152.電設のヒデオさん、伝説になる。
最終回です。
『静止衛星軌道上に浮かぶ、機械の星』
『突如として出現したその星は、世界中を恐怖のドン底に陥れ、今日も地上の尊い子供達の生命を吸い上げている』
『人々はその星を指して、こう呼ぶのだ』
『デス・ムーン、と』
「だから『フェアリー・ムーン』だって何度言えば覚えんだよコイツらは!」
公共の電波を使って垂れ流されるデマにキレた。
衝動的にテレビをブッ壊しそうになり、どうにか寸前で思いとどまる。
こんな事でいちいち怒ってたら、テレビが何台あっても足りない。
「フェア!いつも通り抗議入れといて!」
「いつも通り、もう抗議を入れました。ますたー」
「さすがフェア!仕事が早い!」
「えへへー」
フェアが可愛い。
可愛いフェアを見ていると、胸糞悪い報道番組を見てイライラしていた気分が少しだけ落ち着いた。
「あー、クソッ、もうどうすりゃいいんだコイツら早く何とかしたい」
「ますたー。何とかしますか?」
「……いや。いつも通りで。それ以上はしなくていいよ」
「はい。いつも通りにします。それ以上はしません。ますたー」
いつも通り可愛いフェアが、いつも通りの可愛い声音で言った。
フェアの提案に乗りたくなったけど、耐えた。
フェアは超有能なので、全面的にお任せしすぎると、割と本気でシャレにならない事態になる事がある。
事実、以前フェアに何とかしてもらった結果、シャレにならない事態になった。
地上からのマイナス評価が増えた一因が、それだ。
「……まあ、今更、少し手加減したくらいじゃ何も変わらないだろうけど……」
ちなみに、マイナス評価が一気に増えた最大の要因は、別にある。
『世論を作れると思っているヤカラ』に嫌われたせいである。そのせいでネチネチ絡まれてしまい、中高年層からの評価がジワジワ悪化中。
若年層からは、そんなでも無い。
「……まさか世界を滅ぼす訳にもいかんしなぁ……対処療法的にチマチマやるしか無いか……面倒臭いけど……」
クソみたいな連中ばかりなら一気に滅ぼしてもいいが、実際には玉石混交である。地上に対して、あまり極端な手は打てない。
やろうと思えば大体何でもやれてしまうだけに、自制するのが大変だった。
情報収集という意味では、テレビを見る必要は無い。だが、曜日感覚を保つのにはそこそこ有効である。半ば惰性で毎日見ている。
ふと、日付に目をやれば、あの日からもうすぐ1年が経とうとしていた。
この1年、色々あった。
「いやホント、振り返って見れば色々あったねぇ、この1年」
「はい。色々ありましたね。ますたー」
「色々あったけど、やっぱり一番大きな事と言えばアレだよね、アレ」
「ますたー。アレとは何でしょうか」
「そりゃあ勿論、黒夫が実は女の子だったって事だよ!ビックリしたね!」
「……そうですね。わたしはビックリしましたよ。ますたー」
「いやぁアレはホント完全に予想外だったよ。まさか、あの黒夫が女の子だったなんて。伏線も無いのに急展開すぎてビックリさせられたよね。うん」
「はい。ますたーにはビックリさせられました。ますたー」
フェアがビックリするほどの衝撃の新事実が発覚。
黒夫は、生物学的な性別では、女性だったのだ。
尚、黒夫が実は女の子だったと気付くキッカケとなったエピソードがあるのだが、詳細は省略する。ここに記すには余白が足りない。
「黒夫の事が一番印象に残ってるけど、他にも色々あったねぇ」
「はい。色々ありました。ますたー」
「ムチムチさんがお偉いさんの目に留まって面倒臭い事になったりね」
「はい。本当に面倒臭い女ですね。ますたー」
フェアの言い方が、なんか微妙にトゲのある言い方に聞こえたけど、まあ気のせいだろう。多分。
ムチムチさんは、言わずと知れた超絶美女である。ちょっとエルフ耳を隠した程度で隠せるようなヌルい美貌では無い。
ただそこにいるだけで、否が応にも、人目を惹き付ける。良し悪しを問わず。
普通の人達の目を惹き付ける分には、さほど問題は無かった。問題となったのは、うっかりお偉いさんの目に留まってしまった事だった。
たまたま偶然、運悪く、会社のお偉いさんの目に留まった。それを皮切りにして、ドミノ倒しの如く悪影響が伝搬。取引先の大会社のお偉いさん、放送局のお偉いさん、放送局のスポンサーのお偉いさん、裏稼業の大組織のお偉いさん、官公庁のお偉いさん、政府のお偉いさん、外国のお偉いさん等々、釣りたくもないのにまあ釣れること釣れること。
こちらの世界で対処するのが面倒臭くなり、あちらの世界に避難したのだが、この時、急ぎすぎて致命的なミスをしてしまった。転移先で、うっかり人前に出てしまったのだ。
これにより、異世界でもドミノ倒し的悪影響の伝搬が発生。そしてやはりお偉いさんが次々と釣れる釣れる。別に釣りたくないのに。
変なものを釣り上げる事にかけては、ある意味天才な人である。
最終的に、両方の世界のお偉いさんどもから一斉に目を付けられる羽目になってしまった。
「差し向けられた連中を、千切っては投げ、千切っては投げ、見事に撃退したりもしたねぇ。魅雪が」
「はい。見事に撃退していました。ますたー」
黒服の男達が人形のように軽々と投げ飛ばされる光景は、何度見ても圧巻だった。
何度も撃退したが、それでも懲りずに何度も手下を送り込んで来るので、そのたびにお人形さんが山と積みあがっていった。
ただこれだけなら、さほど問題無かったのだが、ここでもミスが発生。
手下を撃退する様子が、動画配信中の画面に映ってしまったのだ。
神秘的な雰囲気を纏う白い美少女を中心に、黒服どもがポンポンと宙を舞う。いかにも厳つい野郎が美少女の指先一つでダウンする様子は、第三者にとっては面白動画である。
バズった。
動画配信したのは赤の他人なので、自分達に収益は無い。にもかかわらず、有名税はキッチリ発生する。理不尽すぎる。
一応、副次効果として、若年層の好感度が上がったのは良かったと言えない事も無くは無い。一般人から好感度が上がっても、お偉いさんから狙われている状況は変わらないが、不当に嫌われたり憎まれたりするよりはマシである。
まあそんな事があったり無かったり、他にも色々あったり無かったり、何やかんやあったり無かったりした末に、地上での生活が困難となったため、静止衛星軌道上に電気設備を浮かべて生活する事になった。どうしてこうなった。
直径1km、球形の電気設備。宇宙空母『フェアリー・ムーン』である。
外観は某宇宙戦争映画の第1作目に登場する某死の星。そのミニチュア版である。
「スキルを最大限に活かすなら、こっちの世界の方が遥かに都合がいいってのは、かなり意外だったなぁ……」
「いいえ。意外ではありません。ますたーの生まれ故郷でこそ、ますたーの真価が発揮されるのは自然な事です。ますたー」
「いや俺の真価じゃなくてフェアの真価じゃない?」
「いいえ。ますたーの真価です。ますたー」
フェアは、頑なに自分を持ち上げてくれる。こういう所は妙に頑固だ。フェアのそんな所も可愛い。
まあそれはともかく。
勇者召喚により獲得したスキル『電気設備』は『電気設備が使用可能になる』という効果を持つ。
電気設備の無い異世界において、フェアは『電気設備が使用可能になる』ように、まずは電気設備を創造してから、電気設備を使用していた。
こちらの世界には、最初から電気設備がある。そこら中に電気設備が溢れている世界である。だから創造の手間が無い。
そこにある電気設備が、そのまま使用可能である。本来そういうスキルである。
ここで、スキルの実験で実際に可能だった事例をいくつか紹介しよう。
事例1.近所のATM
近所のATMに手ブラで立ち寄り、百万円が出せました。
ちなみに、百万円はATMが故障していた事にして返却しました。
事例2.旧街道の信号機
首都と古都をつなぐ旧街道を電動アシスト付き自転車で走行し、進行方向の信号機を全て青信号に変えてノンストップでゴールに到着しました。
ちなみに、スーツ姿で爆走しスポーツカーを追い抜くジェットサラリーマンとかいうプチ都市伝説的存在として動画配信されてプチバズりました。
事例3.某全国区の放送局
某放送局の局長のパソコンや携帯端末などから汚職塗れの個人情報をぶっこ抜き、電波ジャックして全国放送しました。
ちなみに、その局長は、事態を収束させずに辞任するのは無責任だとか何とか意味不明な供述をしながら現在も局長の座に居座っています。
事例4.某軍事大国の研究所
某軍事大国の砂漠の地下に建造された完全スタンドアロンの研究所に捕縛されていた宇宙人をUFOごと解放して母星に帰してあげました。
ちなみに、宇宙人が報復で宇宙艦隊を率いて攻めて来ましたが、その日の内にお帰りいただきました。
他にもスキルの実験はしているが、結果は似たり寄ったりである。
「いや、まあ、うん。ホント、色々あったねぇ」
「はい。色々ありました。ますたー」
チートってレベルじゃない。
こちらの世界では、あらゆるモノが電気で動いている。それ即ち電気設備。フェアが本気になれば、それら全ての『電気設備が使用可能になる』。
多くの電気設備にはセキュリティや安全装置などが付いているが、フェアにかかれば一切関係無く『電気設備が使用可能になる』。
動作機序は不明だが、とにかくフェアがいれば『電気設備が使用可能になる』。
実験で確認した限りでは、ほぼ制約無し。創造のために妖精パワー(仮)を無駄に浪費しなくて済むので、極めて効率的にスキルが使えると言うか、ほとんど無限に使いたい放題である。
ネットワークにつながっている電気設備であれば、星の裏側であろうと遠隔で使用可能。あらゆるセキュリティの最上位権限よりも更に上にフェアがいる。
ネットワークにつながっていない電気設備でも、他の電気設備と電線などで電気的につながっていれば遠隔で使用可能。電源プラグを挿しているとオフラインに切り替えても防げない。
秘密の軍事基地のような、有線無線を問わず外部とのネットワークを遮断し、発電を内部で行っている隔離施設であっても、スキルの有効射程範囲内に入れば使用可能になる。ちなみに、現在の有効射程は100km程度。日々成長中。
この状況、フェアが本気になれば1日で世界が滅びかねない。
「ますたー。滅ぼしますか?」
「いや滅ぼさないよ。なんで世界を滅ぼさなあかんのよ……」
「滅ぼすのが嫌でしたら、世界征服などはいかがでしょうか。ますたー」
「いかがでしょうか、じゃあないよ。しないよ世界征服なんて。興味無いし」
「……そうですか。わかりました。ますたー」
「なんでちょっと残念そうなの」
世界征服って、どこの魔王様だ。
曲りなりにも元勇者として、むしろ自分は世界平和に貢献している方である。具体的には、世界中のアチコチから身寄りの無い子供を拾い上げている。別に世界を平和にしようと思った訳では無く、成り行きでそうなっただけなので、誉められたものでは無いけど。
この1年、何やかんやあって知り合いになった子供が何人かいるのだが、その中で希望した子達には地上を離れてもらい、宇宙に移住してもらった。
謂れ無き悪評の一部は、この件を悪意を持って改竄し吹聴する連中のせいである。
ちなみに、デマを垂れ流すクソ野郎どもは個人特定し、まずは抗議を入れ、デマの撤回と訂正情報の発信を求めている。これに応じるなら、2回までは許す。
抗議後も撤回しない場合や、3回やらかした場合は、通常の手段での更生は不可能と判断し、個人情報フルオープンの処置を行う。
クソ野郎どもの過去の個人情報を全て公開した上で、私生活をライブ配信中。現代社会は防犯カメラだらけな上、携帯端末にはカメラ機能が標準搭載。逃げ場など無い。
メール、SNS、電話の声、匿名の書き込みなどはリアルタイムで実名公開。
銀行やクレジットカードの口座番号や暗証番号なども問答無用で公開。
ID、パスワード、その他諸々、一切合切フルオープン。
電気設備の溢れた世界でフェアを敵に回すと、こうなります。
(社会的な)死を恐れぬ者だけ、かかって来い。
「さっきの抗議にどんなリアクションするのか様子を見なきゃいけないし、しばらくは待ちか……」
「僭越ながら、待つ必要は無いと考えます。ますたー」
「まあ俺もそう思わなくはないけど、一応ね、一応。……こっちにいると、ついやっちゃいたくなるから、俺は一旦あっちの世界に行くよ。あっちはあっちで様子見なきゃいけないし。フェアはどうする?」
「はい。わたしも行きます。ますたー」
「うん。じゃあ一緒に行こうか」
一つの事に意識を引きずられすぎるのは良くない。気分転換もかねて、移動する事にした。
フェアリー・ムーン艦内には、異なる世界間を移動するための専用ルームを設置している。
移動できるのは1ヶ所のみで、世界を渡る絨毯のような自由度は無い。
反面、安全性が高く、操作は簡単。フェアに頼らなくても、誰でも好きな時に世界間を移動できる。
「……どう見てもエレベーターなんだよなぁ……わかりやすくていいけど……」
ボタンは4つ。『<>(開)』『><(閉)』『△(上)』『▽(下)』のみ。文字の読めない小さな子供でも直感的に使えるシンプル設計である。
『<>(開)』ボタンを押して乗り込み、『▽(下)』ボタンを押す。
「到着しました。ますたー」
「……ホント楽になったよなぁ……前はあんなに四苦八苦したのに……」
数秒、本物のエレベーターに乗ったような浮遊感があり、すぐ着いた。
フェアリー・ムーン級宇宙空母2番艦『ピクシー・ムーン』。異世界の静止衛星軌道上に浮かぶ電気設備である。
同型艦なので、間取りは共通。どちらの艦内にいるのか間違えないよう、壁紙やカーテンの配色は変えている。1番艦は黄色やオレンジ色の配色が多く、2番艦は青色や緑色の配色が多い。
「あれ?おじちゃん、フェア、どうしたの?何かあったの?」
エレベーターを降りてすぐ、魅雪に会った。
あの日から1年。すっかり美しく成長した。特に一部の肉付きが鬼級。
初めて出会った時から美少女だったので、きっと美しい女性になるだろうとは思ってたけど、そんな想像をあっさり超えすぎである。
あんまりにも美人すぎて、お父さんは心配ですよ。いやお父さんじゃないけども。
「ちょっと様子を見に来ただけだよ。ところで魅雪、それ何?」
「小さい子達にオヤツ作ったの。骨せんべいなの」
「ええっ……。オヤツにしては渋くない?」
「来たばかりの子達、栄養足りてないからオヤツで補うの。背が低いし、胃が縮んでて一度にたくさん食べられないみたいだし、朝昼晩だけじゃ足りないの」
「……ゴメン。本当は俺がもっとちゃんと考えとかないといけなかったのに」
「くふふっ。おじちゃんの手が回ってない部分は、ボクが支えるの。共同作業で子育てするの」
「あ、ああ、うん。そうね。……まあ、何だ。魅雪がいいと思うようにやってくれていいよ。他に何か必要な事とかあったらすぐ言ってね。できるだけフォローするから」
「うん!」
魅雪は元気に返事すると、骨せんべいを持って子供達の所に向かった。
それを見送り、管制室に向かう。
「んにゃっ!?に、ニンゲン!?」
「お、おう、黒夫、か」
途中、黒夫に会った。
あの日から1年。すっかり美しく成長した。細身だが以前よりもふっくらし、女性らしい丸みを帯びるようになった。
初めて出会った時から美形だったので、きっと将来は凄いイケメンになるだろうと思っていたのだが、そんな想像の斜め上を行く王子様系イケメン猫耳女子である。
そう、黒夫は女子なのである。
つい先日『あんな事』があったばかりなので、正直まだちょっと顔を合わせるのが気まずい。
「に、ニンゲン、ど、どうしたにゃ?」
「い、いや、どうもしてないぞ。これはアレだ、その、うん、ちょっと様子を見に来ただけって言うか、な」
「にゃるほど、にゃ。よ、様子を見に来たのかにゃ」
「うん。そう。……く、黒夫は、ど、どうだ?げ、元気か?」
「う、うん。げ、元気にゃ」
「そ、そうか。俺も元気だぞ?」
「そ、それは良かったにゃ」
「ああ、うん。……ところで、手に持ってるそれ何だ?」
「こ、これかにゃ?こ、これは、その、アレにゃ。子供達がお勉強を楽しめるように教材を工夫しようかにゃーって思ってたにゃ」
「な、なるほど、な。教材に工夫か。うん。それは、その、アレだ。凄いな?」
「にゃははっ。そ、そうかにゃ?」
「ああ、うん。いやホントに凄いぞ。うん。黒夫は凄いな。うん」
「に、ニンゲンも凄いぞ?」
「お、おう。そうか。ありがとう?」
「にゃ、にゃはっ、にゃははっ……」
「ええっと……。そ、それじゃあ、が、がんばってくれ、黒夫」
「う、うん。がんばるにゃ。それじゃあ、オレもう行くにゃ」
「お、おう。……まあ、その、アレだ。何か俺に手伝える事があったら、すぐ言えよ。何でもするからな。うん」
「にゃんでもシてくれるにゃ!?」
「いや待て教材の工夫の手伝いの話だぞ?それ手伝うって話だからな?」
「わ、わかってるにゃ!何かあったらすぐニンゲンに言うにゃ!」
何故か顔を赤くした黒夫は、教材のサンプルを抱えて走り去っていった。
ここ最近、黒夫と顔を合わせると、お互い変に緊張してしまって、大変良くない。
良くない自覚はあるが、特に良い手立ても思い浮かばないので、時間が解決してくれるのを祈るばかりである。
「……とりあえず、地上の様子を見るか……」
「最初からそれが目的です。ますたー」
ピクシー・ムーンの管制室に入った。
この部屋では、艦内の情報は勿論、地上観測用センサーからの情報も一括で取り扱っている。
「管制官さん、データ見せてもらっていいですか?」
「ハイ、コチラデスー。ドウゾ御覧下サイー」
管制官さんにデータを見せてもらった。
生の観測データを自分で全てチェックするのは無理があるので、管制用データ処理システムを通し、ピックアップされた重要度の高そうなデータにだけザッと目を通す。
見落としが発生する危険はあるが、それならそれで構わない。ピクシー・ムーンの火力をもってすれば、問題の火種が大きく燃え上がってからでも力尽くで事後処理が可能である。
「……変わり無し、か……なんで落ち着いてるんだ、この国……」
まずは、自分を召喚した王国の様子を確認。問題無し。
勇者召喚の魔法陣を破壊した後も、王国は基本、それまでと変わらない国家運営を続けている。一時期混乱していたようだが、それも収束済。
そもそもの話、勇者召喚は50年に一度のイベントで、しかも前回の召喚は表向き無かった事になっている。ただでさえ生涯に一度きりしか経験できないイベントなのに、今の王国には誰一人としてイベント経験者がいないのだ。そんなもん、無くなって困る奴の方が圧倒的少数派である。
そんな訳で、王国は特に滅びたりする事も無く、普通に残っている。
ただし、自分が召喚された時と比べ、王家の顔触れは変わった。半年ほど前、分家筋に乗っ取られたのだ。
国の形はそのまま。国境も国民もそのまま。王家の名前もそのまま。王家の人員の首だけ挿げ替え(物理)である。そして何事も無かったかのように日々是平穏である。
王国の歴史は千年を超える。
異世界の人間の国々は戦国乱世であり、他の国家が百年も持てば長い方という状況の中、千年を超えて歴史を紡いで来たのは伊達では無いという事だ。
勇者召喚の魔法陣など無くとも十二分に強かな国だった。
ひとまず国民が殊更不幸ではないようなので、それ以上は別にどうでもいい。
「……魔族の方は、魔王が倒れてから群雄割拠だなぁ……」
魔族の領域を確認。魔族にとっては問題大有りだが、どうしようも無い。
現役魔王と直属の配下が何者かに倒された、という情報は兵士を通じてすでに市井に広まりきっている。もはや知らない者の方が珍しい。
更に、現役魔王が実は裏で何やら不正らしき事をしていたらしい、とかいう噂まで拡散されている。噂の真偽は不明だが、もうこの際、真偽なんて関係無い。
現役魔王のカリスマは地に落ちた。噂が真実でも嘘でも、カリスマは復活できないだろう。
そして、この時を待ってましたとばかり、次期魔王を自称する者達が暴れている。
たかが自称魔王、されど自称魔王。現役魔王が頼りない今、自称魔王達は各地で暴力と求心力をもって勢力を拡大し、そのせいでアチコチ大変な事になっていた。
まあだからどうしたという話ではあるけど。
「……他は……ここまで火の粉が飛んできそうな事案は無いか……」
地上の情報を一通り確認。概ね問題無し。
突き詰めて言えば、静止衛星軌道上に火の粉が飛んで来ない限り、自分達にとっては対岸の火事である。
人間の揉め事も、魔族の揉め事も、率直に言ってどうでもいい。
世界各地に生息する魔物は、本日も縄張りにて引きこもり中。
つなしは、ぶらり地酒巡りの旅の真最中。引きこもりをやめた反動か、はっちゃけ過ぎな気もするが、実害が無いので放置。
南の海には右京さんの影が見えるが、微動だにしない。寝返りすら打たず就寝中。
美鹿毛先生の影らしきものがかすかに映っているログがあったが、残像なのかレンズの汚れなのか判別不能。
いずれにせよ、概ね問題無し。
「ヒデオ殿?いるか?……本当にこんな所にいたのだな」
「んっ?どうかした、理緒?」
「……………………」
「理緒?ねえ、理緒?どうしたの、理緒?」
「……………………」
「あの、返事してください、理緒さん?」
「……………………」
「……どうかした、ムチムチさん?」
「うむ。貴殿がこちらに来ていると聞いてな。探していたのだ」
データを確認して安心していたら、ムチムチさんが管制室に来た。
あの日から1年。もう身体の成長は終わっているはずなのに、何故か日に日に美しさに磨きがかかっていて、何かもう宇宙の向こう側にある美の領域へと突き進んでいる。ホントどうなってんの、この人。
余談だが、元の世界に戻ってすぐ、両親との顔合わせは済ませてある。人間離れした美貌を急に間近で直視した普通の夫婦は終始呆けていたけど、顔合わせを済ませたという事実には変わりないので、まあ良し。
この時『ムチムチさん』という名前では紹介するのに支障があるので『理緒』と名乗ってもらった。
これを機に正式な改名まで持って行こうと画策したけど、それには失敗し、ムチムチさんは今も正式名称『ムチムチさん』のままである。
相変わらず、変な所で手強い。
「それで、ムチムチさん、何か用?」
「ああ、頼みがある。上の子供達の授業は、今日は私の担当なのだが、代わって欲しくてな。ミユキは下の子達の面倒を見ているし、クロオは別件に集中しているようだったので、貴殿に頼みに来たのだ」
「それくらいならお安い御用で。それで、今日の授業、何する予定だったの?」
「理科の実験だ。貴殿の故郷の教科書を参考にした内容だな。カイロにデンチをつなげて光らせる、という奴だ」
「……えっ?もうそこまで進んでんの?早くない?」
「あの子達の飲み込みの早さは、貴殿も知っているだろう。これまで教育の機会に恵まれていなかっただけで、あれは天才の類だぞ。皆が皆、揃いも揃って、だ。よくもまあ狙いすましたかのように天才の卵ばかり拾って来て、感心するぞ」
「いや狙ってないって」
「知っている。そもそも貴殿は、そんな事で選別などすまい。何しろ魔族ですら隙あらば拾ってしまうような男だからな。およそ真っ当な人間の感性では無い」
「……一応聞くけど、貶してる訳じゃないよね?」
「誉め言葉だ」
「まあいいけど。……でも、ムチムチさんにしては珍しいね、授業を代わって欲しいなんて。何かあったの?」
「少々体調が悪いのだ。子供達に風邪を移したくはないし、大事を取って休もうかと思ってな」
「そういう事は先に言って!ほら、医務室行くよ!」
「大丈夫だ。あくまでも大事を取って休むと言うだけで、そこまで深刻なものでは無いのだ。胸の辺りに少し気持ち悪さがあるのと、頭痛がするくらいか」
「本当にそれだけ?他に何か隠してる事は?」
「無いぞ」
「本当に?嘘だったら怒るよ?」
「う、ううむ、そうだな……。強いて言えば、足に少し、むくみがあるが、そのくらいだ。あとは……妙に柑橘類を食べたい謎の衝動に駆られたりはするが……。まあ何にせよ、大した症状では無い。この程度、寝れば治るだろう」
「そういう油断が一番危ないんだけど」
「ふふっ。相変わらず心配性だな、貴殿は。何、本当に心配はいらないぞ。今夜、貴殿と寝れば治るだろう」
「いや体調悪いんなら一人でゆっくり寝なきゃダメでしょ……。今夜は無しで」
「な、何だと!?それでは治るものも治らないぞ!?」
「いや何言ってんの。とにかく今夜は一人で寝てどうぞ」
「そ、そんな!?軽症とは言え病人相手に、その対応はあんまりでは無いか!?」
「至極真っ当な対応です」
ムチムチさん、思ったより元気そうだった。
それでも念のため医務室に放り込んでおく。
「んじゃ、ゆっくり寝ててください。授業は代わりにやっとくんで」
「待ってくれヒデオ殿!今夜の件、再考を!」
「この通りなんで、くれぐれも安静にするようお願いしますね、看護師さん」
「御任セクダサイー」
「ヒデオどのー!?」
看護師さんに後を任せ、子供達の授業をするため、教室に向かった。
地上で拾った子供達は、当然、黒夫や魅雪とは違う。旧魔王クローンでは無いし、前世の知識や経験を無意識に発揮したりもしない。
成り行きとは言え、拾ったからには責任がある。教育が必要である。という訳で、何となく捨てるのが勿体無くて実家の物置に死蔵していた昔の教科書を引っ張り出し、使っている。
座学は3教科。算数、理科、英語である。他にも地理とか歴史とか、実技系では音楽とか図画工作とか家庭科とか、色々考えてはいるけど、手は付けられていない。追々何とかしよう。
ひとまず今日は、目の前の授業に集中する。
「みなさん、今日は理緒先生の授業の日でしたが、残念ながら風邪でお休みです。代わりに私、白木英雄が先生をやります」
子供達の反応を見る。
うん。この子達、すっごい正直。全力でガッカリした表情してるわ。
そりゃあね、美人のお姉さん先生の授業の日に、平凡な平たい顔族の男がノコノコ顔出したらガッカリするよね。
わかる。わかるぞ、子供達よ。逆の立場なら、きっと先生も同じ顔になってた自信があります。
教室の後ろにフェア先生が控えているとは言え、あくまでもフェア先生はサブで、メインは白木先生である。そりゃあモチベ上がらないのは、しょうがない。
まあそれはそれとして、授業は進める。
「はい。今日は回路の実験をします。みなさん、手元に材料は揃っていますか?」
子供達の手元を確認する。一人だけ、材料が足りなかった。
風邪で急に交代になって引き継ぎに手間取ったせいか、準備にミスが発生してしまったようだ。
まあこの程度なら問題無い。リカバリーは簡単である。
ちなみに、リカバリーするのは自分ではない。フェアである。
「フェア。豆電球一つ、お願い」
「はい。豆電球です。ますたー」
子供の机に豆電球を置いて、授業を再開した。
未来、この子達は地元へと帰って行き、各国において歴史に名を刻むほどの偉大な功績を残す事になる。
そして自分は、世界に恐怖を与えると同時に、何人もの天才達を子供の頃に見出し育て上げた伝説の存在『ロリコン魔王』という二つ名で語られる事になるのだが、この時の自分には知る由も無い事だった。
お読みいただき、ありがとうございました。




