番外編 運命の出会いと始まりの日 レオン視点
番外編、主人公と従者の出会いの物語です。
本編で明かされなかった彼等の幼い日の思い出を回想しているので、時系列はあれから一年後、ジュリア19歳、レオン20歳のお話です。(既に結婚している設定です)
今迄で一番長文になってしまったので、ゆっくりお読み頂けたら幸いです。
幼い頃の夢を見た。
幼い頃、と言ってももう何度見たか分からない、同じ夢だ。
それは一生忘れることのない愛する君と初めて出会った、俺にとっては運命を変えた日、そして、愛する君にとっては辛く悲しい最悪な日の出来事……
「……ん」
温かな陽だまりの中で目が覚めた。
普段は朝は閉めているはずのカーテンが開いており、その窓から覗く光は眩しいくらいに明るい。
(……ジュリアは?)
いつもと違うのはそれだけではなく、隣で寝ているはずの夢の中より随分大人になった彼女の姿がそこにはない。
何かあったのだろうか、そう思い慌てて体を起こせば。
「あ、起きた?」
「! ……ジュリア」
扉からヒョコッと現れたその姿に、安堵の息を吐く。
そんな彼女は少し心配げな表情をしながら言った。
「大丈夫? 随分長く眠っていたから、公務もあるし疲れているかなと思って起こさなかったの」
そんな彼女の言葉に、まだ冴えない頭で返事をする。
「あぁ、疲れたわけじゃなくて、懐かしい夢を見ていたからつい」
「懐かしい夢?」
咄嗟に口にした言葉にジュリアは首を傾げる。
俺はそれに気付き焦りを覚えたが、此処で隠すのもいらぬ心配をさせるだろうかと思い、少し息を吐くと白状した。
「初めて、ジュリアと会った夢だ」
「……私!?」
ジュリアは俺の言葉に分かりやすく顔を赤くする。
それを見て苦笑混じりの笑みを溢しながら彼女を抱き寄せた。
それによって驚いたような表情をする彼女の腰をギュッと抱きしめ、口にする。
「そう。 ジュリアが覚えていないと言っていた、あの日……、11年前のことだ」
「11年前……」
ジュリアの呟きに、俺は心の中で迷いながらも頷き、言葉を選びながら慎重にその先を紡いだ。
「あぁ。 君に会ったのは11年前、君の母親であるリーヴィス侯爵夫人の葬儀が行われた、あの日のことだ」
その言葉に、ジュリアの肩がビクッと震える。
それを見て思わず口を噤むと、ジュリアは首を横に振り、そっと儚げに笑って「続けて」と言うものだから、俺は戸惑いながらも口を開いた……―――
―――……11年前
その日は肌寒い日だった。
当時9歳だった俺は、何となく辺境伯の三男という自分の立ち位置が分かってきて、優秀すぎるほど完璧な兄達の背中をいつもただ見ているだけだった。
跡継ぎでもない自分が何故勉学や鍛錬に励まなければいけないのか分からず、幾ら努力しても比較対象である兄達に追いつけず、そんな彼等をいつしか嫌悪し、又無力な自分にも苛立ちを覚えていた。
そんなある日のこと、亡くなったとある侯爵夫人の葬儀にエドと共に参列した。 それが、他でもないリーヴィス侯爵家だった。
リーヴィス侯爵家のことは噂でしか聞いたことがなかったが、人当たりが良く温厚だとエドが言っていた。 “僕には大切な幼馴染がもう一人いるんだ。いつか君にも会わせてあげたい”、そう言っていたエドだったが、その侯爵家の一人である夫人が亡くなったと聞いた日から、エドはあまりその話をしなくなった。 その代わり、彼の瞳に宿ったのは確固たる意志のような、そんな強い眼差しだった。
その日、俺達は少し端の方の列に参列していた。
そんな中耳に届いてきたのは、根も歯もない噂を流す耳障りな大人達の会話だった。
「物騒な世の中になったな」
「えぇ、本当。 どうやら奥様は毒を盛られたみたいで、それも闇社会の暗殺家の仕業ではないかって噂されてるの」
「犯人も捕まっていないのでしょう?」
そんな大人達の会話に、俺は顔を顰める。
「……煩いな」
「……」
隣にいたエドは何も言わなかった。
ただ何も言わず、ギュッと拳を握り、その視線は一点を見つめていた。
何処を見ているのだろうか、俺はその視線の先を辿り……、思わず息を呑んだ。
(……あの子)
すぐに分かった。
まるで雪を思わせる白い髪に、透き通るような肌。 その前髪から覗く桃色の瞳は、豪華な装飾が施された棺を見つめていた。
(あの子が、エドの幼馴染の)
そんな時だった。
大人達の、聞き捨てならない言葉が耳に入ってきたのは。
「あの子が夫人の娘さんよね? そっくりだわ」
「でも不気味よね。 あの子も夫人と同じ毒の入った料理を食べたのでしょう? それなのに、次の日には目を覚ましたらしいわ」
「まあ、本当!? それに見て、あの子母親が亡くなったというのに、一滴の涙も流していないわ。 どういう神経をしているの?」
「「……っ」」
(……無神経なのは、おまえらだ)
だから大人は、嫌いなんだ。
思わず言い返そうとした俺に対し、エドは分かっていたように手で遮る。
ハッとして彼を見れば、首を横に振り、“駄目だよ”と口を動かした。
そして、「陛下の元へ行ってくる」と告げ、エドはその場を後にした。
(危なかった。 危うく、この場で騒ぎを起こすところだった)
頭に血が上るとつい反論してしまうのは自分の悪い癖だ、もっと冷静にならなければ。
そう思いながら陛下と話すエドを視線で追っていると、視界の端に映っていた小さな少女が踵を返し、何処かへ行こうとするのが見えた。
それは、エドの幼馴染の少女、その子の姿で。 しかも、周りの大人はそれに気付いていないようで、誰もその後を追うような人物は見受けられない。
一人で一体何処へ行くのだろうか。
それに、先程の大人達の言う通り今は“物騒な世の中”である。 しかも狙われたうちの人である令嬢が一人で歩いているとなると危ない目に遭いかねない。
(後で叱られても良い)
それよりあの子の方が気になる。
そう思い、俺はそっとその列から抜け出したのだった。
一瞬見失いかけたものの、何とかその子の行方を追えば、その子はリーヴィス邸の裏庭にある大きな木の前でじっとうずくまっていた。
何となく声をかけるのを躊躇ったものの、一人放っては置けない。
そう思い、勇気を振り絞って声をかけることにした。
「……大丈夫?」
「っ!!」
ぱっと、その子が驚いたように顔を上げた。
見れば、その目は赤く、頬には幾筋も涙を流している。
見られた、と言うような顔をし、彼女は慌てて手で乱暴に涙を拭おうとするから、此方も慌ててポケットから自分のハンカチを取り出した。
「ご、ごめん。 驚かせるつもりはなかったんだ。
ただ、一人で歩いていくのを見て、心配になって、それで……」
「貴方は、誰?」
初めて発せられたその声は、小さな少女、というよりは酷く落ち着いて大人びている、そんな印象を抱いた。
そんな彼女は自分より一つ年下だというのに、何故か俺の方が柄にもなく緊張して、思ったより上手い言葉が出て来ずに焦ったように口を開いた。
「お、俺は君が知っているエドの……、エドワード殿下の幼馴染のレオンだ」
「! エドの……」
彼女はエド、と言う言葉に反応して驚いたように俺を見つめる。 そして、「そう」と目を伏せてしまった。
(これは警戒されてるのか? それとも)
だが、その考えはどうやら無用だったらしく、俺が手にしていたハンカチを指差し、「借りても良い?」と尋ねてくる。 俺はその言葉に頷き、小さな手にそっと差し出した。
彼女は「ありがとう」とお礼を言ってから受け取ると、ハンカチでそっと目元を拭い、「あの」とおずおずと口を開いた。
「私が泣いていたこと、誰にも言わないでほしいの」
その言葉に、俺は少し驚いてしまう。
「あ、あぁ、勿論誰にも言わないけれど……、でも、一つ聞いても良い? どうして葬儀の場では泣かなかったの?」
「! ……だって、私まで泣いてしまったら、きっとお父様、立ち直れないから」
「……! リーヴィス侯が?」
「えぇ。 お父様、無理をしているの。 お家ではお父様、ずっと暗い顔をしている。 お父様は優しい人。 ……お母様も」
そう言って、彼女は強くハンカチを握って言った。
「……私、ね。 貴方にだけ教えるけど、私も毒を口にしてしまったの。 でもね、お母様が助けてくれた。 吐きなさいって。
それで、それで……」
「……!」
彼女の瞳から、今度は大粒の涙がポタポタと零れ落ちる。 それでも彼女は、まるで自分を責めるように言葉を続けた。
「私は、助かった。 けど、お母様は……、お母様が口にしてしまった毒は、私よりずっと多かった、らしくて……、だから、意識を失って、気が付いた時には、お母様は、もう……」
「……っ」
その言葉に、気が付けばギュッとその子の頭を抱き締めていた。
「……っ、あ、の」
「辛かっただろう。 俺には、その痛みが本当の意味で分かってはあげられないだろうけど……、側にいることは、出来るから。 悲しみの涙は流してしまった方が良い。
今なら誰も、君のお父様も見ていないから」
「! っ、ぁ……」
小さな彼女は、俺の胸にギュッとしがみつくと、声をあげて泣き出した。
その姿にようやく彼女の本当の姿が見られた、そんな気がしたと同時に、心の中で何かが芽生える。
(あぁ、俺は何てちっぽけなことで、悩んでいたんだろう)
辺境伯家の三男に生まれた自分を卑下していたのは、何より自分自身だ。
自分の思い通りにならないと言うだけで、家を飛び出し家族を困らせることなんてしょっちゅうだし、勉学や鍛錬だってどうせ無意味なものだろうと心の何処かで馬鹿にしていた。
それに比べてこの子が抱えているものは、自分より計り知れないほど大きい。 侯爵家の一人娘、兄弟はなく一人でその重責を……、そして母親という大事な人を亡くし、それでも人前では涙を決して見せない。 それはきっと、彼女が侯爵家の娘であることを誰よりも重んじてきた証だ。
だからこうして、隠れて一人で泣いていたんだ。
多分、今迄ずっと。
そんなことを考えている間に、腕の中にいる彼女は静かになっていた。 見れば、その長いまつ毛は伏せられ、スースーと小さな寝息を立てて眠っている。
(泣き疲れてしまったのか)
伏せられた瞳から零れ落ちる一筋の涙をそっと指の腹で拭ってやりながら、ふとある気持ちが芽生える。
(……この子を、守りたい)
それは初めて、自分が宿した願いだった。
エドから、彼女は後数年したら彼の婚約者候補になる女の子だと聞いている。 そして、それに伴う従者を今から見つけなければいけないとも聞いていた。
(それなら、俺は)
この子の従者になる。
今とは比べものにならないほど強くなって、頭も良くなって、そして成長する彼女の姿を側で見守ることが出来るなら。
(彼女の側にいれば、俺は、俺のいる意味が見つかる気がする)
そして今度は、見ることが出来なかった彼女の笑顔を俺に向けてくれる日が来たら、なんて。
そんな淡い、言葉にも言い表せないような思いを胸に抱いたのだった―――
「それから俺は、騎士学校に入って努力をして……、そこでトップに立ったことでエドにジュリアの従者になりたいと伝え、そしてリーヴィス侯にも願って漸く、君の護衛になれた」
そうして二度目の再会を果たしたのは、今から5年前、俺が15歳でジュリアが14歳の時だった。
そしてそれは、初めて会った日から6年という年月が流れていた。
「大人になった君は、侯爵令嬢として淑女に成長しているかと思ったら酷くお転婆で、危なっかしくて。 でもそれは、全部人を思いやっての行動だということに気が付いて。
君らしいなと、あの日から変わっていない君を見て安心したというのが本音だ」
そう締めくくり、腕の中にいる彼女を見れば。
「!? じゅ、ジュリア!?」
彼女の桃色の瞳から、ポロポロと綺麗な涙が溢れ落ちていた。
それを気にも止めず、ジュリアはすくっと立ち上がったかと思うと、パッと俺の腕から離れ、何処かへ行ってしまう。
そして何やら机の中をごそごそとやっていたと思ったら、何かを手に、俺の胸に飛び込んできた。
慌ててそんな彼女を抱きとめると、ジュリアはその手に持っていたものを俺に見せる。
それを見て俺はハッと顔を上げた。
「! これって」
まさか、と呟く俺に対し、ジュリアは頷き、手に持っていたもの……、11年前、俺がジュリアに手渡したハンカチをギュッと両手で握りしめながら言った。
「忘れたことなんて、一度もなかった」
「え……」
ジュリアは涙を目に浮かべたまま、言葉を紡ぐ。
「あの日……、折角名前を名乗ってくれたのに、その肝心の名前を上手く聞き取れなかった上、気がついた時には貴方の姿がなくて。
ただ、エドの幼馴染だということだけは覚えていたからエドに聞いてみたんだけど、教えてくれなかったし…。
せめてこのハンカチだけでも返そうと思ったのだけど、エドがいつか本人に会った時に渡した方が良いんじゃないかって言うものだから、誰なんだろうって思いながら、そのハンカチを見る度に思い出していた。
その人に会えたら、このハンカチを返しながらお礼を言おうって」
「! ジュリア……」
(エドも教えなかったというのか。 あいつ、幼馴染なんてジュリアと俺くらいしかいないんだから絶対分かっていたくせに……)
そうすればもっと彼女と早く再会出来たのに、なんて思っていると、ジュリアは俺の手にハンカチを置き、その上から俺の手ごと彼女は優しく手で包み込む。
その行動に驚く俺に向かって、ジュリアは綺麗な笑みを浮かべて言った。
「ありがとう。 私は今も昔も貴方に沢山救われていたのね。
あの日、もし貴方が来てくれなかったら、私は今のように前向きになることは出来なかった。 貴方は私に会って運命が変わったと言ってくれたけど、それは私も同じよ。
あの日、貴方の前で悲しみの涙を流し切ったから、私はその分強くなれた」
「!! ……そうか」
その言葉で長い間疑問に思っていたことがようやく分かった。
どうしてジュリアが、他人のことでしか涙を流さなくなったのか。
……それは。
「……あの日、俺達は互いの心の支えになっていたんだな」
「!」
コツンと額を合わせそう口にすれば、ジュリアは破顔し、照れ臭そうに口にした。
「本当、まるで私達は運命で結ばれているみたいね」
「! ……俺も、そう思う」
そう同意し、視線を混じり合わせて二人で照れ隠しに笑いあうと、どちらからともなくそっと、唇を重ねたのだった。
二人の出会いの物語、如何だったでしょうか?
此処までをこの物語の集大成として書かせて頂きました!最後までお読み下さった皆様、有難うございます!
これからはこの作品の誤字脱字がかなりあると思うので(汗)、それを直しつつ、現在更新中の二作品の書き溜めを頑張りたいと思います。
また何処かで作者の作品をお読み頂けたら嬉しいです♪
一年と少し、この作品を応援してくださった皆様、本当に有難う御座いました!
2020.12.12.




