第十四話: 氏家 仁 ⑫
◆まえがき◆
大衆居酒屋でのひょんな出会いがきっかけとなり〝潤沢な資金と新会社〟を手に入れた氏家と川井。
来たるべき未来のゲーム時代を見据え、持てる全精力をぶち込んだ『渾身の新企画』の行方やいかに?
それでは注目の第十四話、お楽しみください。
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そして、五ケ月後――
「え?」
ようやく慣れてきた接着剤臭の残る白壁の綺麗なオフィスでメールを確認していた川井が小さく声を上げて立ち上がった。川井は視線をPCに向けたまま続ける。
「信じられない……またダメだったって………ドコモ審査」
「!?…ダメって…そんな馬鹿な!……先方の指摘には十分対応しましたよね??」
開発資金調達の翌月、つまり五ケ月前に我々はコイセの期待に答えるべく、持てる力の全てを注ぎ一冊の分厚い企画書を作成、これをドコモ側に提出した。だが、先方から帰ってきた答えは「このままでは当社のサービスとして採用はできません」というものだった。
第一稿の企画書に対する返答内容には、採用不可となった理由として以下の二つの点が指摘されていた。
・「コミュニケーションを楽しむ」
という部分がよくわからない
・ゲームとしての面白さが感じられない
つまり、このゲームの肝とも言える〝コミュニケーション部分〟に、そもそも楽しさを見いだせない。というのが当企画に対するドコモ側の最初の反応であった。
この返答を受けた当初、我々はこう考えた。
「〝コミュニケーションの面白さ〟がうまく伝わらなかっただけ。そもそも今迄にないゲームの楽しみ方であるから、始めはそこに主軸を置いたまとめ方ではなく〝その性質を利用すれは一層ゲームに没入できる〟という部分をクローズアップすべきだった…」と。説明の仕方いかんで『コミュニケーション』という行為が内在する〝絶大なる力〟がきちんと理解されるはずだ、と思っていたのである。
打開策として我々は『プレイヤー間で実際にどのような〝遊び〟がどう展開していくのか?』という部分をより具体的に示す、という方向で企画書全体に大幅な再調整をかけた。
現時点で考え得る企画内の隙を全て潰し、先方の細かな質問にも逐一具体的な答えを載せた第二稿を提出したのが二ケ月前の事。前回と同様に企画が通った時の事を考え、この二ケ月間、我々は先行して着手可能なアプリの基本部分の制作を進めていた。正直、前回のドコモ返答待ち期間は、遠足当日を前にした子供のようなワクワク感で一杯だったが、今回はそんな呑気な感覚は完全に消し飛んでいた。むしろ、我々の思惑と先方の返答内容のズレの大きさを反芻する度に、今迄持っていた自信が揺らぎ、疑心暗鬼が襲った…
――第二稿は万全を喫した。問題は無いはず――
そう心に言いきかせ、どうにかこうにか作業を進める力を奮い起こすような日々が続いていた。
そんな中、ようやくドコモ側から返ってきた返答は前回と同じ「NO」。
私が発した疑問詞を最後に、二人の間にしばし沈黙の時間が流れる。
「不採用理由見てみる?…コイセの担当の人から来たメールに色々書かれてるから」
先に口を開いたのは川井の方だった。
私は川井のデスクの横に歩みより、PCモニターに目をやる。
「言っとくけど酷いから。……あまり気を荒立たせないように…」
――――――
川井様。
お世話になっております。
コイセインスツル 森本です。
先日、ドコモ側からの返答が届きましたのでご報告させていただきます。
結論から申しますと、残念ながら今回の調整版も不採用という結果となりました。
今回、不採用理由として上げられたのは以下の点となります。
①ゲームとしての面白さが感じられない
②ゲームとしての新しさが伝わってこない
③ゲームとしての『売り』がどこにあるのかわからない
④プレイヤー同士の自由なコミュニケーションはプライバシー問題に発展しかねない
まず、①の「ゲームとしての面白さ」に関してですがこれは~…
――――――
「この指摘内容……前回とほぼ一緒じゃないですか!?…ていうか、更に酷いんじゃないですか、コレ……」
「う~ん……………どうしてこうなるかなぁ~」
滅多な事では音を上げないさすがの川井も、頭をかきかき表情を曇らせる。
「コミュニケーション部分を否定されたら、ウチの企画自体が成立しないですよね」
「うん。…自由会話もまだひっかかってるみたいだし…」
「そこ、初稿からかなり省略化しましたよね。でも今回のがギリギリでしょ……仮名文字のみで8文字ですよ!……プライバシーも何も、その程度の会話遊びで一体何ができるって言うんですか?」
「それは同感なんだけど……」
再び二人の間に沈黙が流れる。
私は昂ぶる気持ちを必死に抑えメールの内容を熟読していく。そこに書かれていたのは、前回の不採用理由のさらに上を行く、当企画の根本を揺るがすような直視しがたい内容であった。
簡単にまとめると、概要はこうである。
~残存する問題点として~
・架空の世界でプレイヤーの分身となるキャラを育てて生活をさせる事を楽しむ
<問題点>
架空の世界で分身キャラを生活させると何が楽しいかが不明瞭。
・プレイヤー同士のコミュニケーションを楽しむ
<問題点>
コミュニケーションはゲームのような遊びではない。架空の世界で「物をあげたりもらったり」「奪い合ったり」する事自体に楽しさを見いだせない。
・様々な要素を自慢して承認欲求を満たす
<問題点>
「リッチになる」「有名になる」等が起きるのは、そもそも架空の世界の出来事なので、実際の承認欲求につながるとは考えづらい。
・広場で自由に会話し、友達をつくって家を行き来するなどして交流を深める
<問題点>
自由会話は、如何なる制約をつけようとも個人情報の伝達が可能であるから推奨はできない。また、架空の世界で家を行き来する事の面白さがわからない。
・コミュニケーションを楽しむ事がゲームの新規性である
<問題点>
〝コミュニケーション〟はゲームではないので、ゲームとしての新規性が必要。
全文を一通り読み終え次に口を開いたのは私の方だった。
「これ、やっぱり何か変ですよ。前回のドコモ指摘に対して手を打った部分について、何らその評価が書いてないじゃないですか?……結構な長文の割に、こっちがやった対応に対して、どこがどうダメだったかっていう説明が全く無い」
「………………」
私の指摘に対して何か思い当たる節でもあるのか、川井は険しい顔でメールの文章を見つめ続けている。
「!……ひょっとして!……」
私は突然、冷や水を被ったような嫌な予感に襲われ、思わず声を高める。
「このメールって、ひょっとして“i-BOX”からの転送文ですか?」
「そう……前回はコイセの担当者がある程度内容をかみ砕いて説明してくれたから何をどう修正すべきかそれなりに考える余地があったけど……今回はi-BOXの文章がそのまま送られてきたカンジだね」
「まさかとは思いますけど……あの会社、この企画の内容ちゃんと理解してくれてますよね??」
「そう感じちゃうよね…う~ん……」
「〝なるほど~〟って反応だったはずだけど……どうなってんだ一体?」
1999年。NTTドコモ社は、自社サービス対応機種間でのメールの送受信やウェブページ閲覧が可能な、世界初のIP接続サービス『iモード』を開始。“携帯電話”という誰もが日常的に所持する端末を使い「ネット上の様々なサービスにアクセスできる」というこの未来的な夢のサービスを大々的に宣伝した。
iモードは、驚くべき速さで世間に広まり、翌年2000年には大衆の間で揺るぎない市民権を得る程に拡大~発展していた。当然の如く、このおこぼれに預かろうと「わが社のコンテンツをこのサービスに加えてください」というハイエナ共がこれに群がり、我先にとドコモ社に対して『iモード参入』を嘆願するような状況であった。
この時点で起きていた現象は、サービス提供サイドでの「需要と供給のバランスの崩壊」つまり、ドコモの審査がコンテンツ提供希望社の企画提出スピードに全く追いつかない、という現象だった。結果、
――企画提出から審査結果がでるまで3ヶ月待ち――
というような状況が日常化していたのである。
そんな中現れた不思議な業者が〝ドコモへの企画提案の仲介請負い会社〟だった。
どういうコネやルートを使えばそれが可能だったのかは未だに謎だが、とにかく、『ウチを通せば通常より早くドコモ審査に漕ぎ着け、効率的に企画が通る』というのがこの業者の歌い文句であり、『i-BOX』もそういった類の仕事を引き受ける仲介屋の一つであった。コイセはこの会社を企画の初期段階からプロジェクトに参画させており、迅速なコンテンツ配信権獲得の為に、我々の計り知らぬ所でアプリ開発とはまた違う動きを行っていたのである。
「ドコモと直接やり取りして状況を一番わかってるのはi-BOXなんだから、そっちから直接話を聞かないと……これ以上は何ともならない気がしますけど…」
「そうだね。これは3社で一度きっちり話会いする必要あるね。うん。」
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我々の申し出を受け、3社が顔をそろえて意見を交わしあうミーティングの場が設けられるも、その結果は燦々たるものであった。
i-BOXの担当が切り出したセリフはこうだった。
『そもそもこれはゲームではないので、企画を通すのは非常に難しい。ゲームとしての新規性がないと、我々としてもこれを推し辛い』
結局、我々はこの企画が「コミュニケーションを利用した新しいゲームである事」「ゲームというよりも〝遊戯〟という表現がこれに近い事」といった、初期にしたはずの説明を再三にわたり繰り返す事となった。だが、絶望的な事にミーティングの終わりに先方が笑顔で発した言葉は
『簡単なもので良いので新規性のあるゲームをこの中に入れてほしいですね』
という、とんちんかんな台詞…
――理解されてない――
そのセリフが二人の口から出ることはなかった。「不毛な時間を使い過ぎた」というそのショックがあまりにも大きかったからだ。
二人は無言でコイセ社を後にした。
我々の反応からコイセ側のミーティング参加者も感じる部分があったようで、i-BOX側の言い分を聞く彼らの反応もまた複雑なものであった。
「これ……仕切り直しですかね」
私の言葉に川井は無反応だった。普段はささいな事でも救い上げるキャラである川井の落胆ぶりがその反応からも伺えた。しかし、ここでふてくされている暇はない。
私は、次の企画書で主張すべき案をすでに頭の中で練り始めていた。
――もはや『テンキーペイント』で攻めるしかないか…――
疲労がピークに達していた二人は、その日は「家に帰って一旦頭を冷やそう」という事で途中駅で別れ、それぞれの家路に向かった。
私はひっそりと一人事務所に戻り、次なる手を忘れない内にノートにまとめだす。我々が持つ奥の手「テンキーペイント」の新規性をいかに表現できるか?が、ドコモにぶつけられる最後の大きなカードになると予感したからである。
『テンキーペイント』
それは「携帯電話の数字ボタン」だけを使って行う独自の簡易描画システムで、キャラの顔のデザインやアイテムデザインを簡単かつ、自由に行える「特許出願」を念頭に置いた我々の隠し玉とも言える技術だった。そして、この操作は以下のように非常にシンプルなものであった。
①描画モードに入り描画内容(部分)を選択すると、画面に描画部の拡大画面が表示される。画面下には「6色」の数字付きパレットが出現する(※キャンバスサイズは最大20×20ドット程度)
②キャンバス上で携帯電話の方向ボタンを操作し、選択中のドットに数字ボタンで色を置いていく
③「絵」が完成したら、携帯電話の決定ボタンで反映
基本操作はたったこれだけ。
補足をすると
・携帯電話の「1~6ボタン」は表示中のパレットの〝色〟に対応しており、「9」ボタンでパレットの変更ができる
・「0ボタン」は抜き色(透明色)で、透明にしたい部分(眼鏡のレンズ等)に使う
・「7~8ボタン」は追加仕様が入った時用の空きボタンとして保留
以上が、そのとっておき仕様の全貌である。
当初、「テンキーペイント」は、i-ponタウンの規模がある程度広がった所で、「サービスを加入者増加のブースター的な要素」として本格始動させるつもりであったから、初期版(リリース版)では〝自分のキャラクターの顔を自分で描く事も可能〟という程度の表現でおさえていた。
我々の目論見としてはこの技術は、実はその先に見ていた〝ゲームにはまり出した能動的なユーザーたちに更なる自己実現の場を提供する〟為のイベント(プレイヤーらが自ら創作した作品での「絵画コンクール」や「ファッションショー」、果ては、自分らの作品をプレイヤー間で直接売買できる「バザー」的なイベント)において利用され出した時に、最大の威力を発揮するであろう技術だったからだ。
――既に2回のチャンスが無駄になっている――
突きつけられている現実は非常に厳しいものだった。
宝の出し惜しみをしている余裕のなくなった我々には、この切り札とも言える技術を推し、我々の見ている〝未来の展望〟つまり『プレイヤー達自らが作り出していくインターネット上の架空ワールド』を理解してもらい、これをもって〝他に類のない新規性〟と捉えてもらうしかない。そんな一種の覚悟にも似た考えが頭の中で木霊する。
「明日、川井さんに相談できる位にはまとめておかないとな……このまま着メロや壁紙に負ける事だけは断じて許すものか」
徹夜を決め込んだ私は、買ってきた3本のブラックコーヒーの一つを勢いよく開ける。アスベストの香りに似た鼻につく壁紙の刺激臭が、気付け薬のように頭の芯に響いた。
(つづく)
◆あとがき◆
人の世はまさに漫画の世界。
上ったり下がったり、悲しんだり喜んだり…
その様は、まるで誰かの手の上で踊る滑稽な道化師のようでもあります。
ですが我々は懸命に日々を生きるしかありません。
『懸命に生きる』
それは生存を懸けた一種の戦いのようなもの。
そして、我々が本当の意味で敗北するのは
目をつぶって戦いを放棄した時のみ。
逆説的ではありますが、
戦い続ける限り、決して負ける事はないのです。
みんなガンバロー!
~補足~
次回UPは一週間後位になるかと思いますが悪しからず。。
(腰をすえてちゃんと書ける日は来るのだろうか…(T-T))




