memorial1 メモリー・ローズ 後編
「ゆうちゃんーいつまで寝てるの?」
覚えのある声が聞こえる。
「ゆうちゃん、起きなさい」
部屋のドアが開き、ショートカットでTシャツにデニムを履いた女性が入ってきた。
「雄太!朝だよ」
女性は勢いよくカーテンを開くと、彼のそばへいき、身体をゆすっている。
「えーまだ眠いよ」
「もーほんと、だらしない子ね。お母さんもう仕事行くからちゃんと起きなさいよ」
そう言うと女性は僕に見向きもせず、部屋から出て行った。
(やっぱり……僕は見えてないのか)
すれ違い様に顔を見ると、確かにお母さんだ。しかし、今よりもずっと若く、痩せている。
(母親ってこんなに綺麗な人だったんだ……てか、今の僕と同い年くらいだよね?)
(父親の『綺麗な人だったんだ』って言う言葉はあながち間違ってないんだな)
そうこうしているうちに彼が起床した。目を擦りながらどこかへ出かける様子だ。僕は彼の後を追った。
彼はまた、この前の胸壁の場所まで来ると、胸壁を登り腰をかけた。
(僕って夏休みずっとこんなことしてたのかな?暇だったんだな)
「あーゆうたくん。また会ったね」
僕は声のする方向を見ると、白いワンピースを着た女の子が立っていた。
「ま、またお前か……」
「だから、私は花」
「お前はお前だ!」
「もー最近の小学生は口が悪いんだから〜」
「そんなことねーもん!」
「あらそう?それで、今日も暇なの?」
「うん。ボクはやることないの」
「じゃあさぁ、私がこの街を案内してあげる」
「え?」
「だって、ゆうたくんはこの街初めてでしょ?」
「そうだけど……」
「この街には楽しいことがいっぱいあるの!」
「そんなの、いいよ」
彼はそっぽを向き、ぶっきらぼうに返した。
(なんか……この頃の僕って態度悪いな……)
我ながら、その姿を見て恥ずかしくなった。
「いいから!ね?」
彼女は彼に手を差し伸べた。
「いいってば!」
「あら〜ゆうたくんは嫌なんだ〜せっかく楽しいのに〜」
彼女は意地悪な口調で大きな声で呟いた。
「た、楽しいことってなんだよ」
彼はぶっきらぼうに返した。
「あははは〜やっぱり気になるんじゃない」
大きな声を上げながら彼女は笑う。
「そ、そんなことねーし」
彼は少しムッとした表情で彼女を見た。
「ごめんごめん。じゃあ、行こうか!」
再び彼に手を差し伸べた。彼はそれを無視して、胸壁を降りた。
(なんか、初々しい感じだな。この頃の僕は女の子とまともに話したことなかったし)
(この頃は何でも言えたのに……いつからだろう、自分に自信がなくなったのは)
二人が歩いていく様子を遠くから見守った。
次の日
「ここよ!」
「……屋、あさひ?ボク、漢字読めない」
昔ながらの古びたお店、看板には『駄菓子屋、あさひ』と書いてある。
「だがしやさんよ」
彼女は中に入って行った。彼も後に続いて入っていく。
(すごい懐かしい雰囲気)
周りを見渡すと沢山のお菓子がずらりと並んでいる。百円以内で買えるお菓子ばかりだ。
(え?わたパチ?ココアシガレット!どんぐりガムまである!)
僕は懐かしさに浸っていた。
「おばさん、こんにちは!」
「あら〜はなちゃん。こんにちは!」
笑顔で挨拶をすると、店主が彼の方へ視線を向ける。
「あら?見かけない顔ね」
「この子はゆうたくん。最近知り合ったんだ!親が夏休みの間だけ、海の家の手伝いしてるんだって〜」
「あら、そう?ゆうたくんこんにちは」
彼は、返事をせずそっぽを向いた。
「ふふふ」
店主はその様子を微笑ましく見ている。
(僕って本当に態度悪いな……)
心の中でその店主に謝り、お辞儀をした。
「さ、選ぼ!」
しばらく、二人は店内をじっくり見ながらお菓子を選んでいた。
「ゆうたくん、決まった?」
「うん」
「おばさーん。これちょうだい!」
「はいよ。百八十円ね」
「ボク、お金持ってないよ?」
「いいよ。私が出すから!はい!おこれでお願いします」
「ちょうどね。じゃあ、このジュース持ってきな!」
「いいの!?」
「ゆうたくんとお近づきの印!」
「おばさんありがとう!」
「ほら、ゆうたくんもお礼言わなきゃ」
「あ、ありがとう」
お店を出ると、二人はお店の前のベンチに腰をかけた。
「このジュースね、蜂蜜とレモンの味がするの!美味しいんだよ〜」
「へー」
(蜂蜜とレモン……)
次の日も
「あ、おーいー!ゆうたくーん!」
いつもの胸壁の側で、彼女が遠くから大きく手を振っている。彼はゆっくりと彼女の元へ歩いていく。
「そんな大きな声で呼ぶなよ」
「もー待ちくたびれちゃったよ」
「お前、朝早いのな」
「ゆうたくんが起きるの遅いんだよ〜もう昼だよ?」
「別にいいじゃん」
「ま、そうね!じゃあ、今日も行くよ!」
「はぁ?また?」
「いいから!」
また次の日も
「お前、友達いねえのかよ?」
「う、うーん……」
彼女は目を逸らした。
(僕って空気読めないな……)
「そ、そんなことはいいから!今日も行こ!」
彼女は苦笑いをして、彼に手を差し伸べた。
夏休みの間、毎日彼女と街を遊び歩いた。彼女の笑顔を見ながらボクは自然と彼女に心を開いたのだろう。
(なんだか、懐かしい……)
そんなある日、彼女は胸壁の側に現れなくなった。彼は、毎日胸壁に座り彼女を待ち続けている。彼の背中は寂しい表情をしていた。
(この時、寂しかっただろうな……)
「ち、今日も来ねーのかよ」
彼は下を向き、石を蹴りながら、海沿いを歩いた。
(彼女何かあったのかな?僕が探しに行く……?)
(探しに行った所で僕に伝える術はないし……)
僕は見守るだけの辛さが込み上げてきた。彼の後をついて行くと、彼が一瞬止まったのが分かった。彼の視線の先に目を向ける、男女五人が前から歩いてきている。よく見てみると、女の子一人が大量に鞄を持ち、他の人は手ぶらだ。
彼は五人の元へ急いで走った。僕は彼についていき、五人のそばまで来た。
「おい、花、何やってるんだよ」
「あ……ゆうたくん……」
彼女は彼と目を合わせようとしない。
「誰?きみー」
「小学生かよ」
「花、お前何でそんな荷物持ってるんだよ」
「ボクには関係ないのー、ね?花?」
友達らしき、金髪の女子が笑顔で問いかける。彼は、金髪女子を睨みつけた。
「お前には聞いてない、僕は花に聞いてるんだ」
「ゆうたくん……これは……」
彼女は一向に目を合わせようとしない。
「こ、これはね。じゃんけんで負けちゃっただけなの」
「ほらねー花もこう言ってるじゃん!」
「友だちならこんなことしないもん!」
「なーに言ってるの、俺たち友だちだし。な?花?」
「そ、そうだよ」
彼女は苦笑いをしながら答えた。笑っているはずなのに、視線はどこか遠くを見ていた。
「ウソだね。花はそんな笑い方しない。花は顔をクシャッとさせて楽しそうに笑うんだ!!!ウソついてるときは目を逸らすんだ!!!」
彼女の口角が少しずつ下がり、作り笑顔が失われていく。
「うるせーな、ガキ。花は良いって言ってるじゃねーか」
金髪で学ランの胸元を開け、腰パンの男子学生が彼の前に立ちはだかり罵声をあげている。彼は臆すことなく、男子を睨みつける。
男子学生の肩をメガネをかけた学ランの男子が叩く。
「まぁまぁ、子どもの挑発に乗らない。」
「ちっ!!!行こうぜ」
「さ、花も行こう?」
彼女はその場から動こうとしない。
「花?花!!!」
彼女は女子の声にびっくりした後、ゆっくり歩みを進めた。
彼女が彼の目の前を通りすぎるその瞬間。彼は、彼女が持っていた鞄を剥ぎ全て捨てた。
「えっ?」
「花、行くよ」
彼は彼女の手を握り、精一杯、走って逃げていった。
(後先を考えず、ただ守りたい……この気持ち忘れていた気がする)
ふと瞬きをした。するとまた風景が変わっていた。
僕は砂浜の上に立っていた。
海が広く、どこまでも続いている……
水平線に太陽が半分沈み、空が赤く、海がオレンジ色に染まっている……
目の前には白いワンピースを着た彼女とボクが座っていた。
「ボク、明日帰るんだ」
「え?もう?」
「うん。来週から学校始まるから」
「そっか……寂しくなるね」
「そんなことねーよ」
「えっ?」
「だって、学校の先生が『空は繋がってるからまた会える』って言ってたもん」
「ふふふ。そうね、また会おう」
彼女はくしゃっとした顔で笑った。彼は、彼女の顔を見て無邪気に笑った。
「そうだ、はい!これ」
彼女はポケットからキーホルダーを出し、彼に渡した。
「きのこのキーホルダー?」
「お守り!お別れの時に渡そうと持ってたんだ」
「え?」
「何か困った時は、下の部分を回してみて!きっと君を守ってくれるよ」
その言葉と共に意識がだんだん遠のいていく。
目が開き、バッと顔を上げた。
「ここどこ?」
窓からは微かに陽の光が入ってくる。
「乾様、夜明けですよ。そろそろお目覚めになるお時間です」
断片的に遠くから声が聞こえる……。
頬を一筋の雫が伝った。僕は、手で頬を拭い、確認した。
「僕……泣いてる……?」
「乾様、乾様」
「え?」
僕は声のする方向へ向いた。そこにはさっきまで会話をしていたマスターの姿があった。
「乾様、夢の旅はどうでしたか?」
僕は、ハッとして現実に戻ってきたのだと確信した。
「すいません……いつの間にか眠ってしまいました」
「いえいえ、それで夢の旅はいかがだったでしょうか?」
「懐かしい記憶を思い出しました。このキーホルダーを貰った子に会えーー」
最後まで言い切ろうとした瞬間、女の子の言葉を思い出した。
僕は急いでキーケースを手に取り、キノコのキーホルダーの下の部分を回した。すると、中から小さく折り込まれた紙が出てきた。
小さく折り込まれた紙を確認する。
しばらくすると
「マスター。ありがとうございました」
「悩みは解決されましたか?」
「はい!本当にありがとうございました」
僕はマスターに深々とお辞儀をした。
「いえいえ、私は何もしてませんよ」
僕はもう一度お礼を言い、店のドアを開けた。
「またのご来店をお待ちしております」
ドアがパタリと閉じた。
マスターはバーカウンターに置いてある紙に視線を落とした。
『君は強い子だよ!大丈夫。これから何があってもきっと未来を守っていけるよ』
「ふふふ。夢というものは、不思議なものです。忘れたはずの景色を、鮮明に映し出すこともある。次はどんなお客様が来店されるのでしょう」




