21.リーヴィス侯爵邸にて
そんなわけで、私主催のお茶会当日を迎えた。
(……うん、問題なさそうね)
事前に相談して決めた通り、執事やメイド、護衛の位置をざっと目を通して確認したところで、私はすっと息を吸うと、座っているお嬢様方に向かって口を開く。
「本日は私の家でのお茶会に参加して下さり、有難うございます。
以前、エイミー・シーラン様のお家での素敵なお茶会に参加させて頂いて、とても楽しかったので、今度は私の家で、このような場を設けさせて頂きました」
そう言ってエイミー様の方を見ると、少し驚いたように、でも微笑みを浮かべてくれた。
私もそれにそっと笑みを返してから、皆の方をもう一度向くと、パンッと手を叩いて言った。
「さて、堅苦しいのは抜きにして、今日はゆっくりと自由に皆様とお話が出来たら嬉しいわ。
紅茶の種類も私の趣味ではあるけれど色々と取り揃えておりますから、遠慮なく仰って下さいね」
「「「はい!」」」
そんな私の言葉に、皆は笑顔で頷いてくれる。
(……皆さん良い人達ばかりだけど……、何が潜んでるかは分からないし、用心するべきよね)
何せ、今回は私が主催なのだ。
来てくれているお客様である婚約者候補の方々に何かあってはいけない。
(私だけが狙われているとは限らないもの)
「……お嬢様」
「?」
レオに呼ばれ振り返ると、レオはポンと私の頭をそっと撫で、柔らかく微笑んだ。
「気を張りすぎるのも良くありません。 肩の力を抜いて、いつもの貴女らしく振る舞えば良いのです。
……何があっても、私が守ります」
「っ!」
レオはそう言って笑うと、そっとその場を離れていく。
(……っ、本当、貴方は)
心臓に悪い。
「? ジュリア様、どうなさったの?」
「え?」
見れば、私の方を見て首を傾げている姿がある。
私は慌てて「な、何でもないわ」と笑みを返しながら、今日の主催側として席に着き、会話を始めたのだった。
☆
私は少し紅茶やクッキーを口にしたものの、主催側として、そして情報を得る為になるべく来て下さった9人の御令嬢方にご挨拶がてら話しかけに行った。
「御機嫌よう。 紅茶のお代わりは如何?」
「有難うございます。 とっても嬉しいですわ。 是非、頂きたいです」
「ジュリア様、この茶葉は全てジュリア様が選ばれたのでしょう?」
「えぇ。 お気に召して頂けたかしら?」
「はい、とっても!」
テーブルを囲み、そう口々ににこやかに言ってくれる御令嬢方に、私も嬉しくて顔が綻ぶ。
(良かった、この会を開いて)
情報収集の為のお茶会とは言ったものの、私と敵対する派閥などもあると聞いていたからどうなることかと思ったけれど、ここに残っている御令嬢の皆様は本当に良い方たちばかりだ。
(流石はエドね。 しっかりと、次期王妃に相応しい方々を選んでいるわ)
なんて感心していると、3番目に訪れたテーブルの席で、おずおずと一人の伯爵令嬢の方が口を開いた。
「あの、一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「? えぇ」
「ジュリア様の護衛騎士の、レオン様とはどういうご関係ですか?」
(……あ〜、やっぱり聞かれるわよねぇ……)
想定はしていたけど、いざ聞かれると答えにくい……。
(レオとは恋人同士(仮)設定、だけれどそれはそれで密かなレオファンを敵に回してしまうし……)
ここまで来ると、レオには悪いけど頼む相手を間違えてしまったかもしれない。
だけど、ここで私がレオとの仲を認めなくては、エドの婚約者候補、最有力候補の座が余計に噂されてしまう……。
私は意を決して、口を開いた。
「そのことでしたら、私とレオは」
「お嬢様、それは私との秘密ではなかったのですか」
「!?」
口を開いた私の口を、レオは白い手袋を嵌めた長い人差し指で制した。
そんなレオの端正な顔が近くにあり、私も驚いて思わず声が出そうになったが、それより先にその場にいた御令嬢方の黄色い悲鳴が上がった。
そんな御令嬢の皆様に見せつけるように、レオはにっこりと笑い、私の肩にそっと手を回した。
「私達の仲はこの通り、ですよ」
「「「キャーー!!」」」
「!? れ、レオ!?」
驚く私に、レオはいつもより悪戯っぽく笑って見せ、私の耳に顔を近付け言った。
「下手に断定するより、こちらの方が何かと都合が良いですよ?」
「! ……貴方は、本当に策略家ね」
「お褒めに預かり光栄です」
いや、褒めてないんだけど!
と、ツッコミを入れかけたが、周りの黄色い反応とそれに何処か生き生きとした表情のレオを見て、私は密かにため息をついてみせる。
(……でも、私が答えにつまったから、こうしてくれたのよね)
彼は何処までも、私には勿体ないくらいの従者、だわ。
「……ありがとう、レオ」
「!」
レオは少し驚いたような表情をしたものの、ふわりと微笑んで見せたのだった。
「従者たるもの当然、ですよ」
「!!」
その抱かれていた肩を引き寄せられたと思ったら、レオの唇がチュッ、と私の頰に触れる。
はっと気が付いた時にはもう遅い。
「〜〜〜〜〜!? な、な!?」
「油断は禁物、ですよ」
お嬢様。
そう言って笑う従者に、頰に手を当て怒ろうとした時には既に、私は御令嬢方に囲まれて逃げ場など存在しなかった。
(〜〜〜れ、レオ! 後で覚えておきなさい!!)
私はそう心の中で叫んで、御令嬢方からの止まらない質問に遠い目になりながらも適当に交わすのに必死になるのだった。
その光景を、遠巻きにレオは少しだけ悲しそうに笑って見ていたことなんて知らずに。
☆
そして、私はエイミー様やシャーロット、オリアーナ様がいるテーブルへと戻った。
「ジュリア様、恋バナに花を咲かせているようでしたが、何のお話をされていたのですか!?」
「シャーロット……、あれが花を咲かせていたように見える?
質問責めにあって大変だったわ。 全部交わしてしまいましたけど」
「えぇっ」
つまらない、とシャーロットは唇を尖らせる。 そんなシャーロットに、オリアーナ様とエイミー様はくすくすと笑って言った。
「ジュリア様とレオン様の仲は、とても睦まじいですよね。 羨ましいです」
「あら、そういうエイミー様には誰かお相手がいらっしゃるの?」
「え……!」
エイミー様はその途端、顔を赤くさせ俯いた。
「……か、片思い、ですが」
「きゃー! エイミー様是非お話を!」
恋話大好きシャーロットが食いつけば、少し困ったように笑うエイミー様に、私はシャーロットをたしなめる。
「シャーロット、無粋だわ。 エイミー様が困っているじゃない」
(それに、エイミー様がエドを好きだったっていうことは、周りから見たらバレバレよね)
そんなことを考えていると、エイミー様が慌てて「そ、その話より!」と口を開いた。
「ご紹介させて頂きたい方がいるのです」
「? どなた?」
「あ、私の新しい従者を……」
そう言ったエイミー様の背後で、何かがキラッと光った。
(……!? 矢!?)
「エイミー様っ! 伏せて!!」
「!? きゃ!?」
私が慌ててエイミー様の手を引き、私も踞る。
その時、私の目の前を躍り出た二つの陰。
一人は私の従者であるレオ、もう一人は、緑色の髪に黒い帽子を被った男性の姿だった。




