思うんだけどなぁ…。
そう思いながら、私は牢屋の中へと自分の所在地を変化させる。
「……………!?」
「あ、気づいてくれました?まぁ世間話は後にしましょう。とりあえず腕貸してくださいね」
姫野さんが何か言いたげだったけど、問答無用で私は姫野さんの腕を掴み、柔らかな肌に注射器で液体を送り込む。
「………!!!!…!!!」
「あぁぁ、暴れないでください。針が折れちゃいます」
多分姫野さんの腕には激痛が走ってるのかも。予防接種の薬とかと違って、人間に打っても良いようにちゃんと加工されてるわけじゃないし。この薬って。
「打ち終わりましたよ。これで猿轡を外しても大丈夫そうですかね?」
姫野さんに付けられている猿轡は恐らく『服従』の行使をさせない為の物だ。なんせ1回でも命令されてしまえばこの体制の全てが崩壊してしまう。
そして、私は姫野さんの猿轡を外した。
「おい!!!小鳥遊!!私に何をした!!!」
「開口一番怒鳴り声は勘弁して欲しいものです。もっかい縛りますよ?」
「…………」
もう…猿轡を外した瞬間これだ。私うるさいの嫌いなんだって…。
「まぁ、説明してあげます。今あなたに打った薬は国際魔力連合が秘密裏に開発した薬です。効果は『服従』の効力の弱体化ですよ」
「私の魔法の…弱体だと…?」
「はい。あなたの魔法は危険すぎると国際魔力連合は判断しました。それは国内の政府にも伝達され、あなたの存在は地上では実質指名手配のようなものだったんですよ」
虎視眈々と私は事実のみを姫野さんへ伝える。
「ちょ、ちょっと待て!!指名手配ってそんな私は……」
「とぼけないでください!!!!」
「…っっ!?」
私は状況の理解出来ていない姫野さんに嫌気が差し、つい声を張り上げてしまう。
「13年前のあの時、あなたは七五三柚葉を殺し、拘束された。それは事実ですよね?」
「……………あ、あぁ」
歯切れが悪いが、姫野さんもこの事実は認めているようだ。
「あの後、政府はあなたの『服従』という魔法を大々的に取り上げ、危険視したのです」
「なっ…!?」
姫野さんが驚きの表情を浮かべる。
「そして、2075年の9月、政権交代の時ですね。私達の国は13年おきの9月に政権が交代する。これくらいは学校の公民の授業で習ったでしょう?そこで国際魔力連合日本支部から出馬したある政治家がトップとなったんです」
「……………」
姫野さんは頑張って情報を咀嚼しているようだ。確かに難しいかもしれない。13年も情報を遮断されていたのだから。
「そのトップとなった政治家の名は矢野輔。見た目はただの老いぼれ、禿げたおっさんですが、その研究力は国内1番とまで言えるほど、研究者としては素晴らしい逸材なんですよ」
「情報が繋がらん…それが一体私の魔法となんの関係が」
「分かりませんか?その矢野氏が掲げた公約が『魔法の無力化』ですよ」
「魔法の無力化だと…??」
姫野さんが意表をつかれたような反応を見せる。
「えぇ、2075年の崩壊により、世界は混乱に陥った。特に、あなたの『服従』が人を殺したという事実がかなり誇張して報道されている。今までにも魔法で人が死んだケースなど多数あったんでしょうけどね」
「そ、そんな…冤罪だ…」
「キッパリ言いますけど、冤罪では無いですよ?」
「うっ……!」
意味のわからないことを姫野さんが口にしたので思わず反論する。冤罪なわけが無い。あなたが人を殺したのは事実だ。
「私は彩夏を殺したのも間接的に貴方だと思っています」
「ち、違う!あれは…」
「いいえ、そう盲信することによって心の平穏を取り留めているのかもしれません」
「………」
二人の間に沈黙が流れる。
「続けます。政権のトップを握った矢野氏は、何らかの方法で魔力を無効化する薬の開発をすることを宣言した。そのために国民には多量の税金を課し、それを研究の資金源とした」
「そ、そんなの…暴君じゃないか」
えぇ、私もその意見には同意を浮かべます。
「しかし、意外と国民は反抗しませんでした。魔法への恐怖が人民へと根付いていたのでしょう。そして、13年の研究の末、ようやく魔法を無効化するまでとは行きませんでしたが、魔法を『弱体化』する薬が開発されました」
「そ、それが今私に打った薬って事か…?そもそもどうやってそんなもんを作った…!」
「そんなことは私も知りませんよ。どうも矢野氏は胡散臭いというのは私も感じています」
私とてあの人の思惑を全て知っている訳では無い。そんなことを質問されても困る。
「ある日矢野氏が私に接触を図ってきたんですよ。あの日唯一の生き残りとしてね」
「唯一の…??」
やはりそこに姫野さんもひっかかるか…洞察力は流石と言ったところか。
「えぇ、そしてその薬を渡してきたんです。これを姫野さんに打って欲しい。さらに経過観察をして欲しいとね」
「そ、そんな事だったら、やっぱりもう1人の生き残りの方が適任なんじゃ…」
「私もそう言いましたが、その人はどうやらあの崩壊の日から行方不明のようです。だから、私しか姫野さんと接触を図れる者はいません」
全く、そのせいで私がこんな面倒事に巻き込まれるとは…。
「矢野氏から聞いたその薬の具体的な効力は2つ。1つは、相手に直接的に死を与える命令を下せなくすること。2つは、継続的な命令は10秒で自動的に解除されるということ」
「っっ!?10秒だと!?」
やはり10秒というのはいささか短いのだろう。姫野さんにも動揺の色が伺える。
「やっぱり短く感じる物なのですね。かなりの弱体化でしょうか?」
「そ、そうだ。人体を『服従』させる時は、基本瞬間的な行動だから良いものの、無機物の『服従』が10秒で終わるのは相当だな…」
「ふーん。そうなんですか」
姫野さんが私に説明をするが、私には生憎興味が無い。私は別に姫野さんに薬を打ちにだけ来たわけではいのだ。
「話はまだ続きます。矢野氏がそう私に接触して来た後、私は矢野氏に交換条件をもちかけました」
「条件だと…?」
「えぇ、それは、姫野さん。あなたをこの牢獄から解放させることです」
「なんだと…!?」
姫野さんが驚きの表情を浮かべる。私を敵だと勘違いしてたのだろうか。
「何もあなたを助けたいとかそういうことでは無いので勘違いしないでくださいね。そもそも、経過観察をしなければいけないということは、このくっさい牢獄に通わなければいけないということ。それは流石に私も嫌なんですよ」
「そ、そうか…」
「それに…」
「それに…なんだ…?」
訝しげな表情を相手が向けてくる。
「面白い情報が私の元に入ってきましてね。それを是非姫野さんに共有しようかなと」
「な、なんだそれは」
姫野さんが興味津々になった所で私は一呼吸置いて本題を告げる。
「姫野さん。私と一緒に学園の先生をやりませんか?」
「!?」
予想の斜め上を行ったような顔を浮かべている。まぁ無理もない。
「実は私が受け持つはずの選抜クラスに面白い子が立候補して来たんですよ。かなり姫野さんが興味を持つかなと思いまして」
「面白い子だと…?」
「えぇ。かなり明るく元気な子です。名前は七瀬あすみ。そして…」
大きく時間を貯め、重点を伝える。
「この子、魔法が使えないらしいんです」
「!??????」
あは、やっぱり食いついてきた。面白いなぁ、本当に。
「それも、魔法が発現していると検査結果では出ているのに、魔法が使えないと。どこかで聞いたことがある文言ですよね?」
「あ、あぁ」
「私はこの子を見た瞬間、即座に選抜コースへの入校を認めました。この子の経過を観察したいというのもありましてね」
「魔法が使えない……紗夜…」
おーい、自分だけの世界に入らないで貰っていいですか〜?
「私的には、紗夜さんの魔法が『転生』とかだったりと考察してるんですが。だってそれなら現世で魔法が使えなかったことと辻褄が合う」
「いや、それは無い。紗夜ちんの魔法は『強化』だ。あの時、最後の戦いで紗夜ちんは魔法を発現させたんだ」
「………………。は?」
え、何その事実。知らない、え?早乙女さんが魔法を使った。あの時に?それに『強化』…???
「な、何その事実、私知らないんですが??」
「知らないのも無理は無い。あの時紗夜ちんが魔法を発現させたのを知っているのは、私と……百鬼先生だけだ」
確かに、その2人しか知らないのであれば、私はどちらとも接触を取っていないため、知らないわけだ。
ちょっと待てよ?早乙女さんが魔法を発現させている?そんな事実公にはなってない。一体どういうことだ?じゃああの七瀬あすみという子は一体…?
「だ、大丈夫か?深く考え込んでいるようだが…」
「失礼しました。ちょっと私の考えに誤解が生じたようで。完全に紗夜さんの魔法を『転生』としてこの世界を考察してました」
早乙女さんの魔法が『転生』でないとするならば、七瀬あすみの存在はただの偶然…?分からない。いや、まだ考察のピースが足りていない。そんな気がする。
「まぁ、今悩んでいても仕方がなさそうですね。それでもう一度聞きます。姫野さん、私と一緒に学園の先生をやりませんか?」
しばしの間沈黙が流れる。そして…
「あぁ、やりたい。是非やらせてくれ」
「そう来ると思いましたよ…では、今鍵を…」
「対象、枷。自壊しろ」
刹那、姫野さんを牢屋に縛り付けていた枷は粉々になり弾け飛ぶ。いきなりの『服従の』行使だ。姫野さんの体はピンク色のオーラで覆われている。
「あの、姫野さん。だからその魔法はあまり使わないようにと…」
「弱体化されてるんだからいいじゃないか。まぁいいや。早くその学園に連れてってくれ」
「いいえ、それは無理です」
「は?なんでだ」
私は姫野さんの要求を1つ返事で却下する。今すぐ学園に行くって…そりゃ無理でしょう…。
「姫野さん…ここを出たらまずはお風呂入りましょう。正直臭いです」
「は、はぁぁぁ!?ふ、ふざけるなよ!」
やっぱ気づいてなかったんだ。姫野さん今めっちゃ臭いのに…。
「いやでも事実ですし…。ちょっと私に触れてください。私の家の風呂に『瞬間移動』します」
姫野さんは赤面しながら私の腕をつかんだ。うっ汚い…。そして私と姫野さんはお風呂に入り、身の穢れを落とすことにした…。
「しかし、小鳥遊。お前堂々とするようになったな。昔は、『ひ、姫野さん…。え、えっと…』みたいな感じだったのに」
「馬鹿にしないでください。もう私たち26歳ですよ?きちんと人と話すくらいできます。姫野さんだって、昔は『紗夜ちん〜今日は〜』って腑抜けた喋り方だったじゃないですか」
「あ、あぁ。でも、今はなんか…紗夜ちんの前に居た私とは別の私で居たいというか…。なんか、この世界をあの昔の世界と同一視したくないっていう。そういう気持ちなんだ」
「……」
二人の間に沈黙が流れる。その気持ちは…共感せずにはいられなかった。
そして、私たちは旧友を失ったもの同士、お互いを慰めあって、夜が明けることになった。




