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28.信じる気持ち

 それから私は、胸に大きな穴がぽっかりと空いてしまったような、そんな気分に襲われていた。

 一日の大半を、ただボーッと部屋の中で過ごす、そんな空虚な日々。 お父様も城の者達にも心配されたけれど、レオが突然居なくなってしまったこともあるからと、何も言われなかった。

 そんな暮らしは、レオがいればあり得なかった。

 “またそんなに怠惰な生活を送っているのですか”

 もし此処に彼が居たら、そう言って私を咎めただろう。

 ……だけど、そう言ってくれる筈の彼は、もう居ない。


「……口煩いってずっと、思っていたんだけどなあ……」


 最初は苦手だった。 毒舌で、澄んだ冷たい青の瞳で私を見る、一見非人情的にも見える彼のことが。

 だけど……。


「……こうしていればまた、叱りに来てくれたり、しないかな……」


 そう呟いてからまた、幾度目か分からない涙が零れ落ちて。

 一人、ベッドの上で掛け布団をかぶって泣いていると。

 コンコン、と扉をノックする音が聞こえてきた。


「……はい」


 私がベッドの中からそう応答すれば、「エドワード殿下がいらっしゃっています」とメイドが言った。


「……悪いけれど、帰ってもらって。

 人に見せられる格好をしていないから」


 そう告げれば。


「この前もそう言って返したでしょう?

 少しくらい、顔を見せてくれないかな?」

「!」


 私の断りも待たず、彼は部屋の中に入って来てしまったのだ。


「……〜〜本当、どうしてそんなに強引なの! 淑女の部屋に勝手に入ってくるなんて!」

「だってこうでもしないと、君は俺の話を聞いてくれないじゃないか」

「……では、このまま話を聞くわ」


 私は掛け布団を頭まで被ったままそう告げれば、エドは「うん、それでも良いよ」と私の無礼を気にせず、近くに置いてあった椅子に座る。

 そして、私に向かって口を開いた。


「……レオのこと、怒っている?」

「! ……分からない」

「分からない?」


 私はベッドの中で寝返りを打ち、エドの方に顔を出さずに向き直り、そのまま言葉を続けた。


「……怒っては、いると思う。 だけど……、それよりも悲しみが優っている。 どうして……、何でも一人で抱え込んで、私を頼ってくれなかったのかなって。

 たしかに、私では頼りないかもしれない。

 だけど……、私は、逆に彼に頼りっぱなしで……、何一つ、彼に返せたものなんてなかったのも、事実で……」


 自分でも、何を言っているのか分からない。

 複雑に色々な感情が渦巻いて……、言葉を整理することも出来ない。

 だけどエドは、黙って聞いてくれた。

 そして、私が自分の気持ちを吐露してから口を開いた。


「……レオは、君の護衛であることに誇りを持っていたよ」

「っ、え……」


 思いもよらない言葉に、私は目を見開く。

 エドはそのまま言葉を続けた。


「レオは君の言う通り、人に誤解されやすい言動を取ってしまう、難儀な性格をしていると俺も思うよ。 ……だけど、レオの言動一つ一つには、彼なりの“思い”が詰まっているんだ」

「!」

「……レオはね、君のことが嫌いで護衛を外れてたのではないよ。 それだけは、誤解しないであげて欲しい」

「……っ、それは、どういう」

「ただ、君は彼を信じてあげていれば良いってこと。

 ……それより、今日ここへ訪れたのは、建国記念日のパーティーの招待状を渡すためなんだ」

「! ……建国、記念……」


 もうそんな時期なのね……。

 私がそう呟けば、エドは困ったように少し笑って言葉を紡ぐ。


「そんな気分ではないだろうけど、このパーティーは君も知っての通り、貴族は全員参加が義務付けられている。

 ……だけど、今回は趣向を変えて、“仮面舞踏会”にした」

「! どうして」

「君に相応しい護衛がまだ見つかっていない今、パーティーを開催するのは危ない。 だからといって延期するわけにもいけないから、身分がばれないよう、全員仮装して、少しでも君達婚約者候補が危険に晒されないようにするためだ。

 勿論、警備兵はいつもの数割増しで増員するつもりではいるけど」

「……それって、パーティーをする意味があるのかしら」


 思わず漏れ出た本音に、エドは苦笑しながら立ち上がる。


「まあまあ、そう言わずに。 一応この国の建国した日だし、伝統行事だから開催しないわけにはいかないんだ。

 ……此処に招待状を置いておくから、後で読んで欲しい」

「……分かったわ。 流石に建国記念パーティーは出ないと不味いもの、準備するわ」


 そう言って息を吐けば、エドは私の布団を軽く叩いて言った。


「気分転換だと思って来てくれればそれで良いよ。 特別何かしなければいけないとか、そういうものはないから」

「……えぇ、ありがとう、エド」


 私がそう言えば、彼は少し笑い、部屋を出て行った。

 私はそっとベッドから起き上がると、白い封筒を開け、目を通す。


(……仮面舞踏会……)


 エドの言う通り、あまり気乗りはしないけれど。


(建国記念日だものね……)


 そう自分に言い聞かせながらふと、先程エドの言葉を思い出す。



 ―――レオはね、君のことが嫌いで護衛を外れてたのではないよ。 それだけは、誤解しないであげて欲しい



(……“彼を信じてあげて”とも言っていたわ)



 分かっている。 レオは、そんなに酷い人ことをするひとではないって。

 分かっているけれど、ただ悲しかった。


「……エドが言うくらいだから、レオにはきっと、何か事情があるんだわ」


 私はそう自分に言い聞かせ、ふーっと長く息を吐く。

 そして、パチンッと頰を叩いて目を閉じた。


(私は、ジュリア・リーヴィス。 リーヴィス侯爵家の一人娘よ。 レオが今迄頑張ってくれていた分、私も頑張らないでどうするの)


 此処で私だけがいつまでも足踏みをしているわけにはいかない。

 くよくよしたって始まらない。


(今は……、エドの言う通り、レオを信じて私にしか出来ないことをするの。

 そうすれば、きっと……)




 ……又、何処かで会えると思うから。―――





 そして、建国記念日の当日を迎えた。


(今日は……、お父様のエスコートで会場に入る)


 隣にいるはずの姿がないのは、寂しいけれど。


(……しっかりしないと)


 私に付いてくれる護衛も数名いるから、私はこのパーティーで“出来ること”をしなければならない。

 何せこのパーティーには、貴族が全員集う。

 もしかしたら、その中に“闇社会”に纏わる情報も入ってくるかもしれない。


(大丈夫、私は大丈夫……)


 そう自分に言い聞かせながら、鏡に映る自分の姿の最終確認をする。

 “仮面舞踏会”ということもあり、特徴的な白の髪を、黒の鬘で覆った。 仮面には……、大きな藍色の蝶を象っている。 そして、髪飾りにもお揃いの蝶で、一つに纏めた。


(……そう、この色は、レオの……、瞳と同じ色)


 我儘を言って特注で作ってもらったのだ。

 今日のこの日のためだけに。


(……こうしていれば……、近くに彼が居てくれる、気がするから)



 私はふっと笑みをこぼすと、「よし!」と大きく気合いを入れ、勢いよく踵を返し、部屋を後にしたのだった。

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