23.自分に出来ること
「あれから、エイミー様の御様子はどう?」
私がそう問えば、レオは私の前に皿に盛られた夕食を並べてくれながら言った。
「はい、あのままずっと眠り続けていらっしゃいます。
医者は、ショックでお眠りになられているだけだと申しておりました」
「……そう」
このまま寝かせておいてあげたほうがよさそうね、そう言って私は夜御飯に手を付ける。
「……それから、怪我の手当てをと足を見たらしいのですが」
「?」
レオは言いづらそうに、苦悶の表情を浮かべて言った。
「……無数の、痣があったそうです」
「……!? そ、それは……」
「ここで出来たものではありません」
(……まさか)
「……公爵が、あの子を家で痛めつけている、ということ?」
「……恐らく」
「……っ、なんてこと」
私はドンっと、拳を握って机に振り下ろす。
その衝撃で危うくグラスが傾きかけたが、レオがそれを止めてくれた。
「……お嬢様のお怒りの気持ちはよく分かります。
そして、その件については、エイミー様がお目覚めになられたら、ジュリア様から聞いては頂けないでしょうか?」
「え、私が!?」
「えぇ。 エイミー様はジュリア様を慕っているように思います。
ですので、その方がよろしいかと」
「……そ、そう」
(そんな、エイミー様に関わる大事なこと……、私が、聞きだせるのかしら?)
「……もし何も言わなかったら、どうすれば良いの?」
「その時はまた、次の機会を待ちましょう。
……本当に辛かったらきっと、彼女は貴女になら口火を切るかと」
「……分かったわ。 私に任せて。
彼女が起きたら私を呼ぶよう、カイルに伝えて頂戴」
「はい、畏まりました」
レオはそう言ってカイルの元へ向かう。
バタンと閉められたドアを見て、私は収まらない怒りを冷ますように、グラスに入った水を一気に煽った。
(……っ、ドレスで隠れる場所をわざと痛めつけるなんて許せないわ。
“無数の痣”……絶対に悪事を暴いてみせる)
……といっても、私はあまり動けない。
レオが探ってくれているよりずっと、私には出来ることが少ないのが、歯痒く思う。
(……無力だわ)
……だけど。
レオが、私にしか出来ないことがあると言ってくれた。
だから私も、自分に出来ることを探してやらなければ。
「……よし、エイミー様が目覚めるまで、もう一度情報を整理しなければね」
私は気合を入れて、レオが作ってくれたお嬢様情報のエイミー様のページを読み直すのだった。
そして、次の日のお昼頃、エイミー様がお目覚めになったとレオが知らせてくれたことにより、私は一人でエイミー様が過ごしている部屋を訪れた。
「エイミー様、お加減はいかが?」
「はい、お陰様で、大分調子が良くなりました」
有難うございます。
そう言って朗らかに笑みを浮かべる彼女に対し、私は「良かった」と笑みを返す。
(……うん、顔色も良くなったようだし、これなら安心だわ。
……だけど、この後が心配ね。
このままエイミー様に泊まって頂くか、それとも……)
「? ジュリア様?」
急に黙り込んだ私を不思議に思ったのか、心配そうに尋ねる彼女に対し、私は「何でもないわ」と再度笑みを作って見せる。
「……そういえば、これは聞いて良いものなのかどうか分からないけれど……、貴女の家に忍び込んだ方がいたと噂になっていたけど、貴女はその方を見かけたりはしなかった?」
「っ」
その私の言葉に、彼女は分かりやすく動揺を見せる。
少し戸惑ったような表情をする彼女に対し、私は慌てて付け足した。
「話したくなかったら話さなくて良いわ。
私はただ、その方が泥棒や悪い人だったら、捕まえなくてはと思っているのよ」
「……泥棒や悪い人では、無いと思います」
彼女が小さくそう言ったのに対し、私は心の中で考える。
(彼女がこう言っているということは、彼女はその方に会ったことがある、ということね。
その方の正体を知っているとレオも言っていたし……、リーヴィス侯爵の使い、というわけではなさそうね。
それだけでも安心したわ)
ただ誰かはあまり目星はつかないけど……。
私はそこまで考えてから「そう」と言葉を発した。
「でも良かったわ。 貴女が無事で。
貴女のお家に不審者が現れた、なんて聞いた時はとても驚いてしまったけれど」
「! 心配、して下さったのですか?」
驚いたようにそう言う彼女に対し、私は首を傾げた。
「あら、当たり前じゃない。 貴女は私の、大切なお友達だもの」
「お、友達……?」
そう彼女が呟いたのに対し、私は慌てて口を開く。
「あれ、ごめんなさい。 私はそう思っていたけれど……、私が友達では嫌かしら?」
「! いえ! とっても光栄です! 嬉しいです!」
そう身を乗り出して私に口にした表情は、何処か嬉々としていて。
私は思わず、「良かったわ」と笑みを零す。
「それと、提案なのだけれど……、もう一日、此処に泊まっていかない?
もう少し、ゆっくりした方が良いと思うのだけど……、どうかしら?」
「! 良いのですか?」
エイミー様の言葉に、私は「勿論」と頷いて見せれば、彼女は少し考えてから口を開いた。
「では、お言葉に甘えてもう一日だけ、お邪魔させて頂きますね」
そう言った彼女に対し、「えぇ」と頷き、その旨を伝えようとその場を後にしようとする。
すると、エイミー様が私を引き止めた。
「あの!」
「? 何かしら?」
エイミー様は少し逡巡してから、慎重に言葉を発した。
「……今日は一緒に、この部屋に泊まって頂けないでしょうか?」
「!」
そう言った彼女のクリーム色の瞳は、少し揺れていて。
彼女が何を考えているかは分からなかったが、その目は私を陥れようとしている風には見えなかった。
(……レオに言ったら、もしかしたら怒られてしまうかもしれないけど)
私はエイミー様に向かって微笑みを返し、頷いた。
「えぇ、今夜は私も此処で寝るわ」
「!」
エイミー様の瞳が少し、潤んだのは気の所為だろうか。
私の言葉に対し、彼女は「有難う御座います」と頭を下げたのだった。




