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44.再会

 一見、平和そうに見える日常に潜む影。それは生きとし生けるものが逃れ得ない生と死にまつわる有象無象の物語。

 黄泉坂結弦は父親にあこがれていた。居酒屋の店主なのだけれど部下に仕事を任せて昼間から飲んだくれている父親に。だけど、親父の周りにはいつも人がいた。彼らの相談を見事に解決してしまう親父は結弦のヒーローだった。親父のようになりたい。それが結弦の夢だった。

 だけど、自分は親父に似ていない。少年の悩みは尽きない。

 ()の国を訪れた結弦(ゆづる)は、素戔嗚尊(すさのおのみこと)の挑発を受け、戦うことになった。

 老獪(ろうかい)でかつ(あら)ぶる素戔嗚に先制の機を奪われた結弦だが、冷静に状況を見極めていた。

 天津神(あまつかみ)の霊力は半端ではない。閻魔大王である結弦をも(しの)ぐかもしれない。その上、老獪に霊力を出し入れして結弦を翻弄(ほんろう)する。これは素戔嗚の土俵だ。いつまでも付き合っているわけにはいかない。


 鉄の質と製造技術が違うと言ったが、違いはそれだけではない。

 戦いは技術なのだ。手にする刀、使い手の力量、そして相手の質、それぞれに合わせて最適な戦い方がある。ここまで合わせてきたのは素戔嗚という荒神(こうじん)を見極めるためである。そしてそれは成った。

 ならばそろそろ(かい)を導き出そう。

 素戔嗚の力量は素晴らしい。天津神としての実力もさながら対人戦のセンスは目を見張るものがある。今のオレでは全く敵わない。

 素戔嗚の敗因は刀でなく剣に(こだわ)ったこと。そして隠棲(いんせい)してしまったことだ。

 塚原卜伝(つかはらぼくでん)上泉信綱(かみいずみのぶつな)柳生但馬(やぎゅうたじま)など数多(あまた)の天才に磨かれ剣技は格段に進歩している。

 それに加えて閻魔天としての力が加わる。素戔嗚に負ける要素がない。


 オレは焔魔刀(えんまとう)(まとう)う炎を収めた。代わりに刃筋(はすじ)に沿って法力を伸ばす。刃筋に沿って伸びる法力を(しぼ)る。より鋭く。法力の全てを刃筋に集中させる。

 鋭く。もっとだ。もっと鋭く。もっと、もっと、もっと鋭く!

 法力で強化した厚さ数nm(ナノメートル)(やいば)十拳剣(とつかのつるぎ)を抵抗もなく切り()いた。


 からん……


「…………」

 切り飛ばされた十拳剣の剣先が地面に転がる。

 オレの勝ちだ。


「うわっはっはっはっ!! 負けじゃ負け!」

 稀代の荒神はあっさり負けを認めた。何かうれしそうにすら見える。もっと勝負にこだわって諦めが悪そうに思えたのだが

 オレの直感はよく当たるのだ……


「なら、生弓矢(いくゆみや)はオレが預かるってことでいいですね」

「ふむ……それは構わんが、小僧、今しばらく付き合え」

 生弓矢に(こだわ)りはなさそうだ。もっとも何千年と大国主に預けてあったのだ。今更なのかもしれない。

「おい、アレを連れてこい」

 あきらめの悪いじじいは何やら風神に命じている。まだ、誰かと戦わせようとしているようだ。だが、暴れん坊の王様である素戔嗚より強いやつなど根の国にいるのだろうか?


 純粋な興味だ。

 別に戦いに飢えているんじゃないんだからね。


     *


 それは全くの油断だった。

 鬼人(きじん)の小隊が現世(うつしよ)(おく)れを取るなんて考えもしていなかった。


 定時連絡がないことを不審に思った康太(こうた)は側にいた配下の鬼2名だけを連れて(よい)が原商店街に急行した。この判断を康太は一生悔やむことになる。

 なぜ、もっと慎重に備えておかなかったのだ。せめて魔王様に報告しておけば。誰かに伝言だけでもしておけば……

 なぜ、敵は冥府(めいふ)を狙っていると思い込んでいたのだろう……


     *


 素戔嗚が呼び出した者は何やらもぞもぞと(うごめ)く黒い影の塊だった。

 (もの)()……いや、人なのか? こんな手も足もわからない塊に戦えるのか? だいたいどうやって剣を持つんだ……


「素戔嗚殿……これは……」

「知らん。拾った」

 拾ったって……猫じゃないんだから……

「元は屍人(しびと)であろう。最近では珍しいことだ。黄泉の国を追い出され、さりとて現世にも戻れず、根の国くんだりまで流れてきたものよ」

 オレはこのとき、神と人の時間感覚の違いをすっかり忘れていたのだ。


「姿を保てなくなるほど消耗しておりながら、こやつは拾おうとした儂に飛び掛かってきたのだ」

 もちろん素戔嗚がそんな亡霊崩れに後れを取るようなことはない。だが、年寄りの振りをしていてもなお隠せぬ闘気を纏っている、いや、闘気の塊のような素戔嗚に襲い掛かるようなまねができる者はそうはいないだろう。


「戦ってみろ。元はお前の不始末だ」

 黄泉の国から追い出された魔物なら確かにオレの責任ではあるのだろう。そこまで言われたら断れない。


 何者なのだ。最近、黄泉の国から追放したものなどいない。冥府は閉鎖されているのだ。オノゴロ島で輪廻(りんね)の輪に送った妖怪たちのどれかであろうか?


 塊は素戔嗚の投げ捨てた先半分を失った十拳剣(とつかのつるぎ)を取ると一振りする。

 剣身(けんしん)(よみがえ)る。法気で剣先を(おぎな)ったらしい。いつの間にか人らしき姿に変わっていた。輪郭はぼやけ、顔もわからない状態だが元は人だと言ったのは間違いないようだ。

 オレは焔魔刀を構えた。


 戦う気になったと言っても殺すつもりはない。こんな物の怪のような姿になったのもオレのせいかもしれないのだ。オレ(閻魔)を恨んでいるかもしれない。それならば折伏(しゃくぶく)してきちんと浄化させてやらねばならない。何も地獄の責め苦だけが浄化の手段じゃない。あれは苦役(くえき)をこなすことで己自身(おのれじしん)と向き合うためのものだ。他者への恨みならば方法は別だ。


 オレは間違っていた。

 がきーーーーんっ!!

 影男(かげおとこ)が突っ込んできた。

 だが、それは素戔嗚とは全く違っていた。相手の呼吸などお構いなしに圧倒的なスピードで先手を奪ったのだ。

 オレは焔魔刀で受けるのが精いっぱいであった。


「大王様っ!」

 狼狽(うろた)えるな、清志郎(きよしろう)。オレの側近がこの程度で声を上げるなんてみっともない真似はするな。

 清志郎にはそれほど危うく見えたのだろう。


「ほぉ……」

 素戔嗚が感心したように息を吐いた。

 荒神にも見事な先制攻撃に見えたのだろう。


 がきんっ! がきんっ! がきんっ!

 先制の振り下ろしが受けられると素早く2撃3撃と打ち込んでくる。先手を取った有利を手放さないためだ。

 オレは受けるだけで反撃に出られない。

 こいつ、戦い慣れている。


 間違いない。

 先手を取った呼吸といい、すぐさま追撃を放つ手際といい対人戦のプロだ。元は名のある武士だったのかもしれない。不運にも戦に敗れて恨みを残して死んでいった……


 がきんっ! がきんっ!

 ……戦いの最中に考え事などなめているのはオレの方だ。

 こいつは気を()らしたまま勝てるほど甘い相手じゃない。


 きぃんっ! きぃんっ!

 打ち合う音が変わってきた。

 十拳剣が馴染(なじ)んできたのだろう。剣先に鋭さが増してきた。


 いったい何者なのだ。

 半分しか実体がないとはいえ大剣を軽々と振り回している。剣身を補っている法力もそうだ。十拳剣自体の霊気を利用しているとはいえ法力も大したものだ。おそらく素戔嗚レベルの英雄クラスだ…………

 !


 もしかして……いやまさか……


 影男の攻勢は途切れない。

 大剣の剣圧を活かした振り下ろしが受けられると細かく追撃を入れると見せて透かす。たたらを踏んだところを横薙ぎの一撃、右から左から右、左と見せかけて一回転してもう一度右。回転の重さも加わった渾身(こんしん)の一撃だ。


 だが、勇者よ! 見くびるな!

 剣圧をまともに受けたオレは吹き飛ばされた。

 いや、剣圧を使って後ろに跳んだのだ。これでやっと距離が取れた。

 ここから仕切り直しだ。


     *


 第2ラウンドは静かに始まった。

 勇者は十数合も立て続けに打ち込んだというのに息を切らす様子もない。だが、先制を活かしきれなかったことは理解したようだ。簡単には打ち込んでこなかった。

 オレだっていつまでも受け身ばかりではいられない。だが、簡単には打ち込ませてはくれないだろう。実力は相手の方が上だ。


 オレは正眼(せいがん)に構えた焔魔刀の炎を大きく燃え上がらせた。

 焔魔刀はよい刀だ。だが、日本刀とは違い直刀(ちょくとう)だ。斬撃(ざんげき)には不向きだ。()りがないので打ち込んだ刃が抜けにくいのだ。敵は焔魔刀の火力を活かして突きで決めに来ると思うだろう。もちろんフェイントだ。

 オレの剣術はそこではない。


 焔魔刀の刃筋に沿って法力を伸ばす。(ほむら)がいいカモフラージュになるはずだ。

 刃筋に沿って伸びる法力を絞る。より鋭く。法力の全てを刃筋に集中させる。

 鋭く。鋭く。鋭く!


 先に踏み込んだのはオレだった。

 大上段から振り下ろす。

 法力で強化した数nm(ナノメートル)の刃は十拳剣を切り裂くはずだった。


 勇者は身を沈め右に踏み出す。

 焔魔刀を受け流し、がら空きの胴を狙うつもりだ。

 勝った。

 そう思った。勇者の放つ斬撃には剣先がない。見事な空振りに終わるはずだった。その前に十拳剣を切り飛ばした焔魔刀が勇者を仕留めるはずだった。


 焔魔刀と十拳剣が触れる。

 オレの焔魔刀が鋼の十拳剣を切り裂く……はずが、勇者が振るう十拳剣を焔魔刀はすり抜けた……

 切ったのではない。すり抜けたのだ。


 勇者の読み勝ちだ。

 オレがナノメートルの(やいば)で十拳剣を切り裂くことを読んでいた勇者は刃が当たる瞬間、十拳剣に掛けていた法力を消したのだ。すり抜けるや否や法力を込めて剣先を復活させた。

 空振りしたのはオレだった。


 だが……読み負けたくらいで終われない!

 オレは成長した姿を見せなければならないんだ!

「うおぉぉぉぉぉぉぉーーーっ!」

 オレは腹筋に力を込めた。


 ざくっ

 すれ違ったオレたちは向き直る。

 オレは立っている。学生服は横一文字に切り裂かれたが、生きている。全力の法力で守ってもさすがに無傷というわけにはいかなかったが、勇者の一撃を凌げれば十分だ。

 もう一振り分くらいの力は残っている。


「おかえりなさい、お父さん」

 オレは焔魔刀に力を込め、父に教わった技、爆焔突(ばくえんづ)きを放った。

「天国でのうのうと暮らすより地獄を這いずり回って生きていきたい。」をお読みくださりありがとうございました。

 素戔嗚に差し向けられた刺客、その正体に結弦も気づきます。そして再会を喜んで教わった大技をぶちかますのでした。

投稿は毎週金曜日に行う予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。

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