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ふたりぼっち、異世界に  作者:
第二章:世界を生き抜く片道切符

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17/25

第17話:燃え盛る境界線、向けられた刃。

 森の出口で、残酷に燃え上がっていた。

 視界を埋め尽くすほどの、紅蓮の炎だった。

 極彩色の樹海を抜け、外へ踏み出した二人を待っていたのは、圧倒的な暴力の光景だった。


 見上げるほど高い石造りの城壁。

 左右の闇の彼方まで続く、巨大な外壁。

 その中央には、堅牢な鋼の門が固く閉ざされている。


 そして。

 門の手前へ張り付くように広がっていた集落が、激しい炎に呑まれていた。


 粗末な木造の建物が次々と燃え落ち、黒煙が夜空へ渦を巻いて昇っていく。


 熱風が吹き付ける。

 血と煤の臭いを運びながら、美玲の顔を容赦なく打った。


 美玲は、その場へ縫い止められたみたいに立ち尽くす。

 火の粉が舞う中を、人々が逃げ惑っていた。


 子どもを抱えて走る女。

 荷物を抱えたまま転び、悲鳴を上げる老人。

 倒れた誰かを引きずって逃げようとする男。


 そして。

 彼らを追っている影があった。


 森で遭遇した獣とは違う。


 二本足で立ち。

 粗末な刃物を手にし。

 怒声とも歓声ともつかない声を撒き散らしながら、人を襲っている。


 人間だった。


 暴徒か。野盗か。

 燃える集落の中で、人間が人間を狩っている。


 略奪。放火。殺戮。

 あまりにも生々しい暴力だった。


「どうして……」


 震える声が、無意識に零れる。

 極限の逃避行の中で、たった一つの希望だった場所が、理不尽な暴力によって踏みにじられている。


 恐怖で呼吸が浅くなる。

 足が動かない。


 けれど。

 その隣で、陵だけが静かだった。


 彼の呼吸が、すう、と静かに落ちる。

 極彩色の森の中で滲んでいた疲労の色が、ゆっくり消えていく。

 代わりに、感情だけが抜け落ちていくみたいだった。


 美玲は知っている。

 地下遺跡で、何度も見た。

 陵が「戦う」時の顔だった。


 左手の黒剣。右手の折れた黒刀。

 二本の武器が、炎の明滅を鈍く映している。


 陵は何も言わない。

 ただ燃え盛る集落を見つめたまま、一歩、前へ出た。


 躊躇がなかった。

 その横顔からは、怒りも焦りも読み取れない。


 静かすぎる。

 それが、美玲には一番恐ろしかった。


 彼が戦ってきた相手は、ずっと「怪物」だった。


 地下遺跡の闇に潜む異形。

 言葉も通じない、ただ殺すためだけに存在しているみたいな化け物。


 けれど。

 今、目の前で地獄を作り出しているのは「人間」だった。


 言葉を話し、二本足で歩き、恐怖に叫び、怒鳴り、血を流す、自分たちと同じ生き物。


 それに刃を向けるということが、どういうことなのか。


 美玲が息を呑む。

 その瞬間にはもう、陵の身体は動いていた。


 炎の中へ踏み込む。

 極彩色の森を彷徨っていた時の重さが嘘みたいに、一気に加速した。


 燃え盛る集落へ、一直線に駆け抜けていく。

 その先、崩れかけた小屋の陰で、一人の老婆が倒れていた。


 荷物を奪い取り、なおも刃物を振り上げようとしている大柄な男。

 陵は、一切速度を落とさない。


「――あ?」


 気配に気づき、男が振り返る。


 次の瞬間。

 折れた黒刀の峰が、男の顎を正確に打ち抜いていた。


 鈍い音。

 大柄な身体が横殴りに吹き飛び、地面へ叩きつけられる。


 男はそのまま動かなくなった。


 陵は倒れた男を見ない。

 視線すら向けない。

 ただ、そのまま次へ向かった。


 周囲にいた野盗たちが、怒声を上げて一斉に襲いかかってくる。


 粗末な槍。血に濡れた鉈。

 殺意だけを剥き出しにした刃が、四方から陵へ迫った。


 けれど。

 陵の動きは静かだった。

 差し出された槍を、黒剣で僅かに逸らす。


 踏み込む。

 男の鳩尾へ、折れた黒刀の柄頭が深くめり込んだ。


 空気を吐き出す音。

 崩れ落ちる身体。

 背後から振り下ろされた鉈を受け流し、そのまま足を払う。


 転倒した男の手首を踏みつけ、刃物を落とさせる。


 そこに怒声はない。

 気迫もない。

 ただ、淡々と相手を無力化していく。

 美玲には分かった。


 陵は殺していない。


 首も。

 心臓も。

 致命傷になる場所だけを、正確に避けている。

 人間を殺さないための動きだった。


 けれど。

 美玲の震えは止まらなかった。


 強すぎる、と思った。


 違う。

 異常だった。


 疲労困憊のはずなのに。

 息だって浅かったのに。

 陵はまるで、戦うためだけに動いているみたいだった。


 その動きに、感情が見えない。


 怒りも。

 焦りも。

 正義感すらない。

 ただ目の前の「障害」を排除していく。


 地下遺跡で怪物を狩っていた時と、何も変わらない。


 相手が人間だろうと。

 化け物だろうと。

 今の陵にとって、それは「倒すべきもの」でしかないみたいだった。


 それが、恐ろしい。


 このままでは。

 陵が本当に、人間ではない何かになってしまう気がした。


 気づけば。

 陵の周囲で立っている野盗はいなくなっていた。


 地面へ転がり、呻き声を漏らしている。

 炎の照り返しの中、陵だけが静かに立っていた。


 両手の黒剣と折れた黒刀には、一滴の血もついていない。

 彼は助けた老婆へ声をかけることもしない。


 ただ、まだ混乱の続く集落の奥を見つめていた。


 まるで次の敵を探しているみたいに。


「陵……!」


 美玲は弾かれたように駆け出した。

 熱風に煽られ、足をもつれさせながら、それでも必死に彼の元へ走る。


 彼を、一人にしてはいけない。

 その思いだけが、美玲を動かしていた。


 炎の熱が、容赦なく頬を焼く。

 息が詰まりそうだった。

 美玲が、陵の背中へ手を伸ばそうとした、その時。


「――!」


 鋭い声が、炎の爆ぜる音を切り裂いた。

 野盗たちの下品な叫びじゃない。腹の底から響くような、よく通る、統率された声だった。


 美玲は足を止める。


 声のした方。炎の向こう側から、複数の影が現れた。

 金属が擦れ合う重い音。揃いの防具。手には、長く鋭い槍が握られている。

 城壁を守る門番たちだった。あるいは、街の正規兵か。

 彼らは燃える集落を制圧するために、ようやく門から出てきたらしい。


 助かった。

 そう思うより早く、美玲の全身から血の気が引いた。


 現れた兵士たちの足が、ぴたりと止まっていた。

 彼らの視線は、倒れ伏す野盗たちでも、逃げ惑う人々でもない。


 ただ一人。

 炎の中で黒い武器を下げて立つ、陵へ向けられていた。


 兵士の一人が、鋭い声を上げる。

 何を言っているのか、美玲には全く理解できなかった。


 言葉が違う。

 けれど、その声に込められた明確な「敵意」だけは、痛いほど伝わってきた。


 彼らは陵を、野盗を倒した恩人などとは思っていない。

 異常な強さを持った、危険な異邦人。あるいは、この惨劇を引き起こした元凶。


 チャキ、と。

 冷たい金属音が重なった。

 数人の兵士たちが、一斉に槍の穂先を陵へ向けたのだ。


 殺気だった。

 さっきの野盗たちとは比べ物にならない。

 街を守るための、訓練された人間の、純粋な敵意。


 陵の背中が、わずかに沈んだ。

 無意識の反応だった。

 彼の手の中で、黒剣と折れた黒刀が、再び獲物を狩るための角度へ持ち上がる。


 息を、吸う音。

 陵の視線が、槍を構える兵士たちの首筋へ固定されるのが分かった。


 駄目だ。


 彼らは、ただ街を守ろうとしているだけの人たちだ。

 ここで刃を交えれば、陵は本当に、この世界の人間の敵になってしまう。


「陵っ!」


 美玲は叫んだ。

 足の痛みも、熱さも忘れて、陵と兵士たちの間へ飛び込む。

 陵と真っ直ぐに向き合い、その胸へすがりつくようにして立ち塞がった。


「駄目……っ、戦っちゃ駄目!」


 必死だった。


 煙のせいか、涙が滲んで視界が歪む。

 陵の目が、わずかに見開かれた。

 冷たく透き通っていた瞳に、ほんの少しだけ、元の彼の光が戻る。


「……美玲」


 低く、掠れた声だった。

 持ち上がりかけていた二本の武器が、迷うようにわずかに下がる。


 けれど。

 兵士たちの槍は、下りなかった。


 むしろ、見慣れない衣服の少女が飛び出してきたことで、彼らの警戒はさらに跳ね上がっていた。


 威嚇するような怒声が、再び飛ぶ。

 じり、と。兵士たちが包囲を狭めてくる気配がした。


 美玲は弾かれたように振り返った。

 今度は両手を広げ、陵を背中で庇うようにして兵士たちを睨みつける。


 目の前には、突き出された無数の槍の穂先。

 言葉は通じない。背後には、陵。

 目の前には、無数の刃。

 美玲は震える唇を噛み締めた。


 ーーどうすればいいの?


 炎の熱さの中で、絶望の冷たさが再び美玲の心臓を鷲掴みにした。


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