第48話
1221年6月、不破関を主な中心として、幕府方と朝廷方の決戦の機運は徐々に高まっていた。
朝廷方は、美濃から尾張への東海道を利用した坂東への早期の侵攻作戦を断念した後、西国(現代で言えば、中四国や九州地方から)の武士が前線へと到着した上で、幕府方が仕掛けてくる筈の攻撃を跳ね返し、その勝利の勢いによっての坂東への侵攻を目論むようになっていた。
一方、幕府方は北陸道軍の到着を受けて、更には坂東方面からの食糧の到着を待って、東海道軍及び東山道軍の心身を充実させた上で、不破関を突破して上洛を果たそうと考えていた。
この双方の考えは、客観的に見てもお互いに妥当と言える代物で、それ故に今後の作戦について、お互いに色々と検討するようになっていた。
まずは私の手元に届いている情報から述べると。
「北陸道軍は、数万の兵を駆り集めて越前から近江へとの乱入を図る、と越前から美濃への山路を介した連絡が、比企朝時自身からありました」
「それは上手く行きそうなのか」
「正直に言って微妙です。山陰道方面から若狭へと送られた兵力、恐らく数千規模の兵が越前へ隙あらば攻め込もうとしており、更に琵琶湖東では賤ケ岳、琵琶湖西では朽木谷を基本とする陣地が佐々木氏を主力とする1万近くの兵が築いて守ろうとしているとの情報が流れております。そうなってくると、北陸道軍が数万の軍勢を呼号しているとはいえ、信頼できる実戦兵力は恐らく2万前後、とてもではありませんが、総力を挙げて朝廷方の防衛線を突破できるとは言い難いと考えます」
半ば結果的にだが、東海道軍と東山道軍を併せた幕府軍主力は、私が直接に指揮を執って、源範頼が監軍(参謀長)を務めることになっている。
そして、私と範頼は、そのようなやり取りをする羽目になっていた。
尚、その傍には、それこそ私の跡取りの源頼貞や和田義盛、畠山重忠を始めとする幕府軍の重鎮の面々が揃っていて、このやり取りを聞いていたが、その殆どが渋い表情を浮かべて黙っている。
私どころか、彼らにしても北陸道軍の側面攻勢で近江に展開している朝廷軍主力を打ち破れるのでは、と期待していたのだが、私達の下に届いた北陸道軍からの連絡と、私達の情報分析はそれが困難であるという結論に達してしまったのだ。
となると、やはり不破関を我々が強行突破するしかない。
一部の兵力を割いて、伊勢方面へ向かわせ、鈴鹿関を突破するという作戦も無くはないが、鈴鹿関の方が地形的に強攻するのは困難だ。
そうしたことからすれば、不破関突破を図る方が至当と言える。
「例の武器は、いつ頃に届く」
「坂東にあるだけのものを、洗いざらい持ってくるように早馬を送っていますが、使い慣れている者に使わせないと却って危険では」
私の問いかけに、和田義盛が答えた。
尚、義盛は仏頂面をしている。
新兵器「てつはう」が役立つことは認めざるを得ないのだが、これまでに自分が全く知らなかった武器が、不破関突破に役立ちそうだという現実を義盛としては見たくないのだ。
それこそ自分がモノを知らなかったといわれたような想いまで内心ではしているようだ。
更に言えば、これは多くの幕府方御家人に共通する思いのようで、多くの幕府方御家人が「てつはう」に拒否反応を示している。
「それならば、使い慣れた者に使わせて、不破関の陣地を突破するまで」
私は事実上の断を下した。
「本気で使って、不破関を突破するのですか」
「ならば使わずに突破できる策があるのか」
畠山重忠の問いに対して、私が問い返すと、皆が黙り込んだ。
実際、少しでも損害を抑えて、不破関の突破を図るとなると他に方策は無い。
ここに幕府軍の攻勢の発動が決まった。
北陸道に関しては、賤ケ岳や朽木谷を固めるよりも、栃ノ木峠を固める方が至当では、と言われそうですが、私が地図を見て考える限り、この方が至当と考えました。
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