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ハズレスキル『罠』しか持たない俺、最強の罠使いになる  作者: シマリス


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如月の覚悟

逃げ惑う探索者たちの悲鳴が遠ざかる中、如月凛の声が鋭く、氷の刃のように響いた。


「逃げ切れない! ここでくい止めないと、全員背後から殺られる!」


その声に本能的な恐怖を理性が上回ったのは、大輝たち三人と覚悟を決めた被害者のパーティー数人だけだった。彼らは残された力を振り絞り、階段から這い上がってきた巨大な異形――バリアントへと向き直る。


「やるしかねえ! 野郎、ぶち殺してやる!」


剛田が野獣のような咆哮を上げ、ひび割れた盾を構えて突進した。続いて大輝が震える手で剣の柄を握り直し、魔物の足元へと肉薄する。佐々木もまた、残った魔素を全て注ぎ込み、巨大な氷の渦を生成して魔物の視界を奪おうと試みる。


しかし、現実はあまりに過酷だった。


「――ガァアアアッ!!」


魔物が咆哮と共に巨大な腕を振るだけで、大気を引き裂くような衝撃波が通路を駆け抜けた。剛田の頑強な盾は紙細工のように容易く歪み、彼は壁際まで弾き飛ばされて動かなくなった。


大輝が放った渾身の『一閃』も、魔物の強靭な体皮を数ミリ切り裂いただけで、そこから滲み出る血さえも瞬時に蒸発するほどの熱量に飲み込まれた。


「あ、ああ……っ!」


大輝は、自分の手元に伝わる無力という名の感触に絶望した。


このあたりの階層にいるのは、どれほど才能があろうと所詮は覚醒したばかりのルーキーばかり。

数ヶ月の訓練と、たかだか数百の魔素。プロの世界の戦場から這い上がってきた変異種に対し、彼らの攻撃はあまりに非力だった。


戦いは、一方的な蹂躙へと変わった。


一人、また一人と、足止めに残った探索者たちが血溜まりの中に沈んでいく。


「大輝くん、危ない!」


佐々木が叫び、大輝を庇うように氷壁を張るが、魔物の巨大な拳がそれを正面から簡単に粉砕した。


「ガハッ!」


「佐々木!」


大輝は彼女を助けようと地を這うが、すでにその身に魔素は一滴も残っていなかった。スキルを使い果たした反動で、視界は点滅し、指一本動かすことすらままならない。

佐々木もまた、激しい魔素欠乏による意識混濁の中で倒れ込んだ。


生き残っているのは、もはや如月凛ただ一人。


「……っ、ハァ、ハァ……」


凛の端正な顔は返り血と汗で汚れ、その呼吸はかつてないほどに荒い。


彼女の『空間把握』は迫りくる死の軌道を皮肉なほど克明に捉えていた。右から来る拳、左から来る裏拳、それらを紙一重で回避するたびに周囲の石畳が爆散し、破片が彼女の肌を切り裂く。


しかし、倒れ伏した大輝たちを守りながら戦うには、余りにもスペースが足りず、手数が足りなかった。凛は空間をわずかに歪め、魔物の打撃の軌道を逸らし続けていたが、一撃一撃の重さが彼女の魔素を確実に削り取っていく。


バリアントがゆっくりと凛へ向かって歩を進める。その手には先ほど倒した探索者の残骸が握られ、無造作に放り出された。

魔物の複数の瞳は最後に残った『最上の餌』である凛を、ねっとりとした殺意で欲深そうに見つめている。


(このままじゃ、全滅する。私が、ここで道を作らなきゃ)


凛は震える脚を叱咤して立ち上がった。


彼女の瞳には、もはや学年一の美女と呼ばれた少女の輝きはなく、極限状態の探索者としての鋭い覚悟だけが宿っていた。


だが、凛はこの時まだ自身の奥の手を出せずにいた。そんなことをすれば、自分も動けなくなり、倒れている仲間たちを連れて逃げる術がなくなる。


「剛田くん、動ける!? 大輝くんを……みんなを連れて、今すぐここを離れて!」


「如月!? お前、何を言って?一緒に逃げるんだろ!」


大輝が掠れた声で叫ぶも、凛は振り返らず、ただ前を見据えたまま自身の魔素を細かく、そして高密度に編み上げ始めた。


「いいから、早く!! 私がこいつを引きつける。その隙に、全員で上へ!!」


凛はあえて魔物の懐へと飛び込んだ。


『空間把握』の精度を極限まで高め、魔物の筋肉の動きから次の攻撃を予測する。


巨体が腕を振り回すたびに、凛は蝶のように舞い、最小限の動きで回避を繰り返す。一見すれば翻弄しているようだが、実際は薄氷を踏むような綱渡りだった。


「……こっちよ」


凛が小さく呟き、魔物の顔のすぐ横をすり抜けながら、視界を遮るように魔素の残滓を爆発させる。


バリアントの咆哮が通路を震わせ、苛立ったように周囲の柱を粉砕した。


如月はその美しささえも泥にまみれさせ、ただ仲間を生かすための時間を稼ぐ。


しかし、魔素は残り半分を切った。


誰もが死を予感し、奮闘する凛の姿を三人は遠のく意識の中、ただただ見つめ続けるしかなかった。


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