決別のための否定
真央side
2ターン目を終え、僕はB3エリアに移動する。
この段階で、手に入れたマスはチーム・レッドが9つでチーム・ブルー5つ。
状況としては、マスを多く占領している僕らの方が圧倒的に有利。
それでも、視界に映る女帝の顔に焦りは見られない。
プレイヤーの数も減り、マスの占領も上手くいっていない。
それなのに、鈴城紫苑はこの状況を楽しむかのように口角が上がっている。
3ターン目。
鈴城は安藤の提案を受け入れ、A3のマスに1人で留まっている。
このまま、野獣が女帝の居るマスに移動すれば、強者同士の戦いが始まる。
「石上真央!」
A3からB3へ、女帝が大声で僕に声をかける。
隣接するマスに居るがゆえに、その声は直に耳に届く。
「選べ。ここが、おまえにとっての分かれ道だ」
そう言って、鈴城さんは僕に隣を見ろと言わんばかりに、左手を横に伸ばして人差し指を伸ばす。
無意識だった。
彼女の思惑通りに、横を振り向いた先に居たのは……。
茶髪を2つ結びにしていて、強い眼差しを向けてくる元・クラスメイト。
彼女はA2のマスに居る。
「分かれ道…か」
このままA3に進め、安藤と共に2対1の体制で鈴城紫苑を追い詰めることができる。
それでも、彼女はここで僕が迷いを抱くことを見透かしていた。
僕に迫られた選択肢は2つに1つ。
長らく抱いていた目的を果たすか、過去と向き合うか。
そして、僕が選んだ道は―――。
ーーーーー
移動した先で、そのマスは外部からの介入を阻むためにシャッターが降ろされる。
ここに居るのは、僕と彼女だけだ。
「新森さん……」
長い時間はかけられない。
それでも、彼女の眼差しが僕の口を開かせた。
名前を呼ばれ、彼女……新森久実は両手に拳を握って震わせ、感情を爆発させた。
「何でうちらを裏切ったの、真央っち!?」
目に涙を浮かべ、顔を真っ赤にしながら問いかけてくる。
わかっていた。
こうなることは、わかっていたんだ。
僕は2度、クラスという集団を裏切っている。
1度目は女帝の支配からの脱却を望み、彼女に対抗するための力を身につけるために。
2度目は自らの欲望と向き合い、その醜い本性を受け入れた先で進むべき道を貫くために。
椿円華や、狩野基樹とは違う。
彼らは簡単に、裏切り者である僕を敵として切り替えた。
それでも、全てのクラスメイトがそうであるわけじゃない。
僕のことを受け入れてくれた人は、そう簡単に納得できるはずもなかったんだ。
「信じてたんだよ?うちらと一緒に居て、楽しいって……思ってくれてたんだって、うちら……仲間になれたんだって、思ってたんだよ!?」
今まで、抑え込んでいた怒りをぶつけるように、口から吐き出される想い。
彼女の言葉を、僕は黙って聞くしかない。
何でだ…?
椿円華に敵対する意志を示した時は、スラスラと言葉を並べ立てることができた。
自分の本心と向き合った結果だと、誇らしく語ることができた。
それなのに、彼女には何も言えない。
涙を流す新森さんに向かって、僕は1歩前に踏み出す。
「くだらない……」
絞り出すように、小声で言葉を吐いた。
理性という栓が、少しずつ緩くなっていく。
鈴城紫苑、あなたは本当に酷い女だ。
何故、彼女と戦えるこのタイミングで?
何故、よりにもよって新森さんを選んだ?
何故、僕に選ばせた?
その答えはすべて、1つに集約されているのだろう。
彼女にしてみれば、僕が望んでいたこの戦いすらも気まぐれの延長線上にあるんだ。
そして、この状況に苦しんでいる僕を嘲笑うのだろう。
だけど、彼女の用意した舞台の上で踊るつもりはない。
用意された脚本を壊すために、僕は強くなったんだ。
「信じる?仲間?そういうの、うんざりだったんですよ、僕はぁ!!」
考えを言葉にして吐き出すにつれて、黒い感情が湧き上がる。
自分の中で、『止めろ』と理性による警告が鳴る。
それを無視して、感情のままに言葉が口から零れていく。
「僕が求めていたのは、居心地のいい空間でも、弱者から頼られる愉悦感でもない!!」
そうだ、僕はあの場所に絆されていた。
あのクラスは、僕のことを受け入れてくれた。
人から頼られることの喜びを知り、それによって成長できた自覚もある。
それでも、満たされなかった。
彼女たちと共に居た時間は、無駄じゃなかった。
だけど、それでは求める力は得られなかった。
「僕が求めるものは、あそこには無かった。そして、内海景虎のクラスなら、それを手に入れられると思った。だから、僕は君たちを切り捨てたんだ!!それの何が悪いって言うんだ!?」
衝動のままに言葉を並び立て、それに新森さんは口を挟まなかった。
ただ僕に向けられる目から段々と、光が消えていくのだけがわかる。
「そっか、真央っち。だから、そっちに行っちゃったんだね」
納得、理解、いや、それよりも……。
目の前に居る彼女は、本当に新森久実なのか?
僕は1度、後ろ姿だけとは言え、彼女の雰囲気が変わる瞬間を目にしている。
あの時は確か、坂橋彰から伊礼瀬奈を助けるために。
こうして、面と向かってその目を見るとわかる。
彼があの時、怯えていた理由が。
「その目……どこまでも、冷たい」
やはり、僕の直感は訴えかけてくる。
彼女と椿円華は、同質の何かを持っている。
「新森さん、あなたは一体…何者なんだ?」
同じクラスだった時は、深く踏み込むことを恐れていた。
彼女は親しみやすさを持ちながら、その奥底に他人を怯ませるほどの覇気を隠す。
僕からの問いかけに、新森さんは「ふぅ…」と小さく息を吐く。
「何を期待してるのかは知らないけど、うちは新森久美。それ以外の答えは無いよ。残念だけどね」
儚げな笑みを浮かべ、言葉を返されるも納得はできない。
だったら、その実力をこの場で確かめるしかない。
「僕を、嘗めないでください!」
スクランブルボールを片手に、前屈みに正面に走り出す。
女性に手をあげるのは気が引ける……なんて考えは、当に棄てている。
「新森さん、怪我をしたくなかったら降参してくださいね」
ターゲットマーカーに向かってボールを突きつけようとするが、それを彼女は身体を横にずらしながら半歩下がって避ける。
それも冷静な対処で、冷たい目で。
「いつものオーバーなリアクションはどこに行ったんですか!?」
「そんなの、真央っちは求めてないでしょ?」
「その真央っちって呼び方、止めてくれますか?僕はもう、君の仲間じゃないんですよ!」
縦横無尽に拳と蹴りを飛ばすが、それらを全て反射で回避される。
もはや、視界に入っていないはずの死角からも攻撃は当たらない。
それだけでなく、至近距離に近づいた時には平手を前に突き出しては直撃する前に寸止めしてくる。
「んはっ―――止めるなよ‼」
気に入らない。
その目が、本当に。
体育祭の時のことを、思い出すから。
どこまでも冷徹で、機械的に処理するかのような動き。
そこから感情は伝わってこず、自分を人間として扱っていないような意志だけが読み取れる。
無意識なのかもしれないが、それが余計に屈辱的だ。
椿円華と敵として相対した時に感じる、無力感と似ているんだ。
「真央っち―――自分に嘘をついちゃ、ダメだよ」
今までに見たことがないほどの、鋭い瞳が僕の心を鷲掴みにする。
それと同時に、突き放すように彼女は僕の胸の中心―――ターゲットマーカーに手の平を強く押し当てた。
「切り捨てたんじゃない。真央っちは、逃げたんだよ。だから、うちを見て、そんなに苦しそうな顔をしてるんでしょ?」
一瞬、新森さんの瞳に映る自分の顔が目に焼き付いた。
彼女は見抜いている。
あぁ、そうか。
鈴城紫苑が、新森久実を選んだ理由がわかった。
現実を突きつけるためだ。
女帝は見抜いていた。
新森さんが、僕の闇の先に隠しているものに気づくことを。
「僕が……逃げた?違う、僕はっ…‼」
敵に弱みを見せるわけにはいかない。
動揺するな。
感情的になるな。
僕はここに、勝つために来ているんだ…‼
「強くなるために、決別したんだ。鈴城紫苑に、あの椿円華に勝つために…‼だからぁ…‼」
彼女に現実を突きつけられ、それを否定してもがく。
その中で頭にノイズが走り、声が響く。
『恐怖を滅せよ』
命令に、ドクンっと心臓が弾む。
『おまえの欲望を果たすために、おまえの恐怖を滅するのだ』
声がはっきりと聞こえ、それを果たすために身体から力が湧き上がる。
「僕はっ……新森さん、僕はっ…‼」
目の前に居る彼女を視界に捉えた瞬間、ある言葉に支配される。
破壊。
僕は恐れている。
恐れているからこそ、それから目を逸らす。
だけど、もう目を逸らしてはいられない。
逃げられないなら、壊すしかない。
「真央っち‼それに飲まれたらダメ‼戻ってきて‼」
彼女は、僕に身に起きている変化に気づき、警告してくる。
しかし、それを聞けば、不意に口角が上がって歪んだ笑みを浮かべる。
彼女には、僕がどう見えているのかはわからない。
それでも、心地いい感覚だった。
身体から、赤黒いオーラが全身から溢れてくる。
「逆ですよ、新森さん…‼僕はあなたたちと決別するんだ。そのために、あなたが否定するのなら……どんな力だろうと、それを利用してっ…‼」
我ながら、意味の分からない理屈だ。
僕は否定するために、彼女たちから離れたんだ。
光が否定するものなら、それは闇なのだろう。
だったら、僕は闇を選ぶ。
溢れ出るオーラが、身体に収まるように形を変える。
全身に赤黒いライン状の刺青が、刻まれていく。
「僕は……僕の恐怖を、破壊する…‼」
強者が放つ光の強さと、その大きさを知った。
そして、気づかされた。
僕は光にはなれない。
だったら、取れる道は1つ。
光になれないのなら、闇になってでも呑み込んでやる。
僕の決意を前に、新森さんは奥歯を噛みしめ、左右のポケットから星型のマークが付いた毛糸のグローブを取り出して、両手に嵌める。
「悲しいよ、真央っち。そっち側に行っちゃうなら、もう……お別れするしかない‼」
「――――そうですね」
彼女の耳に僕の声が届いた時には、もうその背後に回っていた。
何かをしようとしていたようだが、新森さんの中にも迷いがあったのだろう。
動きが、遅すぎた。
「さようなら、新森さん。僕はあなたのことが――――でした」
本心を口にした時、彼女の目尻に涙が浮かんだ。
そして、この3ターン目で。新森久実は脱落した。




