39.従者の誓い
その後、倒れたままの暗殺家達は、騎士団専用の罪人護送馬車に次々と乗せられた。
それを呆然と見送っていた私の元へやって来たのは。
「お嬢様」
「! ……レオ」
彼は、ふわっも私の肩に毛布をかけてくれながら言った。
「その格好では寒いでしょう。 朝は冷えますから」
「っ……、あり、がとう」
私はぎゅっとその毛布を握り、俯いた。
そんな私の様子を見て、彼は口を開いた。
「……私の“仕事”に驚かれましたか」
「! ……えぇ」
それについては、聞きたいことが沢山ある。
でも、全てを聞くことを憚られた。 だって、そうしてしまえば。
「……取り敢えず、リーヴィス侯爵邸へお送りします。 旦那様は貴女が危ない目に遭っているということに気が気ではないと思いますから」
「! 待って!」
「!」
そう言って踵を返そうとする彼の裾を握った。 そんな私の手が震えていることに気が付いた私は震えを止めようと、強くその手をぎゅっと握り口にした。
「レオはっ、レオは、何処にも……」
「……お嬢様?」
「!」
自分が紡ごうとした言葉にハッとした。
慌てて口を噤み、彼の裾から手を離す。
「な、何でもないの。 行きましょう」
そう踵を返そうとした私の手を彼が引く。
「え……」
その行動に驚き振り返った私に対し、彼は私の目を見て口を開いた。
「私は、何処にも行きませんよ」
「っ」
その言葉は、今私が一番彼から欲しかった言葉で。
不意に涙が込み上げてくる私に対し、彼は優しい声音で私の頭にポンと手を置いてくれながら言った。
「私の“もう一つの仕事”が片付いたら、貴女に全てをお話します。 だから、今はどうかゆっくりお身体を休めて下さい。
……それとも、もう一つの“仕事”をしている私が怖いですか」
「! そんなこと、あるわけないじゃない!」
「!」
思ったより自分でも大きい声が出てしまった。
ハッとして慌てて口を押さえれば、目の前にいる彼はその言葉に破顔した。
その彼の希少な笑顔に、私の胸の鼓動が分かりやすく速くなる。
そして、レオはその藍色の瞳を細めると、胸に手を当て口にした。
「……これだけは忘れないで下さい。
私の役目は、ジュリア様をお守りすることであり、何を差し置いても、私は貴女の従者です。
貴女が私のことを必要として下さる限り、私は貴女のお側におります」
「……!」
彼の言葉に、私は大きく目を見開くと、やがてふっと笑みを浮かべて口にした。
「……その言葉、貴方も忘れないでね」
「はい、勿論です」
彼の言葉に、私も漸くホッと力が抜けたのか、急激な眠気に襲われる。
思わずふらついてしまった私を、彼は咄嗟に支えてくれた。
「有難う、レオ……。 何だか、安心してしまって……」
せめて馬車まで自分の足で歩こうとしたものの、抗えない眠気に思わず目を瞑ってしまう私に、彼の温かな声が微睡の中で届く。
「大丈夫ですよ、ジュリア様。 今は何も考えず、ゆっくりお休み下さい」
彼のその言葉により一層安心してしまったのか、私の意識はそこで途絶えた。
(レオ視点)
俺の腕の中で、スースーと寝息を立てて眠っている真っ白な髪が、朝日に反射して輝く。
彼女の顔にかかる髪を数本そっとどかせば、彼女はくすぐったそうに瞳を閉じたまま笑みを浮かべた。
(……全く、昔から変わらないな)
初めて出会った“あの日”と同じ、大人になった彼女の今でも変わらない無防備な寝顔に、思わず苦笑いを浮かべる。
(いつだって、俺の心に入り込んでくるのは、今も昔もジュリアだけだ)
こうして側にいるだけで、いとも簡単に俺の中に仕舞い込んでいる感情を呼び起こす。
「あれ、ジュリア、寝てしまったんだね」
「! エド」
俺にもたれかかるように眠っている彼女を見て、エドは「無理もないか」と困ったように笑った。
それに対し、俺は謝った。
「……申し訳、御座いません。 傷一つ付けずに彼女を守るという約束を、私は果たせませんでした」
(ジュリアが、まさか自分の首に刃物を持っていくとは思わなかった)
その言葉に、エドはちらりと彼女の首から覗くガーゼを指差して言った。
「その傷は、君が手当てしたんだろう? きっと君のことだから、ジュリアの行動を予測出来なかったとか、そう言った感じだろうし……、それに謝るのなら、リーヴィス侯に対してだね。 侯爵とも約束していたんだろう?」
「! ……仰る、通りです」
その言葉に、エドは「まあ、そうだよね」と苦笑いを浮かべてから真剣な表情をして言った。
「……でもそれをいうのなら、私にも責任がある。 君が所属している部隊を作ったのは、僕なのだから」
「! っ、いや、それは俺が提案したことで」
「違うよ、レオ。 私があの部隊を作った。
……一番危険で大変な部隊だっただろう? 君を、ジュリアを危険な目に遭わせてしまったのは全て私の責任だ。
すまなかった」
そう言って頭を下げるエドに、俺は慌ててジュリアを支えたまま焦りながら言う。
「おい! お願いだから王子が頭を下げるな!
俺は無傷なんだから、謝るのならリーヴィス侯爵に謝ってくれ」
そう悲鳴に近い心からの叫びを、彼女を起こさないようにしながら反論すれば、エドは漸く笑った。
「あはは、お互い様だね。 ……ジュリアを巻き込んでしまったことは、予想内というか予想外というかは別だけど」
「……あぁ、本当に」
俺は頷き、「無事で良かった」と小さく彼女に向かって呟く。
「……さて、まだまだやることが沢山あるね」
「あぁ、そうだな」
やることが沢山だ、そう呟いてからジュリアを見つめていれば、エドが言った。
「そうそう、君はこの事件で手柄を立てた。
それについて褒美として、願いを叶えようと思うんだが……何が良い?」
「! そ、れは……」
ちら、と眠っている彼女を見る。
俺はその続きの言葉を言おうとしたものの、思わず口を噤んでしまう。
そんな俺を見て、エドは微笑みながら言った。
「……後もう少しだけ時間があるから、ゆっくり考えておくと良い。
君が、何を望むのかを」
「……はい」
そう言ってエドは、「先に城へ戻る」と言ってマントを翻し立ち去った。
その背中を見送ってから、俺はすやすやと眠る彼女を見て思う。
(……俺が、望むこと)
……俺が、昔も今もずっと望んでいる、本当の願いは―――




