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タダで読むのが丁度良い物語  作者: 聖域の守護者
第3章 〜やーーっとカイロキシア ちょっぴりイェンシダス????〜
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77/77

第76話〜冥府〜

久々の投稿なので2話連続投稿します。

この夏の間にできるだけ投稿していきます…。

ーー

【冥府】

ーー


ここに空は無い。

大地も無い。

太陽も。

月も。

星も。

生者が時間の経過を知るために必要とするものは、この世界には何1つ存在していなかった。

あるのは、どこまでも続く灰色の霧。

黒く濁った幾つもの川。

そして、虚空を音もなく漂い続ける無数の魂だけ。

生前の姿を保っている者。

顔だけを失った者。

手足も、声も、名前すらも失い、僅かな輪郭だけを残している者。

皆、死者だった。

王族も。

奴隷も。

英雄も。

聖者も。

罪人も。

死という境界を越えた後では、誰もが同じように冥府へ流れ着く。

地上で築いた地位も、財産も、名誉も持ち込むことはできない。

魂だけとなり、死者の流れに加わる。

その巨大な流れを逆行するように、1人の男が歩いていた。

黒い外套。

乱れた髪。

地上の者が思い描く王らしい王冠も、玉座も、王笏もない。

だが、彼が一歩進む度、亡者たちは左右へ分かれた。

意識を失った魂も。

自分が死んだことすら理解していない魂も。

男の存在を感じるだけで、道を譲る。

冥府の主。

死者の国を統べる神、ハーデス。


「……見つからねぇな。」


ハーデスは面倒そうに呟いた。

彼の前には、地平線の先まで死者の群れが続いている。

もっとも、冥府に地平線という概念が存在するかは分からない。

ここでは距離すら一定ではない。

一歩で世界の端まで移動できることもある。

逆に、何百年歩き続けても、同じ場所から抜け出せないこともある。

時間も同じだ。

地上で一刻が過ぎる間に、冥府では百年が経過することもある。

百年を過ごしたと思って地上へ戻れば、一瞬すら経過していないこともある。

冥府に時間は必要ない。

故に、この世界では時間そのものが意味を失っていた。

ハーデスは亡者の流れの中で足を止めた。

周囲の魂も動きを止める。

彼に命じられたわけではない。

冥府そのものが、主の動きに合わせているのだ。

ハーデスは目を閉じる。

意識を周囲へ広げた。

幾千。

幾万。

幾億。

数えることに意味がないほどの魂が、彼の意識へ流れ込んでくる。

人間。

魔族。

獣人。

亜人。

竜。

名も無き獣。

既に滅び、地上では存在したことすら忘れられた種族。

それぞれが生前に持っていた名前。

記憶。

愛情。

憎悪。

恐怖。

後悔。

それら全てが、冥府を満たしていた。

その中から、たった一人の少年の魂を探す。


「アララギ タツロー。」


ハーデスが名を呼んだ。

声は霧を震わせ、無数の死者の間を駆け抜けていく。

亡者たちが一斉に顔を上げた。

自分が呼ばれたと思ったわけではない。

冥府の主が、誰かの名を呼んだ。

その事実に反応しただけだ。

返事はない。


「アララギ タツロー。」


もう一度。

今度は先ほどよりも深く。

冥府の底にまで届くよう、名を響かせる。

それでも、目的の魂から反応は無かった。


「死者なら、1度で分かるんだがな。」


ハーデスは頭を掻いた。

冥府に受け入れられた魂であれば、その居場所を探す必要などない。

死者は全て冥府の一部。

冥府はハーデスの領域。

ならば、死者の位置も、状態も、思念も、その気になれば全て把握できる。

だが、龍郎は正式な死者ではなかった。

肉体から魂は離れている。

心臓も呼吸も止まった。

しかし、死者として冥府へ送られたわけではない。

魂と肉体を繋ぐ糸が、僅かに残っている。

生者でもない。

死者でもない。

世界の境界を漂う半端者。


「面倒なことを引き受けちまったもんだ…。」


独り言ちて、ハーデスは再び歩き始めた。

ただ、暫しの間、彼の思考は記憶の世界を彷徨っていた。



ーー

??????

ーー


最初に聞こえたのは、女の声だった。

姿はない。

気配もない。

ハーデスの根城でもなければ、冥府でもない。

ここはどこだ?

彼の経験・記憶を探っても答えは出てこない。

それでも彼は意識を覚醒し、その声が彼の元へ確かに届くのを認識していた。


『ハーデス。』

「誰だ。」


ハーデスは周囲を見回した。

目の前には誰もいない。

声の主は、この場所には存在していなかった。

遠く離れた場所。

否。

遠く離れた何かから、こちらへ言葉を投げかけている。


『突然の無礼をお許しください。』

「名乗れ。」


僅かな間。

やがて、真っ白な空間に1人の女の姿が浮かび上がった。

実体ではないのは明らかだった。

月光のような銀色の髪。

彼にはその者に見覚えがあった。


「君は、アルテミスだったか…?。」

『ご存じでしたか。』

「疎遠だが姪の顔と名前くらいは知っている。」


ハーデスは腕を組んだ。


『貴方にお願いしなければならないことがあります。』

「断る。」

『まだ内容をお伝えしていません。』

「面倒そうだからな。」


ハーデスはそれなりに本気で断るつもりでいた。

そんな彼の心を知ってか知らずか、アルテミスは表情を変えずに続けた。


『蘭龍郎という少年をご存じですか。』

「知らん。」

『いずれ、貴方の前に現れます。』

「未来に会う者を今から覚えておけと?」

『その通りです。

 ですが、彼は貴方に会う前に、命を失います。』


ハーデスの目が僅かに細くなる。

命を失った者がやってくるのは冥府だからだ。


「それで?」

『彼の肉体から離れた魂は、この世の理に従って冥府へ送られます。』

「死ねば誰でもそうなる。」

『貴方にはその魂を探し出し、理に逆らって現世に再び戻していただきたいのです。』

「何だと!?」


面と向かって理に逆らうことを行えと言われているのだ。

これにはハーデスも驚きを隠せなかった。


「我々は神であるが故、確かに各々の設けた理を司っている。

 だが、それでもその理には逆らわない。

 そうして自らを律していることを忘れたか?」

『存じています。

 それでも伏してお願いしたいのです。』


アルテミスは言葉通り頭を下げた。


『その時、彼の意識は私のいる場所へ辿り着きます。

 ですが、魂は貴方の管理する冥府へと送られる。』

「意識と魂が別々の場所に飛ばされると?」

『そのようです。』


ハーデスは露骨に嫌そうな顔をした。


「最悪だな。」

『同感です。』

「で、その魂を俺に探せと?」

『お願いします。』

「冥府に来た死者を見つけるだけなら簡単だ。」


ハーデスはアルテミスの目を見る。


「だが、死者として受け入れられていない魂を探すとなれば話は別だ。」

『不可能ですか。』

「できないとは言っていない。」


ハーデスは大きく息を吐いた。


「気に入らねぇな、この話。」

『申し訳ありません。』

「本当に悪いと思っている顔には見えん。」

『彼を救ってください。』

「何故だ。」


アルテミスは直ぐには答えなかった。


「何故、理を曲げてその少年を救わねばならない?」

『彼には、果たすべき役割があります。』

「役割?」


ハーデスは鼻で笑った。


「神は直ぐに人間へ役割を押し付ける。」

『返す言葉もございません。』


アルテミスは真っ直ぐにハーデスを見た。


『ですが、彼は既に、自らその道を選び始めています。』

「本人は未来で死んで生き返ることまで選んだのか?」

『いいえ。』

「なら、やはり神の都合じゃないか。」

『その通りです。』


アルテミスは否定しなかった。


『それでも私は、いえ、我々は、彼を戻さねばならないのです。』


ハーデスは黙る。

暫くの沈黙。


「我々ってどういうことだ?

 俺にも意味があるっていうのか?」

『はい、その通りです。

 既に運命の歯車は回り始めてしまいました。』

「意味がわからんよ。

 こんな無理筋を通そうとしているんだ。

 もっと詳しく聞きたいね。」


ハーデスは面倒そうに頭を掻いた。


『何者かが我が父、貴方の弟であるゼウスを殺めようと画策しています。』

「何ぃ!?

 ゼウスをか!?」

『はい。

 ここのところ神殿で父に危害を加えようとする試みが相次いでおり、全て未遂で済んでいるのですが…。』

「物騒な話だな。

 で、それでどうして例の奴が絡んで来るんだ?」

『実は、神託があったのです…。

 ゼウスの死すらも始まりに過ぎず、全ての世界を巻き込む大戦争が起きるだろうと。』


アルテミスもこれには少し言いにくさが滲んでいた。


「神が神託を受けるだと…?

 はっ、それは滑稽だな!」


案の定、ハーデスに茶化されてしまう。

本来、神託とは神が自らを信仰する人間に行うものだ。

神が横並びの神へ神託を下すなど有り得ない。


『ですがあれは間違いなく何者かからの神託でした。』


アルテミスの顔は真剣そのものだ。


「仕方ない…。

 嘘をつくにももう少しマシな嘘をつくだろうしな。

 我が弟を守り、その戦争っていうのを止められるんだったら暇潰しにはなるか…。

 …、魂を見つけるには時間がかかるぞ。」

『承知しています。』

「魂が戻ることを拒否すれば、無理やり連れ帰ることはできん。」

『彼は戻ります。』

「随分と自信があるんだな。」

『信じています。』


ハーデスは不満そうに鼻を鳴らした。


「それと、もう1つ。」

『何でしょうか。』

「神がここまで面倒なことをする時は、大抵、別の神が関わっている。」


アルテミスは否定しなかった。

代わりに黙って首を縦に振った。


『お気を付けください。』

「俺に?」

『はい。』


ハーデスは笑った。


「俺の家で、俺に気を付けろと言うのか。」

『厳密に言えば、冥府へ入れる者は貴方だけではありませんから。』


彼の顔から笑みが消える。


『伯父様。』

「何だ。」

『彼をお願いします。』

「分かった。」


ハーデスは短く答えた。


「アララギ タツローだな。」

『はい。』

「覚えておく。

 …、用件はそれだけか?」

『実を言うと、もう1つだけお願いがあります。』

「あるのか…。」


アルテミスも流石に申し訳なさそうにしている。


『少年と一緒にイェンシダスへ向かい、クリストフ・ラメド・エーレンベルクに会って欲しいのです。』

「エーレンベルクだと?

 始まりの血か…?」


アルテミスが頷きで返す。


『彼もまた必要な人間です。』

「やれやれ…。

 神だの始まりの血だの、死人を救えだの…。

 弟には娘の躾について、一家言申さねばならんな。」


伯父のボヤきに対し、姪はバツの悪そうな顔をした。



ーー

【冥府】

ーー


「覚えてはいたが。」


ハーデスは灰色の霧の中を歩く。


「やはりとんでもなく面倒だったな…。」


龍郎の魂を探し始めてから、どれほどの時間が経ったのか。

冥府に時間の概念は薄い。

それでも、捜索が容易でなかったことだけは確かだった。

ハーデスはまず、死者が辿る正規の道を調べた。

悲嘆の川。

嘆きの川。

忘却の川。

炎の流れ。

憎悪の水域。

亡者を運ぶ渡し守にも尋ねた。

死者を裁く者たちにも確認した。

罪人が落とされる最深部。

英雄の魂が休む場所。

名も無き亡者が彷徨う野。

その全てを巡った。

だが、蘭龍郎の魂はどこにもいない。

当然とも言える。

龍郎は、正規の死者ではない。

普通の死者が通る道にいない以上、残るのは死者の流れから外れた場所。

冥府と現世の間。

あるいは、冥府の中に存在しながら、冥府の法則が届かない狭間。


「探す場所が多過ぎるぞ。」


ハーデスは黒い川の前で足を止めた。

川面には何も映っていない。

亡者も。

霧も。

ハーデス自身の姿さえ。

名前を持たない古い川。

世界に初めて死が生まれた時から流れているとされる水。

ハーデスは水面へ足を踏み出した。

沈まない。

波紋すら起こらない。

そのまま川の上を歩き始める。


「アララギ タツロー!」


名を呼ぶ。

反応は無い。


「アララギ タツロー!」


また呼ぶ。

周囲の霧が僅かに揺れた。

ハーデスは足を止める。

魂の反応ではない。

冥府そのものが、何かへ反応した。

黒い川の流れが変わる。

ハーデスの進む方向へ流れていた水が、逆方向へ動き始めた。

亡者たちの声が遠のく。

霧の中から、甲高い笑い声が響いた。

1つ。

2つ。

3つ。

数が増えていく。


「来たか。」


ハーデスは驚かなかった。

むしろ、笑っていた。

いつか現れるかと分かっていた者を迎えるように、肩を回した。

霧の奥から7つの影が現れる。

人の女に似た姿。

黒い翼。

長く伸びた爪。

赤黒い衣。

裂けた口。

髪の代わりに蠢く黒い煙。

戦場を飛び回り、瀕死の者の魂を奪う死の精霊たち。

名はケーレス。

本来なら、魂を冥府へ導く側の存在だ。

しかし、7体の目には異様な光が宿っていた。

青白い炎。

自らの意思ではない。

別の何者かに支配されている。


「ケーレスか。」


ハーデスは7体を見回した。


「お前らが揃って俺の前に出てくるとは珍しいな。

 普段は碌に挨拶もしねぇくせに。」


返事はない。

7体が一斉に口を開く。

絶叫。

黒い川が激しく波打つ。

周囲を漂っていた亡者たちが苦しそうに身を捩った。

絶叫はさらに大きくなる。

死者の記憶。

戦場で受けた痛み。

最期の恐怖。

ケーレスの声に引きずり出され、亡者たちの苦痛が冥府へ広がっていく。


「やめるんだ。」


ハーデスの低い声。

その一瞬でケーレスたちの絶叫は封じられたが、彼女たちの動きは止まらない。

呼応するようにハーデスの足元から黒い影が広がった。

影が川面を走る。

7体の内、反応が遅れた1体の翼へ絡み付いた。

空中へ飛び上がろうとした身体が、川面へ引きずられ、呑まれる。

別のケーレスが好機とばかりに爪を振り下ろすが、ハーデスは片手で受け止めた。

鋭い爪と神の腕がぶつかる。

金属音にも似た響き。

ハーデスはその手首を掴み、黒い川へ叩きつけた。

水が生き物のように動き、その身体を呑み込む。

さらに別の2体が左右から迫る。

4本の翼が霧を、ハーデスを切り裂かんとする。

ハーデスはまたも避けない。

両腕を伸ばし、それぞれの顔を掴み取る。


「眠ってろ。」


そのまま2体を互いに叩き合わせた。

顔の原型を留めていない2体のケーレスが川へ散る。

残りのケーレスは上空を旋回していた。

あと3体。

そのうち2体はハーデスへ向かわず、霧の奥へ入った。


「なるほど。」


ハーデスは視線だけを動かす。


「坊主探しもしているのか。」


残った1体が急降下する。

同時に、川へ封じたケーレスたちも水中から腕を伸ばした。

影に拘束された個体も、無理やり翼を広げる。

多方向からの同時攻撃。

ハーデスは右足を川面へ踏み込んだ。


「止まれ。」


冥府から音が消えた。

川の流れ。

霧。

亡者の声。

ケーレスの動き。

全てが静止する。

ハーデスだけが動いた。

手近な個体の胸へ手を当て、その中にある青白い炎を掴み取った。


「お前らの力じゃねぇな。」


炎を握り潰す。

身体から力が抜け、そのケーレスは今度こそ沈んだ。

ハーデスは川の中へ手を伸ばし、川底にある黒い鎖を引き上げる。


「しばらく飛ぶな。」


人差し指をクイっと動かし、川から上がろうとしていた残りのケーレスたちの翼を切り落とす。

ケーレスたちは、自分たちに何が起きたのか理解できなかった。

翼が崩れ落ち、ケーレスたちの悲鳴が響く。

お構いなしにハーデスは彼女たちへ鎖を巻き付ける。

生死という概念がないケーレスたちには動きを封じる以上のことができない。

それに、そもそも殺す必要もない。

本来、彼女たちは冥府の秩序の一部なのだ。

外から加えられた支配を取り除けば良い。


「さて。」


ハーデスは霧の奥を見る。


「飼い主はどこだ。」


3つの青白い炎が、遠くに浮かび上がった。

互いに並ぶことなく、無秩序な位置で揺れている。

炎と炎の間。

存在しなかった空間に、黒い扉が現れた。

扉が開く。

1人の男が歩いてきた。

人間ではない。

灰色の肌。

長い銀髪。

額から後方へ伸びる二本の角。

赤黒い外套。

右手には巨大な黒い鍵。

左手には、小さな黒い石棺を持っている。

神でもない。

魔族だ。

しかし、ただの魔族ではない。

身体から放たれる魔力だけでも、並の魔王を遥かに上回っている。

それ以上に異様なのは、この男が冥府で平然と存在していることだった。

普通の人間。

普通の魔族。

地上に生きる大半の者は、肉体を持ったまま冥府へ足を踏み入れることができない。

境界を越えた瞬間、肉体と魂が分離する。

あるいは、存在そのものが冥府の法則に押し潰される。

だが、事実として相手は平然と活動している。


「冥府の王。」


魔族は静かに呼びかけた。


「初めて御目にかかる。」

「だろうよ。

 記憶にねぇからな。

 まずは名乗れや。」


男は僅かに頭を下げた。


「オルキケス。」

「それだけか?」

「名だけで十分だろう。」

「人の家に土足で踏み込んできて、名乗れば礼儀を果たしたつもりか?」


ハーデスの足元から黒い霧が立ち上る。


「どこの野郎だ、てめぇ?」


冥府全体が震えた。

亡者たちが一斉に伏せる。

静止していた川が盛り上がり、巨大な壁となってオルキケスを囲む。

オルキケスは表情を変えない。

黒い鍵を持ち上げた。

何も無い空間に鍵穴が生まれる。

鍵を差し込み、回す。

水壁の一部に扉が現れた。

扉が開く。

押し寄せた黒い水が、別の空間へ吸い込まれていく。


「境界を開く鍵か。」


ハーデスが呟く。

オルキケスの背後で、青白い炎が揺れた。


「例の子供を探す必要は無い。」

「何の話だ。」

「蘭龍郎。」

「知らんな。」

「とぼける必要は無い。」


オルキケスは黒い石棺を掲げた。

表面には複雑な封印術式が刻まれている。


「我々は、あの子供の魂を封印する。」

「我々?」

「貴様が知る必要は無い。」

「どいつもこいつも随分と勝手だな。」


ハーデスは肩をすくめる。


「俺の冥府へ流れてきた魂を、勝手に持ち出すつもりか。」

「あの魂は冥府のものではないだろう。

 それは貴様が一番よく理解しているのではないか?」

「けっ、だったらどうするよ?

 土足で人の家に上がり込んできた不届きものが魂を盗み取っていくのを黙って見ていろってか?

 そんなの真っ平ごめんだね!」


ハーデスは1歩前へ出た。


「泥棒退治といこうか。」


黒い外套が大きく広がる。

オルキケスも黒い鍵を回した。

青白い炎が強く輝く。

封じられていたケーレスたちが滑り落ちるように鎖から抜け出る。

全てがオルキケスの周囲へ集まる。


「程度を知らねぇな、まったく…。」


ハーデスは両手を広げた。


「冥府よ。」


冥府の主の声。


「力を貸せ。」


刹那、オルキケスの耳には確かに悲鳴のようなものが一瞬だけ聞こえた気がした。

彼の意識は間違いなくその声に引きずられた。

視線の意識を敵へ向け直した時には既に状況は変わっていた。

音のない世界。

これまでとは違って、その静けさが心を圧迫する。

ケーレスたちは消え、目の前にはハーデスだけが存在していた。


「流石に楽に死んじゃくれねぇか…。」


敵が目の前に迫っていた。

拳が突き出される。

オルキケスは反射的に黒い鍵で受け止める。

衝撃。

空間が左右へ割れた。

衝撃波のようなものが肌を撫でる。

しかし音はしない。

不気味だ。

本能的にオルキケスは恐怖を感じた。

本能的に索敵を行う。

本能的に上体を仰け反らせる。

ハーデスの動きに対応できたのはオルキケスの能力の高さ故だろう。

先程までいた空間にハーデスの腕が到達する。

その空間はそのまま押し出されたように感じた。


「どうなっている…。」


オルキケスは呟こうとしたが、発声できない。

否、音が聞こえない。

咄嗟にオルキケスは鍵を空間に構えて捻る。

だが、何も起こらない。


「俺の力も鈍っちゃいないねぇ。」


オルキケスの様子も見ながらハーデスが愉快そうに言う。

もちろん、相手には聞こえない。


「さて、そろそろ仕舞いにしよう。」


ハーデスが指を鳴らす。

途端にオルキケスが漆黒の炎に包まれた。

だが、オルキケスの悲鳴も炎が燃え盛る音も、何も聞こえない。

不可思議だが、これで幕引きとなる筈だった。


「ほぅ……。

 これはこれは。」


ハーデスの視線の先では、先ほどまでの漆黒の炎が色を変え、青白い炎がオルキケスを包んでいた。

流石のハーデスもこれには敵わない。


「つくづく面倒だな。」


炎が弾け飛び、空間が瓦解する。

再び冥府の世界に包まれる。


「貴様ぁ…!!!!」


オルキケスの声も聞こえるようになる。


「まだ終わらんぞ!!!!」


青白い炎の中からオルキケスが姿を見せ始めた。

しかし、


「事情が変わった。

 遊びは終わりだ。」


ハーデスの腕がオルキケスの体を貫いた。

その手には心臓が握られている。


「ガハッ…。」


もはやオルキケスは声すら出せない。

ハーデスは心臓を握りつぶした。


「すまんな。

 もう少し尊厳ある死を与えられれば良かったんだが…。」


ハーデスは心からそう思っていた。

絶命したオルキケスの体を放り投げる。

そして鍵を宙へと向けた。


「姿を見せないなら、こちらから開けるぞ。」


神力を注ぎ込むと、空間に黒い扉が現れた。

扉が開き、隙間が僅かに広がる。

その瞬間。

冥府の遥か彼方。

どこに存在するかも分からない別の空間から、一筋の黒い光矢が飛来した。

狙いは正確に、ハーデスの額。

ハーデスは首を僅かに傾けた。

矢が頬を掠める。

後方へ飛び、黒い川へ突き刺さった。

川が真っ二つに割れる。

冥府そのものへ巨大な亀裂が走った。


「……。」


ハーデスは頬へ触れた。

僅かな傷。

指先へ神の血が付く。

2本目。

今度は先ほどよりも速い。

ハーデスは右手を上げた。

黒い矢を指先で挟む。

矢が激しく震える。

周囲の空間が軋み、霧が渦を巻く。

ハーデスは矢の飛んできた方向を見る。

霧の遥か奥。

冥府と外界の境界。

三つの顔を持つ女の影。

松明。

黒い犬。

輪郭は僅かな時間しか現れない。

だが、ハーデスには十分だった。


「……ヘカテ。」


初めて、その名を口にする。

影は答えない。

3本目の矢を構えている。

ハーデスは指先で止めた矢を握り潰した。

黒い光が砕ける。


「お前は、そっちに付いたんだな。」


静かな言葉であった。

だが、冥府の全てへ響く声であった。

ヘカテと呼ばれた影は何も答えない。

3本目の矢が放たれる。

ハーデスは右手を前へ突き出した。


「止まれ。」


矢が静止する。

今度は指先に触れることすらなかった。

ハーデスの正面。

僅かな距離を残し、完全に動きを止めている。


「お返しだ。」


矢が反転した。

発射された時と同じ速度。

否。

それ以上。

黒い矢がヘカテの影へ向かって飛ぶが、影は霧へ変わった。

矢は霧を貫き、消失する。

冥府は、何事もなかったかのような静けさを取り戻した。

ハーデスは暫く、その場に立っていた。

目の前で起こったことに心の整理をつけていた。


「馬鹿が…。」


ハーデスは誰もいない場所へ向かって呟く。

そして、何もない空間へ手を伸ばした。

薄い布のようなものに包まれた物体が現れ、ハーデスの手に収まる。

小さな淡い光を放っていた。


「無事だったか。」


龍郎の魂だ。

肉体との繋がりを辛うじて残し、静かに光を灯している。

魂は温かくも、冷たくもない。

それでも、確かに1人の人間の存在を感じる。


「手間かけさせんじゃねぇよ、坊主。」


先ほどまでとは違う、穏やかな声。

当然、返事はない。

龍郎の意識はここにはいない。

ハーデスは魂を外套の中へ収めた。


「戻るぞ。」


黒い霧が彼の全身を包む。

次の瞬間。

冥府から、ハーデスの姿が消えた。



ーー

【エリナス 大峡谷 ハーデスの根城】

ーー


石造りの広間。

窓は無い。

壁に並べられた青白い灯火が、暗い室内を照らしている。

中央には、黒い石で造られた祭壇があった。

祭壇の上。

1人の少年が横たわっている。

蘭龍郎。

身体に動きはない。

呼吸も。

鼓動も。

既に命を失った亡骸。

しかし、死後の変化は全く起きていなかった。

皮膚は腐敗していない。

体温も、死の瞬間からほとんど変化していない。

ハーデスが祭壇へ施した術式が、龍郎の肉体を死の直後へ留めている。

ロディとセシルは、この場にはいない。

2人はハーデスの指示によって、修行を続けている。

龍郎の亡骸は、外部から干渉できない根城の最深部。

この祭壇へ安置されていた。

広間の空間が歪む。

黒い霧。

ハーデスが現れる。

誰も迎えない。

誰も声を掛けない。

この場所には、ハーデスと龍郎だけ。


「身体は無事か。」


ハーデスは祭壇へ近付いた。

龍郎の胸へ手を当てる。

心臓は止まっている。

呼吸もない。

しかし、肉体そのものに大きな損傷は残っていない。

祭壇の術式も正常に働いている。


「上出来だ。」


誰へ言うでもなく呟く。

ハーデスは外套の中へ手を入れた。

掌を開く。

小さな光。

冥府から連れ戻した龍郎の魂。


「さて。」


ハーデスは祭壇の傍らへ立つ。


「入れるだけなら簡単なんだがな。」


肉体へ魂を押し込むだけでは蘇生しない。

魂と肉体の繋がり。

記憶。

生命。

意識。

それぞれを正しい位置へ戻す必要がある。

僅かにズレれば、肉体は動いても別人になる。

あるいは、魂だけが肉体へ閉じ込められ、意識を取り戻せなくなる。

ハーデスは龍郎の胸へ魂を近付けた。


「戻れ。」


光が肉体へ吸い込まれる。

最初は何も起きなかった。

祭壇の術式だけが淡く輝いている。

ハーデスは龍郎の額へ左手を置いた。

右手を胸へ。

肉体と魂。

2つの位置を確認する。


「やはり完全には戻せないか…。」


魂は肉体へ戻った。

しかし、完全には重なっていない。

意識が別の世界にあるためか。

魂が戻るべき場所を見失っている。

ハーデスは目を閉じる。

神力を流し込む。

魂の輪郭。

肉体の形。

2つを丁寧に重ねていく。

頭。

胸。

腹。

腕。

脚。

1つずつ。


「帰ってこい。」


龍郎の指先が僅かに動いた。

だが、心臓は止まったまま。


「意識の方がまだか。」


ハーデスは手を離さない。

待つ。

冥府では時間を気にする必要は無かった。

しかし、ここは現世。

魂が肉体へ戻った以上、長く心臓を止めたままにはできない。


「アルテミス。」


ハーデスは誰もいない空間へ呟く。


「こっからはお前の仕事だぞ…。」



ーー

????????

ーー


龍郎は、白い空間に立っていた。

地面も。

空も。

境界も無い。

どこまでも白い世界。

目の前にはアルテミスがいる。

彼女は、これまでと変わらぬ穏やかな表情を浮かべていた。


「そのクリストフという人に言葉を伝えるだけで本当に物事が進むんですか?」


龍郎が尋ねる。


「はい。

 私が神託を下しておきました。

 その言葉を聞いたら無条件に信用しなさいと。」


アルテミスは自信満々だ。


「あ、でも、言葉を伝えたらそのあとはどうすれば良いんですか?」

「あとは流れに身を任せるのです。

 大丈夫。

 万事が上手く行きます。」

「えええ…。

 そんなことってありますか…?

 もっとこう、具体的に…。」


龍郎が続きを尋ねようとした時。

アルテミスの表情が僅かに変わった。

驚き。

そして、安堵。

彼女は龍郎ではなく、遥か遠くを見るように顔を上げた。


「…、どうかしましたか?」


アルテミスは少しだけ微笑んだ。


「ハーデスが、無事に貴方の魂を見つけてくれたようです。」


白い世界に、細かな亀裂が走り始めた。

龍郎は周囲を見る。


「何ですか、これ。」

「貴方の魂と肉体が再び繋がり始めたのです。」


亀裂が広がる。

白い空間が、薄い硝子のように崩れ始める。


「今回は、ここまでのようですね。」


アルテミスが言った。


「待ってください。」


龍郎は彼女へ一歩近付く。


「まだ聞きたいことがたくさんあります。」

「分かっていますが、また近いうちに。」


アルテミスは穏やかに微笑む。

白い世界の崩壊が加速する。

龍郎の身体も、足元から光へ変わり始めた。


「忘れないでください。」


アルテミスが言う。


「イェンシダスのクリストフです。」


龍郎の視界が白い光へ包まれる。


「また会いましょう、龍郎!」


彼女の声を最後に、白い世界が完全に消えた。



ーー

【エリナス 大峡谷 ハーデスの根城】

ーー


祭壇の上。

龍郎の胸が僅かに動いた。

一度。

再び止まる。

ハーデスは胸へ置いた手に力を込めた。


「戻って来い!」


心臓が跳ねる。

強い衝撃。

龍郎の身体が祭壇の上で僅かに浮いた。

肺へ空気が流れ込む。

心臓が再び動く。

1度。

2度。

3度。

弱い。

それでも、確かに鼓動している。

龍郎の喉が動いた。


「……っ。」


掠れた音。

次の瞬間。

激しく咳き込む。


「ゴホッ……!

 ゲホッ……!」


龍郎は身体を横へ向けようとした。

しかし、力が入らない。

ハーデスが片手で肩を支える。


「無理に動くな。」


龍郎は何度も呼吸する。

肺が空気を拒絶するように痛む。

喉が焼ける。

胸の奥で、心臓が不規則に動いている。

それでも。

息ができる。

身体が動く。

温かい。

龍郎はゆっくりと目を開いた。

最初に見えたのは、青白い灯火。

黒い石の天井。

見たことのない場所。

そして、祭壇の傍らに立つ男。

黒い外套。

乱れた髪。

鋭い目。

龍郎は何度か瞬きをした。

意識の世界で聞いた名前。

冥府へ自分の魂を探しに行った神。


「あなたが……。」


声が掠れる。

龍郎は息を整え、もう一度問いかけた。


「ハーデスさん?」


ハーデスは短く頷いた。


「ああ。」


龍郎は男の顔を見る。

想像していた冥府の王とは随分違う。

もっと恐ろしい姿。

巨大な身体。

死者の骨で作った王冠。

そんなものを無意識に想像していた。

目の前にいるのは、見た目だけならば人間の男にしか見えない。

ただし、その周囲に漂う気配だけは違う。

暗い。

深い。

底が見えない。


「アルテミスには会えたか?」


ハーデスが尋ねた。

龍郎は目を見開く。


「はい。」

「そうか。」

「本当に知り合いだったんですね。」

「知り合いってほどじゃねぇ。」


ハーデスは龍郎から手を離した。


「一方的に頼み事をされた。

 詳しい話は本人に聞け。」

「さっきまで会ってたんですけど、聞く前に戻されました。」

「なら、次に会った時だな。」


龍郎は自分の胸へ手を当てる。

鼓動。

確かに動いている。


「俺、死んで生き返ったんですよね……。」


龍郎はゆっくりと息を吸う。

咳をしながらも、自分の手足を確認する。

指は動く。

脚にも感覚がある。

身体の各所に重さや痛みを感じるが、大きな傷は見当たらない。


「身体は……。」

「祭壇で保存していた。」


ハーデスが答える。


「腐らないようにな。」

「腐るって…。」

「死体だからな。」

「もう少し言い方ありません?」

「亡骸。」

「そういうことじゃなくて。」


ハーデスは僅かに笑った。

龍郎は祭壇から身体を起こそうとする。

腕へ力を入れる。

身体が僅かに持ち上がった。

だが、直ぐに力が抜ける。

背中が祭壇へ戻った。


「何してる。」

「起きようと。」

「起きたばかりの死体が、随分と元気だな。」

「死体じゃありません。」

「なら、自分の足で降りてみろ。」


龍郎は悔しそうに祭壇の端を見る。

再び身体を起こそうとする。

しかし、腕が震えるだけで動かない。


「……無理です。」


「だろうな。」

「分かってるなら言わないでくださいよ。」

「現状を自覚させた。」


ハーデスは祭壇の側に置かれていた椅子へ腰を下ろした。


「しばらく寝てろ。」

「でも、イェンシダスへ行かないと。」


ハーデスの目が僅かに細くなる。


「アルテミスから言われたんだな?」

「はい。

 国家評議会の副議長。

 クリストフという人に、言葉を伝えろと。」

「言葉?」


龍郎はアルテミスの言葉を思い出す。


「機は熟した、主の声に従え、と。」


ハーデスは何も言わなかった。


「何か知っているんですか?」

「知らん。」

「その間は何です?」

「考えただけだ。」

「何を?」

「神は説明が足りねぇと思ってな。」

「ハーデスさんも神ですよね。」

「俺は聞かれたことには答える。」


龍郎は直ぐに問い返す。


「じゃあ、俺の魂を見つけるのは簡単だったんですか?」


ハーデスは黙った。


「答えてください。」

「簡単じゃなかった。」

「どれくらい大変だったんです?」

「随分と手間をかけさせられた。」


ハーデスは頬へ手を触れる。

傷は既に塞がっている。

龍郎は気付かない。


「何かあったんですか?」

「別に。」

「今、答えませんでしたよね。」

「答えた。」

「別に、は答えじゃないですよ。」

「細かい奴だな。」


龍郎は不満そうにハーデスを見る。


「助けてもらったので、強くは言えませんけど。」

「なら、言うな。」

「でも、本当にありがとうございます。」


ハーデスは僅かに目を逸らした。


「礼は全部終わってからにしろ。」

「全部?」

「お前には、まだやることがあるんだろう。」

「はい。」


龍郎は天井を見る。

意識の世界で聞いた言葉。

イェンシダス。

クリストフ。

機は熟した、主の声に従え。

意味は分からない。

自分が何をすれば良いのかも、まだ分からない。

だが、アルテミスは自分へ託した。

ハーデスは、冥府から魂を連れ戻してくれた。

再び生きる機会を与えられた。


「行きます。」


龍郎が言った。


「イェンシダスへ。」

「今のお前が?」

「身体が動くようになったらです。」

「珍しく現実的だな。」

「俺を何だと思っているんですか。」

「冥府まで迷子になった坊主。」

「自分で行ったわけじゃありません。」

「結果は同じだ。」


龍郎は反論しようとした。

しかし、急激な眠気が襲ってくる。

瞼が重い。

身体が沈んでいくような感覚。


「何だ、これ……。」

「魂と肉体がまだ馴染んでいない。」


ハーデスが答える。


「寝ろ。」

「でも。」

「今度は死なねぇ。」


龍郎は目を閉じかけながら、ハーデスを見る。


「本当ですよね。」

「俺を誰だと思っている。」

「ハーデスさん……。」

「分かってるなら寝ろ。」


龍郎は小さく息を吐いた。


「アルテミスには会えました。」

「そうか。」

「ハーデスさんにも会えた。」

「ああ。」

「何か、不思議ですね。」

「何がだ。」

「俺、少し前まで普通の高校生だったんですよ。」

「コーコーセイってのが何だか分からんが、普通の人間は冥府から戻って来ないんだよ。」

「だから不思議なんです。」


龍郎の声が少しずつ弱くなる。


「次に起きたら、詳しい話を聞かせてください。」

「気が向いたらな。」

「約束してくださいよ。」

「寝ろ。」

「……はい。」


龍郎は目を閉じた。

呼吸がゆっくりと整っていく。

祭壇の上で、再び眠りへ落ちる。

今度は死ではない。

魂を失った空の肉体でもない。

生きた人間としての眠り。

ハーデスは椅子に座ったまま、その様子を見ていた。

完全に眠ったことを確認する。

そして、外套の中から黒い鍵の破片を取り出した。

青白い灯火へ(かざ)す。

刻まれた神印。

間違いない。

ヘカテの力。

借り物ではない。

盗まれた力でもない。

本人がオルキケスへ与えた権能。

そして、最後には自らハーデスを狙撃した。


「こりゃあ、事はかなりデカいんじゃねぇのか…。」


ハーデスは小さく呟いた。

ヘカテが敵であることは確定した。

神が明確に意図を持って神を殺さんとした。


「坊主。」


ハーデスは眠る龍郎を見る。


「お前は一体何を背負ってるんだ…。」


返事はない。

龍郎は静かに眠っている。

一度失われた命。

冥府から連れ戻された魂。

その存在を巡り、神々は既に動き始めていた。

龍郎が次に目を覚ました時、彼は再び、自らの足で歩き始める。

その先に何が待っているのか。

人間にも。

神にも。

まだ分からなかった。

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