スキルツリー
ボロボロの制服、肩に刻まれた牙ネズミの鋭い噛み跡。
帰宅した悠太の姿を見て、志保は言葉を失い、妹の結衣は「お兄ちゃん!」と叫んで救急箱を抱え走ってきた。
「……ごめん、ちょっと欲を出しすぎた」
消毒液のしみる痛みに顔をしかめながら、悠太は小さく謝った。
食卓には今日も結衣の作った食事が並んでいるが、家族の顔には重い影が落ちている。
「悠太、もう……二階層には行かないで」
志保が震える声で言った。
「お金なら私が内職を増やせばいい。あなたがそんなに傷つくのを見てまで贅沢なんてしたくないわ」
「そうだよ、お兄ちゃん。ずっとスライムだけでいいよぉ…」
二人の切実な願いに、悠太は深く頷くしかなかった。
実際、今のままの装備とスキルでは牙ネズミとの戦いはあまりにリスクが高すぎる。命を失えば、家族を養うどころの話ではない。
「わかった。……しばらくは一階層に戻るよ」
その約束通り、翌日から悠太は再び一階層の湿った通路に立っていた。
作業のように淡々と、機械的にスライムを狩る。
設置、誘導、消滅。
設置、誘導、消滅。
もはやスライム相手に怪我をすることはない。だが、ふと思い出されるのは牙ネズミと死闘を演じた昨日の記憶。悠太の頭の中では、何百というシミュレーションが終わりなく繰り返されていた。
限られた魔素をいつまでも五百円の魔石だけに費やし続けるわけにはいかない。
カシュン
「よっと、次のスラちゃんはどこかな?」
落とし穴が塞がるのを待ち、岩陰に身を隠していた悠太が次の獲物を求めて立ち上がる。
しかし、しばらく歩き回るもスライムの姿は見当たらない。
(……ずっとこのままじゃ、ダメなんだ。何か、決定的な『手』が必要なんだよなぁ)
座り込んで一息ついている最中、悠太は学校の『探索者概論』で習った話をふと思い出した。
「そうだ!スキルツリーだ!」
それは最大魔素量が一定の基準を超えた際、自分の意思で能力を選択・強化できるシステム。
大抵の探索者は、このツリーを使って腕力上昇や敏捷性上昇といった身体能力をまず強化し、地力を底上げする。
(俺の魔素量もだいぶで上がっていたはずだけど…)
悠太は期待を込めて、ボードを呼び出した。
【名前:甘露寺悠太】
【最大魔素量:202】
「やった、200を超えてる!」
悠太がさらに意識を集中すると新たなボードが現れた。
【スキルポイント:102】
スライムを乱獲し、格上の牙ネズミと命を懸けてやり合った結果、魔素量が短期間で倍増していた。そして、それに応じるようにスキルポイントも『102』溜まっている。
悠太はツリーの画面を開いた。
最初に目に飛び込んできたのは、やはり身体能力の強化項目だ。
【筋力上昇Lv1】:必要ポイント 50
【敏捷性上昇Lv1】:必要ポイント 50
(これを取れば、牙ネズミの動きにも剣で対応できるかもしれない。でも……)
今の悠太に足りないのは単なる力ではない。あの素早い獣を確実に仕留めるための手段だ。
ツリーをくまなく確認していくと、罠スキルの派生先に今の悠太が最も求めていた名前を発見した。
【新規スキル取得:スネア(くくり罠)】
【必要ポイント:100】
「スネア!……ってなんだ? くくり罠ってなんか使えそうじゃないか? こんな時はchotto GPTに聞いてみるか」
誕生日に買ってもらったスマホでAIに質問したところ、スネアとは通りかかった獲物の手や足などをワイヤーで縛り、吊るし上げる罠だということが分かった。
落とし穴のような即効性はないが、一度足を捉えれば、あの牙ネズミの機動力を完全に奪い去ることができる。
身体能力を上げて真っ向から挑むか、それとも新しい罠で仕留めるか。
手持ちのポイントは102。
この選択でこれからの戦い方が決まる。
悠太は迷わず、後者を選んだ。
『スキルポイントを100消費します。新規スキル【スネア】を取得しました』
脳内にワイヤーが鋭く締まるイメージが流れ込んでくる。
「待ってろよ、牙ネズミ」
静寂な通路で、悠太は一人、新しく手に入れた力の感触を噛み締めていた。
家族に心配はかけられない。だからこそ次は爪一本触れさせずに、一方的に獲物を仕留める。




