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113.電設のヒデオさん、迷子になる。


白い視界が開けたと思ったら緑だった。



「ますたー。通常空間に復帰します」



急ブレーキのような制動力がかかり、絨毯から投げ出された。



「ぐぇっ!?」



地面に顔面ダイブ。痛みは無いが、変な声が出た。


むせそうなほど土臭さと青臭さが濃い。



「……うえぇ……気持ち悪ぃ……ぺっ、ぺっ……」



乗り物酔いを1万倍に増幅したような不快感。ランダム転移の影響だろうか。


吐きそう。頭ん中グワングワンする。



「……まあ、土ペロで済んだだけマシか……」



死ぬほど最悪の気分だが、生きてる。それが何より重要である。


最悪の場合、即死していた危険もあった。地面と融合したり、マグマに顔面ダイブしたり、遥か上空に投げ出されてヒモ無しバンジーする羽目になったり。


そういう事態にならなくて本当に良かった。



「……そう言えば、フェアは?無事?大丈夫?」



何はともあれ、自分は無事で済んだ。


自分は無事で済んだが、フェアはどうだろうか。


暴走の中心部で最後まで制御に尽力していたのだから、ただ巻き込まれただけの自分とは負荷が桁違いのはずだ。



「はい。わたしは大丈夫です。ますたー」



絨毯の機械部分から、いつもの可愛い声がした。



「本当に?無理してない?」


「はい。本当に大丈夫です。無理していません。ますたー」


「……そう。それなら良かったよ」



フェアも無事なようだ。ひとまず、一安心。



「わたしは大丈夫ですが、多次元時空間変位航行機は大丈夫ではありません」


「あー……、まあ、それはしょうがないね。かなり無茶した感じで移動した感じになってたみたいだし……」


「システムに重大な障害が発生しています。シークエンスが終了しません。シークエンスが実行中のため、当機より離脱できません」


「えっ?」



なんか全然大丈夫じゃなさそうだった。


よく見たら、絨毯の周囲に虹色の薄膜が出かかったり消えかかったりしてる。まるで精密機器の非常ランプの点滅のような、不吉な輝きだ。


まさか、ランダム転移が終わったばかりで、またランダム転移しかけているのか。



「ねえ、フェア、本当に大丈夫なの?」


「わたしは大丈夫ですが、多次元時空間変位航行機は大丈夫ではありません。これより多次元時空間変位航行機の緊急メンテナンスを実施いたします。メンテナンスの終了まで、しばしお時間をいただいてもよろしいでしょうか。ますたー」


「あ、はい。どうぞ」



フェアが、いつも通りの声音で言った。


あんまりにもいつも通りすぎて、思わず反射的に返事が出た。



「ありがとうございます。メンテナンス完了まで推定24時間です。ますたー」


「あ、はい」


「――――――――」


「ええっと……。フェア?本当に大丈夫なんだよね?」


「――――――――」


「フェア?」


「――――――――」



沈黙。


フェアの声が聞こえなくなると同時に、絨毯の異変も収まった。


返事もできないくらい集中して頑張ってるのだろうか。



「……今度こそ一安心……?」



フェアが復帰するまで不安は残るが、ひとまず、ランダム転移再開の危機は去ったようだ。


喫緊の危機は去った。


となれば、次は別の事が気にかかる。



「……ここ、どこ……?」



自分は今、森の中にいる。



「……いやマジでどこよここ……明らかに家の近所じゃない……」



壁の中よりは遥かにマシだけど、ランダム転移の悪影響はキッチリ出ている。完全に迷子である。


少なくとも自分は、この場所に心当たりが無い。会社の近くでも実家の近くでも無い事だけは確かだ。



「……富士の樹海……いや、まさか、アマゾンの奥地とか……?」



熱帯雨林のド真ん中かと思うくらい、緑が濃い。本物の熱帯雨林に行った事無いから、よく知らんけど。


植生から地域を割り出せるほど、自分は植物に詳しくない。国内かどうかさえ、わからない。



「……遭難したら動くなって言うけど……救助隊が来る訳無いよな……とりあえず歩くか……」



ランダム転移した自分を探しに来てくれる人など、いるはずも無い。


ここがどこか知るためにも、まずは森の外に出る事を第一目標とする。



「……フェアが中にいるし、カバンに仕舞うのはマズいか……」



絨毯を丸めて筒状にし、肩に担いで歩き出した。


勘で前進。


童話の化け猫が言っていた。どっちに向かって進めば良いか不明な時は、どっかにたどり着くまで進み続ければ良い、とか何とか。


脳筋向け迷子問題ゴリ押し解決法。前進あるのみ。



「……………………」



とにもかくにも、森を出なければ。


森を出た後の事は、出たトコ勝負だ。



「……………………」



もしここが国内のどこかだったら、普通に救助を頼もう。


山林での救助要請では救助費用が請求される、とか聞いた事ある気がするけど、もうこの際、お金の心配は後回しにするしかない。


銀行預金で足りなかったら、無職かつ借金の二重苦。最悪の社会復帰になる。



「……………………」



もしここが海外だったら、大使館に駆け込もう。


海外でのトラブルと言えば、とにかく大使館に駆け込んどけばいいはずだ、多分。


パスポートとか持ってないし、渡航履歴も無いんだけど、頼って大丈夫だろうか。


違法出国の容疑で逮捕されたら、どうしよう。異世界に勇者召喚されてました、なんて言い訳が通じるとは思えないし。


人畜無害のサラリーマンから、無職の前科者にクラスチェンジ。ただでさえ遠い社会復帰が更に遠のく。



「……ダメだ……ネガティブな事しか思い浮かばねえ……」



鬱蒼とした森の中は、暗い。


暗い気分でトボトボ歩く。


人生、迷子中。明るい気分になれる要素が無い。


せめて話し相手の一人でもいてくれれば、また違ったんだろうけど。



「……そういや、一人になるの久ぶりだな……」



誰もいない。久しぶりの一人きり。


寂しい。


物凄く寂しい。


一人とは、こんなにも寂しいものだっただろうか。



「……………………」



自分は一人でも苦にならないタイプの人間である。


誰かとワイワイ楽しく過ごすのも好きではあるが、一人なら一人で普通に時間を過ごせる。そういうタイプの人間である。


そういうタイプの人間だった、はずだ。異世界に召喚される前までは。



「……………………」



家族と別々に暮らし始めた時も。


友人と疎遠になった時も。


元カノと別れた時も。


こんなに寂しくは無かった。


こんなに寂しさを感じた事など、一人暮らしをしていた時には無かったのに。


何故だ。



「……うーん……将来への不安で弱気になってんだな、きっと……」



そういう事にしておこう。


脳裏に、別れ際の三人の顔がチラついてる気がしないでもないけど、気のせいである。気のせいと言ったら気のせいなのである。



「……今更、気にしたってなぁ……」



本当に、もう今更だ。


後悔せずにはいられないような酷い別れ方になってしまったが、もう一度やり直す訳にもいかない。


更に気分が落ち込んできた。



「よし!ちょっと早いけど昼飯にするか!」



気分が落ち込んでいる時に思い悩んでも、大抵、碌な事にはならない。


こういう時は、飯食って寝るに限る。


場所が場所なので、まずは飯だけ。


通勤カバンから、魅雪謹製お弁当を取り出した。



「……まだあったかい……って、そりゃそうだよな……」



大きな笹の葉を開く。


白、黄、赤の鮮やかな色彩が詰まっていた。



「……おぉ……こんなのまで作ってたのか、魅雪……」



おにぎり。ダシ巻き卵。たくあん。そして、タコさんウィンナー。


ザ・お弁当。



「……………………」



特に目を引くタコさんウィンナー。


微妙に健康に悪そうな赤い皮が加熱により収縮し、八本足が綺麗に開いている。



「いただきます」



つまむ。一口。



「……んめぇ……」



人生初、タコさんウィンナー。おいしい。


実家の母は料理上手だが、味と栄養を重視し、この手の飾り物は作らなかった。


友人や元カノの手料理を食べた事はあるが、お弁当を作ってもらった事は無い。


今まで生きてきて、こういうものを作ってくれたのは、魅雪が初めてだった。



「……あー……んめぇなぁ、マジで……」



あらどうしましょう。泣きたくなってきたわ。


社会人になってからというもの、妙に涙もろくなって困る。これが歳を取るって事なのか。


気分的には、会社をリストラされた事を家族に告げられずに公園のブランコで愛娘の手作り弁当を食べるお父さん的な感傷を味わいつつ、ゆっくり味わって食べる。


無職。人生迷子。ぼっち飯。嫌な属性かぶってて凹む。



「……これで最後か……」



ゆっくり食べても、いつかは無くなる。


最後のおにぎりを口に含んだ。



「ぶっふっ!?」



直後。吹いた。



「ぶっ、げほっ、えっ、なっ、何っ!?」



おにぎりがマズかった、とかではない。


いつの間にか、眼前に双頭の大蛇がいた。


ビックリしすぎて、思わず吹いた。



「やっぱりアマゾンの奥地か!?こんなん住んでのかよアマゾン!?」



さすが、世界のアマゾン。ぱねぇ。


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