第十三話: 氏家 仁 ⑪
◆まえがき◆
居酒屋で2人の会話に割って入ってきたのは、大手メーカーの社員を名乗る人物…
急展開の第十三話、お楽しみください!
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相手の会社の規模感に圧倒されつつも、なぜゲームとは全く関係ない業種のいかにも「ちゃんとしていそう」なその相手が我々のような若造の、しかも酒屋で語られる夢物語に興味を持ったのか?状況がよく呑み込めないまま、二人はとりあえず彼らの話を聞いてみる事にした。
「実は、我々もドコモのカラー携帯機種の発表で業界の今後に大きな可能性を感じているんです……まさに今も、携帯電話に絡ませて展開できる何か新しいコンテンツは無いものかと知恵を出し合っていたような状況でして…」
「え?……コイセが携帯電話のコンテンツビジネスに参入されるって事ですか?」
天下の大企業が我々と似たような視点を持っている、という事に気を良くしたのか、相棒の川井も食いつき気味で身を乗り出す。
「ゲームを作るんですか?…コイセが??」
あまりの突然の話に、なおも事態が呑み込めていない私に谷木は丁寧に言葉を返す。
「ゲームに固執するつもりは無いんです。まぁ要は〝世間が新しいと感じてくれるもの〟で、なおかつ「当たりそうなコンテンツ」であれば何でも良いというか…」
先方もこの件に関しては方向性を絞り切れていない事がその反応から窺える。
「はぁ…ですが、私たちはそのゲーム屋なので…」
「ええ。…そこなんですけど、どうもお話を聞いていたら〝これはただのゲームじゃないぞ〟と思いましてね……で、これはきちんと話を聞きたいなと…」
予想だにしない展開にとまどいつつも、酒の勢いもあり、我々は二人の構想をこの見知らぬ男たちに洗いざらい話してみるのも良かろう、という結論で一致する。
だがこの企画自体、世の中に全く無い発想のものである。「伝わるのか?」と、その内心は不安で一杯だ。口ごもる私に川井が小声で言う。
「ここで伝えられないようなら、ドコモに企画が通るはずないし」
私は半ば開き直る事ができ、心の内に根付いたその壮大な構想を川井の絶妙なフォローの力を借りつつ、できうる限り詳細に男たちに説明した。
一通りの企画説明を聞いた後、3人は顔を見合わせて何かこちらにはよく分からない社内のスケジュールなどを小声でやりとりしている。そして、ものの数分もかからない内に谷木が口を開いた。
「いやぁ~面白いですよこの企画。……何と言うかその、実にユニークだと思います。……で、いきなりで恐縮ですが、お二人の来週の予定はどうなっていますか?」
「え?…来週ですか?」
「特に予定はないですが……来週ですよね?」
あまりの不躾な問いかけに言葉を詰まらせる二人に対し、谷木は畳みかけるように言葉を続けた。
「来週末、私どもの会社に来て今の話をしていただけませんか?」
「え!?」
「この企画の話をですか?」
「はい。……ちょっと遠くはなりますが、幕張の方まで来ていただいて、是非、社内でプレゼンをしていただきたいのです」
今、自分達の目の前で起こっている出来事が脳内で処理しきれない二人は、若干パニック気味になり、互いに顔を見合わせて目をパチクリさせるばかりだった。
そして、ここから事態は恐ろしい速さで急展開して行くのである。
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1999年 9月 ○日。
秋というにはあまりに温かい快晴の空の下、我々二人はコイセインスツル社ビルの巨大な表玄関を後にした。やれる事をやり切った二人は、過去に味わった事のない強烈な緊張の縄がとけたその解放感から若干呆けたようになった互いの顔を見合い笑う。
すぐに駅に向かうのもなんだか勿体ないような、そんな不思議な気分になり、我々は周囲の景観を意味もなく只ぼんやりと眺めていた。
「メッセの方にはよく行くけど、こっち側はなんて言うか……広いね」
「そうね~。まさにこれからビルが立ち並んでいくって雰囲気だね。……なんだろう、ちょっと未来都市っぽいよね…」
中身のない、それでいて清々しい穏やかな言葉が二人の間を行き来する。
「ま。やれることはやったよ」
「後は天命を待ちましょか」
川井は少し遠くを見つめ、苦笑いをしている。
私も同じような気分だった。
その日のプレゼンが成功だったのか失敗だったのかは正直わからなかった。ミーティングに参加した見るからにお偉い方々の反応は極めて薄いもので、中には終始しかめ顔の人物も居るなどで、決して手放しで喜べる気分ではなかった。
「じゃぁ、今日のところはとりあえず…」
「………飲み行きますか?」
「だね」
ところがこの後、一時間も経たない内に川井の携帯電話が鳴る。
川井は口に含もうとした焼き鳥を小皿の上に戻すと、慌てて鞄をまさぐった。
「はい。川井です……はい……えっ!……はい…………はぁ………それは可能だとは思いますが……はい………来月中ですか?………はい……なるほど……わかりました……それは助かります……はい…はい………はい……ありがとうございます……はい……では失礼します」
みるみる顔の筋肉が緩んでいく相棒の様子に私の思いは一つの結論に達する。
――獲った!――
「今の、コイセからだよね」
「谷木さんから。………GOが出たって!」
次の日から二人はそれこそてんやわんやで肉体労働に勤しむ日々を迎える事になる。
今回の契約を成立させるためにコイセ側が提示した条件は2つ。
・契約は会社間契約の形をとる為、今の事務所を畳んで大至急会社を設立すること
・会社の設立に併せて会社名義の口座を作ること
翌月、我々は突貫で新社設立の手続きを何とか完了させ、言われた通りに社名義の口座を開き、その事を谷木に連絡すると、翌週1500万円もの大金がコイセ名義でその口座に振り込まれたのだった。
見たこともない桁の大金に、翌日改めてコイセ側に確認すると
「それは以前説明した当座の開発資金ですから遠慮せず自由に使ってください」
と、帰ってきた返答は、至って単純明快だった。
細かい書式手続きを行っていると時間がかかるのでそちらは後回し、「まずは実弾を支給」という、先方の心遣いであった。
「さすが天下の大会社。やることが早いね」
「これが世界で戦う先端企業の速度感か……ノロノロやってられないぞこれは」
あっけにとられるほどのスピード感に翻弄されるも、これに食らいつくのではなく、逆に引っ張り進めなければならない立場にある事を重々理解していた我々は、自分達の能力のギアをMAXまで押し上げた。
我々はまさに千載一遇のチャンスをその手に掴んだのである。
(つづく)
◆あとがき◆
予想だにしなかった急展開に企画は一気に現実化への道にシフトチェンジ!
今回は予想以上に内容が長くなってしまったので、
まとめたものを2回に分けてUPします。
2人が掴んだこのビックチャンスの行方やいかに?
後半は明日、3/6にUP予定!
お楽しみに。(^^)/!




