萌芽
アメノトリフネの鋼鉄の胎の中を慌ただしく兵士たちが行き交う。火砲の衝撃が船体を大きく揺らし、その度に足元がふらつく。
そんな彼らを押しのけ、突き飛ばしながら孤月が荒々しく進む。
ひとつの重鉄扉を蹴り開ける。
「父上ッ!!」
怒気を孕んだ轟声が、儀式部屋と化した格納庫の内壁を震わせる。ところどころで蒸気が立ち上り、紙垂としめ縄が儀式場のように張り巡らされている。中央には陣が描かれ、それに沿って半透明な壁が光を反射する。
その前に座し、地図上で何やら操作をしていた晴明がゆっくりと振り向く。
「なぜ貴様がここにいる、愚息よ」
垂れ下がった瞼の奥から冷たい眼光が闖入者たる孤月を蔑む。
「操呪中であるぞ、気が散る」
「そんな欺き事などどうでもよい!」
ずんずんと父親の目の前まで進む。
「なぜ私を置いていったのか!?」
「島取りの大戦、貴様のようなわっぱには任せられなんだ、と桃源様はお考えになったのであろうなぁ」
蝦蟇蛙のような喉を鳴らして、くくっと笑う。
「何だと⋯⋯」
握った拳の中で爪が皮膚を破る。
「まぁ、良い。桃源様の出陣まで刻はまだある」
晴明がゆっくりと立ち上がり、部屋を後にする。
「何処へ行かれるのか!?」
「小便じゃ」
不敵に笑い、タラップをゆっくりと上がっていく。
「操呪の最中に小便だと⋯⋯?」
ふん、とせせら笑いが返す。
「せいぜい見て学べ、愚息よ。これが安倍の呪術の最たるものよ。小便しながらでも為せるのじゃ」
隔壁は重く閉じられた。
「老いぼれめ⋯⋯」
噛み締めた唇から血が滲む。
「いつまで権力の座にしがみついているつもりだ⋯⋯」
「あぁ、全くその通りだね」
心の何処かで惹かれるような、男声とも女声ともとれる艶やかな声が、転がる。
「天邪鬼」
孤月が陣の内を睨む。
「貴様は、連れてこられていたか」
そうだね、と無垢に笑う存在が洋椅子に脚を組んで座っている。細身のスーツを纏ったその身体は女性的な膨らみがあるようで全く無い。見慣れたはずの中性的な顔立ちは、妖しげな蝋燭の火に当てられて鬼というよりも悪魔といった風貌に見えた。
「晴明はボクがいないと何もできないからねぇ」
竜骸のことも霊符のこともぜんぶ教えてやったし、と爪の手入れをしながら呟く。
「やっぱりアイツが憎いんだろう?」
孤月をちらりと見やる。
心拍数が僅かに上がる。それは緊張や恐怖ではない。魅了の類。
「ボクもある意味ではアイツが憎いね。この中は退屈だ」
どか、と背もたれに寄りかかり天を仰ぐ。
「でも、キミとなら楽しめそうだ」
「何だと⋯⋯?」
顰めっ面で聞き返す。
天邪鬼は、ねぇ、とぐっと顔を近づける。
甘い吐息が陣の内を曇らせる。
「ご退屈なご老人には、ご隠居してもらおうよ」
にぃっと嗤った。
鏡のようだった。
孤月の心の内を映す鏡。
それに気づいたとき思わず、孤月も笑っていた。
呆気なく逡巡すらなく、彼の頭に巡る考え。
なんだ、簡単なことではないか。なぜもっと早く動かなかったのか、と。




