第43話〜好ましからざる登場人物〜
【イェンシダス ヴェンデルピッツェ山】
イェンシダスとカイロキシアの国境に位置するヴェンデルピッツェ山。
標高は約3000mで、山肌は険しい。
加えて、道中には怪物も出現する。
昨日、麓の町オスターブルクに到着したその日の内に龍郎達は徒歩で登山を開始した。
高山病等の危険から、ただでさえ2日は必要なのに、こちらの世界は怪物まで出現する。
彼らは片道5日を覚悟して頂上を目指していた。
我々の世界のように登山適した軽量装備や防寒具がある筈もない。
厚着をして重装備を背負っての登山だけならまだ我慢でどうにかなる。
しかし、先程も言ったようにこの世界では怪物も出る。
戦闘能力0の龍郎は、人生で一番精神的ストレスを負っていた。
「エドさん、今どの辺ですか…?」
つい1時間ばかし前に休憩したばかりなのに、龍郎は既にヘロヘロだ。
「まだ半分も登っていませんよ。
男なのにそんなのでどう淑女を守るのですか?」
前を行くエドは少しも疲れた様子を見せない。
「いや、僕の世界では、そーゆー考え、もう機能しないので…。」
対する龍郎は息が上がっていて喋るのも一苦労だ。
「私に持てる物でしたら持ちますよ?」
隣を歩くセシルが声を掛ける。
ちなみに、女性陣は何も荷物を持っていない。
「平気ですよ…。
戦わないんだからこれくらいはしますよ…。」
「お、男の子だね!!
女に好かれるよぉ!!」
後ろから茶化す声が聞こえる。
「もう…。
アレッタさん、茶化さないでくださいよ。」
「アハハハハ!!
ごめん、ごめん!!」
セシルがいる都合上、護衛にも女性が必要という事で彼女ともう1人、ブリヒッタが旅に同行した。
ブリヒッタは戦闘向きではないため、オスターブルクで他の騎士団員と留守番である。
この理由から明らかだが、アレッタはエドに次ぐ戦闘スキルを保持している(ブリヒッタ談)ため、一緒に登山している。
今ここにいるのは、龍郎、セシル、エド、アレッタ、ロブレヒト、サンデル、ティモンの7名。
先頭にいるのがサンデル。
次にエド、龍郎、セシル、アレッタ、ロブレヒト、ティモンの順だ。
「今日中には半分まで登りましょう。」
エドがセシルに提案する。
「そうですね。
その上が3日でいけると良いのですが…。」
今はまだ平らで歩きやすい道が残っているが、半分から上は岩が突き出した険しい道なき道を登ることになる。
おまけに高所で育った逞しい怪物達が出現するそうだ。
ゆっくりとしか進めない訳だ。
「エド!
ズリグリーベアだ!」
サンデルは声を発しながら戦闘行動へ移行している。
相手は4、5m程の大きさの二足歩行をする青い熊だ。
向こうもこちらを発見し、両手を大きく広げた。
「ハァァァアッ!!!」
サンデルはロング・ソードを振り上げた。
それを見てエドが魔法を発動する。
対象はロング・ソード。
魔法式が剣を包む。
サンデルの剣が黄色に輝き、刀身が伸びた。
そのまま振り下ろされた剣が熊の左腕を肩から切断する。
「グォォ!!!」
熊の悲鳴が轟く。
「ウォラァァァア!!!!」
サンデルは振り下ろした剣を左斜め上へ振るう。
「グォォォォォォアアアア!!!!!!!」
血飛沫とともに切断箇所が地に落ちる。
熊はただの3つの肉片となった。
「やりぃ!!
今日の夕飯だ!!」
アレッタが歓喜の声を挙げる。
「セシル導師はズリグリーベアの肉を食べた事はございますか?」
エドが口を開けたままのセシルに尋ねる。
セシルは首を横に振った。
「左様でございますか。
大変美味ですよ。」
エドが口角を軽く釣り上げる。
メインディッシュを片手に、一行は山登りを再開した。
【マルダン 商業区 娯楽街】
マルダンはシャウラッドの中で最も賑やかな都市である。
商業区、居住区、行政区の3区域から構成される市内は、普段なら商業区に限り旅人も自由に出入りが可能だからだ。
中でも、この娯楽街は商業区随一の集客力を誇る。
今は旅人がシャウラッド国内に入る、もしくは都市間の移動すら叶わないが、
ここはそれでも成り立つ程、地元民に対しても集客力がある。
何故か?
風俗店、賭博場、薬物店、盗品市が軒を連ねているからである。
シャウラッド国内では違法とされる店がここにはある。
この娯楽街は中心を貫く表通りと、その両脇に存在する裏通りからなっている。
表通りは至って健全な店が並ぶ中、左右一箇所しかない小道を通って裏通りへ出ると様子が一変する。
娼婦達が客引きをし、ガラの悪い連中がカモを探し求めている。
当局としては取り締まりたいが、
少なからぬ利益を生んでいるため“場所代”と呼ばれる内済金を支払わせて黙認している状況だ。
そんな裏通りのとある風俗店の2階が今回の舞台となる。
「それで、今日は誰と遊ぶんだい?」
スキンヘッドの男が帳簿を見ながら話し掛ける。
「例の敵国のお偉いさんだよ。
試作品が完成したと言ったら飛びついてきた。」
男は自分の席の隣に置いてある箱を指差した。
「正直、当初の予定じゃ最初はウチの国に納品する筈だったんだ。
なのにヘマしやがって。
お陰で敵国を救わねばならなくなっちまった。」
男はグラスの酒を飲み干す。
「アンタはいつこの国を出る?」
尋ねられたスキンヘッドの男は持っていた羽ペンを額に当てて考える仕草をした。
「う〜ん…。
金と情報は十分仕入れたからなぁ。
お前さんと一緒に出て行こうかしら。」
「そりゃ良い。
聞いた話によるとここも危ないらしいからな。
さっさと売り付けて国に帰りたい。」
男はグラスに酒を注いだ。
注ぎ終わるのと同時に、扉が叩かれる。
「誰だい?」
スキンヘッドの男が尋ねる。
「私だ。」
声の主が判明するとスキンヘッドの男は扉を開けた。
「いらっしゃい。
彼なら既に始めてるよ。」
現れたのはユスポフだった。
「遅れて済まない。
協会の魔導師が増えていて潜るのに手間取った。」
「弁解は聞き入れよう。
さて、これが例の試作品だ。」
男は木箱から、1m程の木製の棒に40cm程の黒い鉱物製の筒が取り付けられている物体を取り出した。
「これか。
思ったよりも小型だな。」
ユスポフは手にとって舐め回すように観察した。
「苦労したよ。
従来のケマサイトではどうしたって割れてしまう。
仕方が無いから実用例の有無に関係なく集められるだけの鉱物を集めた。
間違いなく、費用も労力も惜しみなく注ぎ込んだ仕事だよ。」
「頭が下がる。
…、それで、性能は?」
「実戦ではまだだが、試験の成績は優秀だ。」
ユスポフと男はどちらもニヤっと笑った。
「間も無く実戦訓練が始まる。
見に行こうじゃないか。」
男の提案に従い、スキンヘッドとユスポフは表通りへと向かった。
【マルダン 居住区 とある家】
正午過ぎだというのにくらい室内。
蝋燭の明かりだけで司会を確保する。
室内には白いローブを着て頭部全体を覆う三角白頭巾を被った者達が大勢。
彼らは祭壇を囲んでいる。
その上には両手両足を縛られている女が仰向けに横たわっていた。
口には猿轡をされていて大声が出せない。
「我、力を持たぬ弱き者なり。
我を宿主に選びし主よ、我の捧げし生きた贄の魂を喰らい、内に流れる赤き聖水で喉を潤し給え。」
1人の男がナイフで女性の喉を搔き切る。
血飛沫をあげて女の体が痙攣する。
直ぐに女は絶命した。
男の白装束には返り血がたっぷりと付く。
「いかがですか、主よ!!」
男は手で血を掬い、体に塗りつける。
「…、アアアアアアアア!!!!
感じる!!!
主の声が!!!
主の御力が!!!」
男はその場で膝立ちになり、天を仰いだ。
それを見て室内の者達は歓声を挙げる。
「次はお前達の番だ!!」
男が言うと、他の者達は手に斧や剣を持ち、叫び声を挙げながら外へ飛び出した。
【マルダン 居住区】
フェムカ達は屋根の上で事態を見守っていた。
「禁教徒の反乱を確認。」
住居から飛び出してくる白装束の者達を見ながら協会の魔導師が報告する。
「鎮圧を開始しろ。」
紫色のキャソックに身を包む男―名は確かトーレスと言ったか―が部下に指示を出す。
「生死は問わん。
生かす価値の無い連中だ。」
指示を聞いた魔導師達は次々に禁教徒達へ魔法を発動する。
ある者は焼かれ、ある者は切り裂かれ、またある者は内側から破裂した。
「悪魔の下僕だ!!」
禁教徒の1人がこちらを指差しそう叫んだ。
「アイツらを殺せぇぇぇぇ!!!!!」
残っている禁教徒達は手にしている斧や火炎瓶を投げ始めた。
「下等種族が。」
トーレスは投げられた物体全てを対象に魔法を発動した。
その数10数個。
小型の的とはいえ、10を超す距離の違う対象全てに同時に魔法を発動か…。
隣で見ていたフェムカは彼の力量を上方修正した。
術式は正常に機能し、禁教徒達が投げた物は全て粉微塵となる。
「まだ残っているぞ!!」
トーレスが指示し、別の魔導師が彼らを葬る。
ものの数分で禁教徒達は鎮圧された。
「家の中を調べろ。」
魔導師が数名、中を調べるために入った。
「まだ吸血鬼を疑うつもりですか?」
トーレスがフェムカを横目で見る。
「結論はまだ早いと思うが。」
「何?」
「向こうで何やら騒いでいる。」
フェムカは商業区の方を指差した。
「報告します!!
商業区でも禁教徒の暴動が発生!!
現在、所属不明勢力と交戦中!!」
同じくして、協会の魔導師が慌てて報告に来た。
トーレスの顔は蒼白だった。
「何…、だと…!?」
「行くぞ。
交戦相手も気になる。
…、部下を数名この場に置いておけ。」
トーレスに指示を出し、フェムカは先に商業区の方へ向かう。
「あ!!
待て!!」
少し遅れてトーレスも向かう。
「私とアイツだけで良い!!
お前達はこの場を警戒しろ。」
【マルダン 商業区】
「手砲隊第一列目、後列へ下がれ!!」
隊長の指示で10名の男達が後列へ下がった。
「手砲隊第二列目、撃てぇぇい!!」
一列目が下がった事で先頭になった別の10名が持っている手砲の火縄に火をつける。
ドォォンという音と共に弾が禁教徒へと飛んで行く。
「手砲隊第二列目、後方へ下がれ!!」
射手が効果を確認する前に移動がなされる。
「手砲隊第三列目、撃てぇぇい!!」
弾が撃ち出される度に禁教徒の悲鳴が聞こえる。
「凄い威力だな。」
手砲隊の後ろで様子を見ていたユスポフが呟く。
「扱い方、動きが簡単だから少し訓練すれば素人でも使えるね。」
スキンヘッドの男も評価を述べる。
既に禁教徒は九割方地面に伏していた。
「終いだ。」
指揮をしている隊長に命令する。
「手砲隊第一列目、撃てぇぇい!!」
号令と共に弾が発射される。
しかし、弾は禁教徒に届かなかった。
手砲隊と禁教徒との間に障壁が展開されていた。
「誰だ!?」
隊長が魔法の発動者を探すように怒鳴る。
「アイツだ。」
男が障壁の向こう側を指し示す。
裏地が赤い漆黒のマントを羽織った性別不明の者が立っていた。
白銀色の長髪もそうだが、性別が分からない程整った美形だった。
ユスポフの護衛が相手の障壁を掻き消す。
「無粋な戦い方だ。」
声で相手が男だと分かった。
だが、そんな事はどうでも良くなっていた。
「アイツ、何をした…?」
ユスポフは身の危険を感じた。
「吸血鬼かぁ。
通りで血色が悪い訳だ。」
スキンヘッドの男がそう判断した根拠は目の前に死徒を認めたからだ。
「相手が何だろうと構わん。
全て蹴散らせ。」
男は自身の傭兵隊長へ指示する。
「手砲隊第二列目、撃てぇぇい!!」
しかし弾は障壁に防がれ、相手に届かなかった。
「無駄だよ。」
吸血鬼は先頭の手砲隊へ向かって魔法を発動する。
術式の対象となった傭兵達は血を撒き散らしながら破裂した。
「私の安全を確保しろ。」
「御意。」
傭兵隊長は主人を逃がすため後退を開始した。
勿論、ユスポフとスキンヘッドの男も一緒だ。
「撤退だ!!」
隊長の号令を聞いて傭兵達も牽制弾を撃ちながら後退する。
「追うんだ。」
吸血鬼は自身では追跡せずに死徒に命令した。
だが、命令を受けた死徒は直ちに灰と化す。
吸血鬼が振り返ると、男が2人視界に入った。
「幾つか興味深い事実があったが、一番は吸血鬼と死徒がいる事だな。」
フェムカは隣のトーレスに自説が正しい事を指摘した。
「既に入り込んでいたか…。」
こうなってはトーレスも言い訳は出来ない。
「アイツはお前じゃ敵わん。
死徒は任せた。」
そう言ってフェムカは目の前の死徒を飛び越えて吸血鬼の元へと向かった。
「さっきのは君かい?」
吸血鬼の問い掛けには無視し、フェムカは魔法攻撃を浴びせる。
「誰か礼儀を知っている者はいないのか…。」
ボヤきながらも吸血鬼は攻撃を全て反射障壁で防いだ。
「お返しです。」
吸血鬼は受け止めたばかりのエネルギーを放出した。
今度はフェムカが障壁魔法を展開して防ぐ。
「私の魔法はこんなに強かったか?」
「この前戦った老婦人の魔法も上乗せしたんですが…。
強いですね。」
「貴様を消し去る前に聞いておきたい事がある。
ついさっき、目の前で私が知る死徒化の過程とは違った手順で死徒化がなされた。
率直に聞く。
何をした?」
フェムカは攻撃を止めて疑問を投げた。
「僕にしか出来ない事をしただけさ。」
フェムカの周囲に魔法式が展開される。
「君は危険だ。
殺せる時に殺しておかねば。」
「賢明な判断だが、貴様には永遠に無理だ。」
周囲の魔法式が壊された。
直後にフェムカが魔法式を多面展開する。
「長引かせても情報は得られないようだな。」
全ての魔法式から吸血鬼に向かって炎が噴射された。
「厄介な術を…。」
吸血鬼は反射障壁を10枚縦列展開する。
「魔力だけでなく知恵も備わっているのか。」
これにはフェムカも思わず感心した。
吸血鬼は最後の一枚で炎を防ぐ。
「禁術四式“炎”。
こんなに簡単に発動する者がいたとは…。」
「協会が定めた規則など知った事か。」
フェムカは既に新たな魔法式を展開している。
「ここで死闘を繰り広げる予定じゃないんだ。」
吸血鬼は窮したばかりのエネルギーを放出する。
何か別の術式を織り交ぜているのだろう、放出されたエネルギーは白ではなく黒かった。
「小細工を施したからと言って私には通用せんよ。」
フェムカはタチの悪い呪いを想定して通常障壁で受け止める。
エネルギー波が障壁にぶつかった瞬間、黒煙が発生した。
毒が含まれている事を考慮して風で煙を吹き飛ばす。
「…、逃げ足の速い奴め。」
その場に吸血鬼はいなかった。
「吸血鬼は!?」
死徒を片付けたトーレスがフェムカに合流する。
「逃げた。」
フェムカは端的に結果を報告した。
「仕留められなかったのか!?」
トーレスのイラっとする一言に対して『お前だったら死んでいた。』とは言わない。
「すまなかった。
協会には、登極前の王位格と思われる吸血鬼が封域から抜け出していると至急伝えてくれ。
私は他にやる事があるので失礼する。」
謝罪の言葉を送ってフェムカは急ぎその場を後にした。
【マルダン 市外】
正体は分からないが、誰かが吸血鬼と死徒の相手をしてくれたらしくユスポフ達はマルダンを無事に脱出していた。
「思わぬ展開だが、手砲の威力は証明されただろ?
買うのか、買わないのか?」
男はユスポフに迫った。
「分かった。
いただくよ。
150丁送ってくれ。」
「金は船で運べ。」
商談が成立した事で男は満足そうだ。
「マティアス、お前はどうする?」
男はスキンヘッドに声を掛ける。
「エリナスに行きたいんだけど。」
「じゃあ私と一緒に来い。」
男はマティアスを自分の馬車に招いた。
「それでは近々また。」
ユスポフが別れの挨拶をして馬車に乗り込む。
彼の馬車が出発するのを見届け、男とマティアスは馬車に乗り込んだ。
しかし、馬車が進む気配はなかった。
「ちょっと、何やって…。」
マティアスが みな迄言い終わる前に馬車の壁が破壊された。
「何なのアンタ!?」
マティアスは驚きと非難の入り混じった声で相手へ問うているが、隣の男は違った。
至って落ち着いて犯人の顔を見ていた。
外に立っている、馬車を破壊して護衛の傭兵を黙らせた奴の顔には見覚えがあった。
「まさかとは思ったが…。」
一方のフェムカも予想をしていただけ程度は弱まっているが、驚きの色は隠せない。
「貴様、こんな所で何をしている?」
「エ!?
アンタ達知り合い!?」
マティアスが更に驚く。
そんなマティアスを余所に男は質問の答えを述べた。
「私を誰だと思っている?
商談だよ、フェムカ君。」
男はまるで悪びれた様子が無い。
フェムカは目の前の男を殺さないため、理性を総動員する。
「…、トマス・ローウェル、貴様を逮捕する。」
フェムカの語調は極めて事務的だった。




