32.協力者
「此方です、ジュリア様」
その部屋は、2階の来賓室のようだった。
「ちなみに私の部屋は隣なので、夜は別々の部屋になります」
その言葉に、私は考えを巡らせる。
(当たり前だけれど、エイミー様の寝室と別なのね。 それもまた後で“計画”を成功させるためには、何か手立てを考えなくては)
そして、演技を続行する。
「……そう。 貴女とお話できないのは寂しいけれど、仕方がないわよね。 それなら今日は沢山お話しましょう! あ、でも今私、体調が悪いの。 だから休ませてもらえるかしら?」
「は、はい! 大丈夫ですよ! ……確かに顔色が悪く見えるので、お医者様を呼んできましょうか?」
エイミー様の心から心配する声に、私は罪悪感を覚えつつ、内心焦る。
「酔っただけでいつものことだし安静にしていれば大丈夫! ……だけど、こんな姿誰にも見られたくないから、エイミー様と……、あ、そこの従者さんの三人だけにしてもらえる? こんなみっともない姿、誰にも見られたくないもの」
私の言葉に、エイミー様とその後ろで控えていた従者であるカイルが顔を見合わせる。
(お願い、察して。 変な我儘だけど、これが貴方方と三人だけになる為の唯一の方法なのよ!)
私の憶測するからに、使用人は少なくともシーラン侯爵の息がかかっている人達の可能性がある。 信用することは出来ないし、私が考えている“計画”をエイミー様やカイルの他に聞かせるわけにはいかない。
そんな思いを胸にしている私の無言の訴えが通じたのか、カイルは頷き口を開いた。
「畏まりました。 ジュリア様がそう仰るのなら。 ……ジュリア様が治るまで、お下がり下さい」
「っ、しかし」
なかなか食い下がろうとしない彼等に向かって、私はきっと睨んで怒った。
「なに、私の命令が聞けないというの!? 貴方達お父様に言いつけるわよ!?」
権力を傘にするなんていつもなら考えられないけれど。 今はこうするしかなくて、私が馬車酔いでイラついているフリをしてそういえば、皆これ以上関わったら面倒そうだ、と私の先程からの奇行ぶりに怯むかの様に逃げていった。
そして、パタリと扉を閉じた空間に、漸く私とエイミー様、それからカイルの三人になれたことにホッとして深く息を吐く。
するとエイミー様は、オロオロと私に向かって口を開いた。
「ジュリア様、お加減は如何ですか? 突然招待してしまい申し訳ございません……」
そう見るからにしゅんとした表情で彼女が言うものだから、私は慌てて一応声を控えめにしながら謝る。
「違うの、エイミー様の所為じゃないのよ。 それに、今のはただの演技なの」
「え?」
困惑しているエイミー様に向かって、私は手を合わせて口にした。
「ごめんなさいね、今のは全部演技よ。 我儘も無礼を働いたことも酔ったふりも全てね」
「「!」」
その言葉にエイミー様とそれにカイルも驚いた様に目を見開き、「あぁ、それで」と納得した様に頷いた。
「ジュリア様が御乱心かと思って驚きましたよ。 演技がお上手なんですね」
「で、では酔っていらっしゃらないのですね。 良かった……」
二人で違う言葉を投げかけるものだから私は苦笑いをしてもう一度、「ごめんなさい」と謝罪してから、息を潜めて本題を口にした。
「……私の杞憂なら、と思ったのだけれど……、エイミー様、今回私を招待してくれたのは貴女からではなく、“シーラン侯爵様”からの命令よね?」
「「!」」
エイミー様とカイルの顔が分かりやすく強張る。 少しの沈黙の後、エイミー様は黙って頷いた。
それを見て、私は「やっぱり」と言ってから少し笑みを浮かべて続けた。
「大丈夫よ、エイミー様の所為でないもの。 ……それに、私はそれを分かった上で此処に来たの」
「! どうして」
その言葉に、私は彼女の手を取る。 そして、真っ直ぐと瞳を見て言った。
「貴女を助ける為よ」
「!」
「えっ……」
エイミー様は驚いた顔を、カイルは驚きの声を上げた。
そして、カイルは慌てて口を挟む。
「その為にこうして危険な場所まで来られたというのですか!? レオン兄さんもいないというのに」
「いないからこそよ」
「「!」」
私は黙ってしまう二人を見て、にこりと笑みを浮かべた。
「こんなお転婆はね、レオがいない時にしか出来ないの。 ……彼はね、私にはすぐ無茶をするなと止めるくせに、自分は形振り構わないの。 困っちゃうわよね」
「! ジュリア様……」
「それに、私はレオに頼りすぎていたの。 だから、今度は彼が居なくても自分で行動してみようって」
レオが側にいないだけで、私はどれだけ非力か思い知らされた。
あの時夜会で、男性に絡まれた時も……、もしかしたらレオの知っている方かもしれないが、レオが庇ってくれた。 彼はいつだって人の為に行動する様な人。
だから私も、自分に出来ることをしたい。
「……それに、エイミー様も辛い目にあっているというのに、他人任せにしておくことなんて出来ない」
「!! どうして」
「あら、以前にも似たような質問の答えに返した筈よ。 ……私は、貴女を大切なお友達だと思っているわって」
「っ……」
「!? あ、あら」
エイミー様の目から突如、涙が零れ落ちる。
私は慌ててハンカチでそっと彼女の目元を拭きながら言った。
「エイミー様、泣いてはいけないわ。 お化粧が崩れてしまったら何があったのかと驚かれてしまうもの。 あ、でも私お化粧道具は一通り持って来ているから直せる、かしら? 自分で直すことはたまにしかないから自信はないけど……ってエイミー様?」
「っ、ふふ、ありがとうございます、ジュリア様」
エイミー様はクスクスと笑い、目の前にいるカイルも何故か肩を震わせて笑っていた。
「え、何、私そんなにおかしなことを言っているかしら?」
「っ、いや、レオン兄さんの言う通りの人物だなぁと思って」
カイルの聞き捨てならない言葉に私は小声で声を上げた。
「ちょっと! レオに何吹き込まれたのよ!? もう、次あったらレオに叱らないと気が済まないわ! 主人のことを人に話すなって!」
全く!と怒る私に対し、エイミー様は苦笑いを浮かべる。
私がその代わりにレオの悪口とも似つかない彼の私に対する無礼を上げている間、カイルは困ったように笑う。
そして、レオの話をしていたら肝心なことを忘れていることに気が付いた。
「あ、ごめんなさい。 つい派生してしまったけれど……、此処からが重要なの。 二人共、耳を貸してくれるかしら?」
「「え……?」」
私は彼等との距離が近付いたのを見計らって、二人に聞こえるくらいの小さな声で話を切り出す。
「今回、こうして私がシーラン侯爵に呼ばれたのは、今の私に従者がいないからだと思うの。 それに、時期を見るとそろそろ陛下も婚約者候補を決める時期のはずだわ」
「「!」」
その言葉に、二人が顔を見合わせる。
私は頷くと、話を続けた。
「これは、シーラン侯爵にとって絶対逃せない最後のチャンスだと思うの。 だから、彼……、いや、正式には“彼等”が動くのは十中八九今夜になる」
「! 彼等って……、まさか」
「えぇ、私達の命を狙っている者達のことよ」
「っ」
エイミー様の顔が青褪める。 私は彼女を怖がらせてしまっていることを思い、そっとその背中に手を置きながら口を開いた。
「怖がらせてしまうかもしれないけれど……、私達が次期王妃の最有力候補、と言われているのはご存知でしょう? 今一番命を狙われるリスクが高いのは、私とエイミー様だけだわ。 そして、その人達が白昼堂々私達に何かを仕掛けてくるとは到底思えない」
私がそう口にしたのを見て、カイルは顎に手をやると、「だから」と口を開いた。
「その御二方が一緒にいる今夜が絶好の機会、となるわけですね」
「えぇ、その通りよ」
私が頷いたのを見て、エイミー様は拳をギュッと握りしめる。
それを見て、少し息を吐いてから言った。
「……先程も言ったように、とにかく時間がない。 王妃候補が無事に決まれば、それで終わりというわけにはいかない。 積んでおかなければいけない芽が沢山あるの。 それが皆の言う、“闇社会”が深く関与している」
「「……っ」」
闇社会、と言う言葉に二人はすぐに反応した。 このことはもう、それだけこの国が重要視している問題でもあるから。
「……レオが調べても、あまり多くの情報は得られなかったそうよ。 だから敢えて、私は今回敵の作戦に乗っかる事にしたの」
「! やはり、シーラン侯は……」
カイルの言葉に、私は頷いて言った。
「完全に“黒”よ」
「「……」」
二人は何も言わなかった。 ただエイミー様は唇を噛み締め俯いた。
その表情は見えなかったけれど、私は言葉を続ける。
「そこまでは分かっているの。 だけど、彼等は一切証拠を残さない。 よって、闇社会に関わっている方々を裁くことが出来ない。 ……私も、……」
「……ジュリア様?」
私はその後の言葉を続けようとして止めた事に対し、エイミー様が首を傾げる。
(この話はまた今度にしましょう。 これ以上、彼女を不安にさせてはいけないもの)
「……いえ、とにかく、闇社会は国をも脅かしている存在。 エドワード殿下だけではなく次期王妃にまで何が起きてもおかしくはない。 そう考えると、今ここで彼等の悪事を根本から取り除いておかなければいけないの。 ……協力、してくれるかしら?」
「「!」」
私が二人に向かって手を差し出す。
(お願い、どうか、この手を取って)
祈るような気持ちで二人を見つめていると、彼等は目を見合わせた後、やがてふっと笑いエイミー様は口にした。
「それを言うのは此方です、ジュリア様。 私は、ジュリア様に助けられている身です。 反対なんて致しません」
「! エイミー様……」
「そうですよ、ジュリア様。 ……まあ、もし此処にレオン兄さんがいたら……、考えなくてもゾッとしますが、僕もその意見に賛成です。 勿論、手をお貸ししますよ」
「! カイル」
二人はそう言うと、それぞれ私の手を取った。
私はぐっと、込み上げる何かを押し込め、力一杯頷いて口にした。
「さあ、反撃開始よ」




