返り討ち オオカミ少年 断定ライオン
他人を批判する際に、断定的な表現は避けるべきだ。どんなに証拠があっても、我々は判事でも検事でもない。犯罪行為を行っても、犯罪者とはならないこともあれば、無罪であっても免責されただけで、犯罪者である場合もある。
一般的通念と法律用語とでの解釈の乖離もある。
「犯罪行為」はアウトでも「犯罪的行為」はセーフ。的をつければすべてOKというわけではい。文脈も重要だ。
ホーダーをあいまいにしておくことは需要だ。政治家、自民党、裏金議員・・・どこまで表現を絞り込むか。全部ではなく一部というのも効果的だ。一部と言えば、どこで線を引くかは個人によって分かれる。
詐欺師は嘘をつく。政治家も嘘をつく。
こう書く、政治家は詐欺師だとよめなくもない。が、それは読み手の拡大解釈だ。
このように、誘導的な記述は犯罪にはならない分、悪質である。
嘘をつくことは詐欺的行為だ。これならば、政治家も詐欺的行為を行う。という解釈は成立する。
この微妙な違いに敏感でない人間は、情報の拡散をすべきではない。
たわいもないオオカミ少年のつもりが、いつしか断定ライオンにされてしまう。
「証明した」と言い切るには、かなりの確証がいる。本人が概念で理解していても、数学では定理にならないこともおおい。
政治の世界は、周囲が反対しても、押し切ってしまう。現実世界は、なんとも不条理だ。




