幕間~王子アフディル~
できるだけ体を小さくして、ゆっくりと近づく。
警戒心を抱かせないように、静かに静かに。
「……………………」
「……………………………」
相手の間合いに入ったら、すかさず背中に隠していたものを取り出して眼の前にかまえる。
そのまま少しずつ距離を縮め、相手がこちらを見たらじっとその場で待つ。
「……………………………………うなぁ~」
「……あっ…」
軽やかな足取りで、彼女は背を向けて行ってしまった。
アフディルはその長身を起こし、ため息をついた。これで何度目だろうか。
手に持った魚の干物も、前回とは変えて挑んだのだが。
アフディルは干物を腰の袋に戻した。
彼女はこの離宮に住みついているので、次のチャンスは必ずある。
次回はもう少し香りの良いものを用意しよう、と気持ちを切り替えた。
「……………王子。何をしてらっしゃいます…」
「……………っ!…………お前か…」
褐色の肌をした黒髪の青年がこちらへやってきた。
「ヘルゥ」
「またあの子ですか?」
にこにこと笑う目は細く、柔らかい印象を与える。
「……今日も駄目だった。また違う干物を用意しようと思う」
「ふふ。王子のそういうところ、大好きですよ」
「………そうか」
ヘルゥは嬉しそうに笑う。
こんな笑顔ができたら、先ほど彼女も近寄ってきてくれるのだろうか。
(無理だな、俺には)
笑うことなど、遠い昔に忘れてしまった。
母上が亡くなったあの日から。
「王子、また眉間にしわが寄ってますよ?」
「……む」
自分の目つきが悪いことはわかっている。
そのせいで、他人から怖がられることも少なくはない。
(さっきの娘も、怖がっていたな)
この国では見かけない服装をした娘。
女にしては珍しく、肩にかからないほどの短い黒髪。
女性は髪を長く伸ばし、編み込むなどして整えるのが普通だ。
傷んだ部分を切ることはあっても、あの娘のように短くする女性は皆無と言っていい。
(おそらくあの娘はーーー)
と、そこまで考えたとき。
パリーン!!
部屋の方から、何かが割れる音がした。
「……!先ほどの女性を寝かせた部屋からのようです!」
「………っ!」
ヘルゥの焦った声を最後まで聞かず、アフディルは駆け出した。