27.かけがえのない存在
「色々とお世話になりました」
そう言って頭を下げるエイミー様に、私は口を開く。
「頭をあげて。 少しでも、貴女の力になれたのなら良かったわ」
「! 有難うございます、ジュリア様」
そう言って、ふわりと笑みを浮かべる彼女の顔色は、良いとは言えなくて。
(……もう少し、匿えるのなら匿ってあげたかった)
パーティーから3日経った今日こそ、彼女はシーラン邸に帰らなければならない。 でないと、もっと彼女の身に危険が及んでもおかしくないから。
(そうはいっても、もう十分、彼女に危害が及ぶ恐れはある……)
私は少し息を吸うと、エイミー様の手を取り、そんな私の行動に驚く彼女に向かって言う。
「もし危ないと思ったら、馬車を走らせてでも此処へ来て。 大丈夫、私はいつでも貴女の味方だから。 余計なことは考えずに、カイルと、それから私達を頼って」
「! ……本当に、ありがとうございます」
そう震える声で口にしたエイミー様の瞳にはうっすらと、涙が溜まっていたのだった。
「……大丈夫、かしら」
ポツリと、シーラン公爵邸へと向かうエイミー様の乗った馬車を見送りながら呟けば、私のすぐ後ろに立っていた彼が口を開いた。
「……大丈夫でしょう、カイルにも良く言いつけておきました。
それに、エイミー様もお嬢様のことを慕っていらっしゃるご様子です。 貴女がエイミー様の近くにいることで、シーラン侯側も迂闊には手を出して来ないでしょう」
「……そう、だと良いけれど」
でも、と私はそっと胸に手を当てる。
(どうして……、こんなに胸騒ぎがするのだろう。 レオの言う通り、何事も起こらないと良いのだけれど……)
そんな私を見ていた彼は、気が付けば私の隣にいて。
私の視界に、彼の済んだ青の瞳が映り込む。
「……大丈夫です、ジュリア様。
私が必ず、お守り致しますから」
「!」
その言葉にハッとして彼を見れば、彼はなんとも言えない、柔らかな瞳で私を見ていて。 それに私は、何故かドキッとしてしまって……、でもそれと同時に、また私の中で嫌な予感が頭を過る。
「……ねえ、レオ」
「?」
私は、彼の瞳をじっと見つめ、口を開いた。
「約束して。 無茶だけは……、絶対に、しないって」
「!!」
彼は酷く、驚いた顔をした。
(彼はずっと、私に何かを隠してる。 それもきっと、私には考えられないほど多くのことを。 そんな気がする……)
それが何なのか、気になるけれど。
深くは聞かないし、聞けない。
教えてくれなくて良い。
ただ、側にいてくれれば、それで良いから。
私は、その思いが少しでも伝われば、と彼の執事服の裾をギュッと掴んだ。
「! ……ジュリア、様?」
「……お願い。
私の為に、危ないことだけはしないで」
「! ……」
何か、そこで答えて欲しかった。
いつものように、“側を離れない”と、ただ一言、そう言ってくれれば良かったのに。
(……どうして)
どうして何も、答えてくれないの……?
そう思っていた私に、彼が漸く口にした言葉は。
「……ジュリア様」
「!」
そう呼んだ彼の瞳が、戸惑ったように揺れていて。
そして私に向かって深く礼をすると、口にした。
「……そのお約束は、出来かねます」
「……!? どうして!」
思わず、大きな声が出る。
それもそうだ、だってこの前まではずっと……。
「……それが私の、役目ですから」
「! れ、レオ!!」
そう言った彼は、裾を握っていた私の手をそっと外し、踵を返して走り去ってしまう。
私はただその背中を、呆然と見つめ……、深く後悔した。
(……言わなければ、よかった)
分かっていたのに。
彼は、命懸けで私を守ろうとしてくれていること。
それが、彼の“仕事”だから。
……っ、それでも。
「……っ、私は……、貴方を、失いたくないの……」
そう呟いた私の視界が、涙で揺らいだ。
そして私は再度、深いどん底へと叩き落とされることになる。
それは、彼が……、他でもないレオが突然、私の目の前から忽然と、姿を消したからだった……―――
「……レオが、やめた……?」
それは、本当に突然の出来事だった。
朝。 朝食の席でいつも居るはずのその姿がなくて。
そのすぐ後にお父様に呼ばれ、告げられたのは、レオが私の従者を昨日付でやめたことだった。
「……どう、して」
信じられない思いでお父様を見つめるが、お父様は首を横に振り、口にした。
「殿下にも、その旨を伝えていたらしい。
ジュリアには代わりに、他の護衛を至急、手配すると」
「っ、そんなの必要ないっ!!」
「!」
私はお父様の机を、バンッと叩いた。
「レオは……、レオは今、何処にいるの!? お父様なら、知っているでしょう!?」
「っ、それは私にも分からない。 ……諦めるんだ、ジュリア」
「っ……」
(どうして……、気が付かなかったの)
薄々、彼の様子がおかしいとは思っていた。
冷たい瞳の奥で、何処か優しげに、憂いげに私を見つめる瞳。 ……何で……、どうして、何も話してくれなかったの……。
「……ジュリア」
お父様にそう気遣わしげに名前を呼ばれる。
私はそれには答えず、踵を返すと、バンッと部屋の扉を開けてその場を後にする。
ただ長い廊下を駆け、自室へ戻った私は、へなへなと床に座り込んだ。
「……どうして……、居なく、なってしまったの?」
私が昨日、あんなことを言ったから?
我儘を……、告げてしまったから、愛想を尽くしたというの……?
彼が仕えてくれたこの4年間が、ぐるぐると頭の中を駆け巡る。
「っ、何で……、何で突然……っ」
ポタ、ポタと大粒の涙が、ドレスの裾にこぼれ落ちる。
「……だったら、優しくなんて、しないで欲しかった……っ」
失って初めて、気が付いた。
私の中で、貴方がこんなにも……、大きな存在になっていたことを。
……そして。
「……この気持ちが……、貴方に対する思いが、何なのかも……」
乾いた笑いが溢れる。
そんなことに今更気付いたって、何になるというの。
レオはもう、私の側には居ないというのに……―――




