予期せぬ来客
柄にも無くお見舞い?に行くと言うことで、とりあえずはバナナを買いにスーパーに立ち寄る。
体調悪い時に食わせる物と言ったら、姉さんの影響でバナナか玉子粥しか思い浮かばねぇ。
つか、風邪ひいた時はそれしか食べさせてもらえなかった。
『飽きた』とか文句を言ったら、病人に対しても容赦なくラリアットしてくるような人たちばっかだったため、大人しく噛んで飲み込んでいたのを覚えている。
フルーツコーナーに移動して探していると、残り1房だけだった。
それを取ろうとすれば、先に横から手が伸びて掴まれる。
「えっ…!?」
「ん?…げっ‼」
横に視線を向ければ、相手は一瞬目を見開いては嫌そうな顔を浮かべた。
おいおい、こんなこと、前も無かったか?
最後の1房を取ったのは、金本だった。
俺の顔を見て露骨な表情をしているので、こっちも半眼を向ける。
「おい、人の顔を見て『げっ‼』じゃねぇよ。つか、おまえ…」
左手に持っている買い物かごの中身を見て、少し意外だと思った。
鶏肉やネギ、卵などの食材が入っている。
「料理……すんの?」
「何よ、私が料理したら悪い?節約しなきゃいけないんだから、自炊くらいするわよ。バカにしないでくれる?」
「いや、別にバカにはしてねぇけど……意外だとは思った」
正直、野生児のイメージが強いから、肉の塊を焼いてかぶりつく食事をしてると思った。
なんて、口に出して言えるわけもねぇか。
「そう言うあんたは夕飯の時間に、逆にバナナ1つ買うためにスーパーに立ち寄ったわけ?もしご飯がそれだけなら、身体がもたないわよ?」
向こうは逆に、買い物カゴも持たずにバナナだけを取ろうとした俺に違和感を覚えたらしい。
まぁ、別に隠すことでもねぇし、こいつになら話してもいいか。
「Aクラスの雨水から呼び出されてさ、これから見舞いに行くんだ。体調壊してるみたいだし、フルーツでも持って行ってやろうかなって思ってな」
「それでバナナだけってぇ…。それにしても、あの堅物が体調管理もできないなんて傑作ね。顔を見て笑ってやりたいから、私も一緒に行っていい?」
「理由が最悪だな、おい」
さて、困った。
ここで『止めとけよ』って言っても、無理矢理ついてくる気がする。
つか、もう目が水を得た魚のように『面白そう!』と言う感情剥き出しで輝いてらっしゃる。
雨水も金本も、文化祭の時を通じて多少は互いに不信感とかは緩和されているだろうけど、病人の所に予想外の来客を連れて行っても大丈夫なのか?
あいつ、誰にも話を聞かれたくないって言ってたしなぁ~。
やっぱ、止めた方が良いよな、これ。
でも、言っても聞かねぇだろうし、どうするかぁ…。
あとのことを心配している俺を気にせず、金本は「じゃ、これ買ってくるわ」って言ってバナナをカゴに入れてレジに向かう。
「あ、おい、バナナ!」
「安心しなさいよ。お見舞い品なら、ついでに買ってあげるわ」
もう彼女の中で、こっちの返事も聞かずに同行することは決定したらしい。
それに対して、何も言えない自分の心の弱さが憎い。
「あぁ~……じゃあ、お願いしまーす」
雨水、悪い。
俺は自由奔放に動く女に、悪い意味で慣れちまったみたいだ。
あとで恨みの目を向けられることを覚悟しながら、レジの向こうで金本の会計が終わるのを待つことにした。
ー----
スーパーを出て、2人でAクラスのマンションに向かう中で、自然と並んで歩くのに違和感を覚える。
「何気に、あんたとこうやって堂々と地下街を歩くのって初めてよね。何か変な感じ」
金本も同じことを思っていたのか、俺の思考をそのまま言語化して呟いた。
「まぁ、前までは柘榴の目とか気にする必要があったしな。あいつが向こうで大人しくしてる今は、別に周りの目を気にする必要はぁ……あぁ~」
無い……とは、言えねぇのか。
この前のEクラスの想像が脳裏を過ぎれば、周りに向こうのクラスの奴らが居ないかを確認する。
「?歯切れは悪いし、急に周りをキョロキョロ見てどうしたのよ?」
「いや、おまえのクラスの誰かが居ないかが気になってさ。だって、おまえ、この前クラスの奴らに疑われてただろ?俺との繋がりがどうとか」
頭の後ろを掻きながら、バツが悪い顔で言えば、彼女は呆れた目を向けてくる。
「何?あんた、あの時うちのクラスを覗き見してたの?感じ悪っ」
「悪かったな。俺だって好きで野次馬になってたわけじゃねぇよ。知り合いが怒鳴る声が聞こえた気になるだろうが」
「そんな大きな声出したつもり無いんだけど?」
いや、十分教室の外まで響いてたけどな!?
言っても平行線なのは予想がつくので、こっちが一歩引くことにする。
「耳が良いんだよ。昔、鍛えられたからな」
「ふ~ん。まぁ、あいつらについては、どうでも良いけどね。言わせたい奴には言わせとけばいいし、あんまりしつこい様なら蹴り飛ばすから」
「おいおい、今はあんまり事を荒げない方が良いんじゃねぇの?特別試験のことだってあるしさ」
特別試験のことを口に出せば、彼女は肩を落としてしまう。
「思い出さないようにしてたのに……ぶり返さないでよね」
「……悪い。やっぱり、どこのクラスも心境は同じだよな」
「あんたのクラスとうちのクラスを一緒にしないで。こっちは、そっちと違ってマイナスからのスタートなんだから」
「マイナス……ねぇ」
街中でディープな話をするのは気が引けるので、軽く受け流す。
それこそ、どこで誰が聞いてるかもわかんねぇしな。
口が滑ったことが原因で、変に恨みを買うのは御免だ。
まぁ、金本が自分のクラスに対して危機感を抱いていることだけはわかった。
あとは、それを彼女たちが自力で解決できるかどうかの問題だ。
そこに俺が自分から進んで深入りするのは、何か違う気がする。
第一、金本が誰かの助けを素直に受け入れるとは思えねぇし。
だけど、気にならないことが無いわけじゃない。
柘榴の印象が強すぎて気づかなかったけど、Eクラスの中にはあいつに対して不平不満を抱いている奴が多少は存在していた。
あいつのやり方を振り返れば、納得がいく。
だけど、暴君が居なくなった後で、その席を乗っ取ろうとする奴が現れた。
それが何となくだけど、気に入らねぇ。
「なぁ、おまえのクラスのさ……磯部ってどんな奴なんだ?妙におまえに対して、敵意剥き出しだったけど」
磯部の名前を出せば、苛立ち混じりの横目を向けてきた。
「あぁ~、あいつ?あれのことは、それこそ気にしたら負けよ。大した実力も無いくせに、柘榴が居ないのを見計らって、山猿の大将の真似事をしようとしてるだけだから。あいつの言うことを聞く奴なんて、仲良しグループの連中しか居ないわ」
「随分な言い様だな……。まぁ、そう言う奴が例え望み通りの立場を手に入れたところで、三日天下で終わりだろうけどな。重田に怯んでるようじゃ、話になんねぇだろ」
「自分より強い奴が居たらこびへつらって、そいつが居なくなったら偉そうに威張ろうとして。本当に嫌になるわね、あんな奴が柘榴みたいにクラスをまとめられるわけないのに」
彼女がクラスメイトを卑下する中で、最後の方に違和感を覚えた。
「柘榴みたいに…か。おまえ、あいつの統率力は認めてたんだな?」
「はぁ?バカ言わないで。あくまで、磯部が柘榴と同じことをしようとするならって話。あいつのやり方なんて、今でも気に入らないわ。だから、私はあんたに協力したわけだし……」
暴君のやり方は認めないと言いながらも、「でも」と目を伏せて言葉を続ける。
「柘榴が今回の試験に参加できたら、何の躊躇もせずに決断できたんだろうなとは……思うわ」
「……そうか」
考え方は認めていねぇけど、今回の試験のテーマに関しては認めてるってことか。
確かに、柘榴が何かに迷っている所なんてイメージできねぇしな。
決断力。
その壁にぶち当たっているのは、こっちも同じだ。
「あいつが居ないことに駄々をこねたって、しょうがねぇだろ。今のクラスを、柘榴の他にまとめられそうな奴は居ねぇのか?」
「元々、協調性なんて欠片も無いのを、恐怖で無理矢理従わせていたようなクラスよ?誰が奮起したって、今更1週間後までに間に合わないわよ」
何気に今、初めてEクラスの内情を聞けたような気がする。
協調性が無い…か。
もしかしたら、柘榴はクラスの連中を駒使いできないことを危惧してFクラスを支配していたのかもしれねぇな。
「せめて、浦村がやる気を出してくれれば、少しは状況が変わるんだと思うんだけどねぇ…」
「浦村?……あぁ、あのサバサバしてたギャルか」
磯部に対して、物申していた女を思い出した。
そう言えば、あいつも彼女と敵対する意思は無かったようだった。
「あの子は、クラスの中でも女子に対して顔が広いの。人を分析する力に長けてて、そこは柘榴も認めてたわ。でも、主体性が無いって言うか、大事な部分では傍観者を決め込んじゃうのよね。まぁ、前までのクラスの状態なら主体的も何も無いけど」
「惜しい奴だな、そいつ。分析力なんて、今の試験で決断力の次に求められるんじゃねぇの?」
「だから、うちのクラスはいろいろと残念なのよ。実力はあるのに、個人主義な奴ばっかり。今居るメンバーで、じゃじゃ馬しか居ないあんな所、まとめられる人間なんて私には想像がつかないわ」
「おまえでも?」
「無理に決まってるし、やる気も無いわ」
個人主義って意味じゃ、金本も変わらねぇか。
統率がとれていたら、もしかしたらこれまで以上に成瀬たちの脅威になるかもしれない。
まぁ、タラレバだけど。
そんな世間話をしている内に、Aクラスのマンションの前に到着した。
「こんな間近で見たのは初めてだけど……高級マンションって感じで腹が立つわね」
建物を見上げながら、金本が誰にともなくイチャモンを付ける。
俺もここに来るのは1学期ぶりだけど、冬休みにこれの上を見たもんだから無感情だった。
事前に送られた部屋番号を頼りに、雨水の部屋に向かった先、インターホンを押して出てきた彼は、俺と金本を見て絶句しては頭を押さえた。
「椿円華ぁ…貴様ぁ…‼」
「いや、本当に悪い。止めようとはした、マジで」
恨めし気な目を向けてくる雨水とは対照的に、金本は空気を読まずに「お見舞い来たわよー」と陽気に挨拶していた。
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