40.事件の真相と真実
「……ん」
心地の良い微睡の中で目が覚めた。
うーんと伸びをして起き上がれば、見慣れた私の部屋が視界に映る。
「……っ、レオは!?」
ガバッと起き上がり慌てて廊下に出ようとすれば、目の前で扉がガチャッと開く。
「「!!」」
驚き勢い余って前につんのめった私をポスッと受け止めたその人は、はぁーっと長く溜息を吐いた。
「……お嬢様、だから何度申しあげれば分かって頂けるのです。 その格好で出ないで下さいと再三申し上げて……、お嬢様?」
「……っ、良かった……」
「!」
私を受け止めてくれた彼……、レオが、私の目の前にいる。
以前と変わらない執事の制服を着て、彼は此処に居る。
「……いなくなって、しまうかと思った」
「!」
それを、心の底から恐れていた私は思わずギュッと抱き付けば、彼は少し驚いたように身を捩ったものの、私の頭をぽんぽんと撫でてくれながら笑って言った。
「貴女が必要としてくれる限り、もうお側を離れませんとお約束したではありませんか」
「っ、そう言ってこの前は私の前から居なくなったじゃない!」
彼の言葉にすかさず反論すれば、彼は目を泳がせた後、私の肩をぐいっと離し、目を見て言った。
「だから、今からしっかりお話致しますから。
取り敢えず、落ち着いて下さい。 貴女は怪我人なのですよ」
「! こんなのかすり傷よ」
「そういうわけにはいきません。 ……それとも、またお運び致しましょうか」
「!? だ、大丈夫よ!! 自分で歩ける!!」
レオの言葉に恥ずかしくなった私は、走ってベッドにダイブすれば、「それはそれで傷付くのですが」と苦笑いをして彼は近くに置いてあった椅子を持ってきてその椅子に座る。
私はそんな彼に向き合う形でベッドに腰掛けると、彼は少し考える素振りをしてから口にした。
「取り敢えず、先ずはこの事件についてのお話をさせて下さい。 それから順を追って全てお話致しますから」
「……えぇ、分かったわ」
此処は頭の良い彼に任せたほうが良い。
ただでさえ色々なことがありすぎて、今口を開けば止まらなくなりそう。
そう思った私は彼の言葉に耳を傾ける。
「現在の闇社会において、主犯格で確定であるのがシーラン侯でした。 大体のことはジュリア様もご存知ですよね」
「えぇ。 主犯格、ということは初耳だけれど……、粗方予想はつくわ」
(闇社会を牛耳っていたのはシーラン侯爵で間違い無かったのね)
私の言葉にレオは頷き、話を続けた。
「シーラン侯は国を超え、密輸入を繰り返していました。 それだけはなく、暗殺家達と手を組んでいた。 ……その売買で取引されて居たのが、“毒物”や“薬”、そういった類でした」
「!! ……っ、なんてこと……っ」
毒物や麻薬、その言葉に思わず怒りに震える。
「その事実を掴むまでにかなりの時間を要しました。 何しろ、それらは各国が当たり前のように取引を禁止しているもの。 ですから、正式なルートではない上、書面にも残されて居ないとなると実際の証拠品を見つけ出さなければならず大変でした。
……ただ、シーラン侯の動きが怪しいことを耳にしていた私は、エドワード殿下の命を受け、“暗殺家殲滅部隊”の仕事の一つとして調査することにしました」
「……!」
暗殺家殲滅部隊という言葉に私が反応すれば、彼は簡単に説明してくれた。
“暗殺家殲滅部隊”というのは、数年前に作られた約二十数名が属している組織であり、そこに所属している人物・及びその部隊名の一切は公に公表されていない。
それは、この部隊の仕事上、主に変装して敵の懐に入り潜入調査しなければならないということ、またそれに伴う危険を少しでも減らす為だそうだ。
「! ちょっと待って、では貴方は今迄、そんな危ないことをしてまで情報を仕入れていたということ!?」
私が思わずそう口にすれば、彼は「えぇ」となんともない風に言う。
「以前、貴女が私の姿を夜中見かけたと言っていたでしょう。 あの時既に、今回捕まえた暗殺家達の元に潜入し、調査しておりました」
「!? ということは、やはり貴方全然寝て居なかったんじゃない!」
「お嬢様、落ち着いて下さい。 元々あまり睡眠は取らずとも大丈夫な身体ですし。 ……それより今は、話をお聞きください」
(そう言う割に目の下に隈が出来ていたり、かなり無理していたじゃない……!)
話の腰を折るなと言う彼に対し、私はムスッとしながらも黙れば、彼は苦笑いを浮かべて話を続ける。
「部隊には、私の他にも優秀な騎士がおります。 ですが、今回は特に危険を伴う仕事でしたので、隊長である私が自ら動いておりました。
日中はジュリア様の従者、夜間は王立騎士団の騎士として。
そうして暫くはその生活を続けておりましたが……、エドワード殿下の婚約者候補が絞られた辺りからシーラン侯の動きが活発化し始め、その手が暗殺家達に依頼をすることにまで周り……、ジュリア様やエイミー様のお命までも狙い始めました」
「!」
その言葉に、レオは俯きがちに言う。
「ジュリア様の家で開かれたお茶会で射られた矢。 その時から暗殺家達がお嬢様方のお命を確実に狙おうとしていることが分かり、焦りは募りました。 何かあってからでは遅い。 そう思った私は、貴女の元を離れてでも、彼等を見張っておかなければならないと考え、貴女から距離を置きました。
“無茶をしない”という貴女とのお約束を果たさず、そしてお嬢様に何も伝えずお側を離れたこと、申し訳御座いませんでした」
「……!」
そう言って頭を下げる彼に対し、私は思わずそんな彼に向かって手を伸ばした。
「!」
その行動に驚いた彼が反射的に顔を上げ、藍色の瞳がパチリと合う。
私は少し恥ずかしくなったけれど、彼の頬に触れた手は下ろさず、そのまま口を開いた。
「怪我は、していないのでしょう?」
「! ……はい、私は何処も。 それより、お嬢様にお怪我をさせてしまい、申し訳ございま」
「それ以上言ったらぶっ飛ばすわよ」
「……!?」
目の前にある澄んだ藍色の瞳が大きく見開かれる。
私は「良い?」と人差し指を立てながら言う。
「この傷も私の行動も、全て自分でやったことよ。 貴方に謝られる必要はないし、その行動に悔いはないわ。
侯爵令嬢として褒められた行動をしていないかもしれないけれど、取ったからには自分の行動には責任を持つ。 例えお父様に叱られても罰せられたとしても、それでも後悔なんてしない。
……だって、結果的に貴方がこうして無事に戻ってきてくれたんだもの」
「!! お嬢様……」
「本当に……、良かった」
ギュッと、目の前にある彼の手を両手で握る。
その行動に対し、「私も、」とポツリと彼が呟いた。
「ジュリア様がエイミー様の邸へ招かれ、それを受けたと耳にした時は、心臓が止まるかと思いました」
「! でも私、確かに怖かったけれど、心の何処かで思っていたわ。
私が危険に晒された時、貴方が助けにきてくれるのではないかって。 信じていた自分がいたの」
「……! ジュリア様」
彼が私をじっと見つめるのものだから、何だか恥ずかしくなって「それなのに!」と早口で言う。
「ピンチの時に貴方が現れてくれたのは良いものの、まさか敵に紛れ込んでるなんて思わないから裏切られたと思ってショックだったのよ!? ……あの時の“賭け”だって、本当に冷や汗が止まらなかったんだから」
そう私が零せば、彼は悪戯っぽく笑う。
「でも、気が付いて下さったではありませんか。
私が以前お教えした、“縄の解き方”に」
そう、私が捕まり、レオが味方であることに“賭け”たのは、彼が私に対して行なっていた行動の数々だった。
先ずは私を護衛する際、彼は決して私から視線を外さない。 捕まっている時、その視線をずっと感じていた。
それから、私を庇ったこと。 冷たい言葉を発せられはしたものの、それは私を傷付けないようにする為。
そして、決定的だったのは私の手首を縛って居た縄の縛り方だった。
「以前、レオが万が一の為にと拘束された時に逃げ出す方法やなんかを教えてくれた際に、縄の解き方も一緒に教えてくれたのを思い出したのよ。 しかも、その中で一番簡単に抜け出せる結び方のような気がして試しにやってみたら簡単に解けるものだから。 ……やけに緩い結び方だったし、レオが本気で私を捕まえたかったらそんな結び方はしないだろうなと思ったの」
そう説明した私に対し、彼は「御明察です」と笑って言うものだから、私は「分かりにくいわよ」と溜息を吐いた。
「“敵を欺くには先ず味方から”とは言うけれど、心臓に悪すぎるわ。 それにどうせ、お父様はこのことをご存知だったのでしょう」
「はい」
そう即答して頷く彼に対し、私は「もう!」とその場にあった枕を彼に向かって投げつける。
……まあ、どうせ当たりはしないんだけど。
「〜〜〜あーもう! まんまと私は貴方の手の上で転がされてただけじゃない!! 悔しい!!!」
「……ですが、私が居なくなってからの貴女の行動だけはギリギリまで読めませんでした。 予測して行動していても、貴女はすぐに無茶をなさるから」
「! そ、その、それは私も必死だったと言うか……、ごめんなさい」
実際、私の行動は褒められたものじゃない。
狙われていることが分かっていて自ら敵地に飛び込むなんて、無謀にも程がある。
(でも、放って置けなかった)
もしあの時、リーヴィス侯爵邸を訪れていなければ。 エイミー様はこの先もシーラン侯爵に虐げられて生活しなければならなかった。
「……そうですね、お嬢様の行動が侯爵令嬢としては誉められたものではないことは確かですが」
「!」
ポンと、彼の手が頭に乗る。
ハッと見れば、彼は口元に笑みを浮かべて口を開いた。
「エイミー様は、とても感謝しておりましたよ。 お嬢様のその無茶な行動が、結果的にはエイミー様を、引いてはこの国を救ったのです。
……良く、頑張りました」
「……! レオ」
「!」
私はその手を取ると、その手に頬擦りをして笑った。
「私は子供じゃないのよ? ……でも、嬉しい。
有難う」
「!! ……お嬢、様」
私達の間に、温かな空気が流れる。
ただレオは、いつもと雰囲気が違っていて。
彼の表情がふっと真剣な表情に変わったことにドキッとしたのも束の間、その顔が近付いて……
その時、コンコンとノックの音が私達の耳に届いた。
「「!!」」
私達は我に帰り、レオは物凄い速さで立ち上がる。
「ど、どなたでしょうか」
「あ、え、だ、誰でしょうね」
(っ、顔が熱い……!)
い、今何が起きたの?
もし、もしも誰かが来ていなかったら、私達は……。
「……っ」
「お、お嬢様!?」
想像してしまった私は恥ずかしくなって、思わずベッドに逆戻りしてしまったのだった。




