第7話。スケッチブックを開けて「最終話)
第7話。スケッチブックを開けて(最終話)
「さあ、アサヒ! 窓を開けて! 君の『新しい明日』が、もうそこまで来ているよ!」
朝日くんと夕日ちゃんのその声を最後に、私の視界は圧倒的なオレンジ色の光で満たされ、感覚がゆっくりと遠のいていった。
懐中時計の「チクタク、チクタク」という規則正しい音が、耳の奥で次第に大きくなっていく。
ハッと気がつくと、私は自分の部屋のベッドの上にいた。
「ここは……私の部屋?」
いつの間にか、現実の世界へ戻ってきていたのだ。
ベランダにいたはずの私は、自分の部屋のベッドで、まるで長い夢から覚めたように横たわっていた。
私は体を起こし、ふと正面にある大きな窓に目を留めた。
その瞬間、私の動きがピタリと止まった。
「あ……」
息をのむほどに、綺麗だった。
窓の外の空が、燃えるような、生まれたての圧倒的なオレンジ色に染まっていた。
夜の暗闇がどこへ消えたのかも分からないくらい、そのオレンジ色は濃くて、力強くて、神聖だった。
その光景を見た瞬間、私の頭の中で、あの『ひかりの交差点』で二人が言っていた言葉が、ストンと胸に落ちてきた。
『真っ暗な夜から朝が生まれる、その一瞬。僕たちが走る2つのレールが、完全に同期するんだ』
『表と裏から、そのガラスの窓を挟んで、お互いの手のひらをピタッと合わせる』そうだ。
今、まさにこの瞬間に、あのねじれたレールの向こう側で、朝日くんと夕日ちゃんが手のひらを合わせているのだ。
そう思うと、目の前の四角い窓が、本当に二人の光で描かれた一枚の【スケッチブック】のように見えた。
私はベッドから下り、一歩ずつ窓へと近づいた。
すると、そのオレンジ色のスケッチブックの向こうから、キラキラとした眩しい朝日の光が、部屋の床に向かって真っ直ぐに差し込んできた。
それはまるで、光で作られた一本の長い「道」のようだった。
その光の道をまぶしそうに見つめていた時、私の脳裏に、もう一つの忘れられない記憶が蘇った。
それは、(前作の第2話。)5歳の私が、タイムトラベルしてきた大人の私を見て言ったあの言葉。
『あ、このおねえちゃん、夢でみたことある。朝日のくにからきたの?』
私はその光の道の先をじっと見つめた。
(そうか……。5歳の私は、朝目が覚める直前、このオレンジ色の窓から差し込む光の道の中に、未来から自分を助けに来てくれる『大人の私』の姿を、夢として見ていたんだ。そして私を助けたお母さんも、すべてを知っていた……)
すべてが繋がった。
お母さんが毎朝、私と一緒にこの朝焼けの窓を見上げて、
『朝日さんがいま、夕日さんと窓の向こうでハイタッチをして、あなたに「ただいま」の光の道を届けてくれたのよ』
と笑ってくれていたのは、いつか一人ぼっちになって迷子になる私へ宛てた、時空を超えたラブレターだったのだ。
「お母さん……。私、もう寂しくないよ。過去を呪ったりもしない」
私は窓の前に立ち、そのガラスに、自分の右の手のひらをそっと重ねた。
窓の向こうには、お母さんが過ごした愛おしい「過去(昨日)」が夕日として眠っている。
そして窓のこちら側には、私がこれから歩んでいく「未来(明日)」が、新しい朝日として私を待っている。
過去と他人は変えられないけれど、自分と未来はいくらでも変えられる。今を大切に、楽しく生きれば、未来はこんなにも輝いている。
ガラス越しに、お母さんの温もりが伝わってきた気がして、私は涙を流しながら、でも、最高の笑顔を浮かべた。
「ありがとう。…いってらっしゃい。そして――お母さん、ただいま、私の新しい明日」
私は窓の鍵を開け、両手で思い切り、そのオレンジ色のスケッチブックを外へと押し開いた。
部屋いっぱいに、生まれたての眩しい風と、黄金色の光が流れ込んでくる。私は深く息を吸い込み、輝く光の道の中へ、自分の足で力強く一歩を踏み出した。(『時をかける交差点 〜夕暮れの迷子〜』・完結)




