22.従者と新しい護衛
少し長めです。
レオは矢を弾き飛ばし、緑色の髪の青年はサッとその矢を何事もなかったかのように懐にしまった。
そのほんの一瞬の出来事に驚いて私は目を瞬かせれば、レオは私の手を引いて慌てたように言った。
「ジュリア様っ! 大丈夫ですか!? お怪我は……」
「え? ……へ、平気よ……ってそれより、何、今の……」
私の言葉に、隣にいたエイミー様も刻々と頷けば、他の御令嬢方もざわざわとしていた。
皆何が起こったのか分からなかったらしい。
私にも、あまりの二人の早業に理解が追いついていない。
レオはそんな私達に向けてにこりと笑みを作ると会釈をした。
「お騒がせしてしまい申し訳ございません。
大したことではございませんのでご安心を」
その笑みは、何処までも人を落ち着かせるような爽やかな笑みで。
それを見た御令嬢はほぅっと息をついてしまった。
(た、大したことがないって言っただけで、御令嬢の皆様を黙らせてしまうなんて……、レオは末恐ろしいわ)
「……あぁ、それからジュリア様、少しお話があるのでお時間を頂戴してもよろしいでしょうか?」
「? え、えぇ」
緑色の髪の青年が気になるものの、きっとレオが話があるというのは、先程の矢の件だろう。
私は「席を外しますわ」と一言断ってから、レオと共にその場を後にしたのだった。
☆
レオは私を客室へと通すと、しっかりと鍵を閉めて言った。
「……先程の矢、ジュリア様はお目にしましたよね」
そうレオの言葉に、私は少し顔を強張らせて「えぇ」と頷いた。
(レオともう一人の方が私達を矢から守ってくれたから良かったけど……、そうでなかったら、危うく大惨事だったわ)
「……あの矢は、確実にエイミー様を狙っていたわ」
「えぇ、方角的にそのようでした」
レオはそう返して腕を組んだ。
「……貴方達が何事もないように後始末をしてくれたから良かったものの、あの矢がもし、エイミー様を含め他の御令嬢方の目に触れていたら……」
「間違い無く、ここでの茶会を許したリーヴィス侯爵……、旦那様が疑われたでしょう」
私はレオに頭を下げた。
「ごめんなさい、レオ。 また貴方に迷惑をかけてしまって……」
「……お嬢様、お顔をお上げください」
その言葉に顔を上げれば、レオは予想より私の近くにいて。
レオはそっと私の頭を撫でると言った。
「ジュリア様をお守りする。 それが、私の仕事……、いえ、私の務めです。
それに、貴女は自分のことより、エイミー様をお守りしようとした。 そうでしょう?」
「あ……、あれは、咄嗟に……」
危ないと思ったから。
そう言おうとして、その言葉はレオの服に消える。
え、と驚いて見上げれば、レオの顔が近くにあって。 抱きしめられていることに気付いた私は一気に顔を赤くする。
「れ、レオ!? どうし」
「貴女が、ご無事でよかった」
「!」
そう囁くような、少しだけ震えた声に、この前の紅茶の一件を思い出す。
私はレオの肩にそっと手を回すと、その温もりを感じながら言った。
「……いつも、迷惑をかけてしまってごめんなさい。
それから、いつも私を守ってくれてありがとう、レオ」
温かくて大きな背中。
私と一つしか違わない年の差なのに私よりずっと大人な彼。
感謝してもしきれないほど、私はレオに助けてもらっている。
そんな彼に少しでも、私の感謝が伝われば良いのに。
そう思いながら抱きしめれば、少しだけ、レオが私を抱きしめる腕に力がこもった、そんな気がした。
☆
そして少しだけそんな時間を過ごしていたら、私はふとレオから体を離し尋ねる。
「そういえばレオ。 貴方の隣にいた、黒い帽子を被った男性は一体……」
そう言った直後、コンコンとノックが聞こえてきた。
ハッとして私が体を固めれば、レオは「それなら、すぐに分かりますよ」と言うと、鍵を開けた。
すると、扉が開いたその先にいたのは、顔色が悪いエイミー様と先ほどの緑の髪の方だった。
「エイミー様……、大丈夫?」
「は、はい……」
エイミー様はそう言ったものの、全然大丈夫そうには見えないので、とりあえずエイミー様を部屋の中に招き入れてソファに座らせる。
そしてその後ろに立ち、緑髪の青年はじっと私を見ていた。
「……? エイミー様、この方は」
「あっ、申し遅れました。
僕はカイル・グラントと申します。 ここにいるレオン兄さん……レオンの従兄弟で、今はエイミー様の護衛をしております」
そう言ってふわりと笑みを浮かべる姿に、私は驚いてレオとカイルを交互に見つめる。
「え、え、レオの従兄弟で今はエイミー様の護衛なの?」
「はい、エドワード殿下から直々に護衛を命じられまして」
「つい最近護衛に来て下さったのです」
私の問いに対して、カイルとエイミー様は笑みを浮かべて答える。
私はレオに「知っていたの?」と聞けば、レオは頷いた。
「えぇ、一応。 といっても、カイルがエイミー様の護衛になったとは聞いていただけで、カイルとは今日久しぶりに会いました」
レオとカイルは顔を見合わせ、頷く。
(……確かに、レオの表情がいつもより柔らかいわね)
こういう顔は、エドと話している時にしか見せない顔だから、カイルとはきっと仲が良いのだろう。
カイルは緑色の髪に同色の色の瞳を持っている。
一見似ていないように見えるけれど、顔形はやはりレオと似ているものを感じる。
(レオを兄さんと一瞬呼んでいたし、少し幼くも見えるから、きっと年下なんだわ)
なんて考えていると、レオは軽く手を叩いた。
「さて、その話はまたの機会に致しましょう。
今はエイミー様に先ほど起きたことの状況を簡単に説明させて下さい」
レオの言葉に、一気に場が引き締まる。
レオはそのまま話を始めた。
「まず、カイルに犯人を追ってもらっていたところでしたが……、逃げられたようですね」
レオの言葉に、カイルは頷く。
「申し訳ございません。 矢の射られた方をすぐ確認したのですが、向かった頃には、姿はありませんでした」
「……カイルでも逃げられたということは、犯人は相当手慣れているのでしょう」
(……暗殺に)
レオの、その後に続く言葉を想像して、私は唾を飲んだ。
そして、カイルはすっと黒いマントの下から物を取り出した。
それは、エイミー様を狙って打たれた矢、そのものだった。
(……レオが矢を払って、それをカイルがすぐに片付けた。 あの瞬時の対処のお陰で、大事にならずに済んだ)
「これは先ほど、エイミー様に目掛けて飛んできた矢です。 一本のみ、確実にエイミー様を狙って射られたのでしょう。
……後、この矢の形状に少し見覚えがあるような気がした為、現在他の者達に探らせています」
(……そこまでこの短時間の間に判断して動いたというの……!?)
レオも凄いと思っていたが、カイルも相当頭がきれるのだろう。
これにはエイミー様も驚いたように目を見開き、カイルを見つめた。
レオは頷くと、エイミー様を見て言った。
「……エイミー様、どうかこの件は、内密にして頂けないでしょうか?」
「え?」
私の驚きとは裏腹に、エイミー様は慎重に頷いた。
「……はい、元よりそのつもりです。
……叔父がもしこの件を知っていたとしても知っていなかったとしても……っ」
「!」
エイミー様の体が少し傾く。
咄嗟にカイルがそっとその肩を支えたが、エイミー様の顔色は先程より酷くなっていた。
「っ、エイミー様、少しお休み下さいませ。
話はまた今度、ゆっくりいたしましょう。
そうだ、もし体調が優れないようでしたら、今日は私の家に泊まっていっては如何?」
「お嬢様、それは……、いや、その方が良いのか」
レオは少し迷ったような顔をしたものの、すぐに思い至ったように頷き、エイミー様とカイルに声をかけた。
「その方が私もよろしいと思います。
カイルもそう思うでしょう?」
「! ……はい、そうですね」
カイルは一瞬暗い表情をしたものの、すぐに頷き、口を開いた。
「そのように、シーラン侯爵様にお伝えして来ます。
エイミー様、すぐに戻って参りますので少々お待ちを」
エイミー様が小さく頷いたのを見て、カイルは「エイミー様を頼みます」と言うと会釈をして去っていった。
私もすぐに立ち上がると、レオに声をかける。
「レオ、私からもエイミー様を頼むわ。
主催としてそろそろ戻らなければいけないから、先に戻っているわね。
エイミー様にはお客様用のベッドを用意して差し上げて。
それと、貴方は落ち着いてから来れそうだったら護衛に来てくれると助かるわ」
「はい、畏まりました」
レオが私の言葉に頷いたのを見て私も頷きを返すと、エイミー様に向かって微笑んで言った。
「エイミー様、後のことは私達に任せて、今はなにも考えずにゆっくりと体を休めてね」
「! ジュリア、様……」
有難うございます、とエイミー様はお礼を言ってから小さく笑みを浮かべてくれる。
私も笑みを返すと、一人その場を後にしたのだった。




