33. 侯爵令嬢の宿命
三人でその後、暫く計画を練っていると、コンコンとノックをする音が聞こえてきた。
その音に私は慌ててベッドへ入る。
「寝たふりをしないと……!」
「取り敢えず掛け布団をかけて下さいっ」
そうエイミー様は言い、慌てて扉の方へと駆け寄って行く。 私はその言葉通り、頭まですっぽりとかぶりつつ、そっとバレないように掛け布団から少しだけ目を覗かせた。
扉を開けた先にいたのは、侍従達だった。
エイミー様は、その人達に向かって言う。
「ジュリア様は今お眠りになっているのですが如何なさいましたか?」
「旦那様からジュリア様をお呼びするように申しつけられたのですが……、畏まりました。 その代わり、ジュリア様がそこまで体調がお悪いようでしたら、私達の方で介抱させて頂きます」
そう言って部屋の中に入ってきた侍女の様子を見て、私は思わず顔を顰める。
(シーラン侯爵直々にお呼び出し? それに侍女が今、エイミー様を押し退けて入ってこなかった? それに、口調にも何か棘を感じるし……。 これはちょっと黙っていられないわ)
私はその侍女がベッドに近寄って来る前に、だるそうに聞こえるように声を上げた.
「っ、ちょっと煩いのだけど……、騒がしくて起きてしまったじゃない!」
「! ジュリア様、起きていらっしゃったのですね。 体調は如何ですか?」
そう尋ねてきた侍女が、漸く初めて笑みを浮かべた。 ……でもその笑顔は、作り笑顔も良いところの酷さで。
(……やっぱり、侍従はシーラン侯爵の息がかかっているのね。 分かってはいたけど、此処まで酷いとは思わなかったわ)
包み隠すことの出来ていないその酷さに、私は小さく息を吐くと口を開いた。
「全く、どうしてくれるの。 頭痛が酷くなってしまったわ。 っ、これでは私、シーラン侯爵にまで失礼な言動を取ってしまうかもしれない……っ」
そう言って頭を抱えると、その侍女は今度こそ慌てたように口を開いた。
「も、申し訳ございません! では、シーラン侯爵様にはジュリア様はまだ体調が優れない故、お会いする事は出来ない旨を伝えておきます」
「っ、えぇ、ごめんなさい、そうしてくれるかしら? ……あぁ、後、侯爵様に伝えて。 “晩餐は楽しみにしております”と」
「!」
「夜は必ず、伺うわ」
(シーラン侯爵にはある程度の接触だけで十分だわ)
私がそう言って微笑んだのに対し、侍女は何処か怪訝そうな顔をしたものの、会釈をして立ち去って行く。
彼女が出て行ったことで漸くピリピリとした空気が抜け、3人だけの空間を取り戻した私達は、ほっと一息ついた。
「……まるで嵐のようね」
「ごめんなさい、ジュリア様。 気分を悪くさせてしまって……」
そんなエイミー様の言葉に私は首を横に振り、ある疑問を口にした。
「ねえ、エイミー様。 貴女付きの侍従はカイルだけなの?」
「! ……そ、そうです」
エイミー様は俯きそう口にする。 私ももう一つ質問を投げかけた。
「先程の侍女の態度もおかしいなと思ったけれど……、まさか、屋敷の中では皆から貴女は虐げられてたりしているの?」
「っ! バレバレ、なんですね」
ポツリ、と彼女は呟いた。 それを見ていたカイルは口を挟む。
「僕が居る前ではあまり露骨ではないんですが、居なくなると酷いみたいです。 此処に来たばかりの頃、侍従達の瞳が笑っていないように見えたのでおかしいなとは思っていたのですが……」
「これでも、カイルさん来て下さったお陰で、大分違う方なんですよ」
「「!」」
そんなエイミー様の言葉に、私達は絶句する。
エイミー様は震える拳を両手でぎゅっと握り締め、絞り出すような声で言った。
「両親が亡くなって……、叔父様がこの屋敷に来て、全てが変わったんです。 叔父様はまず、この屋敷の大半の侍従達を解雇しました。 気に食わないからと、それだけの理由で」
「! そういえば、以前にも言っていたわね」
わたしの言葉に、エイミー様は黙って頷いた。
(もしかしたら、辞めさせられた侍従達の中には現シーラン侯爵に疑問を感じている方々もいたのかも知れない。 それに彼も気付いたのだとしたら)
「それだけでは収まらず、彼は私の部屋も両親の部屋も、全て奪い、そこにあった金品はそのまま……、何処かへ持って行ってしまいました」
「!?」
「多分、売ってしまったのだと思います。 叔父様は、お金が世の中の全てだと思っていらっしゃるから……」
そう言って目を伏せた彼女の瞳には、なみだがたまっていて。 私はそんな彼女を見て怒りに震える。
その話は、以前エイミー様が私の家に泊まった時も聞いていたが……、まさか、エイミー様の御両親の大切な形見まで奪われていたなんて。
「っ、まさか、そんなことまでされていたなんて……っ」
「僕も、初めて聞きました」
カイルもそう言って黙り込んでしまう。
私はギュッと拳を握り締めてから、座っているエイミー様の前に跪く。 その行動にエイミー様が僅かに目を見開いた。
そんな彼女に向かって笑みを浮かべると、私は言葉を紡いだ。
「彼の悪行を教えてくれて有難う。 やはり彼等をこれ以上、のさぼらせるわけにはいかない。 だから、此処からは戦うわよ。 大丈夫、貴女は一人じゃない。 私も一緒にいるから」
「! ジュリア、様……。 有難うございます」
「それから、万が一に備えて私は、此処にある備え付けの物は口にしない。 直接毒を盛ってくるような真似はしないと思うけれど……、念の為、ね」
私はそう言ってコップに入っていた水を一瞥してから、家から持ってきた水筒に入れた水を見せる。
「これをこっそり持参したの。 水は少しずつ、窓の外から捨てるつもりでいるわ」
「はい、賛成です。 私もその方が良いと思います」
エイミー様が頷いた後、カイルが「しかし、」と声を上げた。
「晩餐時は……、どうなさるおつもりですか。 流石にシーラン侯の前で手をつけないわけには」
その言葉に、私は少しした後、薄く笑って言った。
「……私、色々あって毒には慣れているの。 独特の匂いがあるものが多いから、ある程度のものはそれらの匂いを嗅ぎ分けることも可能よ」
「「!」」
二人はその言葉を聞いて黙ってしまう。
(……この反応を見るからに、私の“過去”に起きた事件のことを知っているのね)
まあそれもそうか、と納得しながら、すぐに言葉を続ける。
「それでもしも……、料理の中に毒が入っていたとしたら。 その時は、先ほど練った作戦を強行的に決行するわ」
「「……っ」」
二人が息を飲む。
私自身も、この判断には迷いがあった。
(出来れば……、あってほしくない事だけれど。 それでも、彼方側がどう行動するかによって臨機応変に対応しなければいけないし、失敗は許されない)
何度も言うがレオがいない今、私の胸は不安でいっぱいだった。
そんな自分を叱咤してでも、私には譲れないものがある。
(それが私の、今を生きている“運命”でもあり、“宿命”なのだから)




