第56話(延暦寺視点)
叡山焼亡。
天台座主は自らが信じる路を貫いて、叡山焼亡という現実を甘受します。
「瀬田の渡しにおいて、幕府軍の攻撃が始まったとのことです。我が僧兵達は懸命に奮闘しており、将軍自ら率いる幕府軍の渡河を阻んでいるとのこと」
「うむ。何とか我が延暦寺を守り抜きたいが、どこまで神仏の加護があるかな」
瀬田からの使いの言葉に直答しながら、天台座主はそうも呟かざるを得なかった。
更にはこれまでのことを振り返らざるを得なかった。
今にして思えば、白山(神社)や平泉寺に対して軽挙妄動を慎んで、幕府軍の行動を黙認するように予め命じておくべきだった。
だが、そういった(軍事の)ことにうとい自分としては、幕府軍が北陸道からも攻め上ってくるとは考えておらず、特に命令を下すようなことはしなかった。
その一方で(後鳥羽)上皇の院宣や正式の朝廷の官宣旨を無視する訳にもいかず、形ばかりの朝敵討伐の祈祷をすることで、お茶を濁そうと自分やその周囲は考えたのだが、それが延暦寺の外部にどうみられるかについて、余りにも無頓着だった。
そうしたことから、白山や平泉寺の衆徒達は、延暦寺において朝敵討伐の祈祷が行われている以上、幕府軍は朝敵であり、更に自分達の敵だとして、その進軍の阻止を図ったのだ。
更には朝敵討伐の祈祷を、土御門上皇らの呪殺祈祷だとまで、彼らは誤解して吹聴した。
勝手に彼らが忖度して行動する等は、自分達にしてみれば想定外もいいところだった。
それで、幕府軍が激怒して叡山焼亡を叫んでいるという噂が飛び込んで来て、更に白山や平泉寺の僧兵が実際に敗れたという連絡までがあったことから、朝廷方に余儀なく立つことにしたのだが、その上に不破関の戦いで朝廷方が大敗し、総大将の源実朝が戦死する事態が起きるとは。
近江で幕府軍を阻止する等、敗走中の朝廷軍では思いもよらず、源平合戦と同様に瀬田や宇治等を基本的な京の最終防衛線として、最後の戦いに挑むことになったのだ。
そして、日吉大社や春日大社の神輿を容赦なく焼き払い、神罰が下らぬことから、延暦寺や興福寺は神意に実は背いていた、と幕府軍は喧伝しており、そのために僧兵の士気は急降下している。
どこまで、幕府軍を瀬田で阻止できるだろうか。
だが、そう考える間も無かった。
「大変です。園城寺の僧兵が背後からいきなり襲い掛かり、更に瀬田の渡渉場所を幕府軍に教えたために我々は混乱して敗走し、幕府軍は続々と叡山を目指しています」
「そうか、これまでのようだな」
天台座主は、その第二報を受けて腹を括った。
逃げたい者は全て逃げており、残っているのは叡山に殉じると決めた者だけの筈だ。
「根本中堂に私は入って、皆の後生を祈願するとする。自分が逃げては叡山に殉じる者達に申し訳ないからな。私と同じ考えの者は根本中堂に集まるように触れて回れ」
「分かりました。触れ回って終わった後は、私も急いで根本中堂に入ります」
傍にいた僧に命じると、即答して出て行った。
「好きにしろ。だが、有難いな」
私はその僧の背に声を掛けた。
少なくとも私と共に行動する者が一人はいるようだ。
根本中堂に入って、自分がそう待つ間も無く、周囲から炎が上がりだした。
幕府軍だけが火を着けた訳ではなく、どうやら自分達も最後の意地を示そうと、比叡山の僧兵や僧侶たちも自ら火を着けたようだ。
「心頭滅却すれば火もまた涼し」
私は昔、読んだ漢詩の一節を思い起こしながら、皆の後生を祈って、経をできる限りの大音声で唱えようとした。
とはいえ、炎の熱と煙は私の声をどうにもさえぎってしまう。
更には傍にいる僧達も同様のようだ。
ざっと見ると、自分の周りにいる僧は数十人は超えているようだった。
熱と煙で涙を溢れさせながらも、私達は生ある限り、経を唱え続けた。
色々とツッコまれるでしょうが、
「心頭滅却すれば火もまた涼し」
は本来は晩唐の詩人、杜荀鶴の七言律詩に基づくものなので、
この時代の天台座主が言うのは許される、ということで平にお願いします。
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