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デカルコマニー・ラヴァーズ  作者: 金剛ハヤト
許されざる彼女
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第18話 アウト・オブ・ワールド・Ⅵ

めちゃくちゃ難産でした……

[すまん清音。今日も用事があるから先に帰る]


 放課後になるや否や、スマホに送られてきた三葉くんからのメッセージに私は息を吐く。ぞろぞろと教室を後にするクラスメイトたちの中に混じっている三葉くんの姿を目で追いかけても、三葉くんは私を見なかった。


「用事用事って、そればっかり……」

 

 旧校舎の暗いトイレに閉じこもると、また息が漏れた。ここが私の天岩戸、ただのトイレも鍵を掛ければ不可侵領域だ。間違っても自分が神だと自惚れるつもりはないけど。


 重要なのはそこではない。最近の三葉くんは様子がおかしい。夏休みが明けてからずっと、私が困るくらい私に好きをぶつけてきたのに、10月に入った途端ソレが突然ぱたりと止まった。


 私と一緒にいるとき、彼は常に少しソワソワするようになった。ソレが気になって声を掛けたら不自然な驚き方をする。にもかかわらず、私が「一体どうしたのか」と聞いても、返ってくる言葉は「なんでもない」の定型だけ。


「私より大事な用事って、一体何なんですか」


 モヤモヤとした苛立ちを抱えたまま、私は目を閉じて両手で耳を塞ぐ。私を置いて何をしているというのか、どこに行こうというのか。私は"神の視点"で追跡しようとした。


【SOFTERROR404】

 

 瞼の裏に映ったのは景色ではなく文字列だった。この文字列が意味するのは三葉くんが存在しない場所にいるということ。つまり観測不能。今、三葉くんの傍には『異能力者』がいるようだ。


 この状況は今回が初めてではない。10月に入ってからはずっとコレだ。特に先週の土曜日と日曜日は酷かった。朝から晩までずっと何も見えなかった。


 恐らく三葉くんと接触している『異能力者』は同一人物だ。容疑者は華さんか"メッセンジャー"。しかし"メッセンジャー"は職業ゆえ常に学校に滞在しているためアリバイがある。となれば疑わしい人物は、消去法で華さんしかいない。


 彼女はゴッホのひまわりだ。栄えと衰え、生と死、太陽に執着するひまわりが持つ黄色の不安と狂気を彼女も同様に孕んでいる。ああいう手合いは男に厄介な惚れ方をする。誕生日の予言だけとっても警戒するに値するが、それ以上に女として危険だ。


 ────まさか三葉くんは、あの女のことを?


 思わず私は親指を噛む。


 もしそうなら、本当なら喜ぶべきことだ。だってもう三葉くんに私は必要ない。この短期間で三葉くんは兄との死別を乗り越えて成長し、今や立派な『大人』になった。私は未だに玲央を失った傷を受け入れられないというのに、凄い。本当に尊敬する。


 私の悲願は三葉くんの幸せだ。どうせ死ぬ私がいつまでも隣に居たら、居なくなったときに彼に深い傷を負わせてしまう。私のせいで彼が傷付くのだけは嫌だから。流石にもうちょっと相手は選んでほしいけど……彼が他の人と結ばれるなら、私はソレでも構わない。


 でも嫌だ。離したくない。


 幸せという猛毒が私の覚悟を蝕んでいく。三葉くんの中の私をもっともっと大きくしたい。私が死んだら心の底から絶望して死ぬまで引きずって欲しい。そんな下卑た欲望に身体が疼いてしまう。


 気付いたころには1時間も過ぎていた。


「……最低」


 冷静になった後、私は自己嫌悪に陥りながらレバーを回した。どうかこの水とともに私の不浄も、この想いも流れますように。



 学校を出た後、私は三葉くんのことで頭が一杯のままだった。まさかとは思いつつも私は、家に帰らずにある場所へ足を運んでいた。


 ここを右に曲がって……大通りに入る。スマホの経路案内を頼りに進んでいるとはいえ、初めて行く場所だから不安だ。


 目的地はルナガーデン。華さんの実家であり、花屋でもある。華さんが住んでいるために"神の視点"で観測できたことはない。私の目が届かない死角だ。三葉くんはソレを理解したうえで私の追跡を切るためにルナガーデンに足を運んでいる、という可能性もありうる。


 考えていた矢先、景色が突然見覚えのあるものになる。


「ここって……」

 

 自販機があった。この間、初めて華さんと出会ったときの自販機だ。私は思わず足を止める。思わずスマホに目を落とすと、経路案内は200メートル直進すればルナガーデンに到着することを示していた。


 飲食店が立ち並ぶ大通り、夜のゴールデンタイムを間近に控えたこの時間帯は活気喧騒で満ちている。空気も光も明るいはずなのに、私は暗闇の中を歩いている気分だった。


 嫌な予感がする。ルナガーデンに近づくほどソレは確信に近くなる。三葉くんと華さんが一緒にいる様子を、頭の中で想像せずにいられなかった。


 どうか思い違いでありますように。


 そして数秒後、私の願いは打ち砕かれる。


「今日もありがとうございました、華さん」


 いた。本当にいた。


 三葉くんがいた。スズランの花束を抱えた三葉くんが、華さんと一緒にいた。


 加速する。加速する。意識が、思考が、世界を置き去りにする。

 

 なんでお前が一緒にいる? 


 なんで貴方がそこにいるの?


 その花束はなに?


 ソイツから貰ったの?


「こっちこそ。わざわざ取りに来てくれてアリガトね」

「気にしなくていいですよ。こっちも、華さんの顔見ておきたかったんで」


 知らない。知らない知らない知らない。


 こんなの知らない。今まで一度も視たことない。


 なんで?


「あの……?」

「アンタはやっぱり可愛いね。頭撫でたくなっちゃった」

「やめてください。というか、清音に見られたら絶対マズイ……」

「その子の目には私の姿は映らないんでしょ? ダイジョブでしょ」


 脳が理解を拒絶する。目に映る全てを拒絶しようとする。


 なんで? そんなの知らない。そんな顔見たことない。


 なんでそんな顔をしているの?

 

 私には見せたことないのに。


 ────三葉くんと目が合った。


「清音……!?」


 三葉くんの顔が凍り付く。その瞬間、私は走って逃げだした。


 この気持ちは何? 怒りでも悲しみでもない。嫉妬とも少し違う。ただ、凄く嫌な気持ちなのは分かる。だから逃げている。何も見たくなかったから。


 ……あぁ、そっか。私、三葉くんを取られたくないんだ。他の女に三葉くんを取られたくない。だからこんな嫌な気持ちになるんだ。

 

 でもどうしてだろう、玲央にはこんな気持ちを抱かなかったのに。


 やっぱり、私は三葉くんのことが────。


「ダメ……ッ!」


 走りながら、私は思考を無理やり打ち切った。酸欠で何も考えられなくなるように走り続ける。


 これ以上考えたらダメだ。本当に後戻りできなくなる。認めたら、もう絶対気持ちが抑えられなくなっちゃう。そうなったら今までやってきたことが全て無駄になる。


 最悪だ。よりにもよってなんでこのタイミングなのよ。


 なんで今なのよ馬鹿野郎。馬鹿野郎。

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