20.ちぐはぐ
前話のタイトルを変更しました。
外から見る王都は夜の暗さもあって小さく見えた。王都から出るのは初めてで、もっと広いものだと思っていた。
あの中で私は生きてきた。十分な暗殺の依頼はあって、母がいた。だが、ハヴェルを守るため、生かすため、私は囮となって王都の外に出て行く。
目指す先は首謀者がいるとおぼしき魔法大国のトゥーアだ。囮は敵を誘き出し、首謀者を探すことも担う。ハヴェルを殺せたとて、死に戻りで生き返るというのに懲りない相手だ。何度殺したとて、終わりがなさそうなハヴェルを執念深く殺そうとする。
「ロマ先輩。もう夜ですけど、どうするんですか」
ヴィートが疑問を投げかける。門でとめられそうになっていたが、私が口利きをすると持っていた証明書のおかげで通り抜けることができていた。
「とにかく距離を稼ぐ」
疲弊するが、王都内で既に尾行されたのだ。相手が門で足止めを食らっている間に巻く。カスペでなくトゥーアで囮をしなくてはならないのだから。
「ついてこい」
遅れるなら置いていく。頼ると言ったって、足を引っ張る者なら必要ない。奴隷にされていたことで体力が落ちていても考慮しても配慮はしない。
人目につかないよう夜通し隣町まで歩いていたら、馬車と御者が用意してあるため使った。ハヴェルがやられたように火で炙られたらたまったものではないので、私とヴィートが乗る際は偽装している。
馬車で更なる距離を稼いでいく。何事もなく国境を越えられたらよかったがそううまくはいかず、野盗に扮した追手に早々に馬車は破壊される。追手は殺したが、派手に服は血で汚れ、死体も複数に転がっている状態だ。
御者が処理をするというため任せ、先に進んでいく。馬車もなく、道もこの血塗れ状態では人目を引いて噂を呼ぶため、道なき道を進むしかないのが体力的にも時間的にもきつい。
ヴィートを見遣る。置いていかれないようにか、決して弱音は吐かなかった。ただもう限界が近く、足元はおぼつかない。
休憩するか。近くに川がある。あまりに身なりが汚いと、町に寄ったときに証明書を持っていたとしても疑われては面倒だ。
「やっと、休憩……」
「寝るな。先に汚れを落とせ」
「うぅ……」
ヴィートはよろよろと川まで歩きつつ上衣を脱いでいくと、肌に刻まれた傷が現れる。
野盗から受けた傷ではない。それもあるが、軽傷だ。それよりも目立つのは古傷である。
裂傷と火傷の跡が特に酷い。
本人曰く、奴隷にされていたときの傷ではないらしい。確かに他の奴隷はここまで酷い傷はなかったと聞いたことがある。
ではいつできた傷かというと、渋って言いたがらない。裏社会でも滅多に見ない、拷問を受けたような傷跡だ。恨まれてでもいたのだろうか。
十四の年齢らしいので、恨みを買ったのでなく、生まれた先の境遇が悪かったのだろうと第二騎士団の者は話してはいた。
「うわあっ!? も、もしかしてずっと見ていました……?」
今更ながらヴィートが恥ずかしがり、体を服で隠す。服を洗い、体も布を水で濡らして拭った後だ。反応するにしても遅い。
「周囲を警戒していないからだ。見られたくないなら自分でやれ。私も汚れを落とす」
「み、見られた……僕の体……」
顔を青ざめる、というより赤らめている。見ていたのは傷跡なのだが…………構うのも面倒だ。私だって厳しい行程で疲れている。
服を脱ぎ始めると、ヴィートは慌てて私の反対方向を見る。全く、周囲の警戒心が足りない。危険な二人旅なのだから、これからこのような場面どうしても出てくるだろうに。毎度うぶな反応をするつもりか。
「ぬ、脱ぐときは事前に言ってください」
「言わなくとも分かるものだろう」
「そうかもしれませんけどっ。あの、僕、男ですよ」
「分かっている」
「分かってません! 不用心すぎです……僕に襲われたらどうするんですか」
強気なことを言う。
その割に未だ私の反対方向を見たままだ。
「誰が不用心だと?」
ヴィートの足を蹴り払い、地面に横たえる。見下ろしていると、ヴィートは顔をぎゅっと目を瞑る。顔は真っ赤だ。
「襲う勇気はなさそうだな。あったとしても返り討ちにするが」
「揶揄わないでくださいぃぃ」
性欲を抑える精神性はあるらしい。道中襲われる心配が一つ減った。
「ロマ先輩、酷いですっ。破廉恥ですっ」
「うるさい。元気があるなら出発するぞ」
「それは勘弁してくださいっ」
うぅうぅと唸っていたが、放置しているとすうすうと寝息を立てる。やはり無警戒だ。私は殺意を持ってヴィートの心臓めがけて短剣を刺す。
「…………反応なしか」
ヴィートは身じろぎもしなかった。短剣を戻すと、刃の先で服が少し切れている。
ヴィートは奴隷以前の身元が割れていない。第二騎士団の者は大分絆されていたが、私は違う。疑いの余地があるならば疑い続ける。
ハヴェルの命を狙う敵はそれほどまでにしたたかだ。そうでなければとうに決着がついていて、何度も死に戻りをしていない。
「ちぐはぐだな」
ヴィートを頼っておいて疑う。そもそも頼る、という行為をしたのはヴィートがそう言い出し、そして私がベランジェールの言葉を思い出したからだ。
ベランジェールだったら疑っただろうか。
ふと疑問を抱き、考えるのをやめる。考えても意味がない。ベランジェールは騎士として務めを果たすため、ついてくることはない。……だから、考えない。
*
私とヴィートは五体満足にカスペを出国できた。道中、新たな追手に執拗に襲撃されたが、カスペの手の者が私たちを支援してくれた。
だがカスペから先は支援がない。他国ではカスペのような小国は勝手はできない。
私とヴィートだけの力でトゥーアまで辿り着かなくてはならない。
ただ予想外にもカスペを出れば、襲撃は格段と減った。追手も他国では勝手はできないのか。つまりこの国とは無関係の手勢なのか。それとも私たちに何度か襲撃を撃退されたため人数が揃わなくなったか、新たな作戦を練っているのか。
「考えても仕方ない。私はトゥーアに行き、囮の役割を果たすだけだ」
「ロマ先輩のそういうぶれないところが好きですよ」
ヴィートは予想より頼りになった。戦闘は把握していた通りだが、慣れぬ土地であるのに住民と打ち解けて食料などの補充どころか情報収集までしてくる。ヴィートの人懐っこい性格がそうさせるのだろう。真反対の私では決してできないことだ。
「僕のこと見直しました? かっこいいですか?」
「…………調子にのるな」
「つまりは見直すぐらいはしてくれたってことですか! 嬉しいです!」
ヴィートの考えはよく分からない。先輩だから慕っている。だが、その先輩は私だ。好く要素はないはずなのに。ハヴェルやベランジェールの顔が過るが、あれは例外だろう。変わり者だ。
「じゃあ僕も変わり者ですね。ロマ先輩のこと、好きです」
「私は暗殺者なんだぞ」
「……そうですね」
「お前らにとっては許せないことだろう」
「…………そうかもしれないですね」
「かもしれないって」
「僕は先輩のこと知っています。ただの暗殺者じゃなくて、必死に生き、母のことを大切に想えて、嘘偽りない真っすぐさがあって、それが不器用なぐらいで、僕のことを拒否しないで後輩として受け入れてくれた。……稀に見せる笑う顔が素敵な、そんな先輩のことを僕は好きなんです」
「……………………それでも、私が暗殺したことは変わらない」
「そんな先輩を僕は好きになったと言っているんです。あの、何回も言うのは恥ずかしいんですよ?」
「……変わり者じゃなく、愚か者だな」
やはりヴィートの考えはよく分からない。表社会の者に暗殺者は好かれるはずがない。にもかかわらず暗殺者の私を好きだと言う。頭が混乱してきた。考えるのをやめる。
「……それで、先輩は僕のことどう思って――――」
「疲れた。寝る」
「え? ……え?」
今夜は宿をとれた。襲撃対策で同じ部屋にヴィートはいるものの、多少意識を落としても大丈夫だ。異変があれば、起きれるようにはしておく。
「ほんとぶれないなあ」
ふとんがこすれる。無害な音だ。
私は眠りの意識をもう一段沈めた。




