第47話
「それらに加えて、西国の御家人にしてみれば、何だかんだ言っても、幕府は東国の御家人の集まりと基本的にみられています。又、異国との貿易や荘園開拓にしても、従前でしたら、西国が中心でしたが、航海術の進展や大型船の建造と言った様々な事情から、東国が中心となり、相対的に西国では貿易等が上手く行かなくなって、幕府は俺たちのことを考えていない、と西国の住民、特に武士の間では、幕府に対する鬱屈が溜まっていました。こうしたことから、多くの西国の御家人、武士が朝廷方に相次いで立ちつつあるとの噂と言うか、情報が乱れ飛んでいます。実際、我々と縁が深い河野通信殿までもが、朝廷方に立っているとか。恐らく弟殿は、そういった御家人、武士の助言を色々と受けているのでしょう」
叔父の源範頼は、私に更なるやや長い説明をしてくれた。
私は、正直に言って、頭を抱え込む想いがした。
一応はこの世界で、私は武士としての修練を積んではいる。
しかし、このような野戦に関する知識は、それこそ畳の上の水練で実戦に役立つとは思えない。
私も弟を見習って、叔父を始めとする様々な御家人、武士の助言を受けて戦うしかないが、どこまで有効に助言を役立てることができるだろうか。
それはともかくとして、不破関をどうやれば速やかに突破できるだろうか。
「叔父上の考えとしては、どうすれば不破関を速やかに突破できると考える」
「正直に言って、極めて難しいです。我々の主力は馬に乗っています。馬に乗った者が、堀を越えて、柵を乗り越えられるかと言うと」
私の問いかけに、叔父は口を濁してしまった。
(ここで少なからずメタい話をすると)
この時代でも従者等の形で歩兵がいない訳ではない。
だが、この時代の主力は、いわゆる騎馬武者で更に弓が主武器なのだ。
こうした騎馬武者が、堀や柵を巡らせた陣地攻撃に向いている訳がない。
むしろ、歩兵こそが陣地攻撃を行うべきなのだが、その歩兵が従者等という形である以上、戦場で信頼が置ける戦力ではないというジレンマがあるのだ。
だから、一の谷の戦いにおいて、源氏方は乾坤一擲の奇襲作戦を発動する羽目にまで陥ってしまったと言っても、あながち間違いではない。
「ふむ」
私が叔父の言葉を受けて考え込んでしまっていると、使い番の者が声を掛けて来た。
「坂東からの食糧が届きました」
「うむ、食糧を届けた者の長に、一声掛けよう」
滅入った気分を変えるためもあり、私はそう言って食糧を届けた者の長の下に向かった。
私は食糧が届いた場所についてみると、食糧を運んできた者の多くが、腰に見慣れぬ物を下げているのに気付いた。
「あの者達の多くが腰に下げている物は何だ」
「気づかれましたか」
食糧を届けた者の長は、三浦義村の下人で宋に何度も渡ったことのある中年の男だったが、私の問いかけに頭をかきながら更に答えた。
「宋で手に入れた物ですが。あれに火をつけて投げると、火を噴きます。船戦とかで重宝しますし、見た目がそう知られていないことから、不意打ちの武器としても使えるしで、我らの間で密かに広まっており、徐々に自作も進めています」
私は体に電撃が奔った気がした。
まさか、火薬がこの世界の日本で徐々に知られつつあるのか。
ともかく、本物か確認せねば。
「ちょっと一つ、使って見せてくれ」
「分かりました」
長は、一人の若い者を呼んで、実演させた。
(私の前世知識で言えば)ソフトボール程の大きさの手榴弾のように見える代物が、火を着けた上で投げられて地面に届いて転がり、大きな音と火を発した。
「わっ」
私は思わず腰を抜かした。
とはいえ、私の多くの者も同様だった。
これは、「てつはう」だ。
これは役立つぞ。
えっ、「てつはう」は違う代物では?というツッコミは勘弁してください。
主人公はそこまで「てつはう」に詳しくないのです。
私なりの理解、説明をすると。
史実の元寇の「てつはう」ですが、破片型手榴弾に近い代物でした。
この世界に出てくる「てつはう」は。焼夷手榴弾に近い代物で、史実で近い物を挙げれば、戦国時代の村上水軍等が使った投げ炮烙が相当します。
これは海戦において、敵船を焼くために開発されたという事情からです。
(史実の「てつはう」は、野戦で敵兵を殺すために開発された、と私は理解しています)
ご感想等をお待ちしています。




